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九話

 虫の存在を感知した私達は、今度は目測で発見できる距離に近づくためいくつかの班に分かれて行動を開始した。

 虫は比較的音に敏感なため、大人数で固まって動くとかえって危険であることが多い。

 逆に、少人数で動けば発見されずに行動できることが多いため、一つの班は三名の編成となった。

 私達子供は五名、大人は三名いるので、三名、三名、二名という形の編成をとることになる。

 振り分けは、以下の通りだ。

 まず、「けいんず」と「りぃむ」、そして「ぼっつ」の爆撃班。

 全体のリーダーである「けいんず」の指示のもと、爆雷兵である「りぃむ」と、足つき丸太を動かす「ぼっつ」の火力を最大限に生かすための班だ。

 そして、弓を持った大人と、「くりっつ」の狙撃班。

 短弓を持った大人は近い間合いでの早打ちが得意で、「くりっつ」は「ぼっつ」のクロスボウを扱うため比較的どのような距離でも弓での攻撃をすることができる。

 後方からの火力援護を目的とした班だ。

 最後に、ハンマーを持った大人と、私、「こるて」の誘導打撃班だ。

 手にした武器で敵を攻撃しつつ、その注意がほかの班に行かないように誘導する、前衛役である。

 直接相手を攻撃し、体を張って魔獣魔物を狩る、まさに前衛ウォーゴブリンの本領ともいえる役回りだ。

 私たちはこの三班に分かれ、極力音を立てないよう、慎重に虫へと接近を開始した。

 相手の居場所は音である程度知れているので、お互いの姿が見える一定の距離を保ちつつ移動を続ける。

 私たちのこの行為を、戦力の分散と思うものもいるかもしれない。

 確かに人数を割ってしまうとその分火力は低下し、はぐれる危険性も出てくる。

 地球であればあまりお勧めできる狩りの陣形とは言えないかもしれない。

 しかし、ここは異世界「海原と中原」であり、私たちの獲物は優に10mを超える体長を誇ることもある魔獣魔物であるのだ。

 集まって進んでいたら、気が付かれてブレスを放たれた。

 などというのは、実際よくあることであるらしい。

 密集陣形は利点も多いが、それ以上に危険が付きまとうのだ。


 お互いハンドサインが見える程度の距離を保ちつつ進んでいると、だんだんと目標が発する音が大きくなってくるのがわかった。

 どうやらかなり接近することに成功したらしい。

 ここからはさらに気を付けて進むように、と、ハンマーを持った大人が私と「こるて」に手信号で知らせてきた。

 私と「こるて」は、共に承知の意思を手信号で伝える。

 若干緊張しているのか、「こるて」の表情はこわばっているように見えた。

 気持ちは私にも痛いほどわかった。

 なにせ、初めての本格的な魔獣狩りである。

 緊張するなという方が無理だろう。

 だが、緊張以外にも様々な感情が私の中には渦巻いていた。

 まず思い出されるのは、やはり戦時中の事だ。

 私も戦地では、ジャングルの中銃を抱え行軍したものである。

 あの時は、人間同士の殺し合いであった。

 いや、今は考えるのはよそう。

 落ち込んだ気分のまま戦い、仲間に迷惑を掛けるわけにはいかないのだ。

 それよりも、今は気分を持ち上げ、戦うことに集中すべきであろう。

 そう、これは実戦であるのだ。

 仲間の命を預かり、仲間に命を預け、獲物の命を狩る、実戦なのだ。

草をかき分け進みながら、私は座学で何度も何度も言われてきたことを頭の中で思い出すことにした。

 基本的なことではあるが、最も大切なことでもあるといわれていたことである。

