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89話 年越し前の突発案件

 そして迎える大晦日。午前中は残った書類の整理と、過去の依頼に関する課題を話し合う。一年間の反省点を互いに挙げていったのだ。

 午後には一区切り付いたので、あとはノンビリして構わないらしい。急な依頼にだけは気を付ける。


「知紗兎さんは何をします?」

「私室でジグソーパズルをやる。君も来ないか?」

「そうですね。お付き合いしましょう」


 きっと、こんな日も必要だろう。ちなみに絵柄は船みたいだ。夢船捜索の願掛けかな。

 しばらく二人で、まったり過ごした。それから一緒に夕食を取る。メニューは前々から頼まれていた年越しソバだった。具体的には、とろろ月見ソバ。冷めない内に食事を開始した。――そして、ほとんど同時に食べ終わる。


「やはり大晦日にはコイツだな!」

「落ち着きますよね」


 縁起担ぎとして定番と言えるだろう。初詣に行くまで時間があるけど、どうやら知紗兎さんは着替えを始めるみたいだ。

 今は町中の仕事用であるカジュアルな衣服を着ている。これで神社に向かいたくないと言っていた。ちなみに俺はジーンズにジャケットである。とりあえず彼女の着替えが終わるまで待つか。


「準備、終わったぞ!」

「それでは行きましょう……か?」


 俺は思わず目を奪われる。所々に扇がデザインされた赤色の和服。たしか着物の種類は複数あったと思うけど、あまり詳しくなくて俺には判断できない。それでも美しさは理解できる。

 言葉を失い、しばし彼女の姿を見つめた。


「なにか感想を言ってほしいのだが」

「あ、その。よく似合っていますよ」


 言いながら気が付いたけど、珍しく化粧にも力を入れているな。普段の生活では最低限だから、新鮮な感じだ。

 とにかく出発の準備は完了、外に行こうか。目的地は練馬駅の近くに建つ神社。場所を決めたのは知紗兎さんである。


「事務所からは少し離れているな。まあ、のんびり歩いていくぞ」

「そうですね。神社は逃げませんし」


 時間に余裕はあるので、焦る必要はない。せっかくなので遠回りして、町を見て回ることにした。

 夜も遅いけど、かなり人通りがある。みんな初詣が目当てだろうか。




 歩きながら、この一年間のことを思い出す。俺の記憶だと、去年の正月は休暇を取っていたはず。今ほど依頼が多くなく、知紗兎さんだけが残った。もしも人手が必要になったら、呼び出されたとは思うけど。

 俺が天目探し屋事務所で働き始めて、1年と2カ月ほど。大変なこともあったが、充実した日々でもあった。


「賢悟、何を考えている?」

「楽しい一年だったと思いまして」

「そうだろう、私と一緒に働けたのだからな!」

「まあ、苦労も多かったですけど」


 とはいえ知紗兎さんの影響が大きいことは事実。彼女には感謝している。そんな話をしながら歩き続け、やがて交番の近くを通りかかった。そこで異変に気付く。交番前で二人の男が言い争っていたのだ。

 一人は高そうなコートを着込み、トランクケースを持った中年男性。もう片方は若い警察官である。


「なんとか見つけてくれ! 金なら払う! いくらでもだ!」

「そう言われましても……もし届けられましたら報告しますので」


 どうやら口論というよりも、中年男性が警官に無理を言っているようだ。しかし警察相手に金で解決を頼むとは。よほど切羽詰まっているのだな。

 通り掛かった人は視線を逸らせて、足早に去っていく。トラブルには関わり合いたくないのだろう。気持ちは分かる。だけど二人の会話で聞き捨てならない言葉があった。『見つけてくれ』や『届けられたら』など、探し物かもしれない。


「知紗兎さん、話を聞きませんか?」

「構わない。あの警察官、知り合いだろ」


 近くの交番には一通り、挨拶へ行った。捜索の仕事を不審に思われないためだ。夜中に探し回ったり、住民に聞き込みをしたりする。傍から見ると曲者だからな。警戒されないよう、顔を出しておいたのだ。

