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十二話

 物事にはすべからく頃合という物がある。

 引き際、止め時、腹八分目。

 特に重要でありながら難しいのが、そういった何かを終わらせる時期の見極めといえるだろう。

 私も生まれ変わる以前、人間であったころは、よくそれを見誤り酷い目にあったものである。

 食い過ぎ飲みすぎに、稽古のし過ぎなどによる怪我。

 初めて海に行った時は、本当に向こうが違う国に繋がっているのかと沖に向かって泳ぎ、あわやおぼれじぬかという思いをしたこともあった。

 普段はあまり細かいことを気にしない妻も、その時ばかりは流石に声を荒げてしかりつけてきたものである。

 私も死ぬかと思ったので、アレに関しては大いに反省した。

 どうせ死ぬならば、死合いか畳の上といきたいところである。

 もっとも、私の死因は交通事故だったわけだから、世の中実にままならない。

 ともかく、すべからく物事というのは頃合の見極めが肝要だ。

 それがたとえ苦渋の決断だったとしても、たとえどんなに苦しいことだとしても、それ以上に恐ろしいことが起きる前に何かを成さねばならない時というのが、人生にはあるものなのである。

 この日が来ることは、私や「こるて」にとっては恐怖以外の何者でもなかった。

 何とか引きとめようとする「こるて」を説得するのには、なかなかに手を焼いたものである。

 落胆し、ある種絶望に表情をゆがませる彼を前に、私も胸を締め付けられるような思いに苛まれた。

 思いは私とて同じだったからである。

 この日、私はついに、内臓肉のツケダレの完成を宣言したのである。

 ずっと足りないと思っていた一味が、ついに発見できたのだ。

 それにより、内臓肉を常温で二十日程度保存することに成功したのである。

 ほかの部位の肉に比べれば短い期間ではあるが、内臓肉として考えれば驚異的だ。

 妻が作ったものより幾分保存できる期間が長い気がするのだが、まあ、世界が違えばそういった違いもあるのだろう。

 この完成は、ウォーゴブリンの主な輸出品である肉に、新たなものが追加されることを意味してる。

 今まで内臓肉は、その保存性の悪さから輸出には向かない品として扱われてきた。

 それが、このツケダレによる保存方法の確立により、よそへ運び出せる商品へと変わったのである。

 これはウォーゴブリン全体として見れば、とても大きな利益だ。

 だが、私や同じ穴倉で育った者たちにとっては、非常に悲しむべき出来事である。

 なぜか。

 それは、これを開発するために今までもらうことが出来ていた肉が、もう手に入らないと思われるからだ。

 そう。

 今までは、内臓肉を保存する方法を発明するためという名目の元、私達は肉を手に入れいていたのである。

 その手法とツケダレが完成してしまった以上、もう肉を貰う理由がなくなってしまうのだ。

