七話
人間が馬や犬などを飼う様に、ウォーゴブリンも労働力になる動物を飼育している。
大型で二足歩行のゴリラのような「とろる」という生物と、地面を走るのに特化した大型鳥類の「おおあしかなりあ」だ。
二種類とも、それぞれの分野に非常に優秀な能力を発揮する家畜だ。
まず「とろる」だが、狩りのときに大いに役に立ってくれる。
主な役割は、荷物の運搬と魔獣への止めだ。
ウォーゴブリンの二倍近い体長である「とろる」達であるから、私たちの荷物など軽いものだ。
また、その巨体から来る破壊力にも目を見張るものがある。
強靭な肉体を持つ魔獣や魔物を倒しきるに十分なほどだ。
ただ欠点として、体が大きい分見つかりやすいという点が上げられる。
先に「とろる」を発見されて警戒されたり逃げられたりすると、狩りに不利になってしまうのだ。
そこで多くの隊は、まずウォーゴブリンが先行して足止めをし、後から来た「とろる」に止めを刺してもらう、という形で運用しているらしい。
ただ、「とろる」は力が強い分移動が遅く、行軍スピードと隠密性を尊ぶ隊では運用を敬遠する傾向もあった。
そもそも「とろる」の飼育が始まったのは、ごく最近なのだという。
この森の近くに住む「アグニーゴブリン」との交友の中で、飼育方法を伝授されたのだそうだ。
飼育されている個体数も、20体前後と非常に少ない。
とはいえ、その怪力と運搬能力はとてつもない利点だ。
大型の獲物を倒した時、倒した隊の運搬能力では運ぶことが出来ず後方支援部隊に援護依頼をすることがあるのだそうだ。
そういったときには、大いに活躍するのだという。
私はいつか自分の隊を持つようになったら、ぜひとも「とろる」を運用してみたいと思っている。
最近になり、訓練の一環として世話をすることが有ったのだが、あの迫力はなかなかのものだった。
目は穏やかそうではあるのだが、その力は太い手足を見るだけで十二分に察することが出来た。
実際、あの大柄な「こるて」を軽々と持ち上げてしまったのだ。
あの感動は、生まれ変わる以前に始めて象を間近で見たときのものに似ていたのではないだろうか。
大きな身体に、力強い鼻。
こんな生物が世界にはいるのかと、驚愕したものである。
私のグループのほかの四人も、大いに驚いていた様子だった。
アレだけ大きな生物が動いているのを見るのは皆初めてだったわけだから、無理も無いだろう。
中でも一番大きなリアクションをしていたのは「ぼっつ」であった。
「すごいすごい! いつか必ずトロル乗りになって、すごい装備を作って着けさせて見せるよ!」
興奮しきった様子でそう喚く「ぼっつ」に、皆「ほどほどにな」と声をかけていた。
「ぼっつ」がそういうのだから、いつか実現させるだろう。
恐らく、いや、必ず私たちの度肝を抜くようなものを作るに違いない。
私に出来ることといえば、精々心臓を鍛えておいてショックで倒れないようにすることぐらいだろうか。
さて、もう一種類の「おおあしかなりあ」についても話しておこう。
この鳥は名前の通り、大きな足のついたカナリアだ。
まず、カナリアを想像してもらいたい。
それを大きくして、ダチョウに似た、それよりも太くて強靭な脚を付ければ、それが「おおあしかなりあ」だ。
何をどう進化したらそうなるのか、私にはまったく分からない。
だが、それの外見は端的に言って「でかい脚の付いた、でかいカナリア」そのものなのだ。
私もまさか自分よりもでかいカナリアを目にすることになるとは、夢にも思わなかった。
しかもこの鳥は、ウォーゴブリンにとっては比較的メジャーな家畜なのだという。
平地に限定されるものの、ウォーゴブリンと荷物を載せて走るのに非常に有効なのだそうだ。
戦う能力が低いので狩りには使えないのだそうだが、交易や基地間の移動には頻繁に利用されているのだという。
その分見かける機会も多いのだが、私にとってはなかなかどうして心臓に悪い鳥である。
