91話 クゲさん、ガンさん
「ところで色や絵柄は確認できましたか?」
「よく分からなかったな」
俺は少し考える。知紗兎さんは割れている皿が無いと言った。ならば別の場所を探すことも検討するべきか。だけど明確に否定されたわけではない。
また現状では他に手掛かりもなかった。このまま捜索を続行しよう。
「小谷さん、座った所まで案内できませんか?」
「公園内に点在するベンチの一つだったはず。なんとか記憶を頼りに行ってみる」
それから三人で周囲に気を配りつつ、慎重に進んでいく。夜間で光源も少なく、見落としが怖い。
しばらく歩くと、小谷さんが足を止めた。視線の先は長椅子、そして急に辺りを見回し始める。それが終わると、ベンチに向かい走り出した。俺たちも後を追う。
「もしかして、ここですか?」
「そうだ! この角度から、建物らしき影を見ている。きっと間違いない」
なるほど、確かに建造物が見えるな。
「ベンチに座った後の行動は?」
「……ぼんやりと考え事をしていたと思う」
それから延々と座っていたようだ。荷物は脇に置いていたらしい。正確に言うとトランクケースは椅子の横に、割れた皿の入った袋は身体の側だったとか。
ここでも、まだ持ってはいるのか。つまり紛失したのは、このあとの出来事。
「自販機で購入したコーヒーですが、いつごろ飲みました?」
「だいぶ冷めていたからな。かなりの時間が経ってからだったはず」
「空き缶を捨てた場所は、どこでしょう?」
「たしか近くの屑入れに――え?」
俺の質問に答えようとした瞬間、小山さんの顔色が変わった。
「この公園内に、ゴミ箱は設置されていません。しかし今、貴方は空き缶を持っていないですよね」
「そうだった! 缶を捨てに移動している!」
最近は公園内にダストボックスの類は撤去傾向にある。だけど普段から利用していないと、知らずに探し回る人もいるだろう。
実は俺も前に同じことをした。だからこそ小山さんも飲み終わったあと、園内を歩いたと推測したのだ。
「荷物の持ち方を覚えています?」
「右手にトランスケース。左手に空き缶、袋は小脇に抱えていた!」
「その状況は、かなり落としやすいと言えるでしょう」
考え事をしながら気もそぞろに動いていたら、袋を失くしても気が付きにくい。大型のカバンならともかく、一枚の皿が入るくらいの袋だからな。
「――いや、待ってくれ。そのあと、若い女性の姿を見た。なんとなく目で追っていたら、唐突に消えてなくなったのだ」
「え?」
急に話が変わったな、幽霊でも見たのか。ただ夜の公園で、暗い場所のはずだ。途中で見失っても不思議はない。
正直、半信半疑である。いやハッキリと言うなら、疑が九割。誰だって見間違いくらいする。このとき小山さんは、落ち着いた心境でなかったみたいだし。
「長い黒髪が綺麗で、変わった服装をしていた。フィクションの探偵が着る感じ」
……なんだか微妙に覚えがある。俺の脳裏に浮かぶ情報屋の姿。おそらく取引の現場に居合わせたのだな。
小山さんが消えたと思うのも無理はない。彼女は神出鬼没だからな。
「心当たりがあります。ちょっとメールを送らせてください」
「あ、ああ。分かった」
一言、断ってからスマホを操作。この公園にいたか、また落とし物を発見したか質問。返事は即座にきた。見張っているのかと思うくらい、早い返信である。
ちなみに返答は前者がイエス、後者がノー。情報屋が拾っていたら、助かったのだけどな。まあ、とにかく話を進めよう。
「女性の件は一旦、置きましょう。見失ってからの行動は?」
「気が付いたら、公園の外にいた。しばらくボンヤリと歩いてから、片手が空いていることを意識したのだ」
いきなり消失した女性に気を取られたとき、袋と空き缶を落としたのか。そして小山さんは公園に戻り、落とし物を探す。記憶が混乱しており、どこで無くしたか自信を持てなかったらしい。
