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Gー001 老人の変った依頼

 私が異世界にやって来てから、早50年が過ぎ去ろうとしている。

 今ではどうやって異世界に連れてこられたのかも、極めて曖昧な記憶の中に埋もれてしまった。

 望郷の念と、この世界のに1人と言う不安も何時しか消えさり、一緒にパーティを組んだ気の良い仲間の多くは土へと帰っていった。

 仲間が残していった家族の様子を見に行った事もあるけれど、今では多くの子供達が成人して暮らしているから、もう会いに行くことは止そうと思う。


 昨日、ハンターになったころ世話になった、小さな町のギルドへとやって来た。お金に困ることはないが、何もしないでいると体が鈍ってしまう。

 私の体はエルフと呼ばれる種族と同じらしい。後100年以上はこの容姿で暮らし、ある日突然に老化が始まると3日程度でこの世を去ることになるのだ。

 だが、それはこれまで暮らした以上に長い年月が流れた後の話。

 今は何もする当てもなく、その日を無気力に暮す日々が続いている。


 革の上下に革のブーツ。頭巾が付いたマントは脛まで届く。これらは全て黒ずくめだ。

 幅の広いダブルホールのベルトは、3cm程の革の吊り具で両腰から肩を通り、背中でX状に交差してベルトに金具で接続されている。

 私の持つ武器は2つ。長さ50cm程の小太刀と背中でベルトに固定されたバッグの裏に隠された、44マグナムリボルバーだ。バレル長が25cm程だから、8インチと呼ばれるものだと思う。

 ベルトの弾丸ポーチには8発納まっているが、バッグの中の魔法の袋に入っている弾丸ポーチは、弾丸を全て抜き取っても一晩で弾丸が8個増えるから弾丸に困ることはない。


 指先の無い薄手の革手袋を付けた手でギルドの扉を開くと、片手を上げてカウンターの娘達に挨拶をかわす。

 このギルドで、私はただ1人の銀持ちのハンターだ。自分達との容姿の違いが殆ど無いことに、最初に会った時には驚いていたっけ。


 ギルドに入って左手の壁際に大きなコルクのボードが4枚並べられている。それが俗に依頼掲示板と呼ばれるものだ。

 ギルドの依頼は全てこの掲示板に張り出される。たまには直接に打診を受ける事もあるが、それは銀レベルのハンターだけに限られる。

 コルクボードは左から赤、白、青、黒以上となる。自分のレベルに応じた依頼をその場で確認できるから、このシステムは中々に具合が良い。掲示板の周りの混雑緩和にも役立っている。


 ゆっくりと掲示板に歩いて行くと、数人の男女が白の掲示板付近で騒いでいた。

 

 「あっ!すみません。直ぐに選びますから」

 「かまわないわ。私は此方だから……」


 先程声を掛けてきた男の子は、ボーっとして私に見とれているに違いない。

 エルフ族である私の容姿は、スーパーモデル並みに均整が取れている。

 癖の無いセミロングの髪は漆黒、レモン型の顔にはバイオレットの瞳と赤い唇。

 この付近でエルフは数人も見掛けていない。たぶん、あの少年達も見るのは初めてなんだろうと思う。


 右端の掲示板を眺めてみたが、余り面白そうな出物はないようだ。黒の低レベルの狩りが殆どならば、これは残しておくべきものだろう。

 カウンターの左手に3個あるテーブルの1つに着くと、片手を上げてお茶を注文する。しばらくは、ギルドの雑踏を眺めながら時を過ごそう。

 なにせ、時間はたっぷりあるし、今までに貯えた財産は寿命の長いこの体でも使え切れないほどだ。


 やがて運ばれてきたお茶を受取ると、穴あき銅貨(1L)を2枚渡す。

 相場は1枚だが、美味しいお茶を入れてくれるのだ。チップを弾む位は良いと思う。

 お茶を口に含むと、爽やかな酸味が苦味と共に口に広がる。匂いに少し柑橘系の香りがするな。ハーブティーの中でも上等の部類に入るだろう。


 細いシガレイを口に咥えて、指先で炎を作り出して火を点けた。タバコに似た嗜好品だが、これで病気になった者はいないという事だ。煙と共に、甘い香りだけが辺りに広がった。

 

 「あのう……。高位のハンターだと、お見受けします。ちょっと相談に乗っていただけるとありがたいのですが」

 「何かしら。私で判断できるなら相談に乗るわよ」


 そう言って、テーブル越しの席を指差した。

 私に話を持ってきた少年が、仲間を急いで呼び寄せる。椅子が足りないらしく、近所のテーブルからも持ってきたようだ。


 「実は、依頼書の2件のどちらを行なうべきか仲間で話し合っていたんですが、結論が出ません。俺達は全員、白の3つになります。野犬まではどうにか倒せますが、白なんだからもう少し大きな獲物を狩ろうとしてるんですけど、この2つの依頼のどちらを選んだら良いでしょうか?」


