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初日の出を待つ場所で

 大晦日の夜がふけ、時計の針が午前零時を過ぎたころ、町は新しい年を迎えた。

 真冬の空気はきゅっと冷えて、吐く息が白く伸びる。

 家々の窓からは、遅くまで起きている家族の笑い声が漏れていた。


 晴人はるとは、分厚いマフラーに顔をうずめながら歩いていた。

 背中には小さめのリュック。

 夜の散歩には少し重い、金属の音がときどき響いた。

 向かう先は、町のはずれにある小高い丘。

 そこは初日の出がきれいに見える場所として、昔から知られている。

 今日は、一人で行くつもりだった。

 賑やかに笑う家族を置いて、自分の足で静かな場所へ向かう。

 なにを考えたいのか、自分でもはっきりしないまま。

 雪は降っていないが、地面は冬の霜で白く光っていた。

 ぎゅっ、ぎゅっ、と靴の裏が凍った草を踏みしめるたび音がする。

「……寒いな」

 息がほんの一瞬で空に溶けていった。

 やがて丘の入口に着くと、そこにはすでに誰かの影があった。

 街灯に照らされたその背中は、小さく丸まっている。

「……あの、すみません」

 声をかけると、少女が顔を上げた。

 毛糸の帽子に、赤いマフラーを巻いている。

 見覚えのある顔だった。

「晴人くんだ……」

「え? あ、桜子さくらこ?」

 同じクラスの女子。

 学校ではあまり話さないが、席が近かった時期がある。

「びっくりした。こんな時間にどうしたの?」

「それはこっちの台詞だよ。初日の出、見に来たの?」

「うん。毎年、家族で来てたんだけど。今年は一人」

 桜子は少しうつむいた。

「お父さん、転勤で遠くに行っちゃって。年が明けたら、お母さんと私も引っ越すんだ」

「……そうだったんだ」

「だから今年が最後。この町の初日の出、ちゃんと見ておきたくて」

 晴人は胸がぎゅっとした。

「上、行こう。きっと寒いけど、景色はいいよ」

 桜子は小さく笑った。


 二人は並んで坂道を上り始めた。

 冬の空気は鋭く、耳が痛くなるほど冷たい。

 でも、さっきまで感じていた孤独は、不思議と薄れていった。

「晴人くんは、なんで一人?」

「家がさ……にぎやかすぎて」

 言ってから、少し恥ずかしくなる。

「年越しそば食べて、テレビでカウントダウンして、親戚の子は騒いでて。楽しいけど、なんか落ち着かなくて」

「わかるよ」

 桜子は笑いながらうなずいた。

「幸せすぎる場所って、息が詰まる時あるよね」

「……ある」

 風が二人の間を通り抜け、マフラーを揺らした。


 丘の上に着くと、眼下の町の灯りが、夜空に散らばった星のように瞬いていた。

 遠くの山の向こうが、かすかに藍色から薄い紫に変わりはじめている。

「もうすぐだ」

 晴人はリュックを開けた。

「何それ?」

「小さな鐘。家に昔からあったやつ。今年は、初日の出に鳴らしたくて」

「願い事?」

「うん……叶うかわかんないけど」

 桜子は夜明けの空を見つめた。

 その横顔は、冷たい空気をまとって、少しずつ明るくなっていく。

「私もひとつ願い事。どこに行っても、ちゃんと笑えるように」

「……うん」

 やがて、山の端からまばゆい光がのぞいた。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 冬の空気が震えるような静けさの中で、太陽が顔を出す。

 まるで世界が息をのんで、ともに待っていたかのように。


「きれい」

 桜子の声が風に乗った。

 晴人は小さな鐘を手に取り、澄んだ空にむかって鳴らした。

 しゃん、と高い音が凍りついた空気を震わせる。

「願い、叶うといいね」

「桜子も」

 二人はしばらく黙って、昇る光を見つめた。

 寒さは変わらないのに、どこか温かかった。

「ありがとう。最後の初日の出、一緒で良かった」

「……来年も、また」

 言いかけて、晴人は言葉を止めた。

「またいつか、会えるよ」

 桜子は静かに言った。

「きっとその時は、もっといい顔で」

 太陽が空をみるみるうちに黄金色に染めていく。

 新しい年が、ゆっくりと動き出す。


「そろそろ帰ろっか」

「うん」

 丘を下りながら、晴人は思った。

 来年もきっといろいろある。

 泣く日もあるし、笑う日もある。

 でも今、胸の中で静かに灯っているこのあたたかさは、消えない。


 正月の光の下、新しい一年が始まった。

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