ファミレスやコンビニまで探しに行くけど、発見できなかった。それから近くに交番があったことを思い出し、急いで向かう。焦りもあって大声を上げていると、俺たちが通り掛かった。
これで一通りの状況を把握できた。公園内で誰かが拾った、そう考えて問題ないだろう。やはり園内のことは、詳しい人に聞きたい。
「ちょっとした知り合いがいます。話を聞きに行きましょう」
たしか公園の中でも、特に目立ちにくい場所を拠点にしていたはずだな。近くに固まってはいないが、数人で一種のコミュニティを形成している。
言ってみれば、俺たちは余所者だ。相手を詮索しないよう、充分に注意するよう警告されたこともある。郷に入っては郷に従えと言うし、気を付けたい。だんだん暗闇が深くなるなか、一つの人影を発見。足を止めると向こうから近付いてくる。
「探し屋の兄ちゃんだろ。今日は何の用だい?」
「お久しぶりです、クゲさん。ちょっと、お聞きしたいことが」
正確な年齢は不明、出身や経歴も知らない。それとクゲさんというのも通称で、本名も分からない。由来は公家で、黙っていると貴人みたいだから。しかし話すと気さくで親しみやすい人だ。
ちなみにトレードマークは立派な白いヒゲ……のはずだけど、しっかり剃られていた。ちなみに少し長めの白髪は顕在だ。
俺は自販機で買った緑茶を二本、差し出した。ちょっと冷めたが、まだホットの範疇だろう。
「お、すまないねぇ。ありがたく茶は貰うが、言えないことはある。仲間が不利になることは口を割らないからな」
「当然、わきまえていますよ。この周辺で手先が器用な人はいませんか?」
きっと落とし物を拾った人を聞いても答えてくれない。それは遺失物横領であり明確な違法行為だ。ネコババや置き引きと言えば、分かりやすいだろう。
仮にクゲさんが知っていたとして、安易に俺たちへ伝えれば仲間への裏切りだ。ここには滞在できなくなるかもしれない。
「一人、ボトルシップが趣味の奴を知っている。他にも工作全般が得意だ」
「どこにいるのですか?」
クゲさんは逡巡したけど、やがて大きく頷いた。
「まあ、兄ちゃんなら信用できる。居場所を教えてやるよ。だが過去を掘り起こす行為は禁止だ。分かっていると思うが、気を付けてくれ」
「肝に銘じておきます」
生活している場所を聞くと、少し離れていた。おそらく互いに干渉しないよう、距離を取ったのだと思う。
本人の名前も教えてもらったけど、やはり通称だ。なんでもガンさんと呼ばれているらしい。
「わりと気難しい奴だが、今日は気分がいいはずだ」
「何か良いことでも?」
「ちょっと遠くに銭湯がある。そこの経営者が早めに店を閉めて、風呂を解放してくれたのさ」
どうやら各地で入浴券を配っているらしい。久しぶりの風呂で、機嫌が良いはずとのこと。というかクゲさんのヒゲが剃られていたのは、それが理由だな。初めて素顔を見たけど、さぞ若い頃はモテたと確信できるほど整った顔立ちである。
とにかくガンさんに会ってみよう。俺は礼を言って、その場を辞した。
少し離れているとはいえ、同じ公園内。すぐに居場所を見つけた。ダンボールを重ねて住居を作り、上にシートを被せている。これで風雨を凌ぐみたいだ。
そして横の一部には、布の幕が張られていた。おそらく、ここから出入りするのだな。
「こんばんは、ガンさん。少し話を聞きたいのですが」
「……なんだ?」
ぶっきらぼうな声がして、奥から一人の男が現れる。髪もヒゲも伸び放題だな。クゲさんによると、剃刀セットも支給されたとのこと。ヒゲを剃っていないのは、本人の拘りだろうか。
――あるいは人に正体を知られないためか。いや、止めておこう。ここで詮索は厳禁だった。捜索に専念しないと。




