みょん
このところ五味仁の脳中では”みょん”がしきりに
ぴょこぴょこと跳ね回り、びゅんびゅんと奔り回っていた
この”みょん”と言うのは一種の萌えキャラーであって
頭部に猫耳を備え語尾に”みょん”を付けてしゃべり
ぴょこぴょこと奔り回って大問題に挑むのである
無論の事、美少女である、萌え萌え美少女である
幼少のみぎりより、仁くんは萌えキャラーに執心して来たのであるが
その妄執はついにして其の脳中に自在なる会話の対象となる
萌えキャラーを生じせしめたのである
このイマジナル萌えキャラー或いは分人{ディヴィジュアル}
脳内萌えキャラーと言うべきものは
ついに仁くんをして恍惚の域に至らしめた
「みょんだみょーん」
「みょんはCuteだみょーん」
仁くんは汗脂を滴らせながらブツブツ呟き始めた
これは何時もの事であって、仁くんは家の中でも作業所の中でも
電車の中でも常に何事かをブツブツ呟いているのであるが
今回はそれが”みょん語”になった形である
「みょんだみょーん」
「床が滑るみょーん」
「一昨日放置したカップ麺の端を踏んじまって
腐ったスープが部屋に飛び散ったんだみょーん」
「からあげくんを口に放り込んでいる時に
ノートパソコンの隅からゴキブリがこんにちはしてきたんだみょん」
「カップ麺にゴキブリが飛び込んでこないように
コンビニエンスで購めた雨合羽を被って抱え込みながら食べるんだみょーん」
「床に食べた後のカップ麺を置く場所が無いんだみょん
健康のためにスープは残してあるんだみょん
村上春樹先生のようなヘルシーな生活を心がけないといけないみょん
ゴミ袋の山の上は不安定なんだみょん、この前それで酷い目にあったあみょん」
「ドンドンドンドンドン!」
「また親が部屋の扉を叩いているんだみょん
人間の生活をしろとうるさいんだみょん
こんな鬱陶しい事も無いんだみょん」
「ようやく静かになったんだみょん
ペットボトルに溜めた小便を捨てに行くんだみょん」
「みょ?」
便所から戻ってくると、西村賢太先生の寒灯の上に黒い物が
「あ”あ”あ”あああああああああああああああああああ”!」
「ゴキブリの糞があああああっ!」
払いのけてビニル袋に本を入れて、コンビニエンスの袋に何重も入れて
西村賢太先生は藤澤清造先生の田中英光先生の
川崎長太郎先生の葛西善蔵先生の北條民雄先生の
御本にパラフィンをかけて大切に書架にしまってらっしゃたというに
僕はいったいにこのように粗雑に、クソボケアホクソゴミクズがッ!
自分自身を蹴殺したい衝動にかられ、何で僕はこんな生活をしているんだ!
その時には此の五味の山をどうにかしようとの思いがふつふつと沸き立つが
さて手を付けようとして其の壮麗なるを眼前にするにつけ
みるみると意気は萎え萎み
ただ自己否定と自己嫌悪に終始するばかりで
眼前の問題には何一つ手を付けないまま時間だけが過ぎて
何かをしようと本を一つ一つビニル袋につめていって
最後に全てを大きなゴミ袋に詰めると其れで問題が片付いた気になって
しばらく呆然と座していると
再び脳中にみょんがぴょこぴょこと活動し始める
「片付いたんだみょん」
「大変だったんだみょん」
「からあげくんを購めてくるみょん、自分へのご褒美なんだみょーん」
「もう朝なんだみょん、作業所に行かないといけないみょん」
「おはようございます」
「おはようございます」
「体調はどうですか?」
「問題ありません」
「作業は出来そうですか?」
「はいだみょん、できるみょん」
作業所の職員の表情に一瞬、変化が見られたが
このような事には慣れているらしく
何時ものように作業所の日常は始まる
この時、仁くんはみょん無くしては立てなくなっていた
妄想は果てしなく膨張し其のMinimumな脳中では
みょんを主人公とする壮大な冒険活劇が繰り広げられると共に
この境涯、最早みょんを書くより他は無いとの偏狭なる妄執が
他を圧していったのである
既にしてオルタナテブは無かった
仁くんは其の2chで鍛えた文才と中卒水準に達しない学識と
作業所通いの人生経験の全てを賭してみょんを描くことにしたんだみょん!




