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9話 欠けた本棚

 翌日の朝。梨恵さんが事務所に訪れた。隣の車庫まで案内をする。すぐに荷物を車へ積んだ。白色のワゴン車で、天目探し屋事務所が所有しているもの。積載量は充分である。


「安海さん、ありがとうございます。荷物を運んでもらって」

「お客様ですから、お気になさらず」


 沢村聞太さんの実家には三人で行く。知紗兎さんと俺、そして梨恵さん。母親の良枝さんには、普段と変わらない生活を送ってもらう。自宅に残り連絡を待つ人は必要だ。そして失踪の理由が離婚だった場合、良枝さんの姿を見たら逃走するかもしれない。


「それでは出発するか。頼んだぞ」

「お任せください」


 車の運転は嫌いじゃない。目的の家は、八王子の西方面にある。市内から外れた場所らしいな。今日は高速道路を使わない。そちらは前の探偵が重点的に調べたと聞いている。梨恵さんに渡された報告書を見た限り、ある程度は信用できる。そう知紗兎さんが言っていた。捜索が行き詰まって、報酬金を搾り取る方向に変えたと考えられるとか。

 一般道を通り、八王子に向かった。休憩できそうな場所では、三人で聞き込みも行う。しかし成果なし。


「まあ、仕方ない。そろそろ父親の実家へ向かおう」

「わかりました」


 知紗兎さんは、地図を片手に言った。移動にはカーナビを使っているから、この地図は頼っていない。天眼通を使うときに、補助するための物らしい。俺も何度か見たことがある。馴染みの地図を基点にすることで、精度が上がるみたいだ。

 市街を抜けて西を目指す。東京とは思えないほど、緑が多くなってきた。さらに進むと道幅も減少していく。


「だんだん道が狭くなってきましたよ。ワゴンで入れますか?」

「大丈夫です。車が一台なら、なんとか通れるので」


 梨恵さんが答えてくれたけど、それは対向車の存在を忘れていると思う。まあ、来ないことを祈るか。

 しばらく進むと整備が行き届いていない道に変わった。念のために確認すると、道は合っているようだ。慎重に車を走らせること数十分ほど、やっと建物が見えてくる。ただし柵に覆われ、まだ入口は遠そうだ。


「梨恵さん、この建物でしょうか?」

「あ、はい。もう少し進むと入口の門が見えてきます」


 彼女の言った通りだった。策に沿って進むと、門が見えてくる。家の周囲は緑に囲まれ、近くには畑もあるみたいだ。長らく住民が不在のわりに、そこまで荒れていない。梨恵さんが前に来たとき、整備をしたのだろうか。