 訓練が終わった後、炭で肉を焼き、食べる。

 それは明日への活力であり、何物にも変えがたい喜びであった。

 だが、私達はウォーゴブリンであり、基地の一員である。

 完成してしまった以上、それを報告する義務と責任があるのだ。

 落涙する「こるて」を、私は笑うことが出来なかった。

 なにしろ、私も半分以上泣いていたのだから。

 何を大げさなと思うかもしれない。

 だが、それは空腹の恐ろしさを知らず、また、ウォーゴブリンになって内臓肉の炭火焼を食べたことが無いから言えることであるだろう。

 日常訓練が終わった後の夕飯までの時間の空腹は、まさに人を殺すことが出来るほどなのである。

 その苦痛から開放し、逆に極楽にも似た心持にさせてくれたのが、内臓肉であったのだ。

 それが、失われてしまう。

 この喪失感と落胆は、まさに筆舌に尽くしがたいものである。

 重い足取りで精肉の担当者の元へ行き、私達は内臓肉の保存方法とツケダレの作り方について説明をした。

 部位ごとに異なる処理方法を説明し、実際のつけ方を実演して見せていく。

 実物があったほうがいいだろうと、事前に用意しておいた七日間漬けこんだものも焼いて食べさせる。

 親しみの無い味だったのか、担当者の受けは上々であった。

 妻が作っていた味を再現したものであるから、旨いのは当然だろう。

 もっとも、味の再現度は九割ほどなのだが。

 やはり世界が違えば、まったく同じ味とはいかないようである。

 これがプロの料理人ならば、別なのであろうが。

 ともかく。

 担当者はツケダレと肉の保存方法を大いに気に入ったようであった。

 何よりも味がいいといわれれば、私も悪い気はしない。

 ただ、今後この肉が口に入らなくなると思うと、その悲しみは計り知れないものがあった。

 嗚咽をこらえて肉を食う私と「こるて」を、担当者は不思議そうに見ている。

 一緒にいる「ぼっつ」は若干表情が引きつっていたが、この男は小食なので私達の辛さと嘆きがわからないのだ。

 悲しみにくれる私達をよそに、担当者は良くやったと労いの言葉をかけて来た。

 そして、作り方が特殊であるだろうから、何度か教えに来てくれと私に頼んでくる。

 商品として出す上に、本来は痛みやすい内臓肉を使う食べ物だ。

 調理の仕方はきちんと伝えなければならないだろう。

 了承した私に、担当者はこんなことを言った。


「いやそれにしてもコリャ旨いなぁ。酒の肴にもってこいだろうさ。今から次の品物も期待してるぞ」


 それを聞いた私と「こるて」は、同時に体を凍りつかせた。

 次の商品、とは、一体どういう意味なのだろうか。

 震える声で私が訪ねると、担当者は笑いながら続けた。


「俺ぁ作るのはそれなりに出来るが、お前らみたいに作り出すことは結局出来なかった。だから、そういうのはほかのやつに任せることにしてるんだよ。内臓肉はほかにもやりようがあるだろうから、それも見つけてみてくれ」


