81話 情報屋と年内最後の会話
夏に起きた埋蔵金捜索の依頼に関する騒動。あれから多少の時が過ぎた。現在は冬。昨日はクリスマス。天目探し屋事務所では小さなパーティを開いた。参加者の多くは仕事で知り合った人たち。全員で十人ほど。
一つ残念だったのは、沢村梨恵さんが不参加だったこと。ただ数年ぶりに家族で過ごすらしいので、これは喜ぶべきことだろう。多少の寂しさは否めないが。
「まったく、ずいぶん騒いだものだな。面倒を掛けられた気分だ」
溜息を吐きつつ言葉を溢したのは、我らが所長。天目知紗兎さんである。言葉と違い、その表情は穏やかだ。
「だけど知紗兎さんも楽しんでいたでしょう?」
「……まあ、それなりに」
「なら良かった。とりあえず残った片付けを始めましょう」
昨夜の内に最低限は片付けてある。あとは細かい掃除で終わりか。おそらく午後までは掛からないだろう。
ちなみにパーティの準備は、主に俺と知紗兎さんが担当している。とはいえ手が空いている人に協力してもらったので、たいした負担はなかった。しばらく会ってない人もおり、近況を語り合いつつ楽しく作業が進んだ。
「ところで鍋の締めに作った担々麺は美味かったな! また頼むぞ!」
「わかりました。年末はソバですので、それ以外の日に食べましょう」
「よし、約束だ!」
ずいぶんと嬉しそうである。年末まで一週間を切っているため、そろそろ内容を考えておこう。前は天ぷらソバだったから、次は別のものにしようか。
「それより知紗兎さん。本当に年末年始は実家へ帰らなくていいのですか?」
天目探し屋事務所は、世間一般の長期休業期間も営業している。平日では依頼に来られない人に対する配慮だ。代わりに時期をずらして休暇を取る。
また年末の掃除で無くし物をした、あるいは無くなっていることに気付いた人へ迅速な対応が可能という利点もあるだろう。
「来月の終わりに顔を出すから問題ない。そのときは君も一緒に行くぞ、もちろん忘れていないよな」
「覚えていますよ」
ちょっと前に話の成り行きで、そうなった。
「よしよし。――おっと掃除は終了」
「こっちも終わりです」
「お疲れ様。今日は捜索の依頼もないし、のんびりするか」
「なら、お茶でも淹れましょう」
こういう日があってもいいさ。ちなみに事務所の経営状態は極めて良好である。埋蔵金関連の報酬が多額だったからな。
なんとなく今日は紅茶の気分だ。知紗兎さんに確認をすると、それで構わないと言われた。片付けが終わった部屋で、優雅なティータイムを満喫しよう。手早く、しかし丁寧に準備を進める。
「夜は例の情報屋と会うのだろう。準備は大丈夫なのか?」
「問題ありませんよ。念のため、これからレポートの最終確認をしておきます」
紅茶を飲みながら、知紗兎さんが問い掛けてきた。俺は返答しつつ、カバンから紙の束を取り出す。
一番上には今回の課題が記されている。テーブルの正面に座る彼女へ手渡した。確認してもらうためだ。
『嫉みと妬みは万人が持つ。羨む情動とは認める心。そなたの横に立つ者を見るがいい。言の葉を紡ぎ互いを称え合う。長と短は紙一重と心得よ。佳所と瑕疵は鏡に映った裏表』
ゆっくりと知紗兎さんが読み上げた。
「賢悟が書いた報告書を見せてくれるか?」
「どうぞ」
俺は素早く彼女に手渡した。それから二人でレポートの記載を吟味しつつ、時が過ぎていく。正午前に一通りの準備は完了。昼食を取ったら休息の時間だ。二人でジグソーパズルに興じる。
いつの間にか結構な時間が経過した。しかし情報屋と約束したのは夜遅い時間。夕食を取ってから、出発する予定なので余裕がある。
料理を任されているので、そろそろ準備をしよう。リクエストを聞いておく。
「知紗兎さん、何か食べたいものあります?」
「ラーメンを所望する!」
「余り物で作りますけど、構いませんか?」
「それでいいぞ!」