生まれ変わる以前の知識があるせいだろうか。
私には「カナリアは小さいもの」という先入観があり、それを根底から覆す存在である「おおあしかなりあ」を目にすると、どうしてもぎょっとしてしまうのだ。
その反応を見るたびに、私のグループの仲間は皆不思議そうな顔をしている。
だが、もし私が知っている小さなカナリアを彼等が見る機会があれば、恐らく彼等も私と同じような反応をするだろう。
もっとも残念なことに、この辺りには私の知るカナリアはいないらしい。
もしこの世界のどこかにいるのであれば、いつか捕まえて仲間達に見せたいものである。
私たちの訓練は、順調に進んでいた。
既に森の周りにいる動物の名前は殆ど覚え、武器の扱いなどにも馴れ始めている。
となればあとは、実地で覚えるだけである。
これは効果は高いものの、非常に危険な訓練方法だ。
私たちがするのは狩りであり、それはつまり相手の命を奪う行為だ。
相手は文字通り死に物狂いで抵抗する。
まして相手は、力も体格も私たちよりも遥かに勝る相手であることが多い。
危険でないはずが無い。
それでも、実地での訓練は必要だ。
何せそれを切り抜けることが出来ないようであれば、狩りに出ることなど不可能であるからだ。
今、私たちは基地から程近い森の中にいた。
いるのは、私のグループ五人と、付き添いの大人三人である。
皆それぞれ武装しており、周囲を警戒しながら進んでいる。
大人たちは、それぞれ私たち五人の後ろをついていく形で歩いていた。
彼等の仕事はあくまで監督であり、万が一のときの備えだ。
だから、私たちの行動を阻害しないように行動しているのである。
実際、よほどの事がない限り、彼らは私たちの手助けはしないことになっている。
気をつけて行動しなければならない。
今私たちに言い渡されている訓練内容は、「基地周辺で中型の魔獣を狩ること」であった。
ウォーゴブリンの基地の周辺には、大型で凶暴な魔獣魔物の類は殆どいない。
私たちウォーゴブリンが狩ってしまうし、そもそもそういった魔獣が近付くことが殆どないからだ。
多くの魔獣魔物は、基地の周りをウォーゴブリンの縄張りであると認識している。
その為、狩猟をするような大型の獣や、知恵のある大きな草食動物は殆ど寄り付かないのだ。
いるのは精々、小型中型の雑食の動物や魔獣ぐらいである。
比較的安全であるこの辺りは、私たちのような子供の訓練にも適しているのだ。
さて、私たちはいま、一列に並んで森の中を進んでいる。
先頭にクロスボウを装備した「くりっつ」、次に私、「ぼっつ」、「りぃむ」、「こるて」の順だ。
「くりっつ」は目端が利くので、前方の安全確認をしてもらうことにした。
私と「りぃむ」で脚の付いた丸太を操る「ぼっつ」をはさみ、護衛する。
最後尾の「こるて」は、後方から襲われたときの足止め要員だ。
一番体が大きく体力もある彼ならば、よほどの事がない限り大丈夫だろう。
こういった編成はウォーゴブリンの間ではポピュラーであり、平均的なものでもあった。
目新しいことは無いが、堅実なのが一番である。
暫く歩いていると、前を行く「くりっつ」が不意に手を上げた。
何かを発見したときの合図だ。
全体が止まり、全員の表情に緊張が浮かぶ。
「くりっつ」はクロスボウに矢を装填すると、ゆっくりと前方の一点に向ける。
何かいたのかと私が確認の為に声をかける前に、「くりっつ」は引き金を引いた。
矢が風を切り飛んでいき、遠くで僅かな悲鳴のような鳴き声が響く。
いぶかしげにそちらを見る私に、「くりっつ」が終わったという旨の言葉をかけてくる。
どうやら何かを仕留めたらしい。
「くりっつ」以外の面子が顔を見合わせ、首を傾げる。
兎に角確認しようと、再び歩き始めた。
少し歩くと、何かが地面に転がっているのが見つかった。
近付いてみてみれば、それはなんとイノシシの死体だったのだ。
見れば目に矢が突き刺さっているではないか。