 なんということだろう。

 今回のこの肉の保存方法とツケダレは、完成された一つではあるが、まだほかにもやり方があるはずだと担当者は言ったのだ。

 そして、私たちにそれを見つけ出せ、と。

 つまりそれは、まだ肉を分けてもらえることを意味している。

 この世界、「海原と中原」では、私の死ぬ前にいた世界よりも内臓肉が悪くなる速度が遅い。

 私の主観ではあるが、おそらく間違いないだろう。

 それは、何かしらの加工に費やせる時間が長いことを意味する。

 確かに、まだまだ調理する方法はあるに違いない。

 私と「こるて」は、感動に打ち震えた。

 不思議そうに私達を見る担当者に、私は大きな声で次も期待していてくれと告げる。

 そして、「こるて」とがっちりと手を握り合った。

 「ぼっつ」があきれたような顔をしていたが、気にする必要は無いだろう。

 私達の肉に対する探求は、まだまだ始まったばかりなのである。




 さて。

 私達が暮らしている森は、非常に豊かな自然の中にある。

 動物も魔獣もその数が非常に多く、ひっきりなしに狩をしなければ基地も危険に晒されるほどであった。

 この世界「海原と中原」には魔法が存在しているというのが、それに一役買っているらしい。

 私の生前の世界では、銃などの武器を持っている人間が最強の生物であった。

 だが、この世界では拳銃程度の破壊力であれば、簡単に魔法でたたき出す生物が五万といるのだ。

 たとえば火、というよりも、もはや破壊光線に近いものを吐き出す竜。

 角を高速で振動させ、鉄板をバターのように切り裂く一角獣。

 衝撃波を乱射する六本足の獣。

 そんなものが実在して、人間が進出するのを阻んでいるのである。

 よしんばあの世界の武器を持ち込んだとしても、この世界で人間が覇権を握るのは難しいだろう。

 にもかかわらず私達ウォーゴブリンがその森の中でなぜ生き抜けるかといえば、単純に私達も魔法を扱うからであるに他ならないだろう。

 爆発する石「ぐれねいどぅ」などが良い例である。

 もっともそれらを使って本気で攻勢をかけたとしても、私の生前暮らしていた日本のように生物を根絶やしにすることは不可能であるだろう。

 せいぜい今の生活圏を守ることが、精一杯なのだ。

 その生活圏を守るために、ウォーゴブリンは時折大きな狩をする。

 基地の周囲にいる生物を、一斉に、大量に狩るのだ。

 常に警戒されている基地の周囲には、強力な魔獣は比較的少ない。

 とはいえ、普通の獣はそれなりに数が多く、それらを狙って外からやってくることもあるのだ。

 そうならないように、エサになる獣を狩るのが、「大演習」と呼ばれるその狩の目的であった。

 年に一度行われるこの大演習は、私達のような子供達が、初めて自分達だけで狩に出ることが許される場所でもある。

 それまでいた教官役がつかなくなり、完全に自分達の裁量のみで狩をすることになるのだ。

 危険な魔獣が少ない場所であるとはいえ、これは大変大きな意味を持っている。

 狩を生きる糧としている私達ウォーゴブリンにとっては、いわば一人前への通過点であるのだ。

 そして、自分の実力を見せる格好の舞台でもある。

 ここで張り切らない子供は、まず居ないだろう。

 当然、私達も大いに張り切っていた。

 新しい得物である専用「こんべあどっく」を手に入れた「りぃむ」と「くりっつ」は、早速その扱いに慣れるべく訓練を開始している。

 一般の「こんべあどっく」を扱うことが多い大人の工作兵に動かし方を習ったり、製作者である「ぼっつ」から機能説明などを受けていた。

 特に念入りに使い方を練習していたのは、意外にも「りぃむ」のほうであった。

 彼女は爆雷兵であり、獲物へ接近しての戦闘が基本になる。

 大型クロスボウで「ぐれねいどぅ」を打ち出すことが出来るとはいえ、それは変わらない。

 それである以上、武器や道具を乗せている「こんべあどっく」を的確に、すばやく動かせるようになることは、彼女にとって非常に重要なことなのである。

 「こんべあどっく」を操るには、犬の尻尾のように生えている操縦機を握る必要がある。

 そこに極僅かに魔力を流すことで、操縦するのだ。

 簡単なようだが、これが案外難しい。

 平坦な場所を走ったり歩かせたりはある程度すぐにできるものなのだが、足場の悪い場所を歩かせようとするとなかなかの集中力を要するのだ。

 生まれ変わる前によくラジコンで遊んでいたものだが、あれと似たようなものである。

 ただ動かすだけならばある程度できるが、思い通りに操ろうとすればかなりの技術が必要になるのだ。

 だが、厄介なのはその操縦だけではない。

