十四話
大演習の始まりは、実に静かなものだ。
狩場が基地の周りであるという事も有り、出撃前の集会のようなもは行わないのである。
大きな音を立てれば、確かに基地の周りにいる獲物は逃げてしまうだろう。
担当官の指示に従い、一斑ずつ静かに出撃していく。
極力大声や大きな物音を出さないようにと指示されているためか、どの班も実に静かなものだ。
というよりも、緊張しているのだろうか。
皆どこかそわそわとしていて、落ち着かない雰囲気である。
それも仕方の無い事だろう。
誰も彼も、初めての班単位での狩りなのだ。
緊張するなという方が無理な話である。
私達も、もちろん例外ではない。
皆一様に固い表情をしており、どこかそわそわしているように見えた。
普段は全く落ち着き払っている「くりっつ」も、あちらこちらへ視線をさまよわせている。
恐らく、この中でもっとも落ち着いているのは、私だろう。
なにせ生まれ変わる以前、戦場を経験しているのだから。
修羅場を幾つも潜ってきている分、物事に動じにくくなっているのだ。
とはいえ、全く平常心で居られるわけではない。
やはり初めての物事というのは、幾つになっても緊張するものである。
だが、それと同時に、非常に楽しみでもあった。
一体どのような狩りになるのか。
どのような獲物に出会えるのか。
なんとも心躍ることである。
僅かに手が震え、手にしていた刀がカチカチと音を立てた。
武者震いというヤツだ。
この緊張は、悪いものではない。
これから自分がすることと、しなければならない事の大きさを理解しているが故のものであるからだ。
しかし、傍から見ればただ震えているのと変わらないように見えるだろう。
そう考えると、苦笑いするしかない。
ふと、なにやら視線を感じ、振り返る。
視線の主は、私の班の四人の面子だ。
一様に訝しげな表情をしている。
私が何事か、と訪ねると、四人は大きくため息を付いた。
「落ち着いてるのはマディだけか」
「緊張してるところ想像できないよね」
「しないんじゃない? マディだし」
「マディだしな」
「こるて」「ぼっつ」「りぃむ」「くりっつ」の順の言葉である。
どうやら四人とも、私が緊張していないと思っているらしい。
これは大きな誤解である。
実際、今も私は大いに緊張しているのだ。
私がそういうと、四人は一様に呆れたようなため息を吐いた。
どうやらいまいち信じていないらしい。
確かに私は一度死に生まれ変わった経験を持っているが、今は生まれ変わって「までぃ」としての文字通りの第二の人生を歩んでいるのだ。
このはれの日に緊張しないはずがない。
私が一言言ってやろうと口を開くが、言葉を発することは出来なかった。
担当官から声がかかったからである。
どうやら、私達の出発の時間らしい。
いろいろといいたいことはあるが、仕方が無いだろう。
気を取り直して、班の面子の顔を見回す。
やはり皆緊張はしているらしく、表情は多少固いようだ。
だが、闘志には満ち満ちている様子である。
これは、よい緊張だ。
「ぼっつ」辺りうろたえるかとも思ったが、なかなかどうして、よい面魂になっている。
やはり彼も、ウォーゴブリンなのだ。
もちろん、私も、他の彼らもそうである。
なかなかどうして、頼もしい限りではないか。
では、往こうか。
私のそんな声かけに、同じ穴倉で育った彼等は大きくうなずきを返して来る。
ようやく、私達単独での、初めての狩りが始まるのだ。
さて。
張り切って出発したのはいいものの、私達は暇をもてあます事となっていた。
いや、考えてみればそれも無理からぬ事だろう。
何しろ大演習で相手にするのは、基地周辺にいるような普通の動物や小型の魔獣なのである。
そういった獲物は、近づく前に「くりっつ」が見つけて、仕留めてしまうのだ。
実際の狩りを想定しての演習であるだけに、その距離で仕留められるものを、わざと仕留めずに近づくというのも躊躇われる。
そのせいというか、おかげでというか。
「くりっつ」以外の私たちの仕事といえば、仕留めた獲物を脚付き丸太に積み込むことだけであった。
