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十話

 「くりっつ」ともう一人の大人がクロスボウや弓矢で攻撃しているため、ダイオウコウカマムシの注意はそちらに向いていた。

 二人は木の上から攻撃をしているらしく、虫は地面を引っ掻きながら必死にそちらに行こうとしている。

 四本の足のうち、一本は千切れかけ。

 横腹には大穴が開いている。

 幾ら生命力が強い大虫とはいえ、そうそうまともに動けるものではないだろう。

 とはいえ、「くりっつ」達の武器は飛び道具と僅かな「ぐれねいどぅ」だけである。

 これでは本格的に攻撃されたとき、対応することは出来ない。

 今はまだ痛みにのたうっているからいいが、もう少しすれば前進し始めるはずなのだ。

 そうなる前に虫の足を止めてしまわなければ、彼等を危険に晒すことになってしまう。

 ハンマーを持った大人からは、それを考慮した指示が出た。


「足を狙う! 千切れかけている足をまず叩き切って、出血させるぞ! 相手は四足歩きだ! 前足を突いて歩くのに慣れてないから、二本もへし折ってやればいい!」


 私と「こるて」は大声で返事をすると、早速今しがたナタを叩き込んだ足へと走った。

 虫は暴れてはいるが、やはり弱っているようである。

 最初に近付いたときよりは、明らかに動きが鈍い。

 関節を中ほどまで断ち切った足は、だらりとしていて力が感じられない。

 だらだらと緑色の血液が流れて、肉は殆ど引きちぎれ掛かっている。

 後一押ししてやれば、すぐにも落としてやることが出来るだろう。

 半ば以上千切れているため、傷口は大きく広がっている。

 丁度良いことに、虫が揺すったためかナタも地面に落ちていた。

 これは後で回収するとして、ここは一番、私の出番である。

 斬りつける的として、程よい太さと広がり具合であったのだ。

 私は大声で、自分が叩き切るという旨を伝える。

 すぐに返ってきた返事は、やってみろと言うものであった。


「もししくじったら、俺がハンマーで叩き落してやる!」


 そういったのは、ハンマーを振り上げた「こるて」であった。

 身の丈ほどもある柄に、己の頭ほどの鉄塊を付けたハンマーを担ぎながらの言葉である。

 それをやすやすと振り回す姿を良く知る私にとっては、実に実に頼もしい。

 私は応とだけ応えると、駆け足で虫の足へと近付いた。

 立ち止まる制動もそこそこに、大きく剣を掲げる。

 普段であれば僅かに息を吸い集中を高める場面であるが、今はその必要はなかった。

 剣を振り上げ雄たけびを上げたときから、私の体は押さえ切れんばかりの力と集中力で満ち満ちているのだ。

 恐ろしいほどの高揚状態であるときにでも、感じたことがないような震えんばかりの力の高ぶり。

 生まれ変わる以前、数年間は感じたことがなかったような精神の静けさと集中の高まり。

 これは恐らく、雄たけびを上げたことによる効果なのだろう。

 人間であったころには考えられないことではあるが、今の私は人間ではない。

 ウォーゴブリンであるのだ。

 走りこんだ勢いはまだ殺しきれず、体は僅かずつぶれ続けている。

 にも拘らず、私にはどのように剣を振るうべきか、そして、振るった結果剣が通るであろう線さえも見えていた。

 ならば、あとは剣を振るうだけである。

 毎日何百と、生まれ変わってから数万も繰り返してきたことだ。

 今のところ、私にこれ以上得意なことはないだろう。

 渾身の力を振り絞り、上段から思い切り剣を振り下ろす。

 剣は私が思い描いたものと寸分違わぬ道を通り、引きちぎれかけた虫の脚へと突き刺さる。

 僅かな抵抗を手に感じたものの、それだけであった。

 虫の足は奇妙な水音を立てて断ち切れ、地面に転がる。

 直後、大人が大声でこの場を離れろと指示を出す。

 私と「こるて」は、大慌てで走り出した。

 どうも体がでかいと、痛みを感じるのが遅れるものらしい。

 虫の口から絶叫が上がったのは、数瞬遅れての事であった。

 よほど痛いのか、虫は腹を地面につけてがむしゃらに残った足を振り回している。

 もしあんな物に巻き込まれたらと思うと、背筋が凍る想いだ。