 それは、「傷つかない事」だ。

 これを言われた時は、私は一瞬何のことだろうと思ってしまった。

 だが、説明を受ければ、大いに納得できるものであったのだ。

 まず、実戦において体を傷つけられるということは、直接死につながることである。

 それはたとえば小さな爪で切り付けられた、浅い傷であったとしても、だ。

 私達ウォーゴブリンが戦う戦場は、森の中である。

 そこは様々な細菌がいて、様々な毒がある場所だ。

 さらに、治療魔法のような即効性の高い回復方法を持たない私達ウォーゴブリンは、ちょっとした切り傷からの出血や痛みでさえ、判断を鈍らせる原因になる。

 それらは自分たちよりも遥に強力な力を持つ存在である魔獣と戦うとき、絶対的な敗北要因となるのだ。 

 たとえば、足の裏にマメができていたとしよう。

 それがたとえ我慢できる程度のものであったとしても、実戦闘中思わずかばってしまうことがあるかもしれない。

 とっさの時、痛みを嫌がるのは生物である以上、当然の本能だ。

 魔獣との戦闘では、そういった一瞬の出来事が大きな怪我につながる。

 小さなマメ一つが、四肢を欠損する事態へと変わるのだ。

 これは決して大げさではない。

 たとえば、森の中で枝を折るために手を怪我し、そのために武器を振るう力が弱まりとどめを刺し損ねる。

 たとえば、狩りの途中小さな怪我を負い、帰還中に別の魔獣に襲われ、その怪我人をかばうために仲間が犠牲になる。

 そう。

 怪我を負うということは、自分の身を危険にさらすだけではない。

 仲間をも危険にさらすということなのだ。

 怪我を名誉の勲章とできるのは、平和な世だけの話である。

 実戦場での怪我は、害悪以外の何物でもないのだ。

 怪我を受けず、ただ一方的に相手を狩る。

 それが、狩りの基本なのだ。

 その話は、確かにうなずけるものであった。

 私達はとてつもない回復力を持っているわけでも、一撃で魔獣を打倒す武器を持っているわけでもない。

 たとえばここが地球で、相手が熊程度であれば、ライフルを持っていれば対処することができるだろう。

 いかな最大の大きさを誇るシロクマといえど、人間の持つ銃の前には敵うことはない。

 しかし、この「海原と中原」では違う。

 地球であれば手榴弾並みの性能を誇る「ぐれねいどぅ」を投げ込んだところで、びくともしない魔獣魔物がひしめいているのだ。

 そんなものを相手にする以上、地球の常識は通用しない。

 長年培ってきたウォーゴブリンの教訓である「傷つかない事」というのは、絶対に守るべき事柄であるだろう。

 それと合わせて、こんなことも教わった。


「ウォーゴブリンとは本来蛮勇で、雄叫びをあげながら突撃するのを好む傾向がある。本能というやつだね。怪我をも恐れず敵を倒す事を、本能が求めているんだ。そして、何が何でも仲間を守ろうとする本能もある。ゴブリンはとても弱い。体力は人間並みで、魔力はラブェットと同じぐらいだ。だから、仲間を守り集団で戦うことで生き抜いてきたんだ。だから、怪我をした仲間を本能で守ろうとする。そして、自分も怪我をしてしまうんだ。だから私達は本能のまま戦ったら、ただただ突撃していき、怪我をして、お互いに庇い合って倒されてしまうんだ。相手がシカやイノシシだけなら何とかなるだろうけれど、私達は進んで魔獣と戦っているからね。そういうわけにもいかない。幸い、私達には本能を抑えることができる、理性がある。蛮勇を理性で抑え込んで付き合ってくしかないのが、私達ウォーゴブリンの生きる方法なのかもしれないね」


