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十三話

 大演習に向けて、様々な準備が進められている。

 ここの所外部との交易が盛んなのも、その一端だ。

 魔獣の肉や毛皮、骨などを、武器の材料などと交換するのである。

 鉄や一部の木材などは、ウォーゴブリンの基地では生産していない。

 そういったものを得るには、交易をするしかないのだ。

 鉄はともかく、木材は周りにあるではないかと思うかもしれない。

 私もはじめはそう思ったのだが、武器に使う材料となると、何でもいいということではないらしいのである。

 木材にも向き、不向きがあるそうで、特に武器に使うものは特別なものであるのだそうだ。

 曲がることなく、まっすぐになるように手をかけて育てた木を使った木材は、それだけで鉄や魔獣の素材と同じ価値があるのだという。

 考えてみれば、私達ウォーゴブリンが使う武器の柄などになるわけであるから、なるほどよほど頑丈でなければならないだろう。

 そういえば、クロスボウなども木製であり、脚付き丸太も木製である。

 あれらもかなり高級な木材を使われているとかで、魔獣などに体当たりをかけても壊れる事は殆ど無い。

 魔獣は生木をへし折るものが居るほど、体の頑丈な生物である。

 そんな彼らを相手にするわけだから、当然武器の方も頑丈でなければならない訳だ。

 狩りの最中に手持ちの武器の柄がすべて折れてしまうなど、最悪の事態だろう。

 なるほど良い木材というのは、実に価値のある素材である。

 さて。

 交易でウォーゴブリンが輸出するものといえば、当然魔獣そのものである。

 先ほどもあげたように、骨や毛皮、肉などだ。

 その中には、私たちが作った内臓肉をタレでつけたものも含まれていた。

 評判が気になり、交易に言った大人に話を聞いたのだが、なかなか好評な様子であった。

 なんでも最初初めてのものだからと、交換無しで振舞ったのだそうだ。

 賑やかに人が集まる場所で、一人に一口二口分ずつ出したのだそうである。

 このやり口を聞き、私は思わず舌を巻いた。

 アレは後を引く味であるから、一口二口食べただけではとても収まらない。

 次から次へと、口が要求してくる味なのだ。

 案の定、取引はとんとん拍子に上手くいき、あの内臓肉をタレでつけたものはたくさんの道具や香辛料へ化けたのだとか。

 実りのある交易になったようで、何よりである。

 それだけ聞いて満足していた私であったが、ここで思わぬことが起きた。

 交易を担当する大人達から、大いに感謝されたのだ。

 そして、様々な物資を融通してくれたのである。

 あの内臓肉をタレでつけたものは、交易品としてでなく、交渉を有利に運ぶのにも役に立ったのだそうなのだ。

 何でもアレを肴に、一杯引っ掛けながら話をしたのだという。

 なるほど美味い肴に酒が入ったとなれば、話し合いも円滑に進むはずである。

 酒というのは人生に彩を与える、いわば華なのだ。

 生まれ変わる以前は私も酒が好きで、よく友人達と飲み明かしたものである。

 日本酒、ビール、ウィスキー、焼酎。

 考えてみれば、色々な酒を嗜んだ。

 いや、嗜んだといえば語弊があるかもしれない。

 なにせ酒に飲まれた数は、私が死ぬときの年齢では足りないほど有ったのだから。

 気の合う友人と飲む酒の味は無類であり、妻が作ってくれる肴の味もまた、無類であった。

 今の私はまだまだ子供であるため、酒を飲む事は当然出来ない。

 だが、月日が流れて後、同じ穴倉で育った彼等と飲む酒は、さぞ美味い事だろう。

 今から実に、実に楽しみである。

 それは良いとして、今は物資の事である。

 融通してくれる、とはいっても、その量は他の子供達に分け与えられる量よりは多い、といったものだ。

 当然大人達の班に分けられる分の方が、よほど多い。

 大演習では大人達も大掛かりな狩りを行うので、当然のことだろう。