 暴れる虫の足に弾かれて圧死するなど、真っ平御免である。


「足一本でこの騒ぎか! 近付くどころじゃないなぁ!」


 「こるて」が呆れたように言うが、全くその通りである。

 攻撃して離脱を繰り返すにしても、如何せん相手の足が長すぎて走る距離がありすぎるのだ。

 足の一本位、受け止めてやりたいところではある。

 だが、自分の身体よりも太い、外骨格が相手なのだ。

 よくて吹き飛ばされるか、悪くすれば引きちぎられるのがオチである。

 最初よりも随分大人しくなったとはいえ、この調子で他の足も切らねばならないかと思うと気が滅入りそうだ。

 何かもっと弱らせる手があればよいのだろうが、残念ながら私にはすぐに思いつかない。

 こういうときは、歴戦の勇士に頼るべきである。

 ハンマーを持った大人に、何か手っ取り早く弱らせる手はないだろうかと聞いてみることにする。

 大人は少し考えると、虫の背を睨み付けた。


「背中に、羽を広げる為の装甲の隙間があるはずだ。そこに切れ目を入れてグレネードを突っ込むのが常套手段なんだが」


 この巨体であるにも拘らず、ダイオウコウカマムシは空を飛ぶことが出来た。

 コガネムシ類に似ている下半身には、その種の虫と同じような羽が装備されているのだ。

 外骨格と羽が一緒になっているそれは、虫の背に筋肉と節一つでつながっているだけである。

 強固でしなやかな外骨格のその下は、柔らかく薄い羽と装甲の薄い肉の部分だ。

 斧を叩き込んでもよし、ハンマーで殴りつけてよし、剣で切りつけてもよし。

 装甲のない場所であれば、「ぐれねいどぅ」で吹き飛ばすことも出来るだろう。

 そういえば、「ぼっつ」が用意した飛び道具もあるのだ。

 ロケット弾のようなアレであれば、大きな損傷を与えられることだろう。

 うまくすれば、止めをさせるかもしれない。

 普通の状態のダイオウコウカマムシの背中にのぼり、身体を切りつけ「ぐれねいどぅ」をねじ込むというのは、至難の業である。

 だが、今は普通の状態ではない。

 足を一本失い、腹に大穴が開いているのだ。

 背中に登り、「ぐれねいどぅ」を突っ込むというのも、出来ない話ではないはずである。

 問題は、それを誰がやるか、であろうか。

 まず、「こるて」は候補から外れるだろう。

 彼の武器はハンマーであり、ナイフのような小さな物はあるものの大きな刃物は持っていない。

 肉を切り裂き「ぐれねいどぅ」を埋め込むことが出来ない訳である。

 では、ハンマーを持った大人はどうだろう。

 主だった武器はハンマーではあるが、こちらは手斧を持っている。

 扱いやすい刃物ではあるがしかし、これで大きな傷を付けるのは難しいだろう。

 「ぐれねいどぅ」を埋め込むにしても、かなり深いところで無ければ意味がない。

 体表近くではなく、なるべく体内の深いところで炸裂させたほうが打撃力が高いからだ。

 と成れば、刃渡りの長い武器を持っているものが適任ということになる。

 つまるところ、私であるわけだ。

 「こるて」の方を振り向くと、彼は悔しそうに顔をしかめている。

 恐らく私のほうは、にんまりとした顔だ。

 さぞかし「こるて」には憎憎しく見えることだろう。

 どうやらハンマーを持った大人も、同じように見えているようだ。

 悔しそうに舌打ちをしている。

 だが、流石に歴戦の勇士である。

 すぐに表情を切り替え、指示を飛ばす。


「真後ろから近付いてマディをヤロウの背中に飛ばす! 足場になってやるから、落ちるなよ!」


 生きている生き物の背中に乗るというのは、簡単なことではない。

 まして相手はこれから殺してやろうという魔獣であり、相手からすればこちらは敵であるのだ。

 素直に乗せておく道理がない。

 まあ、これだけ痛めつけてある以上、気がつかないということもあるだろう。

 ダイオウコウカマムシは、体の構造上背中を見ることが出来ない。

 また、外骨格には感覚器官がないため、背中に乗っていることに気がつかないかもしれないのだ。

 とはいえ、乗せてくれる為に静かにしていてくれるわけでもない。

 落ちれば大怪我をするだろうし、下手をすればそのまま踏み潰されるだろう。