 そう。

 私達ウォーゴブリンは、いや、ゴブリンという種族は、仲間意識が強い。

 仲間が怪我をしていれば助けるし、庇う。

 それが当たり前の本能であるからこそ、共倒れを防ぐ意味合いも込めて何度も何度も繰り返し覚えこまされるのだ。

 怪我をしてはいけない。

 戦闘中でないにしろ、それは仲間を危険に晒すのと同じなのだ。

 確かに、私は仲間が怪我をして倒れそうになれば、命を張って助けるかもしれない。

 生まれ変わる以前は、実際にそのように生きてきたつもりだ。

 私の仲間たちも、あるいはそのように思ってくれるかもしれない。

 それはうれしくもあるが、同時にそんなことで仲間を危険に晒すわけにはいかないという思いもある。

 そうならないためには、どうすればよいのか。

 自分も怪我をせず、仲間にも怪我させなければよいのだ。

 そう考えて、私はふと肩の荷が下りるのを感じた。

 自分も怪我をせず、仲間にも怪我をさせない方法など、実に簡単であると気が付いたからだ。

 訓練通りに動けば、それでよいのである。

 そのために、何度も何度も繰り返してきたことなのだから。

 私は、訓練でしてきたことを最低限身に着けたつもりである。

 そして、隣にいる「こるて」は実に優秀だ。

 前を歩く「けいんず」も、実に優秀な兵士である。

 なら、私は自分のすべきことをして、仲間を信頼していれば、それでよいではないか。

 実に、実に簡単なことだ。

 「けいんず」が片手をあげ、私と「こるて」にハンドサインを出した。

 虫を補足したのだ。

 「こるて」がにやりと口を釣り上げるのが見える。

 おそらく、私も同じような顔をしているだろう。

 ここからが、狩りの本番であるのだ。




 コガネムシのような甲虫の体に、カマキリの胴体をくっつけたもの。

 それが、私たちが見つけた虫の外見であった。

 ただその大きさは、全長10m、縦5mという文字通りの巨体であったわけだが。

 甲虫のような部分の大きさはさほどでもないのだが、なぜかカマキリの部分を地面と水平にしたままにしているため、それだけ縦幅があるのだ。

 この虫の名は、「ダイオウコウカマムシ」という。

 この世界には、「コウカマムシ」という甲虫のような硬い外骨格を持つカマキリがいる。

 それを極端にでかくしたのが、「ダイオウコウカマムシ」だ。

 この虫の特徴は、何と言ってもその巨大な鎌だ。

 これは地球のカマキリと違い、杭のような鋭いトゲが並んだ形になっている。

 相手にひっかけ引くだけで、大きな傷を負わせることができるのだ。

 そして、鎌の先は小さく割れており、カニの鋏のようになっていた。

 これで小型の動物を捕まえて食べることもあるという。

 もっとも、この場合小型の動物というのは、ちょうど私達ウォーゴブリン程度のサイズになるわけだが。

 このダイオウコウカマムシは、自分と同じ程度の大きさの動物を襲うことが多い。

 大きくなることで敵に襲われにくく進化した動物を、同じ大きさになることで襲うことができるようになった虫なのだ。

 この大きさになってしまえば、地球でいう虫のイメージからは完全にかけ離れている。

 その威容を前に思わず顔をしかめてしまったが、元の世界の知識を持つ以上仕方ないのではないだろうか。

 巨大な虫というのは、どうにも見ていて気味が悪いのだ。

 さて、この虫は巨大で甲殻に覆われていることから、他の動物から襲われることがほとんどない。

 そのため、周囲へあまり警戒を払わない傾向があった。

 よほど大きな音を立てない限り気が付かないだろう。

 また、よほど腹が減っていない限りこちらを襲ってくることもないだろう。

 ならば放っておいてもいいかといえば、そうとも言えない。

 このサイズの虫は、総じて足元に注意を払わないからだ。

 たとえば私達の基地に近づいてきたとしても、足元に頓着せず蹴散らして通っていくだろう。

 それだけならば、まだいい。

 だが残念なことに、このダイオウコウカマムシは、同じ地域一帯を歩き回るという性質を持っているのだ。

 この虫は体が大きすぎる為、起伏の富んだ土地を歩くのが苦手だ。

 そのため、一度歩き回れる平坦な土地を見つけると、あたり一帯を探し回りあらゆるものを食い尽くす。

