90話 割れている皿は無い
交番から出る直前、知紗兎さんが顔を寄せてくる。もしかしたら天眼通を試してみたのかもしれない。
ただ浮かない顔をしているので、成功しなかったのだろう。
「情報不足だ。せめて割れた状態の皿が分かればな」
「仕方ありませんよ。今は足を使いましょう」
彼女は小声で話し掛けてきた。まずは落とした場所を確定させたい。
「どこで無くしたか、心当たりは?」
「商談が終わるまでは確実にあったな。そのときトランクケースの中を整理して、割れた皿は袋に入れた。すぐ知人に渡せるよう、手で持つことにしたのだ」
それから取引先を出て、町を歩いていたらしい。知人との約束時間まで、余裕があったからだな。とにかく行った場所を教えてもらう。
訪れた順番にコンビニ、ファミリーレストラン、公園。わりと移動範囲が広くて厄介だな。とはいえ交通機関を利用していないことは利点と言える。歩ける距離を中心に捜索していこう。
「さっそく行きましょう。今日、立ち寄った場所を巡りますよ」
「しかし一通り見て回ったのだが」
まあ、当然か。
「三人で行くことにより、新しい発見があるかもしれません。もしも途中の道路に落としたのであれば、単純に人の目が増えることも有益です」
「分かった、プロに任せる」
すぐに小山さんは頷いてくれた。話が早くて助かる。まずは最も近いコンビニへ行くことにした。できれば行動した逆順で話を聞きたかったのだが、配置の関係で無駄な移動が増えるらしい。そのため交番から近距離にある所を優先したのだ。
三人で早足になりつつ移動する。
「トランクケース、重そうですね。持ちましょうか?」
「気持ちだけ受け取ろう。大切な商売道具だ、自分の手で運ぶ」
どこかに保管することも考えたけど、そんな都合のいい場所はなかった。交番に置くのも迷惑だろうし、この付近には大型のコインロッカーもない。
ともかく今は急ごう。――最初の目的地である、コンビニエンスストアに到着。ちょうど先客のレジ業務が終わったばかりだ。簡潔に訪問の理由を語っていく。
「ああ! 先程、いらした方ですね。残念ながら荷物は見ておりません」
対応したのは年を召された男性。ネームプレートを確認したら店長みたいだな。どうやら小山さんを覚えていたらしい。
詳しい話を聞いた。缶コーヒーを購入して、会計後は即座に外へと出たらしい。店での滞在時間は僅かとのこと。
「ここに来たとき、両手が塞がっていましたよね。どうやって支払いを?」
「たしか――トランクケースは床に置き、皿の入った袋はレジに置いたはず」
小山さんが状況を説明してくれた。そうなると一旦、荷物を手放しているな。
「缶コーヒーを買ったあと、すぐに飲みましたか?」
「店の前で開けた覚えがある。そのまま飲んで備え付けのゴミ箱に入れた」
「そのとき袋は?」
「小脇に抱えていたな。うむ、はっきりと思い出した」
これまでの話だとコンビニは除外しても構わないかな。次の場所へと向かおう。そしてファミレスに着いた。ここでも小山さんと店員に似たような質問をしつつ、現状を確認。エスプレッソを頼んで、しばらく過ごしていたらしい。
それから会計を担当した人に話を聞くことができた。両手に荷物を持っていたと証言している。俺たちは礼を言って店を出た。
「袋を入れ替えたり、中身を変更したりは考えられませんか?」
「それはない。ずっとトランクケースは閉じたままだ」
きっぱりと断言されたな。ひとまず、この線は置いておこう。まだ公園の調査が残っているし。
ここからだと公園は離れた場所にあるらしい。急ごう。
三人で夜道を歩く。そして途中で小山さんが立ち止まった。どうしたのかな。
「なにか思い出しました?」
「あそこの自販機、そこでカフェオレを買った覚えがあるような……」