 だからこそ、私も遠慮なく分けて貰えたわけである。

 これが驚くほどの量であれば、遠慮していた事だろう。

 恐らく融通してくれた大人も、そのあたりのことは織り込み済みなのだ。

 さて、問題は融通してもらった物資である。

 様々な素材があるので、通常であれば子供である私達はもてあましたに違いない。

 良い鉄材や木材を手に入れても、それを加工する手段が無ければ宝の持ち腐れなのだ。

 その点、私達にはそういった心配が一切無い。

 設計から製作まで一人でこなす、途轍もない男がいるのである。

 案の定、素材を得た「ぼっつ」は目を爛々と輝かせ、恐ろしい勢いで装備を整え始めた。

 消耗品から武器まで、準備するものや整備すべきものは、山のように有るのだ。

 大演習が近いこの時期、本来であれば私達ぐらいの子供はそれらの準備にかかりきりになってしまう。

 だが、私達の班には「ぼっつ」が居る。

 簡単なものはともかく、難しく複雑な調整などは「ぼっつ」がこなしてくれるのだ。

 というよりも、私や「こるて」はそういった作業をさせてもらえないのである。

 繊細さが必要な作業をさせると、必ず壊すというのだ。

 確かに、私も「こるて」も前科はある。

 しかし、今では整備の成功率も三割程度には上昇しているのだ。

 十回やって三回は成功するのだから、安心して任せて欲しいところではあるのだが。

 ともかく、時間のかかる整備作業から追い出されて、私と「こるて」に時間ができてしまった事は事実だ。

 訓練もこの時期は短縮され、整備や準備に時間を取れるようになっている。

 皆が整備や準備に追われている間、私と「こるて」は暇になってしまった。

 となれば、当然することは一つである。

 自主訓練だ。

 大演習では、初めて私達五人だけで行動する事になる。

 中型動物や小型魔獣との遭遇しか想定されないわけではあるが、侮る事はできない。

 どんな相手でもこの世界を生き抜いている以上、それぞれに武器があるのだ。

 この基地の周りで生き抜いていると成れば、なおさらである。

 それぞれへの対応は、一つ間違えれば文字通り命取りになるだろう。

 今のうちに体に叩き込んでおかなければならないのだ。

 私と「こるて」は、訓練と敵への対応の確認。

 そして、それ以外の三人、「ぼっつ」「りぃむ」「くりっつ」は、それぞれ装備の製作や整備に当る。

 考えてみれば、実に理にかなった状態ではないだろうか。

 前衛に出る二人は、敵のことを調べ対応を体に叩き込んでおく。

 今回戦闘指示は私が出す事になっているそうなので、その意味でも対応策の確認は必須だ。

 消耗品である「ぐれねいどぅ」を大量に使う「りぃむ」や、矢の消費が激しい「くりっつ」は、それぞれに大変な準備が必要である。

 訓練を多少減らしてでも、これらの準備は必要であるだろう。

 そして、装備全般の精密整備をこなすのが、「ぼっつ」である。

 製作すら担当した彼であるから、整備など朝飯前だ。

 これはまさに適材適所。

 実に素晴らしい配置ではないだろうか。

 潤沢な物資に、考えうる最高の装備。

 それぞれに適した分野で、準備を進める。

 実に、実に贅沢なことではないか。

 大演習本番が楽しみで仕方が無い。

 そういえば、確かその前に装備点検があったはずだ。

 なんにしても、まだまだ数日は忙しい時間が続きそうである。




 さて。

 大演習の前には、様々な準備が行われる。

 その一つが、大人による子供達の装備点検である。

 私達のような子供を対象に行われるものであり、大演習のときに使う装備を確認するものだ。

 狩りの時に使う装備というのは、決まったものではない。

 自分でどれが必要か選び、準備するものなのである。

 装備の方向性は兵科によっておおよそ決まってはいるものの、これでなくてはいけない、というものは無いのだ。

 その場その場、狙う獲物や赴く場所によって臨機応変に装備を変える事も、兵士に求められる技術なのである。