 おかげで顔見知りの警官も多い。若い男も、その一人である。見た感じ、困っているようだ。ちょっと助け舟を出そう。


「こんばんは。お取込み中に失礼します」

「なんだ、あんたは?」


 中年の男は疑わし気な視線を送ってきた。


「あれ? 天目探し屋の安海さん?」

「お久しぶりです」


 若い警官は、すぐ俺に気付いた。前に会ったときは、依頼人と一緒に交番へ来たときである。探し物の特徴を聞くと、遺失物届の記載内容に修正が必要となった。それで担当してくれたのが、この人だ。親切な対応が好印象である。

 簡単な挨拶を済ませ、俺は中年男性へ視線を向けた。相手も同じように俺を見ている。


「今、探し屋と言ったな?」

「初めまして、安海と申します。よろしければ、名刺をどうぞ」


 急な依頼のために、普段から持ち歩いている。今回も役に立ちそうだな。名刺を渡したら、向こうも差し出してきた。

 丁寧に受け取り、内容を確認。そして本人からも話を聞いた。小山(こやま)さん、都内で骨董屋を営んでいるらしい。けっこう良い土地に店舗があるな。


「捜索の専門家なら都合がいい。協力してもらいたい」

「承知しました。それでは契約を」

「そんな暇はない!」


 やはり否定されたか。しかし、ここは引き下がらない。後でトラブルになると、双方が困るのだ。


「安心してください、時間は無駄にしません。まず状況を紙に書いてもらいます。その間に契約書を用意しましょう」

「だが――」


 小山さんの記載が終われば、契約書を渡して確認してもらう。その間に俺たちが捜索の方針を固めるという寸法である。そう思ったのだが、まだ遺失物届も出していないらしい。なら、そちらが最優先だな。

 知紗兎さんは交番に残ってもらい、俺が一人で事務所に戻ることにした。これで契約書を持ってくるころには、届け出の記載は終わるだろう。




 俺は天目探し屋事務所に急ぐ。この辺の地理は頭に入っているので、最短距離を進んで到着。仕事場から契約書一式を取り、再び交番へ戻った。

 入口にいる警察官へ声を掛け、中へ入る。どうやら遺失物届を書き終えて、今はチェックを受けているみたいだ。


「戻りました。契約書の確認、お願いします」

「拝見する」

「お疲れ、話は聞いておいたぞ」


 小山さんは資料を受け取ると、真剣に目を走らせている。俺は知紗兎さんから、状況を書き出した紙を見せてもらった。これは遺失物届とは別で用意したものだ。ざっと要点を掴む。

 商談の帰りに荷物を落としたのか。大晦日まで仕事か大変だな。それはともかく紛失物を確認。


「割れた皿?」

「取引が終わったら、知人に修復を頼もうと思っていたのだ。しかし話が長引いた上に、こんなアクシデントまで発生している」


 だいぶ疲れた様子である。もともと知人とは会う約束をしており、修復のコツを教えてもらう予定だったみたいだ。

 事情を説明したら協力してくれるとか。近くまで来たら連絡するとのこと。探す人が増えるのは助かる。


「その皿ですけど、高価な物でしょうか?」

「自作だからな。まったく売り物にならんよ」


 なんでも陶芸家を目指したものの挫折。そのときに得た知識と人脈を活かして、骨董屋を始めた。だけど今でも趣味として作っている。

 とにかく値段も付かないような、壊れた皿か。ゴミと間違われる恐れもあるな。調査の際に注意したい。


「写真や画像はありますか?」

「データを送る。アドレスは――貰った名刺に書いてあるな」


 慣れた手つきで、小山さんはスマホを操作した。画像を見ると、少し深めの皿が表示されている。

 しっかりした形だと思うけど、色合いが派手だと思う。とりわけ紫が目立つ。


「この色彩も自分で?」

「ああ、そうだ。華美な皿こそ至高、飾って楽しむことが本懐」


 つまり美術品として制作したのか。俺は芸術センスに自信ないし、良いか悪いか分からないな。ただ金を出して買いたいとは思わなかった。だから本人も売り物にならないと言ったのかもしれない。

 それから小山さんに詳細を聞き、捜索を開始。情報が充分とは言えないが、今は行動を優先しよう。


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