虫眼鏡のひみつ
小さな町のはずれに、古い古い雑貨屋がありました。
木の看板は日に焼けて、文字の半分は消えかけていましたが、店の前には、季節の花がいつもきれいに咲いていて、通りかかる人たちが、つい足を止めてしまうような場所でした。
その雑貨屋に、小学生のハルが入っていったのは、
ちょうど、風の強い土曜日の午後のことでした。
「こんにちはー」
ガラガラと引き戸を開けると、古い木の香りと、紙のにおいがふわりと漂ってきました。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から、小柄なおばあさんが静かに顔を出しました。
細い指で眼鏡を押し上げながら、やさしく微笑みました。
「見たいものがあるのかい?」
「うん。自由研究の道具を探していて……虫眼鏡とか、そういうのがあったらいいなって」
「虫眼鏡かい? いいのがあるよ」
おばあさんは棚の奥から、古びた箱をそっと取り出しました。
布をめくると、そこには銀色のふちの丸い虫眼鏡が眠っていました。
持ち手は木でできていて、何度も誰かの手に握られたようにすべすべしていました。
「ちょっと古いけれど、よく見えるよ。大切に使ってごらん」
ハルが手に取ると、レンズの向こうの景色がくっきりと膨らんで見えました。
「すご……これ、すごくきれいに見える」
「それはね、たくさんの“発見”を見てきた虫眼鏡なんだよ」
おばあさんは、少し意味ありげに微笑みました。
「なにか困ったらね、その虫眼鏡に聞いてごらん。きっと道を見せてくれるから」
ハルはよく意味が分からなかったけれど、どこか胸がわくわくしました。
「これ、ください」
その日から、虫眼鏡はハルの宝物になりました。
翌日。
ハルは虫眼鏡を持って、公園へ行きました。
足元の草をのぞくと、アリが一列になって歩いているのが見えました。
「うわ、すげえ……」
虫眼鏡で見るアリたちは、
荷物を運ぶ姿がまるで小さな働き者のロボットのようです。
しかし、そこへ強い風が吹いて、ハルの帽子がころんと転がってしまいました。
「あっ、待てよ!」
帽子はベンチの下にすべりこみ、その下には小さな紙切れが落ちていました。
「なんだ、これ?」
ハルは虫眼鏡でそれをのぞきました。
すると、細かい文字が浮かび上がりました。
《探すべきものは 大きさではなく 心の中》
「なにこれ……」
まるで誰かが残した暗号のようでした。
その日の午後、クラスで自由研究のテーマを相談していると、ひとりの男の子がため息をつきました。
リョウという、少し無口なクラスメイトでした。
「何をやってもうまくいかないんだ。ぜんぶ中途半端で、何も得意なものがない」
ハルはふと、虫眼鏡を持つ手に力を込めました。
(さっきの紙の言葉……心の中?)
ハルはリョウの机の上に、虫眼鏡をそっと置きました。
「これ、ちょっと見てみなよ。何か見えるかもしれない」
リョウは怪訝な顔をしながらも、机の上の自分のノートを虫眼鏡でのぞき込みました。
すると、ノートのはしの落書きのような図形が、虫眼鏡の中で、びっくりするほど整った形に見えました。
「え……なんだ、これ」
「それ、リョウが休み時間に描いてたやつだろ? すげえきれいな線じゃん」
「ただのいたずら描きだよ」
リョウは照れたようにうつむきました。
でもハルは頭を振りました。
「いや、これ、絵の才能だよ。気づいてなかっただけで、すごいことだと思う」
リョウは虫眼鏡をもう一度のぞきました。
すると、ノートの文字が光の粒みたいにきらきらしはじめました。
《探すべきものは 大きさではなく 心の中》
その言葉が、ハルの胸の中によみがえりました。
「……ぼく、絵、ちゃんと描いてみようかな」
リョウの声は、小さかったけれど、はっきりと力がこもっていました。
ハルは笑顔になりました。
「自由研究、一緒にやろうぜ。虫眼鏡と絵で、すごい発見ができるかも」
一週間後。
ハルとリョウの研究は、クラスの中で一番人気になりました。
虫眼鏡で見る草や虫、石ころ。
そしてリョウが描く拡大した世界の絵。
小さなものが、どれほど美しくて、どれほど大切なのかを伝える展示でした。
「……ありがとう、ハル。あの虫眼鏡、すごいやつだな」
「うん。見えるのは、ただの形じゃなくて……」
ハルは胸に手を当てました。
「気づこうとする心、なんだと思う」
二人は笑いあいました。
窓から差し込む光が、展示のテーブルに反射して、虫眼鏡のレンズの中できらりと光りました。
(たぶん、これからも。大切なものは、いつも小さくて、見えにくい)
でも。
(ちゃんと見ようとすれば、必ず見える)
ハルはそう信じていました。