「待て、入口が開いているぞ」

「本当です! もしかして父が!?」


 そうとも限らない。不審者の恐れもある。


「二人とも気を付けてください。梨恵さん、ここに駐車場はありますか?」

「いえ、ありません。空いている場所に停めてください」


 専用の駐車場は無いか。とはいえ土地は広い。駐車の場所には事欠かない。車を停めたら梨恵さんを残し、俺と知紗兎さんだけで降りる。

 目の前には、かなり古い家。昔ながらの日本家屋である。かなり広くて、捜索は大変だろうな。


「誰か近付いてくる」


 知紗兎さんが固い声を出した。視線の先を追うと、遠くに人影が見える。かなり高齢の男だ。しかし足取りは確かである。向こうも俺たちに気付いて、ゆっくりと向かってきた。


「お主たち、ここは私有地だ。すぐに立ち去りなさい」

「貴方は誰でしょうか? ここの所有者は沢村さんですよね」


 沢村聞太さんの両親は亡くなっている。資料によると、高齢の親戚もいなかったはず。そのとき急に車のドアが開き、梨恵さんが降りてきた。


「佐藤さん! お隣に住んでいた、お爺さんですよね!」

「ああ! 梨恵ちゃんかい。大きくなって!」


 どうやら知り合いのようだ。隣と言っても、近くに見える家は無い。どうやら、かなり離れているみたいだな。それだけ土地が広いのだろう。


「しばらく前から電話が繋がらないと、母が心配しておりました」

「それは済まなかった。古い機械で使えなくなったのだ。もともと滅多に使わない道具で、新調する気も起きなかった。もう儂は静かに暮らしたい」

「お騒がせして申し訳ありません」


 俺は佐藤さんに頭を下げる。


「こちらの方たちは?」

「……父の行方が分かりません。それで専門家の方に捜索を依頼しました」

「探し屋の天目知紗兎だ」

「助手の安海賢悟です」


 俺と知紗兎さんは名乗ったあと、捜索の協力を頼んだ。近隣に住む人の情報は、重要な手掛かりになるかもしれない。

 前に梨恵さんが来たときは、不在で会えなかった人もいるらしい。


「残念だが、沢村の小童とは長いこと会っていない」

「ふむ、そうか」

「ところで佐藤さんは、どうして父の実家に?」

「小童と両親が引っ越すときに、家の管理を頼まれた。土地を利用しても構わないという条件でな」


 それで今日も管理をしに来たわけか。


「ならば昔のことに詳しいはず。沢村聞太の子供時代について、知っていることを教えていただきたい」

「儂は何も知らぬ!」


 唐突に佐藤さんは声を上げた。そして知紗兎さんの目が鋭くなる。おそらく今の言葉が嘘であると見抜いたのだと思う。彼女の天眼通は偽証を見破ることも可能と聞いている。

 それから佐藤さんは一瞬、梨恵さんを見た。しかし、すぐに視線を逸らす。


「なるほど。では聞かせてもらおう」

「知紗兎さん、待ってください」


 俺は彼女を制止した。不満そうに見てくるけど、文句は言わないようだ。意図があって止めたことを、きちんと理解してくれた。

 ちょっと考えがある。この件は保留にさせてもらう。


「俺たちは来たばかり。佐藤さんも会ってすぐの人には話しにくいと思いますよ。落ち着いてから、改めて二人で挨拶に伺いましょう」

「……わかった。三時間後、儂の家に来るといい」

「ありがとうございます」


 これで話を聞かせてもらえる。佐藤さん宅の場所は、後で梨恵さんに尋ねよう。まずは手分けして、沢村家の中に荷物を運ぶ。日帰りが難しいと判断し、泊まりを予定している。

 かなり古い家だけど、しっかりとした作りである。それに意外と手入れがされていた。おそらく佐藤さんによる常日頃の成果だろう。


「さすがに掃除は必要か」

「広い家ですからね。隅々まで手は回らなかったのでしょう」

「片付けは私がしますので、お二人は捜索をしてください」


 そうだな。のんびりしていると夜になる。まずは家の中で手掛かりになりそうな物を探そう。ある程度の間取りは聞いた。

 玄関から入ったら、廊下が続いている。左の部屋は客間で、右は沢村聞太さんの私室だったらしい。正面奥は茶の間で、隣は台所。さらに脱衣所、浴室と続く。


「茶の間は書斎にも繋がっているようだな」

「そうみたいですね。元は同じ広間で、親戚の集まりに利用されていたとか」


 時代が下り、大人数の集会は少なくなった。そこで部屋の半分を書斎に利用したらしい。半分と言っても、元が広い部屋だ。本の量も凄いぞ。書斎を通り抜けたら縁側に出る。玄関と反対方向に向かうと、右手側には夫婦の寝室。また縁側の奥に進むとトイレがある。


「まずは沢村聞太の部屋を見る」

「十歳前後まで暮らしていたと聞いています」


 ふすまを開け、中に入る。ごく普通の子供部屋だと思った。昔のゲームに漫画、引っ越し先には持って行かなかった物だろう。地図帳があったので中を見た。書き込みがあれば参考になるけど、特になし。

 ざっと見た感じ、重要な手掛かりは無さそうだ。俺たちは他を優先する。


「次は書斎に行くか。机もあったし、手記の類が残っているといいが」

「あると助かりますね。両親が使っていた部屋らしいですので、子供時代の状況が分かるかもしれません」


 入口から中を眺めた。元は和室だが、今は板張りになっている。所狭しと本棚が立ち並ぶ。書斎に入ったら、真っ先に机の回りを調べた。引き出しを開けるけど、中身は空である。それも全ての引き出しがだ。


「物が少なすぎる。引っ越し先に持って行ったか」

「本棚を見てみましょう。念のため、日記を探してみます。棚で保管する人もいるので」

「ああ、その可能性もあるな」


 必ずしも引き出しに入れるとは限らない。俺と知紗兎さんは、反対側から本棚を見ていく。文芸に実用書、医学や美術の専門書に図鑑。経営に歴史、哲学もあれば科学書もある。あ、雑学本の一画があった。わりと好きなんだよな。少しだけ読みたくなった。

 地理や風土の本を見掛けるが、強い興味を持った場所は無さそうだな。ときどき面出しで置かれた本があり、手に取ってみるも手掛かりなし。家族の興味から何か分かることを期待していたのだけど。


「不自然な点はありませんね」


 年齢を考えれば、聞太さん本人は利用していないかもしれない。とりあえず他の部屋を見た方がいいかな。


「いや、変じゃないか。なにか足りない。なにかが欠けている」

「今の言い方だと、具体的には分からないみたいですね」

「そこは賢悟、考えてくれ」


 知紗兎さんの言葉を聞いて、俺は頭を捻った。欠けている本、なんだろう。何か見落としているのか。手帳を取り出して、今までのメモを確認していく。


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