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三話

 私の予想通り、部屋は地下に作られたものであった。

 崖になっているところに穴を掘り、押し固めたり粘土で固めたものであるらしい。

 部屋は全部で20以上あり、実にしっかりとした作りをしている。

 なんでも、こういった洞窟を作ることに長けたゴブリン氏族に依頼して作ってもらったものだという。

 それを聞いた私は、大いに驚いた。

 工事を生業にしているゴブリンの集団が居るということなのだ。

 ゴブリンと言うのは、棍棒などを振り上げて人間に襲い掛かるものだと思っていたが、この世界ではそれだけでもないらしい。

 こういった所謂土木工事に長ける種族のほかにも、農耕や鍛冶、魚を取ることに長けた集団も居るという。

 では私が生まれたこの集団は、一体何を生業にしているのだろう。

 疑問に思ったことは、「あにー」に聞いてみればいい。

 早速質問したのだが、返ってきた答えに私はまた驚いてしまった。

 なんと、私達の集団の得意とするところは、狩だという。

 森に入り獲物を狩り、その肉を武器や作物と交換するのだという。

 なんとも奇妙な話だと、私は思ってしまった。

 私が思うゴブリンとはかけ離れたゴブリンの居る世界にゴブリンとして生まれ落ちたというのに、私が思うゴブリンに近いことを生業にすることになるとは。

 実に奇妙な話だ。

 だが、それと同時に私は妙に納得もしていた。

 私と同時期に生まれた赤ん坊達の行動を見れば、たしかに農耕種族とは思えない。

 一人を除いて、皆まさに生まれながらの狩人だ。

 その一人と言うのは、頭の良い彼のことである。

 非常に利口で、1を聞けば10を知るような男なのだが、どうにも暴力に弱いところがあるのだ。

 私以外の赤ん坊三人に攻撃をされては、立ち向かおうとして結局泣きながら逃げ回っている。

 いや。

 考えてみれば、立ち向かおうとしてはいるのだ。

 そして、敵わないと見て逃げ出している。

 それはある意味、重要な資質かもしれない。

 最後まで諦めないことも肝心だが、引き際を見極めるのもまた技術なのだ。

 そう考えれば、皆まさに狩人の資質を持っているといえるだろう。

 となると、問題は私だろうか。

 前世の記憶を持っている分、どうも本能が弱いような気がする。

 これは非常にまずい。

 仮にも私は族長の息子だ。

 将来群れを率いる事は無いだろうが、そういうものが狩りの素質を持ち合わせないのは大いにまずい。

 これはがんばって、一端の狩人にならなければならないだろう。

 なんとも重圧のかかる話である。

 だが、それだけに心躍る話でもある。

 生まれて早々に生きる目標が見つかるとは。

 人生とは全く、実に面白いものだ。




 私が自分が居た部屋が地下に作られたものだと知ったのは、ついに洞窟の外に出ることになったからである。

 全員がまともに歩けるようになり、言葉も話せるようになったことで、その許可が下りたのだそうだ。

 天然の崖に、穴を掘って作られた洞窟。

 その周りには、木製の建物が並んでいる。

 その建物にも、ゴブリンが生活しているのだという。

 なんでも洞窟を作ってもらったのは大昔であり、その当時は20と少しも部屋があれば十分足りていたのだという。

 だが、年月が経つにつれ人口が増え、仕方無しに木造の建物を建てたのだとか。

 また洞窟を増築してもらえばよさそうなものだが、残念なことに洞窟を掘る技術を持つゴブリンたちは他所の行ってしまったのだそうだ。

 ぜひ間近でその業を見たいと思っていたのだが、残念な話である。

 もっとも、私の落胆などまだいいほうで、頭の良い彼は天を仰ぎ見て絶望したように叫んでいた。

 よほど洞窟を掘る技術というものに興味があったようだ。

 彼は地面を押し固めて作られた床と、粘土を塗られて固められた壁のつくりの違いに非常に興味を持っていた。

 彼曰く、土の質が違いすぎるから、きっと別の場所の土を入れたに違いないというのだ。

 私の目にはよく違いが分からなかったが、水を入れた器に欠片を入れて伸ばすなどの方法でそれを見つけ出したらしい。

 本当に彼の頭はどうなっているのだろうか。


 さて、洞窟の外に出た私と赤ん坊たち、いや、もう赤ん坊と呼ぶのは似つかわしくないだろう。

 私と子供達は、ついに名前をもらうことになった。

 洞窟から出て、整地されたグラウンドのような場所に私達五人は並ぶ。

 その後ろには、八組の男女が居る。

 どうやら、子供達の両親であるようだ。

 皆本能的に両親が分かるようで、そわそわとそちらのほうに目をやっている。

 私の両親はといえば、私達の前に立っている。

 族長である父と、その補佐役らしい母である。

 父は実に逞しい体型をしている。