とりあえず担々麵は昨日に食べたばかりだから、それ以外の具材にするか。立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認に向かう。チャーシューやメンマは無い。使えそうな食材はキャベツ、ハム、ワカメ。それと豚キムチ炒めが残っている。煮卵は今から作ろう。それと出汁は昆布があった。調味料は一式が揃っているため、問題なし。
これなら、なんとか大丈夫だな。まずは麺づくりを始めよう。――そして作業に没頭する。夕食の準備が完成したのは、日没の少し前。情報屋と会うのは深夜だ、充分に時間がある。
『いただきます』
タイミングを見計らったわけではなく、偶然に二人の声が揃った。とにかく目の前の料理に集中しよう。昆布ダシの豚キムチ醤油ラーメンである。鶏がらスープの素が少なかったのは心残りだな。出汁が取れそうな鳥肉は食べ切っているし。
慌てることもなく食事を終えて、のんびり茶をすする。至福の一時である。
「そういえば情報屋への依頼は覚えているよな」
「環境汚染について、その続報ですね」
つまりPTE『polluting the environment』である。このところ環境汚染に関する内部告発が急増している。そのときに残されるのは『PTE』の文字。最近の事件に絞って、追加の依頼をしたのだ。
それを今日、受け取る予定だった。約束の時間が迫ったら、事務所を出る。
「そのあと新しい依頼をどうするのか、決まったのか?」
「次は少しだけ踏み込みます。現七罪の代表に関して、できる限りの情報を求めるつもりです」
さすがに正体が分かるとは思わない。ただ何らかの手掛かりだけでも、得られることを期待している。
深更に訪れる公園。情報屋と会うときは、おおむね違う場所が指定されていた。今回も初めて来る公園である。
ちなみに正確な合流地点は聞いていない。ただ歩いていれば、向こうから接触をしてくるのだ。それも毎回、背後から声を掛けられる。
「お晩です」
「……こんばんは。どうして普段と異なる挨拶なのでしょうか?」
「私たちは変化を好むからね。ときどき新しい刺激が必要なのよ」
今の『私たち』とは誰のことだろう。時折、口にする言葉だった。一度、聞いたことがあるけど、やんわりと回答を拒否されている。
「こちら、課題のレポートです。ご確認、願います」
「了解。じゃあ、こっちも」
俺の報告書と交換で、封筒を渡された。その中には資料と、正方形状の薄い板が入っていた。
あまり馴染みがない物だな。取り出したものの、暗くて分かりにくい。スマホのライトを当てて、しっかり見る。
「これ、フロッピーディスクですか。久しぶりに見ました」
「中に貴重な情報が入っているから、ちゃんと確認してね」
「承知しました」
えーと、読み取る機械あったかな。知人に協力を頼む必要があるかもしれない。
「言い忘れたけど、市販されていなかったディスクよ。読み取りには特殊な装置が必要だから、頑張って探すこと。陰ながら応援しているわ」
ちょっと酷い。だけど意味も無く、こんな手法は取らないはずだ。それくらいの信頼はある。
推測だけど俺たちが捜索する過程で、重要な情報を得ることが可能ではないか。確かな根拠は無くとも、そんな気がする。
「仕方ありません、探してみますよ。ところでレポートは?」
「うん、問題なし。二人とも長所を見付けるのが上手くて感心したわ」
かなり強引に捻りだした答えもあるけど、情報屋が納得したなら正解だったな。まあ、嘘は言っていない。若干、拡大解釈した箇所も存在するけど構わないはず。
お互いの長所を褒め合うのは気恥ずかしさがあった。とにかく報告は完了だ。
「それでは次の課題を頂けますか?」
「どうぞ、どうぞ」
いつの間にか情報屋は手に小さな封筒を持っていた。すぐに俺は受け取る。
「開けますよ」
「ストップ、所長と二人で見ること。あ、お手伝いさんも一緒でいいよ」
「微妙に誤解があるようですけど、了解です」
おそらく梨恵さんのことだな。情報屋の視点だと、お手伝いさんに見えたのか。とにかく課題の内容を確認しよう。