 自分で選択をするということは、経験が足りないうちは当然失敗や誤りが出てくる。

 大演習が初めての子供達だけでの狩りに成る私達の場合は、なおさらその危険が高い。

 そこで、参加する子供達は全員大人達の点検を受けるのだ。

 各班ごとに、アレが足りない、コレが足りないなどの指摘を受け、大演習当日までに最良の状態を目指すのである。

 この点検はなかなか厳しいもので、大演習ギリギリまで合格点が得られない事が大半であるという。

 それもある種当然の事だろう。

 何しろ私達ウォーゴブリンの狩りは、魔獣を相手にしたものなのだ。

 一瞬でこちらの命を奪う事すらできる手合いを相手にするのだから、準備は万全を期さねば成らないのである。

 今現在、まさにその装備点検が行われている真っ最中である。

 広い訓練場にずらりと並んだ子供達の班が、順番に点検をされていた。

 自分達の順番が回ってくるまでの間、ただ緊張して待っていれば良いというものではない。

 他の班が受けた指摘などを聞く事も、また大きな経験になるのだ。

 どうやら多くの班が、弓やクロスボウを使う人員の接近装備の少なさ、前衛兵科の装備幅の少なさなどが指摘されているようである。

 たしかに後衛に付く狙撃兵などは、接近される事が少ないことからナイフなどの小さな武器を好む場合が多い。

 しかし、それでは前衛を抜いて突撃してきた相手を止められないのだ。

 今回の大演習では、猪のような突撃力の高いものや、角を持った雄鹿などを相手にする可能性が高い。

 これらの突撃を止められるか、いなせる武器が必要になるのである。

 勿論逃げ切れるならばそれが一番だが、何しろ野生動物というのは足が速い。

 私達ウォーゴブリンも駆け足は遅い方ではないのだが、如何せん相手は必死だ。

 最低限、鉈かそれに準じた破壊力のある武器が必要だろう。

 前衛兵科も、得意な得物だけでなくいくつかの種類を持つ事は非常に重要である。

 これは、先日ダイオウコウカマムシと戦って痛感した事でもあった。

 あの巨大な虫を前に、並のハンマーなどは無力だ。

 関節を狙う事ができる武器が、絶対に必要なのである。

 「こるて」はそういった類の武器を持っていなかったためにアレの背に乗る機会を逸したため、準備の大切さを身に染みて感じているようだ。

 今回の大演習には、並々ならぬ情熱を注いでいるようでもある。

 私も負けないよう、気合を入れねばならないだろう。

 さて。

 前の班の点検が終わり、いよいよ私達の番だ。


「よし、次だ」


 担当の大人の言葉に、私は思わず体をこわばらせた。

 生まれ変わる以前は随分いい年であった私だが、どうにも試験のようなものは慣れるものではないのだ。

 最初に装備を見せることになったのは、私であった。

 戦闘指揮も任されているので、模範である必要があるからだ。

 さて。

 私の武装だが、まずはやはり刀である。

 生まれ変わる以前のものとはかなり長さが違うので、脇差とかそういった名称は当てはまらないようではあるのだが、まあ要するに刀だ。

 コレが、二振り。

 次に、鉈だ。

 厚みのあるものを、一振り。

 打撃用の武器として、大振りの金槌が一つ。

 これは頭が丸くなっているもので、なかなかの重さがある。

 大体私の頭よりも一回り小さい程度だといえば、その大きさは伝わるだろうか。

 その他には、解体用のナイフや「ぐれねいどぅ」などといった、こまごまとしたものである。

 この装備の中で大人が興味を強く持つものがあった。

 杭のような形状のもので、金属と木で作られた一見奇妙なものである。

 これは数日前に実用実験が終わったばかりの、「ぼっつ」製作の新装備だ。

 見た目どおり杭のように対象に打ち込んで使うのだが、なんと内部には「ぐれねいどぅ」が仕込んであるのだ。

 相手の体にこれを刺して爆発させれば、効果的にダメージを与えられるという寸法である。

 起爆の方法や魔力の流し方などが一般的な「ぐれねいどぅ」と同じであるという点も、魅力の一つである。