 この地点から基地までは、比較的平らな地面が続いている。

 十中八九、ダイオウコウカマムシの行動半径に収まっているだろう。

 これは思った以上に厄介な状況であった。

 ここで引き返して基地に報告に戻ったとして、また発見できるかが微妙なところなのだ。

 この虫は常に動き回るので、一度見失うと再補足が難しい。

 見張りをつけたとしても、まさかのろしを上げるわけにもいかない。

 そんなことをすれば、見張りのウォーゴブリンがダイオウコウカマムシに発見されてしまうからだ。

 通常ダイオウコウカマムシを発見した場合は、そのチームが倒すことを推奨されている。

 巨大な為動きがのろく、ある程度の装備が有れば撃滅が可能であるからだ。

 とはいえ、相手は10mを超える巨体である。

 草食動物は襲われることを避けるために大きく進化することもある、というように、大きいというのはそれだけで大きな武器なのだ。

 その大きな武器を持つ相手に、果たして碌な戦闘経験も無い子供が中心の部隊で勝てるものなのであろうか。

 正直なところ、私自身には勝つ自信は大いにあった。

 過信であるかもしれないし、生まれ変わる以前の話ではあるが、私は従軍経験がある。

 その私から見ても、今の私と、私の仲間達の練度は実戦に耐えうるものであると思われた。

 戦えば、危なげなく勝てると、私は胸を張って言うことができる。

 すぐにでも作戦行動に移りたいところではあるが、それは出来ない。

 今回それを判断するのは、リーダーである「けいんず」なのだ。

 最終決定を下すのは、彼である。

 私は虫から目を離し、「けいんず」の方へと目を向けた。

 指示の為のハンドサインが上がっているのがすぐに目に入る。

 内容は、「戦闘準備」。

 私達が虫を視認してから、まだ僅かも経っていない。

 どうやら「けいんず」は、相手を確認してすぐに判断を下したようだ。

 実に嬉しい限りである。

 初めての大きな獲物が、これほどの相手になるとは。

 実に、実に嬉しいことである。

 だが、喜んでばかりも居られない。

 これから戦闘準備をしなければならないのだ。

 私と「こるて」、ハンマーを持った大人の三人は、早速用意に取り掛かった。

 何しろ私たちは敵と肉薄し、攻撃陽動を行う最前列の前衛役なのだ。

 一体どんな戦いになるのか。

 楽しみで、実に胸が踊ることである。




 私達の班と「けいんず」の班は、虫の後方へと移動していた。

 付かず離れずの距離をとりながら、「くりっつ」達の狙撃を待っているのだ。

 彼等の狙撃を合図に、攻撃を開始する手はずになっている。

 ダイオウコウカマムシは、ある程度の距離であれば近付いても私達程度の動物を気にかけることは少ない。

 連中からすれば私たちの大きさの獲物など、腹の足しにもならないからだろう。

 それに、彼らはすばしこく逃げ回る相手を捕まえるのが苦手なのだ。

 体が大きすぎるというのも良し悪しなようである。

 暫く歩くと、「けいんず」が片手を大きく上げた。

 手信号である。

 これは私達の班に向けたものではなく、「くりっつ」達狙撃班に向けられたものだ。

 好きな時に狙撃をしろ、という合図である。

 その合図が出されたと思った、その瞬間であった。

 虫の目に、何かが突き刺さったのだ。

 しかし、それは実に小さなものである。

 恐らく、「くりっつ」の放ったクロスボウの矢であろう。

 ダイオウコウカマムシの目は、複眼であった。

 小さな目の集合体なのである。

 故に、一つ二つが潰れたところで視界には影響がなく、また、その程度であればすぐに回復してしまうのだ。

 それでもうっとうしくはあるのだろう。

 虫は、顔をぬぐおうとカマを持ち上げた。

 まさに、その時である。

 ダイオウコウカマムシの目に刺さった矢が、爆発したのだ。

 矢に括り付けた、「ぐれねいどぅ」が作動したのだろう。

 流石の巨大虫も、これは応えたようである。

 顔や目をカマで盛んに拭いながら、地団太を踏む。

 地団太とはいえ、相手は10mを超える巨大な虫だ。

 その暴れ方は、半端なものではない。

 木をなぎ倒し、地面を踏み抜き、岩を砕く。

