表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/65

白い息のむこう

 まだ空がくらく、夜と朝のあいだをさまよっている時間。

 部屋のなかはしんと静かで、窓ガラスは白くくもり、まるで外の息づかいをかくしているみたいでした。


 けいすけは、目をこすりながら体を起こしました。

 布団の中のあたたかさは、魔法のように足と腕をつかんで離してくれません。

 けれど今日は、どうしても早く起きたかったのです。

「……行かなきゃ」

 小さくつぶやいて、布団をえいっとけりました。

 床の冷たさが足の裏からじんと伝わってきます。

 息を吸うと、鼻が少し痛くなるような、つめたい空気でした。

 台所のストーブにスイッチを入れると、ぼっ、と小さな炎が灯り、部屋の中にオレンジ色の光がひろがりました。

 湯気の音が「くつ、くつ」と静かに歌いだします。

 けいすけは、毛糸の帽子とマフラーをつかんで玄関へ向かいました。

 ドアを開けた瞬間、きん、と音が鳴るような冷たい風が顔を打ちました。

「さむっ……!」

 白い息が、ふわりと空へ立ちのぼります。

 見上げると、空は薄い群青色で、夜の名残を抱いたまま、ゆっくり明るくなりはじめていました。


 道には、夜のあいだに積もった雪。

 まだ誰の足あともついていない、まっさらな白い道です。

 けいすけは、ぎゅっと手袋をにぎりしめました。

「行こう」

 ぎゅっ、ぎゅっ、と雪を踏む音が小さく響きました。

 冬の朝だけに広がる、特別な静けさでした。

 世界ぜんぶが、まだ眠っているみたいでした。



 町外れの小さな神社まで来ると、空の色がすこしずつ変わってきました。

 群青が明るくなり、薄い桃色と金色がまざっていきます。

 そこで、けいすけは止まりました。

 石段の上に、きのう約束した友だちーーはるかが立っていました。

「けいすけ、来たんだ」

「もちろん。はるかが言ったろ。“冬の朝の一番星を、ふたりで見よう”って」

 はるかはうなずいて、くしゃっと笑いました。

「まだ、見えるよ。ほら」

 空のいちばん高いところに、小さく光る星がありました。

 夜が朝に追いかけられても、さいごまでがんばって光っているみたいな星。

 けいすけとはるかは、並んで石段にすわりました。

 手袋越しに触れた指先はつめたかったけれど、そのつめたさでさえ、どこかうれしい気持ちになりました。

「はるか、転校しちゃうんだよね」

「うん。今日の午後、出発」

 風が吹き、はるかのマフラーがふわりと揺れました。

 白い息が、ふわっと空に溶けていきました。

「行ってほしくないな」

「わたしも、本当は行きたくないよ。でもね、けいすけ。約束したいの。いつか絶対に、また会おうって」

「また会えるかな」

「会えるよ。だって、冬の朝ってすごいんだよ」

「すごい?」

「うん。冬の朝の光は、ぜんぶのものの輪郭をはっきりさせるの。寒さに負けないで立ってる木とか、雪の上の小さな足あととか、世界の全部を、ちゃんと見せてくれる光なんだよ」

 はるかは空を見上げました。

「だからね、今日会えたことは、きっと忘れない。この光を見たとき、けいすけを思い出すから」


 そのとき、ぱあっと、太陽の光が空へあふれました。

 夜の青と朝の金が交じりあって、世界の色が変わる瞬間でした。

 雪がきらきら光ります。

 空気が透明になります。

 心の奥のかたくなっていた部分まで、あたためてくれるような光でした。

「きれい……」

「うん。やっぱり来てよかったね」

 けいすけの目に涙がにじみました。

 涙はすぐに冷えて、頬の上で小さな氷みたいになりました。

「はるか」

「なあに」

「また絶対に会おう。ぼくも、そう約束するよ」

 はるかはまっすぐけいすけを見て、うなずきました。

「うん。約束」

 二人は小指を絡めました。

 冬の朝の光は、ふたりの手をやわらかく包みました。



 家へ帰る道、けいすけは何度も空を見上げました。

 冬の朝の空は、すっかり明るくなり、青が広がっていました。

 さっき見た星はもう消えていました。

 でも、それが少しもさみしくありませんでした。

 心の中にちゃんと、残っていたからです。

「よし、ぼくもがんばろう」

 足あとが雪の上にしっかり続いていました。

 その道は未来につながっている気がしました。


 白い息がふわりと空へのぼり、太陽の光にきらめきました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