雪の声を聴くうさぎ
雪が溶けはじめる音がする。
それは、冬の終わりを知らせる、かすかな囁きのようだった。
小さな山里のはずれに、りんという少女が住んでいた。
両親は春になると町へ働きに出るため、冬のあいだは祖母と二人きりの生活。
けれど、今年の冬は違っていた。
祖母が足を悪くしてしまい、りんは毎日、雪かきや薪運びをして暮らしていた。
ある朝、りんは裏山の道で小さな足跡を見つけた。
雪の上に、二つずつ並んだ小さな丸。
「うさぎの足跡だ……」
その跡をたどるように歩いていくと、白い雪の陰で、ふるえている一匹のうさぎを見つけた。
「大丈夫?」
りんが近づくと、うさぎは耳をぴくりと動かして、まるで人のように首を傾げた。
「あなた……人の言葉がわかるの?」
すると、ふしぎなことに、うさぎが小さく口を開いて、雪のように透き通った声で答えた。
「少しだけ。雪のあいだだけね」
うさぎはユキと名乗った。
どうやら、冬の精霊のような存在らしい。
「春が来ると、私は溶けてしまうの」
その言葉に、りんは胸の奥が少し痛んだ。
それから毎日、りんはユキのところへ通った。
山の雪の下で眠る草の話、夜の星の数え方、風のにおいの見分け方。
ユキはたくさんのことを教えてくれた。
「雪ってね、みんな空の涙なんだよ。悲しい涙じゃなくて、“また会いたい”って願いの涙」
「じゃあ、春になるとその涙はどうなるの?」
「土に溶けて、花を咲かせるんだ」
りんは笑った。
「あなたの涙が花になるなら、私、毎年楽しみにしてる」
ユキも目を細めて笑った。
その笑顔は、朝の陽ざしのようにあたたかかった。
けれど、春は確実に近づいていた。
雪は日に日に薄くなり、
ユキの毛並みも、すこしずつ透けていった。
「ねえ、ユキ」
「うん?」
「春になっても……また、会える?」
ユキは首をかしげて、少し考えるように目を閉じた。
「雪が降れば、また会えるよ。でも、同じ私かどうかは分からない」
「どういう意味?」
「冬の精霊はね、みんな“雪の記憶”でできてるの。だから春がくると、いったん空に帰るの。また雪になって降るとき、覚えていられることはほんの少しだけなんだ」
「……それでもいい。会いに行くから」
ユキは目を細め、りんの手にそっと鼻先を寄せた。
「ありがとう。君の声、きっと覚えてる」
次の日の朝、ユキはいなかった。
かわりに、足跡が一筋だけ残っていた。
その先には、りんの背丈よりも小さな雪だるまが立っていた。
その雪だるまの胸には、小さな氷の欠片が光っていた。
拾い上げると、まるで心臓のようにほんのりと温かかった。
春になり、雪がすっかり溶けたころ。
りんは畑の隅に、小さな白い花を見つけた。
「スノードロップだ……」
その花びらの根元には、透明な水晶のようなものが埋まっていた。
りんはそれを見て、小さくつぶやいた。
「ユキ、やっぱりあなた、ちゃんと花になったんだね」
その瞬間、春の風がふっと吹いて、花が小さく揺れた。
まるで「また来年ね」と言っているように。
それから何年も経った。
りんは大人になり、町へ出て仕事をしながらも、毎年冬が近づくたび、山の小道を歩いた。
そして、雪が降る夜には必ずこう言った。
「ユキ、今年も会いに来たよ」
返事はない。けれど、風が頬をなでていくとき、かすかに声が聴こえる気がした。
「おかえり」




