84話 消えたコート
東京都江東区、駅から離れた住宅地。そこで依頼人は一軒家を借りて、生活しているらしい。急ぎの用件であることから、ワゴン車を使い移動した。電話で聞いた住所の家に到着。
庭付きの一軒家か、良い場所だと思う。今はシートが敷かれて、その上に家具が並んでいる。掃除をしたのは昨日なので、これは探し物をするために外へ出したのだろう。ちょうど中からダンボールを運ぶ、若そうな女性が姿を現した。なんだか良いタイミングだ。
「こんにちは! 天目探し屋事務所から来ました!」
「お願いします! とにかく入ってください!」
よほど焦っているのか、有無を言わさず家の中に案内される。リビングルームに行くと男性が一人、とまどったように俺たちを見た。一方の女性は慌ただしく動きながら、部屋を巡っている。
このままでは話が進まない。少し落ち着いてもらい、改めて依頼を聞こう。まず四人でテーブルを囲んだ。座り心地の良いイスである。
「すみません。先に契約内容を説明させてください」
それと詳しい状況も把握したい。現状で分かっていることは多くない。しばらく四人で話し合いの時間だ。俺たちはキチンと自己紹介すらしていない。
しばらく語らせてもらい、無事に契約が成立した。次は捜索の話を進めよう。
「依頼の概要は電話にて拝聴しましたけど、再確認の意味を込めて最初から話していただけますか」
「紛失したのはコートです」
答えたのは女性――清水さんで、今回の依頼者である。それから隣に座っている若い男性は高橋さんだ。中肉中背で、あまり特徴がない。どうやら職場の同僚で、昨日は掃除の手伝いに来ていたらしい。
二人は親しい間柄で、よく互いの家を行き来しているとか。あれだな、友達以上恋人未満という関係だろう。
「手違いで捨ててしまった、ということは考えられますか?」
「ありません」
清水さんが即答。なんでも最後に見たのは昨日の夕方であり、今日はゴミ回収を行っていない。これでは出したとしても、未回収で残る。
この状況は事前に電話で聞いており、あくまで念押しだ。間違って捨てたかは、最優先で確認している。処理場まで送られると、まず取り返しがつかないからな。
「そのコートは高価な物ですか?」
「金額自体は安物だと思います。しかし就職の祝いに祖母から贈られた品で、彼と親しくなるキッカケになった物でもあります」
さらに話を聞く。大学新卒での就職活動に失敗、なんとか秋に穴埋め要因として契約社員で採用された。知人の伝手で安く一軒家を借りて、新生活が始まる。
そのとき冬は寒くなるだろうと、祖母が贈ってくれたらしい。以来、数年間ほど使い続けているとのこと。
「ところで親しくなるキッカケというのは?」
「コートの修繕ができる店を探していました。たまたま彼が知っていたのです」
「ちょうどスーツの裾を調整したところでした。良い店ですが、入り組んだ場所にあります」
それで案内を引き受けてから、仲が深まったと。複数の意味で思い出の品ということらしい。
「誰かに盗まれたということは?」
「ないと思います。ずっと私は家におり、眠るときは鍵を確認しました。それから無くなったのはコートだけで、近くにあったはずの貴重品はそのままです」
はっきりと清水さんは首を横に振った。もう少し手掛かりが欲しい。俺は過去の仕事で、実際に起きた事例を思い出す。
「なにか心当たりはありませんか? たとえば夜中に短時間だけコンビニに行ったとか、宅配便を送ったとか」
「それがまったく」
「……オレも分かりません」
一瞬、高橋さんが視線を逸らした。なんとなく様子がおかしいと思う。とはいえ初対面なので、断言はできないか。人見知りする性格かもしれないし。
ちなみに清水さんは本当に悲しんでいる感じだ。彼女の方に不審な感じはない。ここは高橋さんに詳しく話を伺うべきだろう。そう思った瞬間、知紗兎さんが俺の手に触れる。テーブルの陰で、依頼者には見えない。そして彼女の指が動き、俺の掌に記号らしき形を描く。ちょっと、くすぐったい。