「まあ、考えてみれば当たり前か。ダイオウコウカマムシみたいなのが基地の周りをうろうろしてる訳もないんだしな」
非常に不満気にぼやく「こるて」の言葉に、私は頷いて返す。
私達がたまたまあのような大型の魔獣と対峙してしまっただけであって、同い年の仲間からすればこういった狩りも緊張するものであるだろう。
だが、大きな獲物を仕留めてしまった私達からすれば、いささか何というか、退屈な狩りである。
もともとの目的の一つが基地周辺の魔獣が増えすぎるのを抑えるため、であるわけだから、これでいいと言えなくもないのだが。
「くりっつ」の活躍により、脚付き丸太には順調に獲物が積みあがっている。
全て血抜きはしてあるが、それ以外の処理はしていない。
狩りの効率を上げるためである。
ぼやいているのは、私と「こるて」だけではない。
他の皆も、いかにも手持ち無沙汰といった様子である。
緊張感を切らしている訳でも、周囲の警戒を怠っているわけでもないのだが、如何せん肩透かしを食らったという思いは否めないらしい。
もちろん私も、例外ではない。
愚痴の一つも言いたくなるところではあるが、班の皆は口では退屈だ暇だといいつつも、警戒を緩めている様子はなかった。
となれば、私も気を引き締めなければならないだろう。
私は目を瞑り、両手で顔を打ち気合を入れなおす。
その私の姿を見て、「こるて」も真似して顔を打った。
お互い無言で顔を見合わせ、にやりと笑う。
そして、「ぼっつ」の方へ振り返った。
私達に視線を向けられて驚いたのか、「ぼっつ」は数歩たじろいだ。
そして、あいまいに笑って顔の前で手を振る。
どうやら、自分はやらないと言いたいらしい。
まあ、それもいいだろう。
そう思っていた私の耳に、軽い破裂音のような音が響いた。
そちらに目を向けると、「りぃむ」が顔を叩いていたのか、目を瞑って両頬に手を当ててる。
すぐにそれに続き、「くりっつ」も顔を叩く。
それを見た「ぼっつ」は、なにやら観念したような渋い顔を作る。
それから両手を広げると、意を決したように顔を叩いた。
いかにも痛そうに表情を歪める「ぼっつ」を見て、私は思わず噴出してしまった。
どうやらそれを見て面白いと思ったのは、私だけではなかったようである。
他の面々も、一様に面白そうな笑い声を上げていた。
「ぼっつ」は不満げな顔をしているが、これで皆、気合を入れなたようである。
表情を改め、各々の獲物を持ち直した。
そして、歩く事しばし。
気を取り直していたおかげか、私達はちょっとした獲物を得ることが出来たのである。
私達が仕留めたのは、ヨロイイノシシであった。
皮膚が固く、なかなか厄介な相手である。
とはいえ、私の刀や「こるて」の槌であれば、一撃で倒す事も出来ない相手ではない。
これの厄介なところは、大概が群れで行動しているというところだ。
一匹二匹ならばともかく、十数匹となれば厄介な事この上ない。
私達が見つけたのは、そんな大きな、十数匹の群れであった。
見つけたのはもちろん「くりっつ」だ。
野生動物がこちらに気が付く前に相手を見つけるのだから、相変わらず恐ろしい眼力である。
次に活躍したのは、「ぼっつ」と「りぃむ」だった。
あらかじめ通りやすそうな獣道を見つけ、そこに「ぐれねいどぅ」を仕掛けるのだ。
木の上に「くりっつ」がのぼり、狙撃の準備も抜かりはない。
砲台代わりの「ぼっつ」も、自慢のダイオウコウカマムシの殻で作った脚付き丸太を鎮座させている。
となれば、後は推して知るべしだ。
私と「こるて」が、ヨロイイノシシを誘導するのである。
彼等は肉食ではなく、草食性だ。
そのためか基本的に攻撃性はさして高くなく、逃げられるのであれば戦いは避ける傾向にある。
要するに、驚かせれば余程の事がない限り、逃げ出すのだ。
子育ての時期などであれば危ないのだが、幸いな事に今回はそういった様子が見られなかった。
あとは、私と「こるて」がヨロイイノシシを驚かせるだけである。
一応、逃げ出さずに襲ってきた時のために、避難に適した木と、その周囲に「ぐれねいどぅ」を仕掛けて時間稼ぎの準備も欠かしてはいなかった。
