72話 般若の面と忍び装束
送り届けると言ったが、まずは場所を特定しないと。人形が端末ならば、母とは本体のことだと思う。
「どこに向かう?」
「財宝を見付けた坑道に行きます」
問題は土砂崩れに巻き込まれないか。断言は無理だけど、俺は大丈夫だと考えている。本体の近くこそ、もっとも安全な場所だと推測できるからだ。
無論、絶対に安心とは言い切れない。それでも行くべきだと判断した。
「ちょっと待て――大丈夫、あそこは無事だ」
俺の言葉を聞き、知紗兎さんが天眼通で確認してくれたようだ。これで安心感を得られた。ただ現時点で可能性が高い未来、つまり確定ではない。決して油断せず行動しよう。
「奥に本当の宝物があるのですよね。いったい、なんなのでしょう?」
「今、見る――」
再度、知紗兎さんが天眼通を使用した。この場に存在する人形と少女、これらが答えに導くかもしれない
「――フクロウの模型!」
「そうか! 秘宝遺物『活力消失』です!」
あらゆるエネルギーを消す模型。それは物質や精神に関わりなく作用する。心に影響すれば無感情になるだろう。もし運動エネルギーを完全に停止したら、それは疑似的に時を止めたと同義。
また災害の元となるエネルギーを消失させることで、平穏を作っていたのだな。それが安寧の滝や魔除け人形を関する伝説となった。今の仮説を皆に説明する。
「娘は助かるのでしょうか!?」
話を聞き終えて、押野さんが血相を変えて問い掛けてきた。心配するのも当然。大切な家族のことだから。
俺は考えをまとめつつ頷いた。助かる可能性は高いと考えている。
「秘宝遺物を操作できれば、効果を解除できるはずです」
「ならば一緒に行きます! せめて娘のために何かをしたい!」
押野さんが真剣な表情で訴えかける。そして事情を話し始めた。離婚が決まり、娘に話した日。理由も説明せずに、母親と別れて暮らすことになると告げた。ただ悲しそうに俯く少女。それから最後の家族団欒で昏睡状態となった。
「貴方は必ず娘の傍にいるべきです。そして目が覚めたら、話し合ってください。家族なのに、一人だけ仲間外れは寂しいでしょう」
いつになく梨恵さんが強い口調で断言していた。見たこともないくらい、真剣な表情である。
彼女の両親は一時期、不仲だったな。もしかしたら娘さんと自分を重ねているのかもしれない。
「……分かりました。お嬢さんの言う通りだと思います」
どうやら受け入れてくれたみたいで一安心。また先生の奥さんも放置できない。忘れてはいないと思うけど、娘さんのことで頭が一杯になったのだろう。
「さっそく動きましょう」
「賢悟、人形の保管を頼む」
「承知しました」
俺は棚の人形を手に取ると、落とさないよう気を付けて持ち出す。そのまま車へ移動開始。すでに押野さんも移動の準備を始めている。
屋敷の中を進み、外へ出た。あとは駐車場まで急ぎ足で行く。
天目探し屋の三人で車の近くまで来た。ドアを開けようとしたとき、視界の端に異様な姿を発見する。
前方の道路、かなり離れた場所で塀に寄りかかった者。
「……変わった格好の人ですね」
「なんのことだ?」
遠目で分かりにくかったかな。いや、知紗兎さんに限ってはないか。たぶん別の場所を見ているのだろう。
指を差すのは失礼なので、口頭で伝えよう。
「前の方、道路左側の塀を見てください。ちょっと変わった姿の人、いますよね」
黒い忍び装束を着て、鬼の面を被っている。能や祭ならともかく、この往来では珍しいだろう。
話を聞いていたのか、梨恵さんも俺たちの横に来て目を凝らす。
「言われてみると、誰かいるようです?」
彼女は小首を傾げていた。遠くからだと、忍び装束は普通の服にも見えるかも。ただ鬼面は不思議に感じると思うけど。
あの面、足助香苗さんの家で見た物に似ているかな。――その瞬間、俺の背中に寒気が走った。
「知紗兎さん、天眼通を!」
「わかった!」
即座に反応してくれた。ここまではっきりと天眼通の使用を頼むことは、滅多にない。緊急事態と判断したのだ。
