表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/90

冬の夜に灯るガラスの街灯

 雪の降る音が聞こえる夜だった。

 風は穏やかで、白い息が空に溶ける。

 街のざわめきもなく、ただ静かに時が流れている。

 美弥みやは、家の帰り道でふと足を止めた。

 小さな裏通りの角に、古びた街灯がぽつんと立っていた。

 透明なガラスの笠の中で、淡い青い光がゆらゆらと揺れている。

 この街灯だけ、他のどれとも違っていた。

 まるで雪の粒を閉じ込めたような、不思議な光。

 美弥はその光に見覚えがあった。

 ーーあの日も、こんな夜だった。


 十年前。まだ美弥が小学三年の冬。

 夜の公園で迷子になったとき、ひとりの少年がこの街灯の下で声をかけてくれた。

「寒くない?」

 青白い光の中、彼の頬に雪が降り積もっていた。

 名前も聞かずに別れたが、その光の記憶だけは、ずっと胸の奥に残っている。

 だからこの街灯を見つけたとき、美弥は息を呑んだのだ。

「まだ、灯ってたんだ……」

 触れると、ほんのりと温かかった。

 雪の夜に、まるで心臓のように鼓動している。

 その瞬間、背後から声がした。

「きみも、この灯りが好きなの?」

 振り返ると、そこに男の人が立っていた。

 同じ年頃か、少し上くらい。黒いコートにマフラー。

 優しい目をしていた。

「この街灯、昔からあるんですか?」

「うん。もう何十年も前から。たぶん、僕が小さいころにも同じ光を見てた」

 彼の言葉に、美弥の胸がざわついた。もしかして。

「……十年前の冬、この街灯の下で、迷子の子に声をかけたこと、ありますか?」

 男の人は目を瞬いた。

「え?」

「青い光が揺れてて、雪が降ってて……そのとき、ありがとうって言った女の子が」

 一瞬の沈黙。

 そして、彼は微笑んだ。

「……覚えてる。あのとき、手が冷たくて、君が泣きながら笑ってた」

 その言葉で、すべてが繋がった。

 十年前、迷子だった美弥と、彼ーーみなと


 ふたりは街灯の下に立ったまま、しばらく何も言わなかった。

 雪が静かに降り続いていた。

「まさか、またここで会えるなんて」

「ね。夢みたい」

 湊はポケットから手を出して、そっと街灯の支柱をなでた。

「この灯り、毎年冬になると誰かが灯すんだって。誰がやってるのか、わからないけど」

「まるで、誰かを待ってるみたいですね」

「うん……きっと、そうなのかも」

 美弥は空を見上げた。

 降る雪が、街灯の光を受けてきらめく。

「この光、すこし泣いてるみたいに見える」

「泣いてる?」

「うん。でも、さみしくてじゃなくて……うれしくて泣いてる感じ」

 湊は微笑んだ。

「きっと、君が来たからだよ」

 美弥は頬が熱くなるのを感じた。

 けれど、目をそらさなかった。

 湊が続けた。

「僕ね、あの日からずっと、この灯りを見ると“あの子、元気かな”って思い出してた」

「……私も。雪が降るたびに、あの青い光を思い出してた」

 ふたりの間に、静かなぬくもりが生まれる。

 ガラスの街灯が、いっそう柔らかく光った。


「ねえ、湊さん」

「うん?」

「この灯り、来年も見に来ようよ。今度は、どっちかが灯す番」

「……いいね」

 湊は少し笑って、マフラーを直した。

「じゃあ、来年の今日、同じ時間に。雪が降っても降らなくても、ここで」

「うん、約束」

 美弥は街灯の下で、小指を差し出した。

 湊も笑って、それを絡めた。

 ガラスの笠の中で、光が一度だけ強く瞬いた。

 それはまるで、二人の約束を見届けるように。


 その年の冬が終わるころ、街灯の通りに小さな看板が立った。

《この灯りは、冬の夜に出会った人たちが、想いをつなぐために灯しています。》

 署名のように、小さな文字で名前が並んでいた。「美弥」と「湊」。


 雪がまた降り始めた。

 街灯の青い光が、今夜も静かに街角を照らしている。


 もしも、冬の夜に道を間違えたら、その通りの角を曲がってみてほしい。

 ガラスの街灯が、やさしい青い光で道を照らしてくれる。

 その灯りの下で、誰かが誰かを想い続けている。


 冬の夜に灯るガラスの街灯。

それは、忘れられない約束と、再び出会うための小さな灯。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