 デタラメに振り回したカマで木をへし折り、暴風の様にあたりを破壊する。

 私達は後ろに回っていたからいいが、前に居たらあの被害に巻き込まれていたかもしれない。

 実に背筋の冷えることだ。

 だが、じっともしていられないだろう。

 相手は自分の顔に攻撃を加えられ、暴れまわっている巨大な虫である。

 何時こちらを振り向くか分からないのだ。

 気をつけてはいても、相手はがむしゃらに暴れているわけだから、気のつけようも無い。

 現に、今しがたも私たちのすぐ近くに、虫が投げた木が落ちた。

 なぎ払いへし折れたものを、カマの先にあるハサミで掴み放り投げたのだろう。

 そんなものを喰らえば、無事ではすまない。

 思わず大声を上げそうになりながらも、何とかこらえる。

 折角目を潰したというのに、音で捉えられては意味が無いのだ。

 潰した目のほうへと少しずつ動きながらも、虫が暴れるのに巻き込まれないように細心の注意を払う。

 土煙を上げ地面を蹴散らす足に近づきたくは無いが、贅沢はいえないだろう。

 片面が見えなくなっているおかげか、虫がこちらに気が付いている様子は無い。

 まさに今が好機である。

 私と「こるて」、ハンマーを持った大人はお互いに手信号で行動を確認し合うと、一斉に走り出した。

 狙いは、後ろ足の関節部分である。

 ダイオウコウカマムシの外骨格はとても頑強で、ちょっとやそっとでは傷つけることは出来ない。

 まともに攻撃が出来るとしたら、関節部分を狙うしかないのだ。

 勿論、通常はそんな場所を狙うことは出来ない。

 不用意に近付こうものなら、踏み潰されるかカマとハサミでなぎ払われるからである。

 このダイオウコウカマムシは、その大きさゆえにカマを振るうとき体が不安定になるという欠点を抱えている。

 その為、狩りの時等は足元を踏み固め、動かないようにする性質があるのだ。

 これを利用するというのが、今回の作戦である。

 片目を「ぐれねいどぅ」付きの矢で吹き飛ばし、視界を奪う。

 その衝撃で敵に襲われたと判断させ、足元を固めさせる。

 しかる後、奪った視界を利用して足に接近、切断しようというのだ。

 虫が地団駄を踏んでいるように見えるが、これも足元を固める前の動きなのである。

 何とか投げられるものや飛び散るものを掻い潜り、近付くことに成功する。

 見れば、足の動きも随分と落ち着いてきている。

 本格的に敵を探し始めたのだろう。

 痛みに我を忘れ暴れたあとは、冷静に敵を探して潰すというわけである。

 敵を探そうと見回してはいるが、足元はおろそかだ。

 これほど大きな相手を傷つけられるのは、通常大きな身体を持つものだけだから、それでよいのだろう。

 何しろダイオウコウカマムシはでかくて力が強い。

 小さな動物など、そもそも相手にはならないのだ。

 本来ならば、の話ではあるが。

 私達はすばやく足へと近寄ると、早速行動へ移った。

 ナタを持った私が、その刃をダイオウコウカマムシの関節へと向ける。

 肉厚で幅も広いこれは、切断能力もなかなかのものだ。

 狙いが定まったところで、頷いて「こるて」と大人に合図をした。

 二人は手にしていたハンマーを振り上げると、息を合わせてナタへと向かい振り下ろした。

 ガツンという、大きな金属音が響き渡る。

 ナタは一気に足の関節に食い込み、中ほどまでを断ち切った。

 一度で叩き切ってしまえなかったのは残念だが、相手は私たちの胴体よりも太い足である。

 半分食い込ませただけでも上等だろう。

 攻撃を加えた私たちは、一目散に逃げに掛かった。

 半ばまでとはいえ、足を切断したのだ。

 まして、体重が掛かっているときにである。

 結果はどうなるか、見守っている暇などあるはずも無いだろう。

 断ち切られた足の関節は悲鳴を上げ、ぶちぶちという肉が引きちぎれる音を上げ始めた。

 立っているときに、その体重が掛かっている足を半分も切られたのだ。

 足が引きちぎれるところまでは行かないかもしれないが、そのまま立っていることなど不可能である。

 虫は金切り声のような、妙な鳴き声をあげて地面に崩れ落ちた。

 なんということだろう。

