ハロウィンの夜にだけ開く扉
十月三十一日の夜。町は仮装した子どもたちでにぎわっていました。
「トリック・オア・トリート!」
声をそろえて歩く子どもたちに、大人たちは笑顔でお菓子を配ります。
その人混みから少し離れた路地裏に、古びた木の扉がありました。昼間には決して見つからないその扉は、ハロウィンの夜にだけ姿を現すのです。
小学生の遥は、友達に置いていかれてしまい、ひとりで歩いていました。
ふと、甘いかぼちゃの匂いに誘われて、気づけばその扉の前に立っていました。
「……こんなの、昼間あったかな」
不思議に思いながらノックすると、きい、と扉が開きました。
中に入ると、そこはお菓子でできた広間でした。
壁はチョコレート、床はクッキー、天井にはカラフルな飴玉のシャンデリア。甘い香りが辺りいっぱいに広がっています。
「わあ……」
遥の目は輝きました。
『ようこそ、ハロウィンの客人』
声とともに現れたのは、長いマントをまとった男。顔はカボチャの仮面に隠されていました。
『好きなお菓子を好きなだけ持って行くがいい。ただし、ひとつだけ、食べてはならぬお菓子がある』
「食べちゃいけない?」
『そうだ。見た目はほかと変わらぬが、それを食べた者は二度と元の世界に帰れない』
遥はぞくりとしました。でも、机いっぱいに並んだお菓子の誘惑には逆らえません。
キャンディを一つ、クッキーを二つ、チョコを三つ。どれも今まで食べたことのない甘さでした。
けれど、不思議なことに、お菓子を食べれば食べるほど、家や友達の顔がぼんやりとかすんでいくのです。
「……あれ? 私、誰と来てたんだっけ?」
そのとき、机の端に小さな黒い包み紙のキャンディがあるのに気づきました。他の色鮮やかなお菓子と違い、ただ一粒だけ目立たず置かれています。
『それには触れるな』
男の声が低く響きました。
しかし、気がつけば遥の手はそのキャンディをつまんでいました。
黒い包みを開くと、中からは透き通るような飴玉が現れました。どこか寂しい光を放っていました。
「……ひとくちだけ」
そうつぶやいて口に入れた瞬間、世界がぐにゃりと歪みました。
目の前の広間が崩れ、響き渡るのは子どもたちの笑い声。けれど、それは楽しげというよりも、どこか空洞のように響きました。
『言っただろう、食べてはならぬと』
カボチャの男の声が遠ざかっていきます。
気づけば、遥は仮装をした子どもたちの列にいました。
「トリック・オア・トリート!」
口が勝手にそう動きます。けれど、渡されたお菓子を食べても、味を感じません。
遥の姿を、誰も友達だと気づきません。
彼女はもう「仮装した子どもたちのひとり」に溶け込んでしまったのです。
その夜以降、ハロウィンのたびに子どもの数が少しだけ増える、と村人たちは言います。
けれど誰も、その理由を知りません。
ただ路地裏の扉が、毎年十月三十一日にだけひっそり開くことを知っているのは、招かれた子どもだけでした。




