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8話 賢者とは

 俺と知紗兎さんは顔を見合わせた。


「賢悟、どう思う?」

「もう一度、内容を確認させてください」


 今度は自分の目で読んでみる。当然だけど知紗兎さんが読み上げた文と一緒だ。分かるような、分からないような文章である。


『欲強き群衆が集う楕円の場。終焉の地を目指し役者は進む。決して振り向くこと能わず。嘆きと怨嗟が渦巻く魔境で、されど賢者は掴み取る。知識に繋がる勝者の印を』


 最初の一文で、かなり限定されるだろう。


「欲強き群衆が集う楕円の場、単純に考えるとギャンブルでしょうか」

「終焉の地がゴールとして、競輪や競馬などだろう。どちらかは分からないが」


 この文だけだと特定は不可能である。ただ情報屋の話を聞いた限り、どちらでも大丈夫だと思う。レポートの内容が重要と言っていた。

 俺は続きの部分を目で追う。


「決して振り向くこと能わず。勝つためには後ろを向くな、ということですかね。大きな意味は無いと思いました」

「そうだな。次の嘆きと怨嗟が渦巻く魔境も、気にしなくていいはずだ。おそらく賭けに負けた者を示すと考えられる」


 同感だな。ただ問題は後半部分からだ。


「賢者は掴み取る、知識に繋がる勝者の印を。つまりギャンブルに勝てと?」

「おそらく、その認識で合っている」


 知識に繋がるとは、報酬の情報だろう。勝者の印は、予想を的中させたものか。ただ一つ気になる。


「賢者が分かりません。運に頼って当てたらダメなのでしょうか」

「研究するなり、知恵を使うなりして当てろと。そうだ、君の名前は賢悟だろう。君が的中させたら達成になるかもな」

「それをレポートにして、相手を納得させる自信が無いです」


 ただ小ネタで使う分には、ありかもしれない。




 お互いに考えるけど、どうも良い案が出ない。一度、気分を変えた方がいいか。休憩を提案しようと、知紗兎さんを見たら目が合った。似たようなことを、考えているのかな。


「ところで腹が減った。そろそろ朝食にしよう」

「そうですね。麺も食べ頃だと思います」


 すぐ準備を始める。こねた麺を伸ばして、細く切る。ちょっと太くなったけど、まあいいだろう。次に具材を用意。豚ひき肉やチャーシューは無い。ウインナーを使おう。鍋で軽く炒めたら、キャベツともやしを加える。火が通ったら皿に分けておく。

 次はスープ作りだ。鍋に水を入れて鶏がらスープの素、すりおろした生姜、塩、豆板醤、柚子胡椒を投入。なめこを入れたら加熱する。麴みそと赤みそを2対1で合わせて、溶かしていった。そして麺を湯でたら、水気を切り丼に移す。


「知紗兎さん、もうすぐ完成ですよ!」

「やっとか!」


 あとはスープを丼に入れ、炒めておいた具材を乗せる。それからバター、のり、ゆでたまごも忘れない。これで味噌バターなめこラーメンの完成である。

 ありあわせの食材だけど、それなりにラーメンだな。知紗兎さんは濃い味付けを好むけど、これは少し控えめにした。薄味が嫌いというわけでもないので、問題は無いだろう。


「洗い物は後でやるので食べましょう」

「そうだな。麺が伸びてしまう」


 どちらともなく「いただきます」と声を出し、すぐに食べ始める。知紗兎さんは本当に美味しそうに食事をする。素人が作った料理でも、あまり不満を聞いたことがない。

 わりと多めに作ったはずだけど、あっというまに胃の中へ消えた。


「ごちそうさま! 美味かった、また頼む」

「いつでも作りますよ」

「楽しみにしているぞ」


 なんというか普通に美味いラーメンだった。とりあえず、食器や調理器具などを片付けていく。その間に知紗兎さんは、フラッシュメモリの中身を確認。情報屋に貰ったものである。――俺も片付けを終えたので、彼女を手伝おう。