なるほど。自動販売機で購入したあとに、公園へ向かったと。ベンチに座って、ゆっくり飲もうとしたのかもしれない。
ちょっと気になったのだけど、だいぶ発言が曖昧だ。自分の行動を思い出そうとして、何度も首を捻っているように見える。話の矛先を変えてみるのも、一つの手だろう。
「コーヒー、好きなのですか?」
「ああ、まあ。嫌いではない」
少し言い淀んだな。
「もし普段と違うことがあったら、教えてください。ささいな点でも構いません。意外な話が手掛かりになることもあります」
「……商談のとき、自作の皿を見せた。割れていない物も持っていたからな」
「どうなりました?」
小山さんは足を止め、苦い顔をしている。周囲は暗くて表情は見えにくいけど、良い結果でないことは分かった。
「技術だけであれば、悪くない。しかし以前に見せた皿と比べて、わずかな進歩もなかった。そういう感想を貰ったよ」
「町を歩き回っていたのは、気持ちを切り替えるためですね」
ちなみに評価してくれたのは、目利きに定評のある御仁らしい。
「その通りだ。コーヒーを飲んで、心を鎮めようとした。ただ、どうにも嫌なことばかり頭に浮かぶ。歩いていれば、多少は気分転換になるかと思ったのだ」
「言いにくいことを、ありがとうございます」
そちらに意識を集中していて、あまり荷物を気にしていなかったのか。そのため記憶に不明な点があるらしい。考え事をしていたのなら、分からなくもない。
「いや、参考になればいいのだが」
「ちょっとカフェオレ、買ってみてください」
小山さんに頼んで、自動販売機で同一の商品を購入してもらった。実際の行動を見ることで、新しい発見があれば助かるのだけど。――まあ、そんな都合よく事は運ばないか。俺は数本の緑茶を買う。これは自分用でなく、あとで使うつもりだ。
再び公園を目指して、出発。やがて該当の場所が見えてきた。
目的の公園は訪れたことがある。情報屋と取引を行ったのだ。そのとき、周辺に詳しい人のことを教えてもらった。できれば協力を頼みたい。さきほど購入した、暖かい緑茶は礼の代わりだ。金銭での交渉には応じない人だからな。
「着いた。しかし交番へ行く前にも見てきたが……」
「これだけの規模です。探す価値はありますよ」
かなり広い公園だ。都内でも指折りの大きさである。この時期なら生活困窮者に向けたアウトリーチ――食糧支援や夜回りを行っているかもしれない。
つまり人がいる可能性は充分。聞き込みができたら捜索も捗るだろう。それから以前に会ったホームレスの人。心当たりがないか尋ねてみよう。
「そうだな。とにかく入ってみないと始まらん」
サービスセンターが開いていれば、助かったのだけど。今は年末年始で休業中。それに夕方までだった気がするので、どちらにしても駄目か。
小山さんに案内板を確認してもらい、どこに行ったか聞いた。ただ明確な目的もなくフラフラしていたので、はっきりとは分からない。休憩所で腰を下ろしたことだけは確実らしい。
「休憩所も何ヶ所かあるようです。近い場所から回りましょう」
「分かった。……なにか思い出せればいいのだが」
案内板から目を離し進もうとしたら、服の袖が軽く引っ張られた。知紗兎さんが身体を寄せてくる。
捜索を始めてから彼女の言葉は少ないけど、サボっているわけではない。むしろ非常に重要な仕事をしてくれている。天眼通による観察だ。もしかして手掛かりを掴んだのだろうか。
「公園内に限定して力を使ったぞ」
「どうでした?」
「少なくとも『割れている皿』は無い。しかし、どうも引っ掛かる」
知紗兎さんは首を傾げていた。内容からすると、どうやら形に着目して天眼通を使用したみたいだ。一番の特徴だから、それも当然だろう。彼女は皿を含め陶器に詳しくないからな。分かりやすい部分を中心に据えたのだと思う。




