十一話
ダイオウコウカマムシを討伐してから、三日が経った。
昨日までは死体の回収のために賑やかだったのだが、既にいつもの静けさが戻っていた。
大型魔獣の回収というのは、実は狩り自体よりも大仕事である。
まず、運ぶ為に解体をしなければならない。
小さな剣一本でそれが出来るはずもなく、専用の道具を基地から運ぶ必要があるのだ。
その為だけに、数匹のトロルやオオアシカナリアの出動が必要になる。
次に、その血肉に寄って来る肉食獣を追い払わなければならない。
作業中に出る血や肉の匂いに、他の魔獣などが寄ってくるのである。
解体をしているものは、自衛の為の武器を持っているわけにも行かない。
その為、周囲を警戒する兵士も必要に成るのだ。
万が一にも作業中の兵士に近付かせるわけには行かないので、死体を中心に全方位を警戒する必要がある。
その為、魔獣が大きければ大きいほど割かれる人数は多くなる。
今回のダイオウコウカマムシの場合、実に三十名もの警備兵が動員されたという。
虫を討伐した人数が子供五人と大人三人であることを考えれば、その多さが分かってもらえるだろうか。
そして、解体した死体の、基地までの運搬である。
幾ら解体したとはいえ、相手は10m級の巨体だ。
各部位は途轍もなく大きく、動かすにはトロルや大型の足付き丸太に載せるしかない。
それだけでも重労働なのだが、やはりこれにも警備の兵士が付かなければならないのである。
何せ食料を積んで歩いているような物であるから、これにも肉食獣が寄ってくるのだ。
常に周囲から狙われる状況にあるため、移動中も休憩中も周囲を警戒しなければならない。
ある意味、討伐よりも運搬のほうが大仕事なのである。
運搬作業が進む中、「けいんず」に対する事情聴取も行われた。
内容は、私達訓練中の子供をダイオウコウカマムシ討伐に参加させたことについてである。
私達を参加させたがために、「けいんず」が処罰されるのではないかとひやひやしていたのだが、それは杞憂に終わった。
聴取の内容は専ら、私達がどの程度戦えたかであったらしい。
どのような動きをしたか、どのような武器選択をしたか。
また、「ぼっつ」の作った武器の性能はどの程度のものであったか、などであったそうだ。
訓練中の子供を戦闘に参加させたことについての質問は殆どなく、お咎めもなかったのだという。
どうも、「けいんず」が私達をある程度の戦力とみなしたことが大きかったらしい。
現場の責任者である彼の判断を、大きく評価したようである。
結果として討伐に成功した、というのも大きかったようだ。
私たち自身にも特にお咎めはなく、ダイオウコウカマムシ討伐の一件は無事、一応の解決を見たのであった。
魔獣というのは、非常にすぐれた道具の素材でもある。
牙や爪は勿論、その皮も非常に丈夫である為だ。
ダイオウコウカマムシの殻も、かなり良い素材になるという。
ハンマーで殴っても、「ぐれねいどぅ」を喰らわせても簡単には砕けないのだから、それも頷けるだろう。
この素材であるが、一番使用権限が高いのは討伐した部隊である。
それを手に入れたものが、一番良い部位を使う権利があるのだ。
もっともこれはあくまで権利である為、放棄する部隊も多い。
魔獣を討伐するような部隊に所属する物は、既に良い武具をそろえていることが殆どだからである。
今回の場合は、私達子供五人と、「けいんず」達大人三人にその権利が与えられた。
既に虫よりも良い素材で武具をそろえていた「けいんず」達は、当然だとでも言うようにこの権利を放棄した。
私や「こるて」、「りぃむ」「くりっつ」の四人も、権利を放棄することにした。
未だ訓練中の私達には過ぎた素材であるし、扱いきれないからである。
ダイオウコウカマムシの殻は丈夫では有るものの、少々重たすぎるのだ。
これで防具や武器を作っても、私達の体格や力ではまだ振り回されてしまうのである。
私達に合わせて削って薄くしても良いのだそうだが、それでは折角の素材の持ち味が失われてしまう。
それならば、討伐部隊の次に使用権限がある、回収部隊に出てくれた者たちに使ってもらったほうが数倍いいだろう。