 操縦機は「こんべあどっく」に固定されているため、ラジコンのように離れた場所で動かすことが出来ないのである。

 つまり、尻尾のような操縦機を握り、自身も動き回る必要があるのだ。

 自分でも走りながら、「こんべあどっく」も走らせるというのはなかなか難しい。

 まして、私達が狩をするのは足場の悪い森の中だ。

 自分が歩くのすら苦労する場所で、「こんべあどっく」を伴って行動する。

 ただでさえ難しいそれを、敵のいる目の前で、戦闘の中でこなさなければならない。

 それは、相当な熟練を必要とすることなのである。

 これまでほとんど「こんべあどっく」に触れていなかった「りぃむ」にとって、これはなかなかの難関であるだろう。

 本人もそれをわかっているのか、ここの所「りぃむ」は毎日のように悪路を再現した訓練場に通いつめている。

 当然、昼間の通常訓練が終わった後だ。

 「くりっつ」も同じ訓練場に行っているのだが、こちらは途中から狙撃訓練場へと移動するのが常であった。

 狙撃兵である彼女は、「りぃむ」ほど「こんべあどっく」の扱いを練習する必要は無いのである。

 それよりも、狙撃の腕前を上げるほうが急を要するのだそうだ。

 この「くりっつ」の言葉に、私達は首をかしげた。

 彼女の狙撃の腕は、既に大人顔負けである。

 走っている獣の目を射抜く程で、仲間である私達でも背筋に冷たいものを感じるほどだ。

 もう十分な腕前なのではないかとたずねた私に、彼女は首を横に振って見せた。

 なんでも、ただ撃つだけが狙撃兵では無いことを、この間のダイオウコウカマムシの狩で痛感したというのだ。

 どういうことかと首を傾げる私達に、彼女は難しい顔で続けた。

 それを聞いて、私は思わずなるほどと声を上げた。

 曰く、狙撃手というのは最も後方から狩場を見渡すことが出来る者である。

 その目に入ってくる情報はとても多く、場合によっては仲間を有利にするものもあるのだという。

 それを的確に仲間に伝え、情報面で援護することも、狙撃兵の仕事なのだ。

 ダイオウコウカマムシを狩ったときも、「くりっつ」の隣にいた大人の狙撃兵は、「けいんず」に的確な情報を伝えていたというのだ。

 なるほど確かに狙撃兵からもたらされる情報は大きいだろう。

 ましてそれをするのが「くりっつ」となれば、その有用性はすさまじいものになるはずだ。

 彼女の目の良さはから来る索敵範囲の広さは、それだけで十二分に武器になりえるのである。

 とはいえ、どのような情報を前線に与えればいいかなどというのは、体を動かしたからといって身につくものではない。

 実戦の中で学んだり、実戦経験豊富な先達から教えを請うしかないのだ。

 そこで「くりっつ」は、狙撃訓練場へ行き大人達から狙撃手としての知識を得ているのだという。

 おそらく大演習が始まるころには、すばらしい狙撃手へ成長しているはずである。


 さて。

 先にも言った様に、森の中で「こんべあどっく」を歩かせるというのは、実はなかなかに難しいことなのである。

 だが、あの狩の時の事を思い出して欲しい。

 私達五人の中で、一人だけさも当然のように「こんべあどっく」を操っている男がいなかっただろうか。

 そう、「ぼっつ」である。

 彼はまるでそれが当然のことであるかのように、「こんべあどっく」を扱っていた。

 あまりに自然すぎて、不思議に感じるのを忘れていたほどである。

 最近になってそのことに思い至った私は、確認のため「こるて」にもそのことを尋ねてみた。

 やはり私と同じく、そのことに気がついていなかったらしい。

 なんともいえない苦い表情を見せる。

 知らないうちに特訓でもしていたのだろかと言う「こるて」だったが、当人もそれがあたりだとは思っていない様子だ。

 なにせ私達は四六時中一緒にいたのである。

 そんなことをしていれば知っているはずだ。

 走りこみの最中に体力の限界を迎え倒れたり、嬉々として何かを作っている姿しか思い浮かべることが出来ない。

 である以上、おそらく特別な訓練などはしていないのだろう。

 これは一体どういうことだろう。

 「こんべあどっく」の扱いは、一朝一夕で出来るものではない。

 真相を確かめるべく、私と「こるて」は早速「ぼっつ」の元へと向かった。


「ああ! 二人ともいいところに! 実はこの間はいえなかったんだけど僕専用のコンベアドックも作ったんだよ! そろそろ大演習でしょう?! それにあわせて新しい武器もたくさん作ったんだよ!  大王甲鎌蟲を狩るときに使った大型の推進爆弾と小型の推進爆弾の命中率を向上させるにはどうすればいいかずっと考えてたんだけど、マディが前に言っていた回転させながら発射するというのでいいアイディアがうかんd」


