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85話 一件落着

 俺と知紗兎さんは客間に移動した。高橋さんにも声を掛け、一緒に来てもらう。ここは和室のようだ。


「そ、それで何を話せばいいのでしょう? オレは何も知りませんよ」


 言葉に詰まったと思うと、後半は早口となった。あからさまに目が泳いでいる。ここまで挙動が不審な人も珍しい。悪いことは、できなさそうなタイプだ。やはり隠し事には理由があるな。

 おそらく嘘も苦手だと考えられる。直球で問い掛けよう。


「昨日、クリーニング屋に行きましたね。コートの洗浄を頼みましたか?」

「どうして、それを!?」


 高橋さんは驚愕に目を見開いていた。分かりやすいくらい瞠目した顔である。


「外部から侵入された形跡はなし、宅配や廃棄も考えにくい。ならば内部の誰かが持ち去ったのでしょう。場所を特定した方法はトップシークレットですよ」

「は、はあ」


 天眼通の能力は伏せておく。依頼者全員に話していたら、トラブルの種になる。とにかく詳しいことを教えてもらおう。


「悪意がないことは、俺も理解しています。事情を説明していただけませんか」


 どうやら迷っているな。よく知らない人に話すことは、抵抗があるか。とはいえ親しくない相手だからこそ、話しやすいこともあるだろう。

 心の整理がつくまで、じっと待つ。


「……分かりました」


 そして高橋さんは語り出す。内容は単純だった。片付けが終わる間際のことだ。バケツを運んでいて転び、その拍子に汚れた水をコートにかけてしまった。

 正直に伝えれば、それで済む話だとは思う。だけど普段から清水さんには助けてもらっており、言い出しにくかった。また日常生活でボーっとしている点を、少し前に指摘されたばかりでもあるとか。