実際、回収部隊に回ることになった何人かの大人からも礼を言われたので、その判断は間違っていなかったようであった。
さて。
問題は、私達の中で唯一権利を放棄しなかった「ぼっつ」である。
彼がそういった素材を求める理由など、一つしかない。
新しい兵器の開発だ。
いくつかの部位を手に入れた「ぼっつ」は、ほくほく顔でそれらをヒミツ研究所に運び込んでいる。
かなり大きな部位も有り、足付き丸太まで動員してるようであった。
どうにもいやな予感しかしない。
そう思っているのは私だけではないらしく、「こるて」も「りぃむ」も、顔をしかめながら素材を運ぶ足付き丸太を眺めている。
特に表情も変えずにいるのは、「くりっつ」だけだ。
彼女は私達のなかで一番「ぼっつ」の発明の恩恵にあずかっているので、警戒心が薄いのかもしれない。
「なあ、クリッツ。お前が言えば諦めるかもしれないんだから。何とか言ってやめさせないか?」
よほどいやな予感がするらしい。
「こるて」が「くりっつ」に提案するが、彼女に止める気は一切ないらしい。
「新しいクロスボウを頼んでいてな。良い物を用意してくれるだろう」
そういうと、「くりっつ」はにやりと笑う。
彼女は普段無表情で、滅多なことではその表情を変えない。
よほど新しいクロスボウとやらが楽しみなのであろう。
「くりっつ」も素材の使用権利を放棄しているはずなのだが、どうやら新しいクロスボウとやらは「ぼっつ」の取り分で作るらしい。
なんでも新しい方法を試したいとかで、上手くいく保証がないのだという。
あまり素材を無駄にするわけにも行かないから、自分の取り分で何とかするのだとか。
なんにしても、どうにもあまり良い予感はしない話である。
「マディ。なんかすごくいやな予感がするんだが。虫を狩った時の飛んで行く武器の改良型とか作り出さないよな? ボッツの奴」
眉間を押さえながら言う「こるて」の言葉に、私は思わず唸り声を上げる。
「ぼっつ」の事である。
それは十中八九作るだろう。
問題はその安全性だ。
同じ班に所属する以上、何時暴発事故に巻き込まれるとも分からない。
何か作るのをとめるのは、簡単ではある。
羽交い絞めにして木にでも結わえ付けておけば良いのだ。
しかし、「ぼっつ」が作る武器が強力であり、「くりっつ」が使っているクロスボウの様に有用なものがあるのも事実だ。
それに、今のところではあるが、大きな事故は起きていない。
放っておいても大丈夫であろう。
私がそのような内容の考えを告げると、「こるて」は苦い顔をしながら頷く。
そこで、私はある重要なことを思い出した。
そろそろ、廃棄予定の内蔵肉を受け取りに行く時間なのだ。
私は慌てて「こるて」にそのことを伝える。
すると、すぐに思い出したのだろう、「こるて」も表情を変えた。
急いで肉を入れるための皿などを用意し始める私と「こるて」を見て、「りぃむ」は深いため息を吐く。
「あんた達は食うことしか頭にないわけ?」
実に失礼な物言いである。
ものを食べるというのは、人生の基本なのだ。
もっとも、私達はウォーゴブリンであるのだが。
新しい兵器が完成したという話を聞き、私達は早速実験場へと集まった。
開けた土地に土嚢を積み上げたそこは、「ぐれねいどぅ」などの危険物を試す為の場所である。
ここで、「ぼっつ」が新しく開発した物の試験をするというのだ。
どうにも、嫌な予感がする。
というより寧ろ、嫌な予感しかしない。
やはりもっと早い段階で、柱に結わえ付けておくべきだっただろうか。
そんなことを考えていると、「ぼっつ」の声が聞こえてくる。
手をぶんぶんと振りながら、こちらにやってきているようだ。
その後ろには、数台の足付き丸太が付いてきている。
「ああ? なんだありゃ?」
怪訝そうに呟いたのは「こるて」だ。
眉をしかめてにらんでいるのは、「ぼっつ」の後ろに並んでいる足付き丸太である。
何事かと思い、その視線の先を追ってみる。
そこでようやく、私は「こるて」の言葉の意味に気がついた。
足付き丸太の外見が、木ではなくなっているのだ。
作りや形こそ殆ど変っていないのだが、その質感などが全く違う。
どうも木製ではなく、全く別の素材で作られているらしい。