 私と「こるて」は機関銃のようにしゃべる「ぼっつ」を取り押さえると、口に布を突っ込みとりあえず黙らせた。

 大変に優秀な頭脳を持つ「ぼっつ」だが、こと自分の作ったものの説明となると口が回ってとまらなくなることがあるのだ。

 ほうっておくのも億劫なので、最近ではもっぱら猿ぐつわをかませるのが通例となっているのである。

 静かになったところで、私達は早速肝心の質問をすることにした。

 一体いつ訓練したのか、というものである。

 返答をしばらく待ったのだが、返事が無い。

 不審に思い首を傾げる私達だったが、すぐに肝心なことに気がついた。

 猿ぐつわをしているため、しゃべることが出来なくなっているのだ。

 何ともままならないものである。

 仕方なくはずしてやると、「ぼっつ」はすぐに答えを口にした。


「ああ、それならほら。頭の一部で、四脚動物の動きをシミュレートしたら簡単だったよ。動物はすごく効率よく動いてるからね。練習は特にしてないかなぁ?」


 確かに「ぼっつ」が動かす「こんべあどっく」は、やたらと動きが滑らかである。

 同じものでも私や「こるて」が使うと、妙にぎこちない動きになるのだ。

 あの動きを見るに、動物の動きを参考にしているというのは納得できるものがある。

 まったく彼の頭の中はどういう構造になっているのか、不思議で仕方が無い。


 大演習を間近に控え、「こるて」も訓練に余念が無かった。

 ダイオウコウカマムシの背中に上る役目を奪われたのがよほど悔しかったのか、今は大きな両手剣の練習もしている。

 そしてさらに、まったく新しい種類の武器の扱いも訓練していた。

 それは、生まれ変わる以前、人間だったころにはほとんど縁のなかった武器、鎖鉄球である。

 人間であれば重さに負けてしまうところだろうが、私達ウォーゴブリンの体格と腕力を持ってすれば立派な凶器へと変貌するのだ。

 扱いの上手いものであれば、五m離れた所に居る猪を正確に屠るほどである。

 はじめはその有用性を疑っていたのだが、すぐにそれが誤りであることを思い知らされた。

 接近戦でもハンマーのように振り回すことで攻撃することが可能であり、十mを越える魔獣に有効な打撃を与えることも可能。

 私達ウォーゴブリンにとっては、なかなかどうして頼もしい武器足りえるのである。

 そんな鎖鉄球を、私達の中でも際立って体格のいい「こるて」が使うのだ。

 鉄球の遠心力や重さにも負けないその体躯から繰り出される一撃は、まさに脅威の一言である。

 投擲の練習のため鉄球を振り回しているその姿は、頼もしいと同時に恐ろしさすら感じる程であった。

 実際の練習風景を近くで見ているのだが、威力もかなりのものだ。

 考えてみれば、日本ではあまり無いだけで海外では連接棍フレイルなどの武器は一般的であったのである。

 一部の魔獣のように、硬い体を持つ動きの鈍い獲物には有効なのだ。

 どうにも私の思考は未だに、生まれ変わる以前の知識に引っ張られているらしい。

 生きていた期間があちらのほうが長いのだから仕方ないのだろうが、偏見があるのはよろしくないだろう。

 何しろ私達は人間の頭ほどもあるハンマーを軽々と使いこなすことが出来る、ウォーゴブリンなのだ。

 「こるて」が振り回している鎖鉄球は、生まれ変わる以前立ち会った事がある小生意気な忍者共が使っていた鎖鎌とはわけが違うのである。

 純粋に破壊力を生み出すための、恐るべき武器なのだ。

 認識を変えるためにも、私は「こるて」が鎖鉄球の練習をしている姿を、ちょくちょく観察するようにしている。

 鎧や巻きワラ、案山子や丸太などを一撃の元粉砕するのを見るたびに、私は思わず感嘆の声を上げた。

 「こるて」にはそれがどうにも邪魔らしく、あまり良い顔はされないのではあるが、まあ、我慢してもらうしかないだろう。

 訓練の様子を見ることもまた、訓練なのである。