今まで漠然とした感覚で、鬼の面とだけ思っていた。今、改めて観察する。口は大きく開かれ、二対の牙があった。そして金色の二本角。上半分は悲しげな表情、下半分は激しい怒り。鬼女の二面性を表した面とされている。
「あれは般若の面!」
「私にも見えた……だが、なぜ今まで不審に思わなかったのだ?」
俺たちの様子で、自分の存在に気付いたことを察知したのだろう。向こうから、こちらに近付いてくる。
その動きは緩慢なようでいて、恐ろしく速い。すでに目前まで来ていた。慎重に言葉を選びながら、声を掛けるつもりだ。
相手が何者か、推測はしている。ただ確証がない。
「こんにちは、香苗さん、お元気ですか。最近も狩猟に行っていますか?」
「よく姉は狩りに行っている、正確には許可捕獲。害獣が増えると危険なんだ」
聞き覚えのある声、目前に立つ人は足助香苗さんの弟だ。口ぶりから考えても、間違いないだろう。
姉の方も元気そうで何より。そういえば今はオフシーズン。ということは以前、御馳走になったときも同じか。あまり意識していなかった。あのとき食べた鹿肉は本当に美味かったな。次に会ったとき改めて礼を言いたい。
「山の中で畑は大変かと存じます」
「まったく困ったものさ。それより、なぜ正体が分かった? 姉とは思わなかったのか? 判別していなかったら、話をせず逃げるつもりだったのだけど」
鬼の面が飾られているのを知って、姉を疑わせようとしたのかな。状況から推察して、姉弟のどちらかだとは考えていた。
「わかっていませんよ。今の質問は姉弟、どちらでも通用します」
「……ああ! そういうことか!」
どうやら合点がいったようだ、大きく頷いている。もしも姉だったら、自身への挨拶と聞こえただろう。弟ならば姉の近況を聞かれたように感じる。共通の知人について様子を尋ねるのは普通だから、不自然に思わなかったはず。
これは友人から聞いた、話を引き出すための手法だ。知り合いにプロの占い師がいて、その人から教えてもらったらしい。それを又聞きしたもの。
「貴方は俺たちを監視していましたね。おそらく捜索の依頼を出した直後から」
「坊ちゃんが天目家と接触しただろ。それを危険視した本家からの命令で見張っていたよ」
これは予想通りか。ただ一つ疑問が残る。幸助の話では、元本家とは折り合いが悪かったはず。
「なぜ指示に従ったのですか? 嫌っている家の者でしょう」
「物心つく前から、体に染みついた慣習だ。結局、変えることは無理だったのさ」
首を横に振って、自嘲するように呟いた。おそらく本人も旧時代の束縛から逃げようとしたのだと思う。
しかし失敗。長年の因習は考えていた以上に、重く体に伸し掛かっていたのかもしれない。
「長野から東京まで、よく私たちを監視出来ましたね」
梨恵さんが感心したような、あるいは呆れたような声を上げた。当然の疑念だと言える。
「もちろん朝から晩まで、見張っていたわけではない。それでも苦労したけどね。一族の根幹に関わるから、詳細は秘密。ただ質問があれば答えようかな」
「おそらく神足通の能力を使ったのでは?」
神足通は多種多様な効果を発揮するらしい。その一つ、自分の思う場所へ移動が可能な力。これを利用したのだと推測したのだ。
「やはり気が付いていたようだね。伝説では何でもありと言えるほど、縦横無尽に活躍したらしい。まあ我々の世代だと、そこまでの力はないけど」
「それと条件もあると推察しました。例えば能力の発動中、他者への干渉が困難になるとか」
あからさまに驚いている。かなり予想の部分が大きい。なんとなく無条件なら、もっと世の中に影響を与えている気がしたのだ。
「よく分かったなあ!」
「それと忍び装束も関係していますか?」
「あれは能力を補助するものさ。動きやすさが段違いだよ」
本当に効果があるらしい。しかし通常なら使いにくい服だ。昼間に来ていたら、非常に目立つからな。夜でも明るい場所なら同じ。
そこで使用した物があると俺は考えた。おそらく魔除け人形である。このことは確かめておきたい。