黒く光沢があるそれは、とても見覚えのあるものであった。
ダイオウコウカマムシの甲殻である。
蟲の殻で作られた足付き丸太。
それは足付き丸太と呼べるのであろうか。
たしかに丸太状の本体に、足が付いてはいる。
しかし、本体はあくまで丸太のようではあるが、丸太ではない。
そもそも木ですらないのである。
蟲の殻だ。
一体なんと呼べば良いのだろうか。
そんなことを考えていると、「ぼっつ」が手を振りながら大声を張り上げる。
「見てよ! 新しいコンベアドックを作ったんだっ!」
「ぼっつ」の口から出た「こんべあどっく」という単語に、私は首を傾げた。
隣に立っていた「こるて」に聞いてみると、すぐにあの足付き丸太の名前であるという答えが返ってくる。
なるほど。
あの足付き丸太の名前は「こんべあどっく」というのか。
妙な感動が私の心を支配するが、今はそれどころではない。
修復や交換が便利だという理由で木で作られることの多い「こんべあどっく」だが、他の材料で作る事がない訳ではない。
あの「ぼっつ」が、それを蟲の殻で作ったからと言って喜ぶとは考えにくいだろう。
恐らく、とんでもない仕掛けがしてあるのに違いないのだ。
私たちの前までやってくると、「ぼっつ」は早速といった様子で喋り始める。
訓練のときや普段などは引っ込み思案な彼ではあるが、こういうときだけは妙に饒舌だ。
機関銃の様に話すその中身を要約すると、作った「こんべあどっく」は三体。
それぞれ特殊な変形構造を備えているのだという。
この時点で、私と「こるて」、「りぃむ」は激しく顔をしかめている。
「まぁまぁ! まずは見てみてよっ! 最初はクリッツの注文で作った奴だよ!」
「ぼっつ」が言うには、「くりっつ」は前回の狩りでクロスボウの火力不足を痛感したのだという。
それを、「ぼっつ」に相談したのだという。
丁度狩りの中で新しい着想を得ていた彼は、早速手に入れた丁度いい素材である蟲の殻を使い、これを仕上げたのだそうだ。
「まあ、見ててよ!」
そういうと、「ぼっつ」は「こんべあどっく」の一体に近付き、何かしらの操作をする。
次の瞬間、「こんべあどっく」は地面に伏せるような体勢をとった。
すると、その体の一部が持ち上がり、なにやらガコガコと変形して言ったのだ。
唖然とする私を他所に、それはあっという間に完成した。
地面に伏せた「こんべあどっく」を土台にした、巨大なクロスボウ。
いや、これは既に攻城兵器であるバリスタと行っていいだろう。
ウォーゴブリン一人分よりも大きな、大型飛び道具へと変形したのだ。
「すごいでしょ?! これだけ大きければ、かなりの破壊力が発揮できるよ! 大王甲鎌虫の殻ぐらいなら突き抜けるはずだし、矢自体も大きいから破壊力も抜群だしねっ! 威力がある分装填には少し時間が掛かるけど、クリッツの狙撃の腕があれば問題ないよ!」
たしかに「くりっつ」の腕前があれば、連射性の低さは十二分に補えるだろう。
実際、動き回るダイオウコウカマムシの目を狙撃していたのだ。
これだけのもので同じことをすれば、首を吹き飛ばすことは出来なくてもかなりの損害を与えられるに違いない。
「ぼっつ」から操作方法を説明された「くりっつ」は、早速試射を開始する。
凄まじい発射音とともに放たれた矢は、的である金属製の鎧をやすやすと貫通してのけた。
私達が普段着ているのと同じものである。
いつも命を預けているものが簡単に破壊される様というのは、見ていてぞっとしないものだ。
私と同じ意見なのだろう、「こるて」も分かりやすく顔をしかめていた。
「ぼっつ」が次に私達の前に出したのは、先ほどの「こんべあどっく」と殆ど同じ物であった。
変形し、バリスタをせり上げさせる。
ただ、一点だけ違うところがあった。
バリスタの発射台部分が、可変式になっているところである。
「これは、リィム用に作ったんだ! グレネードを効率よく飛ばすためのクロスボウだよ! それに、これがあればグレネードを運ぶ手間もかからなくて便利だしね!」
「ぼっつ」の言葉に、「りぃむ」はぎょっとした顔をする。
突然呼ばれて、びっくりしたのだろう。