 さて、大演習に向けて、私も大いに張り切って訓練にいそしんでいた。

 通常の訓練が終わった後、基地の接近戦指導教官の元に通っているのである。

 接近戦指導教官というのは、要するに道場主のようなものだ。

 それぞれ得意な得物を、ほかのウォーゴブリンに指導しているのである。

 私が通っているのは、当然剣を教えてくれる指導教官だ。

 槍やハンマー、鎖鉄球や弓など、さまざまな武器を試したものの、結局私に合う武器は剣であった。

 もっと言えば、刀である。

 私はもう、生まれ変わる以前の男ではない。

 ウォーゴブリンの「までぃ」だ。

 だが、どうにもこうにもこれだけは、既に私の性分であるのだろう。

 狩でも何でも戦いの場で、刀が手に無いというのがしっくり来ないのである。

 たとえどんなに武装をしようと、刀が一振り腰にある安心感には敵わないのだ。

 これはもう、魂に刷り込まれた習性であるのかもしれない。

 生まれ変わる以前、私はたとえそういわれても納得できる程度には、死合いというものに熱中してきていた。

 おそらくその熱が、今でも同じ温度で魂に残っているのだろう。

 以前私のことを、剣術馬鹿や刀馬鹿と揶揄した友人が居た。

 おそらくそのとおりなのだろう。

 そして、その馬鹿は文字通り死んでも直らなかったわけである。

 実に面白い話ではないか。

 実に私らしい話である。

 日本に生きた私は死に、その命は輪廻転生し「までぃ」へと生まれ変わった。

 だが、私は結局私であり、私は刀が無ければ落ち着かない、どうしようもない馬鹿なのである。

 さて、そんな馬鹿である私の手には、刀があった。

 ダイオウコウカマムシを狩った功が認められ、好きな武器を一つ賜ることになったのだ。

 私が望んだのは、当然刀であった。

 厚みのある、いわゆる戦場刀である。

 これがなかなかの業物で、鞘から抜いたときなどは思わずため息を漏らしてしまったほどだ。

 生前集めていた刀に、勝るとも劣らない逸品である。

 まあ、ウォーゴブリンとして生まれ始めて得た自分の刀であるから、多少欲目が含まれているかもしれないが。

 ともかく、刀を手に入れた私は、指導教官の元へ通いつめた。

 教官は既に初老を越え、老人の域に足を踏み入れている人物なのだが、なかなかどうしてかなりの腕前であるのだ。

 生まれ変わる以前、私はずっと人を斬り殺す技術のみを追い求めてきていたわけだが、この指導教官の持つ技術は方向性が違うものであった。

 私達ウォーゴブリンが戦う相手は、人ではなく魔獣であるからだ。

 巨大な虫を斬るのと人を斬るのとでは、当然だがかってがまったく違うのである。

 私も人を斬るのであれば多少自信があるのだが、魔獣が相手となれば彼に勝てる気がまったくしない。

 見切りの上手さや間合いの取り方、剣の振るい方の妙は、まさに達人の域である。

 惜しむらくはこれほどの人物と、生まれ変わる前に出会えなかったことであろうか。

 死ぬ直前……いや、欲を言えば五年前に会えていたら、それは血の踊る試合をすることが出来ただろう。

 だが、今の私にはそれを望むべくも無い。

 確かに私は生まれ変わり、丈夫で若い体を手に入れた。

 長い腕に、頑丈な手足。

 指も太く、人であったころとは比べ物にならないほど身体能力も高くなっているはずである。

 しかし、それは人の体を動かすことに躍起になっていた私の経験の一部が、役に立たなくなってしまったこと意味している。

 たとえば足の運び方。

 たとえば体の動かし方。

 たとえば何十万と繰り返した素振り。

 そういったもののほとんどは、人間の体つきを想定したものであるのだ。

 手が長く、がっしりとした体格のウォーゴブリンに則したものではないのである。

 まさか体を人間にするわけにもいかない以上、技術のほうをウォーゴブリンの体にすり合わせる必要があるだろう。

 なのだが、なかなかどうしてこれがすこぶる難しい作業であった。