 これぞゴブリンというような、風格ある顔立ちだ。

 人間の子供が見れば泣き出しそうな迫力は、まさにゴブリンといった風情だ。

 母はといえば、小柄で何処かのんびりとした様子に見える。

 未だにゴブリンの美しさを見分けることは出来ないのだが、何処か可愛らしい印象だ。

 実にお似合いの夫婦に見える。

 二人を見ているうち、ふと妻の事を思い出してしまった。

 実に快活で、キップの良い女性だった。

 前世では二人で、カルチャー教室などに行ったりもしたものだ。

 彼女が面白がって入ったのが「サバイバルゲーム教室」なるもので、なかなか面白い体験をしたりもした。

 実に、実に良い思い出である。

 そんなことを考えていると、なにやら周りに大人のゴブリンたちが集まりだしていた。

 父の横に居たはずの母は、いつの間にか後ろに回っている。

 代わりに立っていたのは、細面のゴブリンだ。

 そのゴブリンが手にしているのは、小さな木の板だった。

 綺麗に同じ大きさに整えられたそれは、実に高い技術で形をそろえられているように見える。

 木の板は五枚あり、それぞれに紐が通されている。

 よく見れば、それは大人のゴブリンたち全員が首からかけている物と、同じものの様に見えた。

 族長である父が手を上げると、周りがシンと静まり返る。

 私と子供達も、それに釣られて身体をこわばらせた。

 それから、父はゆっくりと静かな、しかし腹のそこに響くような声で話し始める。

 ゴブリン特有の言い回しと例えを要した言葉遣いが多いので、おおよその意訳をするとしよう。


 この札には、父の名と母の名、そしてそれぞれの名が刻まれている。

 非常に丈夫で、腐りにくい。

 これはお前達の身分を証明するものだ。

 ウォーゴブリンの一人であることを証明するものである。

 だから、必ず常に首からかけて置くように。

 これを首からかけているものは仲間であり、命をかけて助けねばならない。

 もし仲間が死んだときは、その仲間がかけているこの札を、この場所に持ち帰らなければならない。

 これはウォーゴブリンにとって、身分と命を証明するものである。


 それから、私と子供達の首に、父は手ずからその札をかけていった。

 まだ字が読めないが、それには父と母、そして私の名が記されているという。

 頑丈で屈強なゴブリンの身体には僅かの重さも感じないものではあるが、心にはずっしりとした重さを感じる。

 全員に札を渡し終わると、ついに私と子供達の名前が言い渡される番となった。

 暴れん坊な彼の名は、「こるて」。

 古い言葉で、「腕」という意味があるらしい。

 頭の良い彼の名は、「ぼっつ」。

 これはゴブリンの言葉で、「知能」や「知性」を意味する。

 石と棒切れを駆使する彼女の名は、「りぃむ」。

 これもゴブリンの言葉で、「走る」を意味する言葉だ。

 石を投げるのが好きな彼女の名は、「くりっつ」。

 遠い異国の言葉で、「貫く」という意味があるのだという。

 そして、私の名前だ。

 私の名は、「までぃ」。

 遥か遠い国の言葉で、「集う」という意味があるのだという。

 良い名だ。

 だが、私には名が勝ちすぎている気がする。

 恐らくはみなが集うものになれという意味なのだろうが、私にそれが出来るだろうか。

 いや、そうなれるように努力しなければいけない、という意味だろう。

 名であり、戒めである。

 実に深い名だ。


 私達五人のほかにも、名を授かる子供たちが居た。

 どうやら私達は真っ先に呼ばれたものであるらしい。

 私達の後に続き、十二人の子供たちが名を授かった。

 その全員が首に板をかけられるのを、私達は並んでじっと見ていた。

 どうやらゴブリン、いや、ウォーゴブリンと言うのは、凄まじく早く成長するものらしい。

 「こるて」も「りぃむ」も、実に大人しくその様子を見ていた。

 私達五人も合わせて、合計十七人。

 五人組、六人組、六人組の、三つのグループが名を授かった。

 今年生まれたウォーゴブリンは、これで全てだという。

 皆、守り、守られる仲間である。




 名を授かった後は、全員親元へ行くことになっていた。

 あの、洞窟の部屋へは戻ることは無いという。

 お気に入りの棒が持ってこれなかったと「こるて」が騒いでいた以外、皆概ねそれを受け止めていた。

 あそこは、言ってみれば保育器のようなものであったらしい。

 生まれたばかりの赤ん坊を守り、一人で歩けるようになるまで面倒を見る施設だったのだ。

 「あにー」と「とむ」は、衛生兵だったのだという。

 そう、衛生兵だ。

 我々ウォーゴブリンは、それぞれの役職を「~兵」としているらしい。

 正確には少しニュアンスが違うのだが、前世で使っていた日本語に訳すると、それが一番近くなるだろう。