『×』『←』
感覚だがバツと左の矢印を示したようだ。これは事前に決めた合図。罰はウソをついている。矢印は相手を示すのだろう。向かって左に座るのは、なんだか困った顔をしている男。高橋さんである。確かに挙動が不審だと思う。
知紗兎さんが持つ天眼通、その能力の一つ。高精度でウソを見破ることが可能。今までの様子を合わせて鑑みると、詳しい話を伺うべきだな。
「そこの男、聞きたいことがある。貴様は――」
「知紗兎さん、ちょっと待ってください!」
俺は即座に彼女の言葉を止めた。明らかに高橋さんは隠し事をしている。だけど清水さんは知らないことも考えられる。むやみに秘密を暴くことで、二人の関係に亀裂が入る恐れもあった。たまに知紗兎さんは人の感情を無視して行動するので、代わりに俺が気を付けている。
まずは基本の捜索を優先しよう。隙を見て高橋さんが一人でいるときに接触し、そこで事情を聴きたい。
「あ、ああ。わかったよ。方針は君に任せる」
どうやら俺の伝えたい内容を察してくれたようだ。詳しい説明もなく、こちらに主導権を預けてもらえた。
「まずはコートの形状を確認しましょう。写真はありませんか?」
「どうぞ」
「拝見します」
清水さんはスマートフォンを取り出して、画像を表示した。俺たちの視界に入るよう、差し出してくる。スマホを操作し、次々にコートを着た姿が映し出された。
「他に写真もあるのですけど、どうしましょうか?」
「情報は少しでも多い方が助かるため、ぜひ見せてください」
「わかりました、すぐに持ってきます」
隣の部屋に清水さんが向かう。写真は複数あるらしくて、できるだけ多く持ってくるよう頼んだ。
その間に俺たちは家の中を一巡しておこうか。探す場所の目星を付けるためだ。全体を把握してから、またリビングルームに入る。
「当然だが、該当のコートは無いようだな」
「すぐに発見できたら、俺たちに依頼することもありませんからね」
とはいえ優先して探すべき場所の当たりは付けておく。総当たりの前に、まずは頭脳を使おう。
やがて清水さんが戻ってきた。手にはアルバムを一冊と、他には十数枚の写真も持っている。さっそく見せてもらおう。
スマホの画像よりも、古い時期の写真が多いと思う。かなりの頻度で高橋さんも写っていた。コート単体の写真もある。お婆さんから貰った記念に撮ったのかな。
「賢悟、いいか。一度、見てみる。準備を頼む」
「了解です」
俺はカバンから、地図とスケッチブックを取り出した。地図は周辺地域を表したものである。まずは大縮尺で、近隣の通路や店名が明記されたものを置く。
ただ依頼人の目があるため、おおっぴらに天眼通を使いにくい。そのサポートも助手の仕事だ。
「すみません、今までの情報をまとめます。少し集中させてください」
「あ、はい」
これで不審に思われず、天眼通を使用できるはず。無言で立っていても、思考に専念していると判断するだろう。
よく分からない能力で調査しているとは、夢にも思うまい。
数十秒が経過。知紗兎さんは地図の一点を指し示す。そこは近所で経営しているクリーニング店だった。
それを見て、おおよその事情が推測できた。高橋さんの挙動が変なのも、察しが付く。これは本人から説明してもらった方がいいだろう。二人の位置からは地図の視認が難しく、清水さんは何も気付いていないはず。
「改めて昨日の情報を整理しましょう。二人一緒だと情報が平均化してしまいますので、単独で話を聞かせてください」
一応、嘘ではないぞ。人間の記憶なんて、わりとデタラメである。一人の証言に引きずられ、事実を誤認した例を知っている。これを情報の平均化と呼ぶことは、正しい表現なのかは知らない。もっともらしく言えば、納得してくれるさ。
とにかく別室を使わせてもらい、最初に高橋さんを呼ぼう。