 私や「こるて」でも難なく使えるのが、その証拠だろう。

 これさえあれば、大型の魔獣にも大打撃が与えられるはずだ。

 説明を聞いた数人の大人は、感心したように唸っている。

 彼らがこの装備を知らないのも、無理は無いだろう。

 兵器開発部に「ぼっつ」が入り浸り、ようやく実用に耐えうると太鼓判を押されたばかりなのだ。

 私の点検を終えると、次は「こるて」の番である。

 大振りなハンマーに、大剣がそれぞれ一振りずつ。

 鎖鉄球が一つ。

 分厚く大きな鉈が二つ。

 以前は斧を扱う事も多かった「こるて」だったが、今は使っていなかった。

 大剣を使うようになったことと、より打撃力のあるハンマーを使うようになったためである。

 体を鍛え上げた「こるて」は、ダイオウコウカマムシ素材のハンマーを扱えるようになったのだ。

 あの重い素材を使った武器を扱えるのは、同期の子供達の中では今のところ「こるて」だけである。

 これに加えて、私と同じように解体用ナイフ、「ぐれねいどぅ」などのこまごまとしたものが続く。

 装備を見た担当者は、感心したように頷いてる。

 当然だろう。

 打撃力、切断、刺突、どれをとっても申し分ない装備である。

 小回りが利かないように見えるかもしれないが、「こるて」ほど力があればその心配は無いだろう。

 重い武器が中心であるが、「こるて」ならば軽々と扱えるのだ。

 次に点検をされるのは、「りぃむ」である。

 装備がかなり特殊になる「りぃむ」は、今回の点検に対してかなりの緊張を見せていた。

 普段の様子や戦い方は豪胆なのだが、妙なところで気が小さいところがあるのだ。

 さて、「りぃむ」の装備だが、こまごまとした解体ナイフなどのほかは、この一言で片付けられるだろう。

 各種「ぐれねいどぅ」だ。

 なにせその種類と量が尋常ではない。

 ばら撒き用の小粒なものから、一抱えもある対中大型魔獣用のものまで、文字通り各種を取り揃えているのだ。

 自分だけでは持ち運び出来ないそれらは、「ぼっつ」が作ったダイオウコウカマムシ製の脚付き丸太に搭載されている。

 この脚付き丸太は「りぃむ」用にあつらえられたもので、様々な箇所に「ぐれねいどぅ」を効率よく収納できるようになっていた。

 瞬発的な破壊力では、私達の班ではずば抜けていると言っていいだろう。

 ただ、それゆえに欠点もある。

 獲物を完膚なきまでに吹き飛ばしてしまう恐れがあるのだ。

 爆発物だけにどんな相手にでも効果がある分、加減が難しいのだろう。

 かなりの種類と量をそろえる「りぃむ」に、担当者は顔を引きつらせていた。

 やはり、ここまでの量を用意するものは、子供の中では珍しいようだ。

 それでも積載量には余剰があり、捕った獲物を乗せて帰る余裕もあるというのだが、脚付き丸太というのは実に優れた運搬具である。

 「りぃむ」の装備の中で取り分け目立っていたのは、先ほどもいった小粒の「ぐれねいどぅ」だろう。

 これは二cm大のビー玉のような大きさで、一度に大量に掴む事ができる。

 一杯に掴んだこれに魔力を流し込み、相手に投げつけるのだ。

 その衝撃たるや、巨大なハンマーで殴りつけられるのにも似た物である。

 ただ爆発する物自体は小さく、威力は極限られたものだ。

 ゆえに衝撃が広がる範囲が狭く、接近している相手にも使うことが出来るのである。

 そのくせ数さえ多ければ相手へ与える打撃は大きく出来るので、「りぃむ」のような爆雷兵にとっては実に頼もしい味方になるのだ。

 この小さな「ぐれねいどぅ」を、彼女はバケツ一杯用意したのである。

 武器は大いに越した事は無いのだろうが、幾らなんでもこれは多すぎだ。

 若いが歴戦の兵士である「けいんず」に寄れば、これは中型や大型の魔獣を狩る量だという。

 先ほども記したように、脚付き丸太の積載量には余剰があるので持っていける量ではある。

 だが、まあ、一緒に居る側の気持ちとして、何となく物騒な気はしないでもない。