「くだらんと断じることは、良くないよな?」

「そうですね。悩みは人それぞれでしょう」


 小声で知紗兎さんに問い掛けられたので、俺も同じように返した。


「コートは本日中に受け取って、こっそり戻しておくつもりだったのです。今日は出掛ける用事もないと、言っていましたので」


 片付けたときに、物や家具の配置も変えたらしい。一日くらいなら、大丈夫だと思ったみたいだ。

 誤算は一つ。高橋さんが考える以上に、彼女はコートを大切に想っていた。着る予定がなくても、必ず傷が無いかチェックしているらしい。


「今朝も確認したら、上着が見当たらない。大騒ぎになってしまったことで、言い出せず今に至ると」

「……その通りです」


 傍観者の立場で意見を言わせてもらうなら、高橋さんが正直に打ち明けて謝れば解決するだろう。

 だけど実行に移せるかは不明。なんとなくだけどクリーニングが終わってから、改めて話をしたい気持ちを感じる。


「あくまで俺の私見と前置きします。すぐに清水さんと話した方がいいかと」


 時間が経てば、その分だけ状況が悪化するに違いない。そんなことは高橋さんも分かっているはず。

 それでも言い出しにくいのは、彼女に嫌われることを恐れているのだと思う。


「すみません、分かってはいるのですが」

「まあ、聞いてください。第三者が立ち合うことで、意外と冷静になります。話をするならば、今がチャンスです。よければ俺たちも一緒に行きましょう」


 ちょっと無理があるかな、それでも少し様子を見よう。高橋さんは無言で俯いている。そして十数秒後に顔を上げた。


「……ありがとうございます。だけど大丈夫です。申し訳ありませんが、しばらく二人で話をさせてください」

「承知しました。客間で待っていますよ」


 しばしの時間が経過。落ち着いて協議が進んでいるのだろうか、怒鳴り声や争う音などは聞こえなかった。




 やがて清水さんが姿を見せる。どこか晴れ晴れとした表情だった。この様子では上手く元鞘に収まったのかな。……そもそも喧嘩したわけではないか。


「お待たせして大変申し訳ありません。彼から事情を聞き、無事にコートの場所も判明しました」

「それは良かったですね」


 変に(こじ)れなかったのは素晴らしいことだ。俺は胸をなでおろした。もし俺たちの対応が原因でギクシャクすることになったら、大変なことだからな。


「ところで高橋の様子を見て、不審に思わなかったのか? 私から見ても、明確に挙動不審だったぞ」

「……まったくもって、お恥ずかしい限りです。いつもより少し変かな、くらいにしか思いませんでした」


 普段から高橋さんはオドオドした感じなのか。真面目そうな人なのに気が弱くて損をしてそうだ。


「クリーニング店から回収した時点で、仕事は完了で構いませんか?」

「あ、はい」

「では時間を置いて、また訪れます。ゆっくり二人の時間を過ごしてください」


 きっと俺たちは邪魔だろう。


「ぶしつけですけど、もう少しだけ居ていただけませんか?」

「構いませんが、どうしてまた?」

「その、私達だけだと気まずい雰囲気になりそうで……」


 なるほど、確かに。さっきまで仲違いするかもしれない瀬戸際だったからなあ。これも仕事の一環だと思えば、断る理由は無い。

 また話が迷走するようならば、俺たちに相談したいと頼まれた。乗り掛かった舟なので快諾する。近くの部屋に部外者がいるだけで、多少は違うはず。


「知紗兎さん、しばらく待機しましょう」

「それなら一緒に夕食を取ろうじゃないか。賢悟、ラーメンの準備を!」

「え? なぜラーメンですか?」


 清水さんが困惑した声を上げた。俺も唐突すぎて、よく分からない。なんとなくメニューに意味は無い気がする。知紗兎さんが食べたかっただけかな。


「クリーニングが終わるまで、時間が掛かる。そのときまでに賢悟が調理すれば、終わったころに全て解決だ」

「は、はあ」


 思わず、生返事をしてしまった。分かるような、分からないような。とりあえず清水さんに確認を取ると、それで問題ないと言われた。

 そうと決まれば、とりあえず準備を始めよう。ワゴン車に最低限の道具は積んである。材料は近くのスーパーマーケットで揃えることが可能だな。ちなみに今日は知紗兎さんも料理の手伝いをしてくれるらしい。




 ということで今日の夕食はラーメンである。最近、麺類が多いような気もする。本日の具材はチャーシュー・メンマ・煮卵などの基本を押さえて、あとはモヤシ・カニカマ・春菊の炒め物を載せる。カニカマは賞味期限ギリギリで使ってほしいと言われた。また春菊は他の野菜と一緒に、田舎から送ってもらったとか。それから手打ち麺には玉子も入れるつもりだ。

 手羽先と煮干しを別の鍋で煮込み、それぞれ出汁を取った後に混ぜ合わせよう。そして塩・醤油・料理酒・ミリンなどで味を調える。思ったよりも煮干しの風味が出ており、なかなか良い感じに仕上がった。


「……麺を寝かせる時間、短いかもしれません」

「きっと大丈夫さ。私も頑張ったからな!」


 知紗兎さんが得意満面の笑みを浮かべながら、きっぱりと言い切った。そこまで自信が持てるのは凄い。根拠はともかく。

 時間が無いのは、ちょっと麺を打つのに手間取ってしまったから。今日は夕食の開始を遅らせたくないので、このまま茹でてしまおう。二人を待たせたくはない。しばらくして料理が完成する。


「お待たせしました」


 この場にいるのは四人。俺と知紗兎さん、それに清水さんと高橋さん。さきほどクリーニング店からコートを受け取り、無事に依頼は達成した。気兼ねなく食事を取れる。さて、いただくとしよう。

 料理を口に運びながら、それとなく二人の様子を確かめる。俺たちがラーメンを作っている間に、しっかりと話し合ったらしい。せっかくの機会なので、日頃から思う互いの不満を伝えたとか。とにかく今は仲睦まじい姿でなにより。




 四人の食事は終始なごやかに進んだ。そろそろ事務所に帰る時間だな。俺たちが腰を上げると、二人が玄関まで見送ってくれた。


「今日は本当にありがとうございます」

「オレのせいで、ご迷惑をお掛けしました」

「解決して良かったですよ。もし何かあれば、気軽に御相談ください」


 丁寧に頭を下げられたので、俺も返礼した。さてと、事務所に帰ろう。できれば今日中に本件の報告書を作成しておきたい。


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