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92話 皿の交換

 ガンさんは鋭い目付きで俺たちを見る。今日は機嫌が良いという話だったけど、そうは思えなかった。もっとも見知らぬ人間が急に訪ねてきたので、不快に感じたとも考えられるか。


「話の前に、これをどうぞ」

「……貰っておく」


とりあえずホットの緑茶を二本、渡した。ガンさんは訝し気に受け取る。


「この辺りで袋を見掛けませんでしたか? 中に割れた皿が入っています」

「ああ、知っている。道端に捨ててあった」

「違う! あれは落としたのだ!」


 小山さんが声を張り上げて否定。他人から見たら、ゴミと勘違いするのも無理はない。だが本人にとっては大切な品である。

 それからガンさんは遠い目をした。拾ったときの記憶を探っているのだろう。


「空き缶と一緒に廃棄した物だと思ったぞ。皿も自分から割った形跡があるし」

「あれは……つい、頭に血が上って」


 そういえば割れた理由は確認していない。聞き取り不足だったな。本当に小さなことが手掛かりになることもある。気を付けなければ。

 周囲に静寂が訪れる。言いにくいのか、小山さんが口を(つぐ)んだからだ。このままだと話が進まない。俺は水を向けることにした。


「どうやら事情があるようですね。差し支えなければ、お聞かせください。他人に語ることで、気持ちが落ち着くかもしれませんよ」

「……単純なことだ。自作の皿を酷評されたあとに、思わず叩き割ってしまった」


 そして小山さんが心情をポツリポツリと語り出す。評価が悪くても、思い入れの作品には違いない。感情のまま行動したことを悔やんで、修復したかったそうだ。同時に新作も用意したが、こちらも称賛を受けていない。


「その割れていた奴なら、ここにある」

「渡してほしい! 拾ってくれた礼に金は払う!」


 今、露骨にガンさんは嫌な顔をした。その変化は『金』と聞いたときだと思う。


「礼は不要だ。返すから、とっとと帰れ」

「ありが――」


 小山さんの言葉を聞く前に、奥へ引っ込んでしまう。十数秒後、ガンさんは再び姿を見せた。

 手には一枚の皿、だけど割れてはいない。いや、違う。よく見たら、割れた跡がある。


「やはり修復されていたのですね」


 知紗兎さんが『割れている皿は無い』と言ったとき、このような可能性も考えておいた。だから驚きはしない。

 ふと横を確認すると、小山さんが感心したように目を見開いている。


「それにしても、ここまで完璧に仕上げるとは。しかも短時間の作業だったはず」

「……昔取った杵柄だ。いいから、もう立ち去ってくれ」


 どうやら気分を害してしまったようだ。目的の物は回収できたし、お暇した方がよさそう。

 しかし俺が帰還を促す前に、小山さんがガンさんに近付く。


「一つ、教えてほしい! この皿を修復してどうする!?」

「どうするも何も食膳具として使うつもりだった」


 なるほど。食器があれば便利だからな。


「装飾品として作ったのだが……」

「知らんよ、そんなことは」

「しかし絵皿こそ至高の芸術だ!」


 勢い込んで小山さんが主張した。でも少し変な雰囲気だな。自分に言い聞かせているようにも感じられる。


「割れた皿を見れば、完成品も想像が付く。上辺だけの美しさだろうな」


 ガンさんに反論したいようだが、小山さんは言葉に詰まり顔を歪めた。別の人に見せたとき、似た感想を聞いたからだろう。




 微妙に空気が険悪となっている。ちょっと流れを変えたい。


「技術面は評価されたそうですけど、貴方から見てどうでしょう?」

「確かなものがある。だが、それゆえに危ない」


 なにが危険なのだろう。おそらくガンさんは元職人か、それに近い人だと思う。その言葉には耳を傾ける価値がありそうだ。

 そして小山さんも同じように考えているはず。怖い顔をしながらも、しっかりと話を聞いていた。


「意味が分からん」

「暖かい緑茶の礼がわりだ。昔話をしよう。……愚かな贋作者の話を」


 ガンさんは語り出す。かつて一人の陶芸家志望の男がいた。遠き過去のことだ。若い頃は神童と言われたものの、歳を取って伸び悩んだ。そうして金に困った男は悪魔の囁きを受け入れてしまう。贋作を売り払う片棒を担いでしまった。