 「ぐれねいどぅ」は魔法をこめなければ爆発する事は無いので、暴発のような事は起きないと分かってはいるのだが、まあこれは心情的なものだろう。

 「こるて」も私と同じ考えらしく、表情は若干曇っている。

 あの物騒な「ぐれねいどぅ」を、もう少し減らすように指示してくれはしないだろうか。

 そんな私達の思いを知ってかしらずか、「りぃむ」はそわそわした様子だ。


「ねぇ、マディ。アレだとやっぱり少ないかなぁ」


 不安そうな様子で、そんな事を聞いてくる。

 少ないことは無いのではないか、と、伝えるが、それでもやはり心配そうな表情のままだ。

 まあ、なんといか。

 ものの捉え方はそれぞれなのだろう。

 さて。

 次は、「くりっつ」の装備である。

 中心になるのは、当然クロスボウだ。

 まずは、専用の脚付き丸太に格納されたクロスボウ。

 これは大型のもので、威力も射程距離もあるのだが、如何せん運ぶのが困難なほどでかい。

 そのため、脚付き丸太に積んで運ぶわけである。

 使用するときは脚付き丸太の背から跳ね上がり、連結している自在に動く腕がクロスボウを支える形になるのだ。

 これにより、使用するものは僅かな力でクロスボウを扱う事も出来のである。

 力が必要な弦を張るといった動作も自動化されているので、速射性能もかなり高い。

 威力は言わずもがなであり、熊程度であればこれの一発でしとめることが可能だ。

 ほかにも、比較的軽く取り回しのしやすいクロスボウを一丁装備している。

 これは木の上などの脚付き丸太が入り込めない場所で使うためのもので、威力こそ劣るが射程範囲は同等であった。

 弓を引く動作などはこちらも魔法的に自動化されており、滑らかな連射が可能だ。

 ここに「くりっつ」の腕が加わるわけであるから、その信頼性たるやかなりのものである。

 そして、最後の一丁。

 最近になって「ぼっつ」が作った、中近距離用のクロスボウである。

 これは実に特殊なもので、打ち出すのは矢ではない。

 先に記した、杭型の「ぐれねいどぅ」を打ち出すためのものなのだ。

 見た目も実に個性的で、弓の部分が上下に二つくっ付いている。

 上下式二連射の散弾銃、とでも言えばいいのだろうか。

 一発目を打ち損じても、すばやく二発目を打ち出せるようになっているのだ。

 弓を引く動作は自動化さておらず、また、有効射程も精々五mと極短い。

 だが、中型の魔獣の体程度であれば打ち貫き、内臓を破裂させるこれの殺傷力は、それを補って余りあるものである。

 まして扱うのが百発百中の「くりっつ」となれば、もはや武装過剰といっても良い。

 念のため解体用ナイフや接近戦用の鉈なども装備してはいるが、まず彼女に近づく事ができる獲物は居ない事だろう。

 これらの装備の中で担当官が凄まじく興味を示していたのは、二番目に紹介した取り回しのしやすいクロスボウであった。

 魔法により弦を引くため、これは同じ大きさ帯のものよりも遥かに威力があり、精度がいいのだという。

 なんでも「ぼっつ」が「くりっつ」のためだけに作った一点物であるらしく、グリップの形から肩当の形状まで彼女に合わせて作っているらしい。

 なるほどこの形のものは他に見たことが無い。

 だが「くりっつ」の腕は一点物を作るに見合うものであり、それをした「ぼっつ」の行動も納得がいく。


「こんな手間のかかるもの作るなんてなぁ。青春だなぁ、おい」


 担当官がからかうにいった台詞に、「ぼっつ」がなぜか慌てふためいた。

 何事かと首を傾げる私に「こるて」と「りぃむ」が呆れた様子でため息を付く。

 どうやら私の知らない何かがあるらしい。

 後で「ぼっつ」に確認してみた方がよいだろうか。

 ともかく。

 いよいよ最後は、「ぼっつ」の装備点検である。

 もっとも、この場で彼の装備を心配しているものは皆無といっていい。

 この男の素行を知っていてるものであれば、その爛々と輝く目を見さえすれば大体何をしたのか検討が付くからである。