 このダイオウコウマカムシという虫は、口から叫び声を上げたのだ。

 虫は構造上口から鳴き声を出さないと聞いたことがあったのだが、この「海原と中原」では違うのだろうか。

 実に感慨深いことであるが、今はそれに構っている場合ではない。

 少しでも早くダイオウコウカマムシから離れなければならないのだ。

 私達が虫に背を向け走っていると、突然地響きのような轟音が響き渡る。

 それと同時に、ダイオウコウカマムシの体が、僅かだが浮き上がったのだ。

 地面を伝わってくる振動に、私は足をとられたたらを踏む。

 それほどに凄まじい衝撃であったのだ。

 「こるて」が後ろを振り向き、虫の様子を確認する。

 私も急いで、虫のほうへと顔を向けた。

 目に映ったのは、地面と接した腹の部分から、緑色の血を流した虫の姿だ。

 足をバタつかせもがいている様だが、その様子はいかにも死に掛けた虫といった風情である。


「ビューティフォー! さすがリィムのグレネードだ! 派手な爆発だな!」


 「こるて」が大きな声で騒ぐ。

 私も思わず、両手を打ち鳴らしてしまった。

 ここまでくれば、声を抑える必要はない。

 鬱憤を晴らすように、私達は大声を上げた。

 さっきの爆発の正体は、リィム達が仕掛けた「ぐれねぃどぅ」である。

 私達が虫に接近している間に、彼らは虫の腹の下に「ぐれねぃどぅ」を仕掛けていたのだ。

 仕掛けるといっても、爆発する時間を設定して放り投げればよい訳だが。

 とはいえ、それもなかなか難しい作業である。

 「ぐれねぃどぅ」は石に魔力を込めたものであるので、大きいものはすこぶる重い。

 気安く持ち歩けるものではないのだ。

 今回は「ぼっつ」の足つき丸太に乗せていたからいいだろうが、漬物石を三つも四つも抱えて歩くような状態になることも有るという。

 「ぐれねぃどぅ」の破壊力は、その大きさに比例する。

 「りぃむ」が使ったのは、恐らく大型の漬物石サイズのものだろう。

 通常の拳ほどのサイズで地球の手榴弾と同じ爆発力を有することを考えれば、その威力は凄まじいことになるはずである。

 さて、爆発物の特性の話になるのだが、例えば一つの爆竹があるとしよう。

 手の上でそれを爆発させたとすると、精々火傷をするか、痛い思いをするかで済む筈である。

 だが、もし爆竹を握りこんだ状態で爆発が起こったらどうなるだろう。

 爆発力は集中し、大怪我を負うことになるだろう。

 もしかしたら、指を失うことになるかもしれない。

 このように、爆発は密閉した状態であるほうが威力が増すのである。

 今回はそれを、地面と虫の体を使って行ったのだ。

 恐らく、虫の腹には大穴が開いていることだろう。

 私達が近付く短期間で大きな爆発物が設置できたのは、「ぼっつ」の足付き丸太の手柄だろう。

 重い荷物を瞬時に運ぶのに、アレほど便利なものは無いだろう。

 周りに目をやると、少し離れたところに「けいんず」達の姿を見ることが出来た。

 私達は駆け足で、彼等のところに向かう。


「おう! ご苦労さん! 良くやってくれた!」


 こちらに気が付いた「けいんず」は、両手を振って私達に声をかけてきた。

 私達も、手を振って答える。

 「ぼっつ」の顔色が優れない様子だが、恐らく虫に近づいた緊張やらで胃がやられているのだろう。

 つくづく荒事が苦手な男である。

 暴れる虫を横目に見ながら、「けいんず」はこのあとの事について手早く指示と説明を始めた。

 ここまで出血を強いれば、流石の虫も助かる見込みは少ないだろうという。

 少ない、というところがポイントであろうか。

 この類の虫には、時折恐ろしい寄生虫が体内に潜んでいることがあるんだという。

 宿主が傷ついたときに、信じられない速度で傷を癒すのだそうだ。


「ぶった切ったクマの腕が一瞬で生えてきたときはびびった」


 笑いながら言う「けいんず」だったが、私と「こるて」、「ぼっつ」は驚くばかりである。

 苦労して傷を負わせたというのに、直られては始末に終えない。

 だが、心配すべきはそれだけではない。

 この虫は恐ろしく生命力が強く、この程度の傷では死ぬまでに四~五日は掛かるのだという。

 それまで、今の様にのた打ち回り続けるというのだ。