もっとも、これは無駄になってしまったのだが。
突然現れた私と「こるて」に驚いたヨロイイノシシは、狙いたがわず、一直線に私達が張った罠へと飛び込んでいったのである。
待っているのは、「ぐれねいどぅ」による爆撃と、「ぼっつ」の新兵器による攻撃。
そして、「くりっつ」による無慈悲なまでに正確な狙撃だ。
哀れヨロイイノシシは、私と「こるて」が駆けつけるまでには、全滅してしまっていたというわけである。
すべてのヨロイイノシシが死んでいるのを確認し終わったところで、森の中に甲高い笛の音が響いた。
大演習の終わりの合図だ。
一先ず基地に帰還しなければならない。
そこで、私はあることに気が付いた。
これだけ獲物が多いと、脚付き丸太に載せきれないのである。
せっかくとった獲物を、放置するなど論外だ。
だが、もって帰ろうにも運ぶ手段がない。
こういう場合、対処方法はおおよそ決められている。
分散して、何人かをこの場に残し、残りが基地へ帰還。
運搬要員をつれて、戻ってくるというものだ。
今回は場合が場合だけに、その手段をとるしかないだろう。
私達ぐらいの、それも初めての狩りである大演習でそういった手段を使うというのは、聞いた事がない。
まあ、しかし。
なってしまったものは仕方ないだろう。
獲物を守る役を「ぼっつ」と「くりっつ」に任せ、私と「こるて」、「りぃむ」は基地へと戻ることになった。
そう判断した私に、「こるて」は珍しいものでも見るような顔を向けてくる。
何事かと訪ねた私に、いや、と断りを入れてこういった。
「お前にしては珍しく気が利いてるな、と思ってな」
気が利いている、という言葉の意味が分からず、私は首を捻った。
そんな私を見て、「こるて」と「りぃむ」は深いため息を付く。
「いや、いい。まあ、マディだもんな」
「マディだからね。安心したわ」
一体何のことを言っているのか確認したいところだが、如何せん今はすばやく行動すべき時である。
話しは後で聞くとして、私達は急ぎ基地へと戻ることになった。
「大演習に参加した子供が回収頼むなんて、聞いた事ないぞ」
そんな風に大人にぼやかれはしたが、ヨロイイノシシは無事回収する事ができた。
あれの肉は中々に美味いので、夕食は大いに期待できるだろう。
無事に肉、ヨロイイノシシは回収され、私達の大演習は終わる事になった。
ヨロイイノシシを回収に戻った時「ぼっつ」が妙に赤い顔をしていて驚いたのだが、特に問題はなかったらしい。
そのあとも終始ぼうっとした様子だったのだが、何かあったのだろうか。
当人や周りは、気にするな、というのだが、本当に何があったのだろう。
あとで「ぼっつ」に確認してみる事にしよう。
さて。
私達はあまり感慨もなく終わった大演習であったが、他の子供達にとっては大いに刺激になっていたらしい。
皆ほっとした面持ちで、ぐったりとした様子であった。
始まりと同じで、大演習には終了式のようなものもない。
何人かの顔見知りに声をかけ、お互いの労をねぎらう程度である。
多くの班がいくつもの獲物をとっており、その時の緊張や驚きを話し合っていた。
私達も会話に参加したのだが、皆大いに驚いた様子である。
「お前らでもあのぐらいの獲物で驚くんだなぁ」
「俺らも油断しないようにしないといけないってことか」
「気を引き締めないとなぁ」
どうも私達の扱いは、同世代の皆より腕がよいということになっているらしい。
今回のヨロイイノシシの件と、以前のダイオウコウカマムシの件が響いているようなのである。
だが、どちらもたまたま偶然の産物だ。
ダイオウコウカマムシは偶々「けいんず」がいたから、狩りに参加させてもらえたのだけだ。
今回にしても、ヨロイイノシシの群れを見つけただけただけであり、ほかの班が見つけたら手柄は彼らのものだっただろう。
そんな事を私が言うと、皆は呆れたような表情を作った。
「お前、普通なら撤退して援護要請するぞ」
言われて見れば、そうかもしれない。
「りぃむ」と「ぼっつ」の二人が大量の「ぐれねいどぅ」を用意していたからこそ、今回の狩りは成ったのである。