 何しろ私は生まれ変わる以前、人間を八十年近くやっていたのだ。

 物心がついたという意味では、約七十年ほどだろうか。

 このときに染み付いた癖や感覚というのは、自分でも驚くほど抜けないのだ。

 刀を振るえば間合いを見誤り、見切ろうとすれば思いのほか遠く飛びのいてしまう。

 これならばいっそ死にかけでも前世の死ぬ直前の体のほうがましだったのではないかと思うほど、もどかしく苛立たしい。

 なにより、ウォーゴブリンの体を上手く使いこなす指針が無いのが辛かった。

 それを解消してくれたのが、接近戦指導教官である老人であったのだ。

 この老人は、ウォーゴブリンの体というのを素晴らしくよく理解しているのである。

 如何に体を動かせば効率的か、如何に攻撃に移るべきなのか。

 身をもって示すその技の冴えは、まったく生まれ変わる以前に立ち会えなかったのが悔しいほどである。

 まあ、とにかく。

 私は生まれ変わる以前の技術を元に、今の体を使いこなすための術を学ぶべく、指導教官である老人の元に通っているのだ。

 彼が訓練をつけているのは、何も子供だけではない。

 大人達も剣を使うものはこぞって、彼の元に足を運んでいる。

 この大人達というのがまた気のいい連中で、若造である私の稽古に良く付き合ってくれるのだ。

 立会い稽古の相手に事欠いたことは、一度も無い。

 皆手加減をしてくれていて、これがなかなか良い試合になることが多いのだ。

 おそらくは子供のやる気をそがないために、そうしてくれているのだろう。

 まったく頭の下がる思いである。

 考えてみれば、生まれ変わる以前の私は弟子達を一切手加減無く打ち据えていたような気がする。

 このように穏やかな指導方法もあったのかと、今更になって学ぶことになった。

 まったく人間長生きはするものである。

 いや、生まれ変わったわけであるから、一歳にも満たない子供であるわけなのだが。

 その若さも手伝ってか、最近では自分でもわかるほどに上達している。

 上達というより、生まれ変わる以前の技術を現在の体に応用できるようになってきた、というべきか。

 とにかく今は、剣を振るうのが楽しくて仕方が無かった。

 それこそ、初めて木刀を振り回していた若いころに戻ったような心持である。

 ウォーゴブリンの訓練のほとんどが、実践的なものであるというのもありがたかった。

 全員で集まって、掛け声に合わせて素振りをするというようなことがほとんど無いのだ。

 そういうことは、個人個人でやるようにと指導されている。

 下手に攻撃方法を一定にしてしまうと、魔獣がそれを学んでしまうことがあるそうなのだ。

 ゆえに、構えも振り方も、自分にあったものを探すようにと指導されるのである。

 もちろん、ある程度の指針は示されるのであるが。

 最初は首をかしげたものではあるが、考えてみれば日本国内での剣術にしても構えというのは千差万別であるのだ。

 さまざまな剣を使い分ける私達には、型にはめた構えや振り方は役に立たず、かえって邪魔になることさえある。

 なるほどそういう意味では、このようなやり方も効率的なのであろう。

 また、どうしても上手く行かないものには指導教官が教えてくれるので、その点も安心である。

 なんにしても柔軟体操をしてすぐに組み手が出来るというのは、私にとっては願っても居ない環境だ。

 大演習まで、もうまもなくである。

 胸に期待と不安が入り交じる感覚というのは、幾つに成っても慣れない物だ。

 なんにしても、ここは一番、張り切らなければならない場面であるだろう。

 私の、いやさ、私達の狩の技を、存分に発揮したいところである。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 基地司令であるマディの父親の元に、基地内の主だった役職の者達が集まっていた。