「どうです?」

「今はネット上の情報を集めた部分を読んでいた。これだけでも結構な量がある」

「関連人物の一覧も凄いことになっていますね」


 なにせ世間で話題沸騰中の『現代版七つの大罪事件』だからな。


「長くなりそうですし、これからの行動を考えませんか?」

「ならば競馬か競輪を試しに行こう。どっちがいい?」

「競馬場なら行ったことがありますので、そちらにしましょう」


 少し前に友人の付き合いで、一緒に馬券を買った覚えがある。飲み会に行く前の時間つぶし程度だったけど。


「今日はレースをしているのか?」

「品川の競馬場なら開催しているはずです」


 あそこなら平日の昼間から賭けることができた。日程を調べると、14時過ぎから第一レースだ。

 沢村聞太さんの聞き込みも兼ねて移動するため、かなり早めに出る。


「忙しないことだな。定休日くらい、ゆっくりしたいぞ」

「仕方ありませんよ。時間が経てば、それだけ目撃情報は得られにくくなります」


 すでに半年が経過しているのも痛い。


「沢村梨恵には無理をしないよう言っていたのに、私は働かせるのか」

「先月は仕事、少なかったですから。釣り合いが取れているでしょう」

「そうかもしれないが、君には美人所長を労わる心が欠けている」


 ちょっと拗ねている感じだ。おそらく冗談だろうけど、たまに子供っぽい言動をする人である。


「じゃあ、今日の夜にマッサージしますから」

「約束だぞ」


 あ、機嫌が良くなった。




 事務所を出てから、数時間かけて競馬場に到着した。少し時間が掛かったのは、途中で聞き込みをしたからだ。しかし結果は残念なことに。


「予想はしていたが、目撃情報はなしか」

「地道に続けるしかありませんよ」

「わかっている。ちょっと愚痴を言っただけだ」


 とにかく今は情報屋の課題に集中しよう。入場料を払い、正門から中に入った。レースの開始時間が近い。


「今日は全部で12レースですね」

「とりあえず一度、買ってみよう」

「そうしますか。そろそろ最初のレースですので」


 二人で別々に買う。――そして外れた。俺が買ったのは単勝、つまり一着になる馬を当てる。出走は11頭だから、いきなり的中するとは思っていない。それに何も考えずに当てても、賢者は掴み取るという言葉に反するだろう。

 ちなみに賭けたのは百円。金額の多寡は示されていなかったからな。屋外の席で結果を確認したあと、中に戻る。


「惜しかった! 1着と2着は当たったが、3着はダメだったぞ!」

「待ってください! なんで三連単で買ったのですか!?」


 彼女が持っている馬券を確認した。馬番号を着順通りに当てる買い方だ。当然、単勝で買うより当たりにくい。


「配当が高くなるから」

「目的を忘れているでしょう。当てることが最優先ですから」

「ふと思ったのだが、利益を出す必要は無いのかな? ギャンブルでの勝者とは、儲けた者を指すはず」


 それは問題ないと思う。


「俺は金儲けに走る人を賢者だと認識していません。だから大丈夫ですよ。重要なことは、俺たちが何を思うか。そして、どんな形に残すかのはず」


 そのためのレポートだろう。つまり情報屋に納得してもらうことが大切だ。話をしていたら、次のレースも近い。何度か試すも全て外れている。




 やはり上手くいかない。何の進展もなく、時間が経過した。二人とも少し疲れている。ちょっと休みたい。


「腹が減った」

「じゃあ、そろそろ夕食にしましょう」

「敷地内で食事もできるのだな。何を食べる?」

「縁起担ぎで、かつ丼は?」


 レポートの内容に盛り込みやすいという利点もある。競馬場での勝負や雰囲気についてメモを取りつつ、知紗兎さんに問い掛けた。


「よし、さっそく行こう」


 異論は無いみたいだ。目当ての店はサービスカウンターの近くにある。かつ丼を二つ注文。さらに彼女は天丼を頼んだ。大きなアナゴが特徴らしい。手早く食事を済ませると、邪魔にならない場所で作戦会議を始める。


「分析レポートや騎手情報などには、だいたい目を通しました」

「当たりそうか?」

「いや、無理でしょう。初心者の挑戦で、簡単に的中できるとは思えません」


 調べれば調べるほど、予想が難しく感じる。このままだと埒が明かない。なにか良い手はないものか。

 今日は12レースが行われる。ほとんどのレースが終わった。お互いに知恵を出し合うも、良いアイディアは浮かばない。欲とは何か、賢者とは何か。これに答えを出せというのだろう。


「君は賢者と聞いて、どんなイメージをする」

「安易に危ない橋を渡らない人ですね」


 君子、危うきに近寄らず。きっと賢者も同じだろう。目先の欲に囚われないで、先を見据えて確実な手段を取れる者だ。

 ――そうか。知紗兎さんの言葉を聞いて、分かった気がする。


「その顔は何か思い付いたか」

「ええ、買ってきます」


 次はメインレースか。15頭が出走である。俺は単勝で15枚の馬券を買った。どの馬が勝ってもいいようにしたのである。

 難しく考えることはない。情報を得るために、最小のリスクで確実に勝つのだ。あとはレポートの記載で何とかしよう。そしてメインレースが終わる。


「勝者の証、手に入れたな」

「そうですね。目的も果たしたので、事務所に戻りましょう」

「帰ったらマッサージを忘れないように!」


 覚えていたのか。それくらいなら、お安い御用だ。知紗兎さんが疲れを残しても困る。しっかり取り組みたい。


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