 だが、その危険を冒す価値は十二分にある。

 なにより、私たちウォーゴブリンは、こういう場面を得意とする狩猟種族なのだ。

 失敗して、踏み潰されてやるわけには行かないだろう。

 一暴れした虫の顔や関節に、再び矢が突き刺さる。

 虫の注意がそちらに向いたのと同時に、私たちは再び虫へと駆け寄った。

 大人が虫の背を向け、腰を落として手を前で組む。

 私はその手に足をかけると、大人の肩をぽんと叩く。

 準備が出来たという合図だ。


「いくぞ! 3! 2! 1!」


 一の声と同時に、大人が腕に力を込める。

 私もそれにあわせ、思い切り足を伸ばした。

 人間でも高いところに上るときなどに使う技術である。

 一人がジャンプ台になることで、より高く飛ぶことが出来るのだ。

 ウォーゴブリンは、自身の体重を片手で支えられるほどの豪腕を誇るゴブリン種である。

 その中でも、前衛でハンマーを振るう大人の腕力は圧倒的だ。

 子供とはいえ、大人と変らない体格である私を易々と宙へ放り出したのである。

 頭よりもかなり高い位置にあった虫の背中に、私は余裕を持って着地した。

 この程度の高さであれば、簡単に登ることが出来るのだ。

 今回は大事を取って大人が踏み台役をやったわけであるが、あの非力なように見える「ぼっつ」であったとしても、この程度は余裕でやってのける。

 全く、ウォーゴブリンという種族は面白いものである。

 私は片手を下につけた、三本足走法の姿勢をとった。

 二本足で歩くよりも、はるかに安定性が増すからだ。

 剣を使っているため四本ではないが、これだけでも相当に走りやすい。

 私が背中に乗ったというのに、虫は気がついたそぶりを見せなかった。

 それよりも、顔や関節を狙って打ち込まれる矢のほうが気になる様子である。

 これは絶好のチャンスではないか。

 私は大声を張り上げると、一気に駆け出した。

 虫の体表はなかなかに走りにくいが、贅沢はいえないだろう。

 私は羽の付け根に向かって一直線に走り、目標の部位を視界に捕らえる。

 間合いに入ったところで、私は虫の背を蹴り跳躍した。

 剣を逆手に持ち直し、両手でがっちりと握り締める。

 深く剣を突き刺すには、腕力だけでは足りないだろう。

 体重と、落下での加重が必要なはずだ。

 走りこむ勢いも乗せれば、十二分なはずである。

 渾身の力を込める為、更に雄たけびを上げた。

 身体に力が漲り、周りの景色がゆっくりとした動きに変っていく。

 剣を突き立てるべき場所は、一点だ。

 背中の羽の付け根、そこだけである。

 体が落下し始め、目標の地点へと体が迫る。

 大きく振り上げた剣を、全力を持って振り下ろす。

 喉も張り裂けんばかりに声を張り上げ、気合を入れる。

 物事最後にものを言うのは、やはり気合と根性なのだ。

 剣の切っ先は狙い違わず、狙いの場所に突き刺さった。

 虫の外骨格の隙間、羽の付け根である。

 ゴムを切った様な、粘りつく手ごたえである。

 思ったほど深く突き刺さらないかもしれないと一瞬思ったのだが、剣はどうにか八割ほど虫の体に突き刺さってくれた。

 思わず、ほっとため息を付いてしまう。

 やはり、最後の一押しは気合と根性である。

 緑色のなんとも気色の悪い血液が噴出し、虫が悲鳴を上げる。

 足をばたばたと動かしているようだが、腹が地面についてしまっているせいなのか、背中には殆ど振動がない。

 これならば問題なく役目を果たすことが出来るだろう。

 剣の柄を両手で掴み、思い切り左右に揺らす。

 両刃の剣で、無理矢理傷口を広げているのだ。

 十二分に傷口を広げたところで、私は腰に吊るしてある「ぐれねいどぅ」の入った袋へと手を伸ばした。

 さて。

 ここで私は重要なことに行き当たってしまった。

 一体幾つの「ぐれねいどぅ」を突っ込めばよいのだろうか。

 一つでは威力が足りない気がする。

 何せ相手はでかいのだ。

 二つだろうか、三つであろうか。

 なかなかに難しいところである。

 こういうときは、大は小を兼ねるだ。

 私は袋にを突っ込み、手持ち五つの「ぐれねいどぅ」全てに発動の魔力を流した。