元々の矢の長さから考えて、おそらくは先端は脳まで達しているだろう。
恐るべきは「くりっつ」のクロスボウの腕前だ。
目を狙うというだけでも難しいのに、そこからさらに脳まで貫通させて見せるとは。
たまたまや偶然でないことは、ここにいる全員が理解しているのだろう。
皆なんとも言えない表情で「くりっつ」とイノシシを見つめている。
私もその一人だ。
「くりっつ」が仕留めたイノシシは、森によくいる雑食性のものであった。
大きさは個体によってまちまちだったが、今目の前で死んでいる個体は大きいほうであろう。
何せ、全長が私よりも長いのだ。
頭から尻まで、2mといった所だろうか。
なんにしてもでかい。
体がでかいということは、それに比例して頭もでかいということだ。
ということは当然、目から脳までの距離も長くなる。
眼下の骨も当然硬いだろうから、よほど上手く狙わない限りこんな射抜き方は出来ないだろう。
イノシシを見て、「ぼっつ」が呆れた様子で肩をすくめる。
「そのクロスボウを強化したのは僕だけど、やっぱりクリッツみたいな人が使うと凄まじいね」
やはりというかなんと言うか、「ぼっつ」が一枚かんでいたようだ。
なんと恐ろしいものを作るのだろうか。
そして、なんと恐ろしい人物に渡すのだろうか。
味方であり幼馴染ではあるが、実に背筋の凍る話である。
さて、とりあえず獲物をとったわけであるから、処理をしなければならない。
新鮮なうちに血抜きをするのは、「海原と中原」でも生まれ変わる以前の世界でも同じらしい。
そうすることで、肉の味が格段に変わってくるのだ。
首の太い血管を切り、血抜きをする。
このあたりは既に大人たちがとって来た得物を見て覚えているので、手早いものだ。
勿論、この作業も一緒についてきている大人は見ているだけである。
話しかけてくるぐらいの事はするのだが、基本的には手も口も出さない。
自分達で獲物の処理をするのも、また必要な経験なのだ。
この世界「海原と中原」の生物は、基本的に生命力が強い。
脳を突き刺されて死亡したこのイノシシも、驚くことに心臓はまだ動いていた。
体も、多少だが痙攣している。
凄まじい生命力だ。
即死だと思うのだが、脳と心臓は別なのだろうか。
もっとも私は、生まれ変わる前のいのししについてもさほど詳しいわけではない。
何体も捌いた事はあるのだが。
イノシシなどを取るのは、私の妻の趣味だったのだ。
私が刀を持っていたので、彼女はそれに対抗して銃を選んだのだという。
競うものではないの思うのだが。
山や畑などが多いところに住んでいたので、猟をする人間はよく駆りだされていた。
私の妻も、良く猟仲間と連れ立って出かけていったものだ。
良く、「お前は猟に出ないのか」「一緒に行かないのか」と聞かれたものだが、その気にはどうしてもなれなかった。
理由は、未だに自分でも判然としない。
戦争経験から銃が苦手なのかとも思ったのだが、苦手意識など微塵も無かった。
生き物の命をとることが嫌だというわけでもない。
ずっと以前、剣術を一緒にやっていた友人に「お前はもしかしたら、相手が人間で無いと駄目なのかも知れないな」と言われたことがあった。
要するに、命をとるならば人間のほうがいいからではないか、というのだ。
そのときはお互い強かに酔っていたので、それを聞いた私は気分を害するどころか、「おお、それだ!」納得してしまった。
そして、こうも言ったのだ。
「それならば銃で命のやり取りをするよりも、刀でやったほうがよっぽど面白い!」
全く随分酔っ払っていたものである。
勢いで、お互い死ぬ前に真剣で果し合いをしようと約束し、約束状を二枚つくりお互い額に入れて持ち帰った。
家に帰った私はそれを妻に見せ、「剣客同士の約束状だ」などと自慢したのだ。
それを見た妻は怒るどころか、大いに笑って見せたのである。
「まぁまぁ、そんなに大切なものならば、飾って置かなければいけないわね」
そういって、居間の柱に掛けたのだ。