 そう言って私の前に出された依頼書は……。1枚はシバレイネ、そしてもう1枚はガリオンだった。狩る獲物の数は両方とも3匹だし、得られる金額も250Lと同じ金額だ。


 シバレイネは動きの速い大蛇で、力はあるが毒を持つ事は無い。ガリオンは動きは少し鈍いのだが尾に毒を持つ大トカゲだ。

 チラリと少年達の装備を確認する。弓が1つに女の子が持っているのは魔道師の杖だな。少年達2人は長剣を背中に背負っている。

 白の3つだとしたら機敏に動くのはまだ無理なんだろうな。


 「貴方、【アクセル】は使える?」

 私の言葉に女の子が2人とも小さく頷いた。……なら、簡単だ。

 「このガリオンをお薦めするわ。ガリオン狩りで注意するのは尾にある棘よ。遅効性の毒があるから、【デルトン】を使えないなら毒消しの薬草を持って行きなさい。長剣が2人いるんだから魔法使い達に囮になってもらって、左右から胴を斬りつけなさい。【アクセル】を掛けておけば安心して近づけるわ。

 それと、ガリオンの心臓は痛みが早いから、袋に入れて直ぐに魔法の袋に保存しなさい。ガリオンはトカゲだから荒地を探すほうが良いかもしれない。ちゃんと携帯食料も持参するべきね」


 「ご丁寧にありがとうございます。さぁ、出掛けるぞ!」

 少年達は私に頭を下げると、依頼書を持ってカウンターに向かった。直ぐに依頼を受けると、私に手を振ってギルドの扉を出て行く。3日後には首尾を聞かせて貰えるだろう。ちょっと楽しみだ。


 カウンターから、娘が1枚の依頼書を持って掲示板に画鋲で止める。先程のシバレイネの方だろう。

 白の5つならあれを推薦するんだがな。白3つでは無傷とは行かないだろう。


 「あのう……」

 小さな声で私の前に現れたのは3人の子供達だった。まだ12歳を越えたばかりじゃないのかな?


 「この依頼と、この依頼……」

 どうやら先程のやり取りを見ていたようだ。子供達を座らせて依頼書を確認すると、薬草採取のようだ。

 デルトン草が20にサフロン草が30。報酬はどちらも50L、なんか先程と似てるな。思わず笑みを浮かべると、子供達にレベルを聞いてみると、返事は全員赤の2つ。これも簡単な部類だ。


 「こちらのサフロン草にしなさい。サフロン草は町を出て直ぐに日当たりの良い場所で見つかるけど、デルトン草は森の中に入らなくてはならないわ。野犬も出るから、デルトン草は赤の5つを過ぎて武器を手に入れてからにするのよ」


 私の話を真剣に聞いていた子供達が、早速カウンターに駆けていった。

 そんな姿を微笑ましく見つめる私にも、あんな時代はあったのだ。

 生憎と、その時には相談できる相手はいなかった。デルトン草は赤5つを越えてからと自分に言い聞かせながら、野犬に襲われてボロボロになって村に戻った時があるのを思い出す。あの時、一緒に出掛けたのは誰だったのだろう。確か男だったような気がするが……。


 私は異世界に来る前では、確かに男の子だった筈だ。思考は今でも男の子として行なわれている。

 だが、この世界で意識を取り戻した時には、なぜか女性の姿に変わっていた。私をハンターとして迎えてくれた仲間から言葉を直すように意見され、今では会話だけなら女の子の言葉遣いで定着している。

 結婚すれば良いのに……。何度も言われた事があるが、それだけは願い下げだ。

 男の意識を持ってるのに、何で男に抱かれなきゃならん。百合なら許せそうだが、生憎とそのような性癖はこの世界に無いらしい。言い寄ってくる輩にナイフと銃で脅しつけたことも今では良い想い出だ。


 「宜しいですかな?」

 「ええ、どうぞ。」


 恰幅の良い老人が2人の従者を連れて私の所にやってきた。

 カウンターの娘が新しいお茶をもって私達の前に置く。従者が与えた銅貨は10L銅貨だ。


 老人の両側に従者が少し椅子を引いて座る。ほう……、従者に見えるが護衛だな。ハンターレベルでは黒の上位者と言うところだろう。


 「先程から見ていたのですが、どれも適切な助言で感服いたしました。出来れば私の館でメイドを仕切って貰いたいと思っていましたが、それは少し器に見合わないのではなかろうかと反省した次第です」