今回の大演習で必要であろう一般的な装備を持って行っただけであれば、あのような狩りは無理だっただろう。
私がそういうと、皆は今度は諦めたようなため息を付き始めた。
どうにも今日は呆れられる事の多い日である。
もしかして私は、何かしら察しが悪かったりするのだろうか。
生まれ変わる以前も、友人にはよくそのことで呆れられたものなのだが。
性質というのは、死んでも変わらないものであるらしい。
演習が終わった私たちに、担当官である大人が報せを持ってやってきた。
今回の大演習の結果が認められ、私達の班は1ヵ月後、交易護衛訓練に参加できることが決まったというのだ。
他のゴブリンの集落へ向かう交易隊に随行してのこの訓練は、本格的な遠征訓練のための準備である。
本来であればこの訓練は半年先に行われる予定だったのだが、今回の活躍により予定を早める事にしたのだという。
どうやら私達は、大人にもそれなりの実力があると見込まれているらしい。
実に嬉しい事ではあるが、これは聊か過大な評価な気がする。
確かに皆一芸に秀でて入るが、まだまだ子供だ。
まして私は、刀一つしか取り得のない男である。
しかし。
そう、しかしだ。
今回の事を決めた大人達は、皆百戦錬磨のつわもの達である。
彼らが私達を見込んで許可を出したという事は、それなりに意味のあることなのだろう。
必死になれば、一ヵ月後にはそれだけの実力が付く、という意味なのかもしれない。
それだけ、期待がかけられている、という事ではないだろうか。
そうであるならば、応えて見せなければならないだろう。
男気とはそういうものである。
だが、如何せん重圧を感じるのは、仕方のないことだろう。
「ぼっつ」は相当に精神をやられているらしく、真っ青な顔をしている。
対して至って嬉しそうなようすなのは、「こるて」と「りぃむ」だ。
「くりっつ」は相変わらず、静かな様子である。
「基地の外に泊まることになるんだろう? どんなところかな!」
嬉しそうな「ぼっつ」の言葉で、私はふと、あることを思い出した。
ここは、生まれ変わる以前の私から見れば、異世界なのである。
最近あまり意識しなくなってきていたのだが、映画や小説の中にしかなかったはずの世界なのだ。
その世界で生まれ、生きている。
実に不思議な、不思議な感覚だ。
もし。
もしも、生まれ変わる以前の妻が聞いたら、どんな顔をするだろうか。
恐らく羨ましがるに違いない。
彼女は実に好奇心が旺盛で、いつも新しいことに取り組む女性だった。
基地を離れ、全く知らない土地を目にする。
この機会がもし彼女に訪れたら、どうするだろうか。
飛び跳ねて喜ぶ姿が、目に浮かぶ。
実に彼女らしい、実に楽しそうな姿だ。
彼女の分まで、というのは、聊か違うだろうか。
先に逝った彼女も、恐らくはどこかで私のように生まれ変わっているに違いない。
私との、前世の記憶があるにしても、ないにしても。
いや、ひょっとしたら、あの世をまだまだ楽しんでいるかもしれない。
私がこの生を終えてあちらに逝くまで、案外そうな気もしてくるから、不思議なものである。
一人笑う私を見て、仲間達は、どうした、と声をかけてきた。
私は、なんでもない、と応え、武器の片づけをしようと言う。
明日からは、今まで以上に忙しくなるのだ。
なにせ、一ヵ月後には交易隊を護衛する訓練なのである。
「こるて」と「りぃむ」が大きな声で。
「ぼっつ」が控えめに。
「くりっつ」は、無言で頷いて。
それぞれに返事をする。
彼らのそれぞれにそれぞれらしい返事を見て、私は思わず、笑いをこぼした。
一先ず、今回で一章完です。
他の書籍化作業などで、随分間を空けてしまいました。
余裕が出来て更新が出来るようになったら、また息抜きで書きたいと思います。
元々この作品は、一人称の練習と、息抜きを目的に始めたものです。
それが思いのほか多くの方の目に留まり、驚いていました。
頻繁に更新できないため、非常に心苦しかったのですが、一先ずの区切りを迎えた形になります。
またシバラクしたら、マディの生活を書いていきたいと思います。