「ここに貴方が来たのは、足を洗いたかったからですね」

「その通りだ。依頼元の関連会社で内部告発があったらしい。それを聞き、自分が情けなくなった。少しでも罪を償うため、近くの交番に自首したよ」


 しかし明確な証拠もなく、調査するとだけ言われて放置されたとか。ガンさんは贋作で得た財産を処分。ここでの生活を始めた。

 そのあと販売元は別の違法行為で検挙。他に余罪が無いか追及され、詐欺行為が発覚した。やがて製造者にも捜査の手が伸びるとのこと。


「貴方が無事に捕まることを祈っています」

「そんな祈り方は初めて聞いた。……ありがとうよ、名も知らぬ人」


 そういえば名乗っていなかった。今からでも自己紹介をするべきか。そう思ったけど、再考して取り止める。

 互いに名前を知らず、それで構わないだろう。相手も望んでいないはずである。今、このときは。


「ガンさんは小山さんも同じ道に進む、そんなことを考えているのですね」

「その男が自分と被って見えた」


 手先は器用なのに、人生は不器用そうな二人だ。


「いくらなんでも贋作なんて……」

「しないと言い切れるか?」

「それは……」


 小山さんは言葉に詰まってしまう。もし偽物の制作に有用な能力を持っていると知れたら、強引に勧誘をされるのかもしれない。

 あるいは言葉巧みに、悪の道へ引き込むことも考えられるか。詐欺集団ならば、お手の物だろう。この二人、対人コミュニケーションは苦手そうだし。


「年寄りからの、お節介と聞き流しても構わん。心の隅にでも留めてくれ」


 しばしの沈黙。ガンさんの台詞には、経験からくる含蓄があった。小山さんも、軽く扱うことは不可能だったのだ。




 やがて小山さんが動き、トランクケースから一枚の皿を取り出した。


「すまないが、修復した皿は回収させてほしい。代わりに、こちらを」

「ほう、新品か」


 なんというか変に派手な皿だと思う。青と緑とオレンジが複雑に配色されている感じである。だけど新しいことは間違いない。目立った傷もなく、はっきりとした色合いだ。

 ガンさんは頷いて、皿を交換。小山さんは受け取った皿に視線を向けている。


「本当に見事な技だ。知人にも教えてやりたい」

「飯の種だったからな」


 天眼通で『割れている皿』を探したとき、見えなかったと言っていた。それだけ完璧な補修だったのだと思う。あくまで推測だが、不完全な修復なら発見できたと考えられる。

 それにしても複雑な能力である。その日の気分や体調によっても、効果が異なるとか。


「小山さんは陶芸を続けますか?」


 趣味ではなく、職人を目指すのかという質問だ。挫折したとは言っていたけど、まだ諦め切れていないことは分かる。


「……ああ。ただ方向性は変えたい。装飾品として皿を追求することは止めない。しかし、それ以外にも目を向けてみようかと」

「そうですか。ぜひ頑張ってください!」

「ところで君、この皿を欲しいと思うか?」

「正直に言うと、あまり」


 どうも見た目が合わない。また食器として使いにくい気もする。なんというか、食欲が減りそうだ。もっとシンプルだと嬉しい。


「さて、話は終わりだ。もう帰るがいい」

「世話になった。改めて感謝を」

「ありがとうございました、ガンさん」


 小山さんと俺が声を掛けた。知紗兎さんは軽く目礼。皿は無事に見つかったし、これで仕事は完了である。ちなみに落とした空き缶は、ガンさんが持ったままだ。有効活用するらしい。

 まあ、とりあえず三人で公園の外に出よう。


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