 「残念ながら生活に困ってはいません。他の女性ハンターを選んではいかがでしょうか?」


 この種の話も結構あるので困ってしまう。確かに自分で言うのも何だが、見目麗しき容姿ではある。飾りにも丁度良いだろう。だが私は調度品ではなくハンターなのだ。私の言葉と同時に、左右の従者の手が片手剣に伸びる。

 ギルドでの抜刀はご法度だから、こいつ等はハンターでは無さそうだ。まぁ、この程度の技量ならば無傷で相手を戦闘不能にする位はできる。相手が10人だと剣を取らずにはダメだろうな。


 「お前達、止めるんだ。相手の技量を知っているだろう!」

 男が鋭い声で左右の従者に注意する。ほう、知っていて話をしてくるのか。これは少し退屈しのぎになりそうだ。

 弾丸ポーチの反対側の腰に付けた小さなポーチからシガレイを取り出して火を点けると、相手もシガレイを取り出した。指先で火を点けてあげると、小さく頭を下げる。……最低限の礼儀は知っているようだ。


 「実は、私も相談したいことがあるのです。我が王国のハンターは数千人程存在するはずです。ですが、ハンターをレベルとその人数比で考えると、このように3角形の形になります。何故だか分りますか?」


 丁度人口ピラミッドのように三角形になる。高レベルのハンターであれば数えるばかりだ。銀の7つというハンターレベルはこの国では私1人だろう。ハンターの頂点に立っているといっても過言ではない。


 「貴方が黒姫という二つ名を持つ御方だと存じております。たぶん貴方ならこの原因がお分かりでしょう」

 「レベルの上昇と共に、挑む獣に命を取られるからですわ。上に行けば行くほどにその傾向が著しくなります。勇気と無謀とは異なるのですが、どうも同じように考える者達が多い事も確かです」


 目の前の男に喜色が浮かぶ。

 私の言葉に手を打って話を続けた。

 

 「そうです。ちょっとした依頼の履き違え、それが、そのハンターの命を奪う。これは仕方がないことでは済まされません。

 自分の技量に悩んだ時に、今日のように高レベルのハンターに相談できるだけの自制心を持っていれば、その者は更に延びるでしょう。命を亡くす事もありません。私が貴方に依頼したいのは、そうしたハンターの相談役になって欲しいのです。また、どうしても自分の技量を超える依頼をやらねばならないハンターもいるはずです。そのようなハンターには、手助けをお願いしたいのです」


 まぁ、分らなくもない。インストラクターとコンサルティングを兼ねたような形なんだろうな。しかし、この男は何者なんだ? ギルドの関係者とも思えないし、かといってハンターではない。金持ちの気晴らしか? ある意味慈善事業に近いものもあるしな。


 「それで、報酬は?」

 「毎月金貨1枚。これには倒した獲物の報酬は含みません」

 「それに毎日、お茶を2杯いただければ契約書にサインをしますわ。ですが契約は1年毎に取り交わすという事で良いでしょうか?」

 「十分です。」


 従者に目配せをすると、従者がカウンター越しに娘さんと話しをする。突然驚いて奥の事務所に駆けて行った。やはり、ギルドの関係者と見るべきだな。


 がっしりした体形の老人が娘さんを引き連れて私達のテーブルに現れると、従者の言葉に従って娘さんが契約書を書き始めた。

 終了した契約書をジッと老人が見て確認すると、私の前の男に渡す。内容を一目見て俺に向かって差し出した。

 流れるような美しい文字だな。内容が完結明瞭に書かれている。

 私のするべき仕事は、ハンターへの相談と技量に見合わずに行なう狩りへの助力ということだ。

 そこには注意書きが添えられ、無謀と判断した場合は助力の対象外ととすること。無謀の判断は私によってなされることが書き添えれれていた。要するに助力するかしないかは私の判断になる訳だ。


 「これで、問題ありません。サインはどこにしますか?」

 「此処にお願いしたい」


 サラサラと自分の名を書いていく。日本語だから誰も理解できないし、真似をすることも困難だ。続いて、ギルドのマスター。最後に立会い者として俺の目の前の男が名前を記載する。更にもう1枚同じ文章が作られて、俺達のサインが記載された。


 「1枚は貴方が持っていてください。それとこれは今月分になります。来月からはギルドを通してお支払いを致します」


 男はテーブルに金貨を1枚置くと、私の前から去っていった。

 いったい何者なんだ? 後でカウンターの娘に聞いてみよう。


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