 ここは私達の基地からも程近い場所だ。

 至極迷惑な話である。

 手早く事態を収拾するためにも、手早く止めを刺すという。

 作戦は、簡単である。

 狙撃班の「くりっつ」達が虫の目を潰し、私達が足や胴体を傷つけ出血を更に広げる。

 そして、「りぃむ」と「ぼっつ」の武器で、虫の頭を吹き飛ばすのだ。

 「ぐれねぃどぅ」にしても「ぼっつ」の兵器にしても、その特徴上動く的を狙うのは不向きである。

 それまでに何とか弱らせ、一撃で絶命させられるようにしなければならない。

 「ぐれねぃどぅ」も「ぼっつ」の兵器も、数が少ないのだ。

 私たち三人は「けいんず」達と別れると、早速ダイオウコウカマムシのほうへと走り出した。

 少しでも傷を与え、動きを鈍らせなければならない。

 私は腰に下げた剣を引き抜き、虫を見据える。

 先ほど近付いたときに甲殻を見たのだが、あれはなかなかに硬そうであった。

 その甲殻は剣で傷つけるのが難しいという話を聞いたことがあるが、事実であろう。

 私の武器は剣であるから、斬りつける場所は相当に気をつけなければならない。

 関節か、柔らかい胴体部分か。


「うぉおおおおお!!!」


 そんなことを考えている私の横で、突然大きな声が上がった。

 ハンマーを持った大人が、雄叫びを上げたのだ。


「いいかガキども! こういうときは気合も大事だ! 気合を入れろ!!」


 そういうと、大人はもう一度気合の雄叫びを上げる。

 なるほど。

 確かに事ここに至れば、考えることも重要ではあるが、押し切るだけの気合も必要だろう。

 冷静さも大切だ。

 だが、時には思い切りも必要だろう。

 どうせやることは決まっているのだ。

 きちんとした判断能力を保てるのであれば、気合と勢いも無くては戦うことなど不可能である。


「うをぉおおおおお!!!」


 私は剣を振り上げ、気合の声を上げた。

 ただ声を上げただけにもかかわらず、全身に不思議な力が漲る様である。

 なるほど、ウォーゴブリンが蛮勇を好むとはこういうことなのかもしれない。

 そんな私を見て、「こるて」はぎょっとしているようであった。

 しかし、彼もすぐにハンマーを振り上げ、大声を張り上げる。

 生まれ変わる前も、大声を上げることで気分を高揚させることは確かにあった。

 だが、今はどうだろう。

 その効果は、気分を高めるだけではないようであった。

 実際に、走る速度が上がっているような気がする。

 それだけではない。

 たしかに走る速度は上がっているはずであるのに、周りの景色がゆっくりと動いて見えるのだ。

 この感覚は、生前良く感じたものである。

 極限の集中状態で、回りの動きが緩やかに見えるという奴だ。

 よく立会いの中で、こういう状態になったことがあったものである。

 その状態で周りを見ると、思わぬことに気が付いた。

 「こるて」とハンマーを持った大人の体が、明らかに一回り膨れ上がっているのだ。

 パンプアップという奴だろうか。

 そんなことがあるのだろうか、という疑問が頭に浮かぶが、それは意味が無いだろう。

 何せここは魔法が存在する世界なのだ。

 そういうこともあるのだろう。

 後で聞いてみるのもいいかもしれない。

 だが、今はそれを考えている余裕は無いだろう。

 今はとにもかくにも、この虫を倒してしまわなければならないのだ。

 叫んでみて分かったのだが、虫は私達の声を聞いている余裕も無いらしい。

 こちらの事に気が付いた様子も無く、前方へとカマを振るっている。

 見れば、複眼と傷口に、幾つもの矢が刺さっているではないか。

 どうやら、「くりっつ」達がけん制してくれているらしい。

 だが、やはり虫の殻は硬い。

 決定的なダメージは与えられていないようではある。

 さらに、最初の爆発で与えた複眼の傷も、回復が始まっている様子だ。

 これは宜しくない。

 彼等ばかりに負担を強いるわけには行かない。

 私はもう一度大きく息を吸い込むと、渾身の力を込めて声を上げた。

 ここからが、正念場という奴であるだろう。

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