 すぐさま僅かな発光と熱で、問題なく起動したことを「ぐれねいどぅ」が報せてくる。

 袋を腰から引きちぎり、剣を虫の背から引き抜く。

 間髪居れず、手に持った「ぐれねいどぅ」入りの袋を傷口にねじ込む。

 私達ウォーゴブリンは、非常に腕の長い種族だ。

 腕を伸ばすだけで、容易く剣が刺さった深さまで「ぐれねいどぅ」を突っ込むことが出来た。

 これで、あとは逃げるだけである。

 虫の体から腕を引き抜き、虫の背中を後ろのほうへと走った。

 横に飛び降りれば速いのだが、胴体の横には足が生えているのだ。

 飛び降りた瞬間、虫の足に踏み潰されたでは笑い話にもならない。

 虫の背中から飛び降り、両足で着地する。

 片膝と片手を付いてしまったが、この程度の高さであれば問題ない。

 虫はどうなったかと振り向くと、それとほぼ同時に強烈な爆発音が響いた。

 どうやら「ぐれねいどぅ」が問題なく炸裂したようである。

 虫の羽が肉ごと吹き飛び、緑色の血飛沫が舞い飛んだ。

 硬い外骨格の羽も剥がれ落ち、柔らかい部分がむき出しになった。

 全身を痙攣させながら絶叫を上げる虫だが、「こるて」もハンマーを持った大人も容赦するつもりは無い様子であった。

 嬉々としてハンマーを振り上げると、虫の足の関節部分を連打し始めたのだ。

 幾ら私たちの胴体よりも太く、固い外骨格に包まれた足とはいえ、さすがにこれには耐えられないだろう。

 べきべきと音を上げ、虫の足は文字通り叩き潰される。

 雄たけびを上げる「こるて」と大人に釣られ、私も剣を振り上げて大声を張り上げた。


「うぉおおおおおお!!!」


 腹の底から声を上げるというのは、実に実に爽快なものである。

 私達がそんなことをしていると、いつの間にか「ぼっつ」達がやってきていた。

 「けいんず」の下がれという合図に、私達は慌てて彼等の後ろへと移動する。

 足付き丸太を弄りだす様子から、あのロケット砲のような兵器を使うつもりだと察したからだ。

 私達が下がったのを確認すると、「ぼっつ」は足付き丸太の操縦器を握る。


「いくよー! 皆、耳を塞いでー!」


 そう叫ぶと、「ぼっつ」は何かしらの操作を足付き丸太に施す。

 次の瞬間、丸太の左右に括り付けられた装置が火を噴いた。

 後方に轟々と炎と煙を撒き散らしながら、金属製の筒が飛んで行く。

 少し距離があるのと、元々命中精度が低いのが原因だろう。

 虫に直撃するのは、半分にも満たなかった。

 だが、それで上等であるらしい。

 虫の体に突き刺さった金属筒は、次々に爆発し始めた。

 さすがに深くは刺さらないようだが、それでもそぎ取るように身体を吹き飛ばしていく。

 迫力、圧巻。

 言葉にすればまさにそうである。

 私達前衛班は血を見て興奮していたこともあり、気分は最高潮に達していた。


「ビューティフォー! すげぇー!」


「はっはっは! エルフの魔法見てぇーだぜぇ!!」


 次々に爆発する鉄の筒に、ついに虫の体力は尽きたらしい。

 一際大きな悲鳴をあげ、虫は地面に倒れ付した。

 まるで、大木を切り倒したような音が上がり、地面がビリビリと震える。

 全身を血に横たえたダイオウコウカマムシは、ついにぐったりと動かなくなったのだ。

 地面に広がっていく緑の血の量は、流石のあの巨体であろうと出血死し足りえるようにみえる。

 実際、「けいんず」もハンマーを持った大人も、勝利を確信したように笑っていた。

 虫の胴体は、実にその三分の一以上が吹き飛んでいる。

 肉も血も、これだけ失って無事であるわけもないだろう。

 内臓も地面に零れ落ち、虫の死を疑う余地はない。


「よし! 良くやった! 念のため首を切断するが。まあ、これで終わりだな」


 そういうと、「けいんず」は近くにいた「ぼっつ」の頭を乱暴に撫で回す。

 今回の大手柄は、止めを刺した「ぼっつ」であろう。

 私と「こるて」は顔を見合わせると、ニヤリと笑った。

 私達も、後で「ぼっつ」を散々にからかってやろうと確認しあったのである。


 こうして、私達の初めての魔獣狩りは、無事に成功したのであった。

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