 既に新しい武器の開発にまで食い込んでいる男に、いまさら装備について何をいえというのだろうか。

 担当官が質問してくるのをわくわくとした様子で待ち受けている姿を見れば、いまさら何かを聞くのも億劫になってこようというものだ。

 しかし、それでも担当官はぐっと何かを飲み込むような仕草を見せると、「ぼっつ」の装備の点検をはじめた。

 実に見上げた玄人意識である。

 私ならば確実に流していた事だろう。

 なにせこの男は自分の作ったものを説明するときだけは実に饒舌であり、とてもうっとうしいのである。

 普段は大人しく気のいい男なのだが、ことこれに関してだけは手に負えない。

 何をその程度と思うかもしれないが、あれは悪酒で泥酔したような絡み方なのだ。

 自分の作ったものに酔いしれているという意味では、絡み酒と同じようなものだろう。


「それで、この蜂の巣みたいな穴は何なんだ?」


「よく聞いてくれました! これはこの間の狩りのときに作った噴進式グレネードの改良版で、マディから貰ったアイディアを元にしたものなんですが兎に角命中精度を上げるために工夫を……」


 興奮気味に話し始める「ぼっつ」を見て、担当官達も私達も、同じような表情を顔に浮かべる。

 呆れ顔、とでも言えばいいのだろうか。

 兎に角うんざりとした感じのものだ。

 何が困るかといえば、コレが武装であり、使う以上「ぼっつ」の説明を聞かなければならないところである。

 内容の知らない武器を、使うわけにはいかないのだ。

 どうしたものかと考えていると、担当官の一人が私に近づいてきた。

 何事かと思っていると、そっとこんな事を耳打ちしてくる。


「装備点検は合格だから、とりあえずあいつを黙らせてくれ……後がつっかえてるんだ」


 なるほど、点検は私達だけで終わりではないのだ。

 このあともまだまだ見なければいけない班が控えているのである。

 「こるて」に視線を送ると、すぐに分かったとばかりに頷きが返って来た。

 阿吽の呼吸というヤツである。

 すばやく動いた「こるて」が「ぼっつ」を羽交い絞めにし、私がすかさず口に布切れを詰め込む。

 じたばたと「ぼっつ」が暴れるが、「こるて」は子供達の中でもずば抜けた腕力の持ち主だ。

 簡単に抜け出せるはずも無い。

 担当官はほっとした顔をすると、咳払いをして場を改めた。


「じゃあ、これで終わりだな。装備も案の定問題なし、っと。当日までに壊したりしないように。現在の状態で過不足無いが、何か足したり減らしたりする場合は後二回ある点検のときに申告しろよ。では、以上だ」


 敬礼をする担当官に、私達も敬礼を返す。

 担当官が次の班の点検に向ったところで、「りぃむ」が深いため息を付いた。

 どうやらずっと緊張していたようである。

 私も緊張してはいたが、彼女のそれはかなりのものであったらしい。

 しかし、装備点検を合格できるとは思わなかった。

 色々と大人の話を参考にしたり、「ぼっつ」にがんばってもらったかいがあったというところだろうか。

 口に布を突っ込まれた「ぼっつ」に礼を言うと、もがもがという言葉になっていない声が帰ってくる。

 恐らく「きにするな」とでもいっているのだろう。

 兎に角これで、大演習に向けての準備が一つ終わったわけである。

 後数日もすれば、いよいよ本番当日だ。

 期待は否が応にも高まる。

 同じ穴倉に育った仲間との、初めての独立した狩りだ。

 不安よりも期待が大きいのは、彼らが信頼に足る実力を持っているからだろう。

 私も負けてはいられない。

 何より、彼らを指揮するのは私の仕事なのだ。

 気を引き締めねばならないだろう。

 落ち着いた「くりっつ」に、「ぼっつ」を羽交い絞めにしている「こるて」と、それを見て笑っている「りぃむ」

 全員の頼もしい様子に、私は思わず声を上げて笑ってしまう。

 まったく、実に頼もしい限りである。

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