 ウォーゴブリンの大人は皆「兵」であり、我々子供は守るべき対象なのだという。

 であるから、我々の役職は未だ無く、ウォーゴブリンの言葉で「ぴぃぽぅ」や「ぴぃぶぅ」などと呼ばれている。

 これも日本語とはかなり発音が違うのだが、できる限り近づけるとするとこうなる、という程度に捉えていただきたい。

 私たちが今居るこの場所は、ウォーゴブリンの本拠地であり、中枢であるのだという。

 最も重要な、武器庫、資料庫、食糧貯蔵庫が集中しているのだとか。

 なので、子供が生まれそうなウォーゴブリンは皆ここに集まり、生まれた子供達はここで訓練を受けるのだという。

 驚いたことに、例え異なる日に妊娠しても、ウォーゴブリンが出産する日は決まっているのだそうだ。

 決まって今の時期の満月の日なのだという。

 サンゴなども一斉に産卵するのだし、そういう動物は珍しくないのかもしれない。

 さて。

 生まれた子供達の親は、子供がある程度成長するまでの期間はこの本拠地に残る事になる。

 その期間は、約一年。

 子供の教育期間は二年間であるので、一年あまってしまう。

 親となるゴブリンはそのまま中央に残るか、それぞれの赴任地に戻るかになるのだという。

 何が基準になるかは、場合よりけりなのだという。

 私の父は全ウォーゴブリンの長であるので、ずっとここに暮らすのだそうだが。


 今後の事についてだが、あの洞窟の部屋で育った子供達は、それぞれチームとして教育を受けることになるのだという。

 これは素直に嬉しかった。

 我々ウォーゴブリンにとっての生後十日間は、人間にとっての生後六年間にも匹敵する。

 あの四人は、もう既に私のかけがえの無い幼馴染たちなのだ。

 私達は二年間の訓練を受けた後、チームとして任務に赴くことになるらしい。

 つまり、森に入って狩をするのだ。

 このときになると、私に「ゴブリンなのに教育をするのか」という驚きを覚えることはなくなっていた。

 むしろ「流石わが種族である」と、誇りに思うぐらいである。

 私はこれから、「こるて」「ぼっつ」「りぃむ」「くりっつ」と、一人前のウォーゴブリンになるべく訓練を受けるのだ。

 実に、実に楽しみである。


 さて、何故私がこんなことを知っているかといえば。

 家に戻って早々、父がとうとうと語って聞かせてくれたからである。

 母は「まだよく分からないわよ」と苦笑していたが、父は私が真剣に聞いているのを察していたらしい。

 ここまで話し終わった父は、母に聞こえないように私にそっとささやいた。


 お前は私達の最初の子、長男だ。

 普通の子供がお前の様に考え行動するかは分からないが、どうもお前は他の子供より少し知識があるらしい。

 何か困ったことがあれば、なるべく自分で考えて行動せよ。

 それでも分からないことがあれば、何でも聞け。

 知ってのとおり、私はウォーゴブリンの長だ。

 子であるお前は苦労もするだろう。

 まあ、がんばってくれ。


 なんと、私は長男であるらしい。

 跡継ぎということになるのかと聞けば、恐らくはそうなるだろうという答えが返ってきた。

 これは大事である。

 それよりも何よりも、まず最初に誤解を解かなければならない。

 私は父にこう伝えた。


 私は私に知識があるとは思えない。

 私よりも賢いものは居るし、私はどうもそういったもの達には敵わないだろう。


 そう、私は私より賢い男を知っている。

 前世の知人にも何人もいたし、今世にも「ぼっつ」という男が居る。

 私は彼らに知識で敵うとは、到底思えないのだ。

 だが、父はその言葉をどう捉えたのか。

 私の頭をなでながら、大きな声で笑った。

 そして、こういう。


 お前はまだ子供だ、決めるのは早い。

 それに万一そうだとしても、お前は「までぃ」だ。

 集い戦え。


 それを聞いて私は、なるほどと思った。

 自分より優れた人間が仲間である。

 それはどんなに心強いことだろう。

 私は父に分かったと伝えた。

 私と父がそんな話をしている間に、母や夕食を作っていたらしい。

 ここ十日間、ずっと虫だけしか食べて居なかった。

 一体どんな食べ物がでるのか、実に楽しみである。

ついに洞窟から出ました。

いよいよ訓練です。

訓練では、いろいろな動物と戦う練習をします。

勿論座学もあります。

周りにどんな動物がいて、どんな様子なのか。

人間との付き合い方。

ほかのゴブリンとの関係についてなどなど。

学ぶ事はたくさんあります。

とりあえずは近所に住んでる「アグニーゴブリン」とかの事も知らなきゃいけません。

え?「アグニーゴブリンって・・・アグニーなんじゃ・・・」って?

そうですがなにか?(まさに外道!

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