 近づいてきた大演習に向け、子供達各班のリーダーを決めるためである。

 おおよそスムーズに話し合いが進む中、一つ全員が苦い顔をした班があった。

 マディ達五人の班である。


「なんとも言い難いやつらだからなぁ、こいつ等は」


 そんなつぶやきに、その場に居た全員がうなずいた。


「まずクリッツだ。あいつの視力と狙撃の腕は尋常じゃない。判断力もあるし、後方支援をしつつ指示も出せるだろう」


「リィムな。あいつはあれできちんとしてる。他の班の揉め事を収めたりしていたぞ」


「あの小僧も忘れるなよ。ボッツだ。あいつはもうわけがわからん。付いて行けん」


「順当に、普通に考えればこういう場で名前が挙がるべきなのはコルテだろ? 落ち着きもあるし向上心もある。あれだけ力量もあるし驕りが出そうなものだが、そういうのがまったく無い」


「確かに。あの歳であの力に、あの技術だ。例年なら文句なしだろうな」


「ああ。例年通りならそうだろう。一番厄介なのはあれだ、マディだ」


「あいつどうやってあの面子をまとめてるんだ。まったく理解が追いつかんぞ」


「あいつ自体が異常なんだよ」


「まったくじゃ。あやつわしのところに最近来て居るじゃろ。若い連中を軒並み叩きのめして居るんじゃぞ。しかもどんどん動きが良くなっとる」


「ああ。俺もやられた。つぅかガキにやられたって感じがしなかったぞ。なんていうか、格上っつぅか、もうじぃさんに似た雰囲気っつぅか」


「何十年も人を斬っとるような勢いじゃぞ。しかもあいつこの間なんてのたまったと思う? 最近ようやく少しですがコツがつかめてきました、じゃぞ! 舐めて居るのか!」


「対人型の相手に対しては、じいさんとどっこいぐらいか?」


「馬鹿をいえ。獣相手ならともかく、アレには手を焼くもなにもどっこいの勝負がやっとじゃぞ」


「じぃさんにそこまで言わせるのか……」


「で、本来なら大演習の最初のリーダーは自覚を促すためにも中心的なやつじゃなく、普段は指示されているものを、って言うのが通例だが」


「もういいだろ、マディで。あいつらにそういうのいらねぇ気がするわ」


「そもそもあいつら本当にガキなのか? リィムのやつもう工兵顔負けの勢いでグレネード作ってるんだぞ」


「一番まともに見えるコルテも、純粋な腕力と技術だけならもういっぱしだしな」


「ガキの時分の俺よりぜってぇ使えるぞ」


「クリッツはもう実戦に投入できるぞ。一緒にダイオウコウカマムシを狩った俺が保障する」


「問題はボッツとマディなんだよなぁ」


「ボッツの発明は異常だぞ。あいつの作ったクロスボウすんげぇ使いやすいんだ」


「マディはもう何人かトラウマになってるからな。発奮してるのも居るが、転がされてるようにしか見えん」


「じゃあ、お前やってみろよ」


「もうやって転がされた」


「まあ、とりあえずじゃあ、マディでいいか」


「他の班のガキ共がなんか言わないか?」


「平気だよ。子供達もわかってるから」


 こうして、マディ達が初めて独自に行う狩のリーダーは決定した。

 一つの班全体を、マディは任される事になったのだ。

 もっとも、それを気負うマディでも、不満を持つ班員達でもない。

 何しろマディの腕前は、子供のころからずっと一緒に居た彼らこそが、最もよく知っているのだから。

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