酔っ払っているうちは大いに満足した私であったが、醒めてしまえばただの恥だ。
真っ赤になって外してくれるように妻に頼んだのだが、にこにこ笑って頑として外そうとしない。
これが戒めの為や実は怒って、などという理由ならばかわいいものなのだが、そうではない。
妻は言葉通り、「剣客同士の約束状」として、大切に保管するつもりなのである。
二十一世紀にもなって何を言っているのかという私に向かって、妻はしれっとした顔で言うのだ。
「今の若者は覇気が足り無すぎるわ。日本男児たるもの、この位で無ければ駄目なのよ」
覇気も何も無いものである。
結局私が押し切られる形で、その額はずっと飾ったままであった。
後日その友人がそれを見て、腹を抱えて笑ったものである。
「俺は女房に散々叱られたが、やはりお前の奥方は愉快な方だ! 選んでもらえてよかったな!」
たしかに、妻に結婚を申し込んだのは私だったが、その言い草は無いだろう。
まるで私だけが一方的に妻を好いていたようではないか。
彼女だって、私の事を随分と気に入っていたのだ。
だが、それを言ってしまえば、ただの惚気になってしまう。
もう、赤面して黙り込むしかないではないか。
結局その後二人で酒を喰らい、「決闘のときは必ずお前の腕を刎ねてやる」「ならば俺はその前に脚を刎ねてやる」と憎まれ口を叩きあったものである。
実に愉快な友人であった。
実に面白い妻であった。
残念なことに、二人とも私よりも先に逝ってしまったのだが。
私はここでこうして生まれ変わり、ウォーゴブリンとして生活をしている。
彼らは、どうしているのだろうか。
輪廻の輪に戻り、何処かでまた新しい生を受けているのだろうか。
そうで有れば記憶は、思い出はどうなっているのであろう。
きっと、悪いようにはなっていないだろう。
私が生まれ変わるのに尽力してくれた天使たちは、実に素晴らしい方々であった。
彼等のような天使たちが支えるあの世であるならば、きっと素晴らしいところに違いない。
そんなことを考えているうちに、血抜きが終わってしまった。
急いで腹を割き、内臓を取り出さなければ成らない。
こういった作業の間に、血の匂いに釣られて魔獣がやってくることがある。
周囲を警戒するのは、「りぃむ」と「くりっつ」の仕事だ。
二人とも目端が利くので、そういう仕事に向いているのだ。
さらに言えば、腕力自慢である私と「こるて」のほうが、解体にも向いている。
「ぼっつ」はといえば、せっせと丸太にイノシシを乗せる準備をしていた。
獲物が大きいので、運ぶのも大変なのだ。
内臓を全て取り出し、別の袋に詰めたところで、イノシシを丸太の上に乗せる。
かなり大きいが、ウォーゴブリンのなかでも大柄である私と「こるて」ならば問題ない。
後は基地に戻るだけである。
だが、ここで「こるて」が声を上げた。
地図を見る限りでは、近くに川があるはずだというのだ。
水が綺麗なら、そこでイノシシの肉を沈められる。
そうすることで肉を冷やし、味を良くし持ちも良くすることが出来るのだ。
言われて地図を見れば、なるほどたしかに近くに川があるようである。
そういったことならかまわないだろうと、大人が川についての情報を教えてくれた。
なんでも綺麗で冷たい川だそうで、イノシシなどを沈めるには都合がいいだろうという。
それであれば、行かない理由はないだろう。
私たちは早速準備を整え、川へと向かうことにした。
「ぼっつ」が嫌な予感がするといって渋ったが、彼の嫌な予感は大体年中働いているのだ。
誰も気にせず、さっさといこうと促す。
彼も普段からそういわれているのがわかっているのか、渋々ながらも丸太を動かし始めた。
まあ、もっとも。
今回は「ぼっつ」の勘、が当たってしまった訳なのだが……。
次は本編を更新しようと思います。
ぼちぼち仕事がまたいそがしい時期に入ってきたのですが、完全に突入するまでにがんばって更新せねば・・・!