なるほど、「ぼっつ」の言うように、このクロスボウの発射台部分は「ぐれねいどぅ」を乗せるのに都合がよさそうな形をしている。
可変式であるため、大きいものから小さなものまで、問題なく対応できるだろう。
地球にも、石を飛ばすためのバリスタやクロスボウは存在していた。
これはもともとが石である「ぐれねいどぅ」を飛ばす、専用の移動式バリスタなのだ。
「りぃむ」のような爆雷兵は、大量の「ぐれねいどぅ」を持ち運ぶ必要がある。
その運搬に役立ちつつ、遠距離投擲にも使えるこの「こんべあどっく」は、実に便利だろう。
「りぃむ」もそう思っているらしく、妙にそわそわした様子で嬉しそうな半笑いを浮かべている。
恐らく、早く性能を試してみたいのだろう。
しかし、そう悟られるのは恥ずかしいらしい。
自分もいやそうな顔をしていた手前というのもあるようだ。
だが、「ぼっつ」に是非と進められれば、不承不承といった様子を装いつつも喜び勇んで試し始める。
いきなり「ぐれねいどぅ」で試すのも危険だということで、飛ばすのはただの石だ。
「ぐれねいどぅ」は魔力を込めた石ではあるが、形状や重さは一切変わらない。
訓練だけであれば、石で十分なのである。
バリスタから打ち出された石は凄まじい音を上げ、標的へ向かって飛んで行く。
これは「ぐれねいどぅ」の爆発力だけでなく、そのものをたたきつけることでのダメージも期待できるだろう。
一抱えもある大きな石も飛ばしてみるが、優に二十mは飛んでいる。
移動しやすく、折りたたみ式のバリスタでこの飛距離は、驚異的と言っていいだろう。
なかなか気に入ったようで、「りぃむ」はにやにやと笑いながら、どのような「ぐれねいどぅ」を積み込むか早速考えているようである。
その様子を見て、「こるて」は引きつった顔をしていた。
爆発物を想像してにやけている女性というのは、たしかに刺激が強いかもしれない。
ここで、私はある疑問を覚えた。
「りぃむ」や「くりっつ」用の武器はあるのに、「ぼっつ」用のものがないのである。
ダイオウコウカマムシの素材は、一応「ぼっつ」の装備を整える為に使われることになっているはずだ。
にも拘らず、二人の為に使い切ってしまったのだろうか。
私がそう質問すると、「ぼっつ」はにやりと笑って見せた。
「実は、半分出来上がってるんだけど、まだ仕上げることが出来ないんだ。今回作ろうと思うのは、トロルに装備してもらう為のモノだからね!」
どうやら「ぼっつ」は、本気でトロルを手に入れるつもりらしい。
そういえば以前、自分はトロル兵になるんだといっていたような気がする。
トロルは私達の倍ほどの身の丈にもなる、巨体をもっている。
そんなものに、一体何を装備させるつもりなのだろう。
十中八九ろくなものではないはずだ。
「次の訓練では、一日がかりで狩りをするだろう? その時の成果如何で、トロルを使うことを許可してもいいって司令官に言われたんだっ!!」
「ぼっつ」は興奮気味にそういうと、どのような武装を考えているのかを、まるで機関銃の様に話し始める。
もっとも、内容が専門的過ぎて私には殆ど内容が理解できない。
隣で聞いている「こるて」もそれは同じようで、半分白目を剥いている。
どうやら、話が難しすぎて眠くなっているらしい。
奇遇なことに、私も今強烈な眠気に襲われていた。
「なあ、マディ。お前の親父さんに言って、今からでもトロルの件取り消してもらったほうがいいんじゃないか?」
船をこきながらそういう「こるて」の言葉に、私は大きく頷いた。
たしかにそのほうが危険は少ないかもしれない。
「ぼっつ」がいう司令官というのは、私の父親の事である。
だが、恐らく父にも何かしら考えが有って、許可を出すといったのであろう。
それに、トロルは未だ個体数が少ないはずである。
そう簡単に許可は出ないはずだ。
私がそのような考えを伝えると、「こるて」は難しい顔をしながらも、納得したように頷く。
「だから、前回の虫に向かって撃ったものの数十倍の命中精度を誇るロケット弾砲を開発して、トロルに載せてもらおうと思うんだ!!」
やっぱり止めた方がいいかもしれない。
早々に考えを変えてそう呟く私に、「こるて」も深く深く頷いて同意してくれるのであった。