70話 口伝の継承
パーティーが終わって、参加者も去った。出演者も帰るころ。すでに七篠さんと八木さんは会場を後にしている。
通路を歩いていたら、飛鳥さんと会った。ステージ衣装を着替え、スーツを着ている。そして肩からバッグを下げていた。
「お疲れ様です。マジックショー、楽しかったですよ」
「ありがとう。ところでマネージャー、見なかった? 着替えたあと、すぐ部屋を出たのよ」
そういえば入り口の近くで見掛けたな。幸助に挨拶をしていたはず。飛鳥さんに伝えようとしたら、当の本人が姿を見せる。話は終わったようだ。
早足で近付いてくる。俺たちに頭を下げたあと、飛鳥さんの方を向いた。
「私は急いで事務所に戻るわ。貴女は先にホテルで休んでいて。明日も仕事だから夜更かし禁止よ」
「え!? いつ帰るの!?」
「真夜中になると思う」
意外なほど飛鳥さんが驚いている。慌ててバッグから小包を取り出した。綺麗に包装してあるので贈り物かな。
「仕方ないわね。これ、プレゼント。今日、誕生日でしょ」
「覚えていてくれたの?」
「パートナーだから当然よ!」
マネージャーさんは喜色を浮かべた。
「まあ! 本当にうれしいわ! 開けていい?」
「もちろん」
ここは通路だけど、すでに参加者は帰ったので大丈夫だろう。通行人が来たら、邪魔にならないよう二人に教えるつもりだ。
箱を開けたマネージャーさんは、中身を手に取る。それはレンズとフレームから構成される視力矯正用の道具。
「メガネ?」
確かに眼鏡である。しかし今、掛けているものと大差なく見えた。プレゼントに同じ物を渡したのだろうか。
「前に予備が壊れたとき、お気に入りのフレームと言ったでしょ。だけど厚すぎるレンズが苦手とも。そこで形はそのままで、薄型のレンズに変えたのよ」
「そうだ、前に破損したメガネを持ち帰ったわね。間違えてバッグに入れたって」
そのとき手続きを済ませたのか。
「完成が今日の昼。ギリギリだったけど、間に合ってよかったわ」
「一人で外出したのは、これが理由だったのね」
「念のため細かな調整はして。店に伝えてあるから」
本人以外でもメガネを買えると聞いたことがある。だけど個人に合わせた調整は必要であり、断る店も多いらしい。今回は特別に頼んだみたいだ。
「私もメガネを掛けてみるかな」
知紗兎さんが何やら言っているけど、絶対に不要だと思う。比喩ではなく千里を見通せる人だ。……と考えたけど、オシャレ用の物だってある。悪くないかもしれない。
「似合うと思いますよ」
「お、そうか!」
それから飛鳥さん達と少しだけ話をして、その場は別れた。改めて二人の様子を見ると、互いに信頼していることが分かる。俺たちも見習いたいものだ。
またホームパーティーに出演してもらう件は問題なし。今後、詳細を詰めていくことになる。今度、連絡させてもらうつもりだ。ついでだからと言って飛鳥さんがプライベート用の電話番号を教えてくれた。そんな気軽に言って大丈夫かな。
「楽しみですね!」
梨恵さんが期待に胸を膨らませているけど、だいぶ先の話である。少なくとも、今の仕事が終わってからになると思う。押野さんの件も解決しないと。
まあ、打ち上げと考えたら都合がいい。そのためにも頑張ろう。今日はホテルに泊まって、明日の朝一で大林家の本宅に向かう予定である。場所は長野県だけど、前に行ったウラルフクロウ館とは離れている。
そしてホテル泊。部屋が豪華すぎて少し落ち着かなかった。とにかく出発だな。いつものワゴン車に三人が乗る。幸助と冴子さんは押野さんと一緒に後から合流。まだ用事があるみたいだ。当主は大変だな。朝日の眩しさを感じながら運転開始。
――数時間後、本宅の近くに到着。途中で連絡があり、俺たちは家の中に入らず近辺で待機することになった。コンビニ近くの無料駐車場に車を停め、身体を休めよう。助手席に座る知紗兎さんが、労うように軽く肩を叩いてくる。
「疲れただろ、賢悟。少し寝ておくといい」
「そうさせてもらいます」
早朝に出発だったので、かなり眠い。途中で休憩を取ったけど、充分ではない。後部座席では梨恵さんも仮眠中。シートベルトを外してあげた方がいいのか、少し迷う。……下手に動かすと起こしてしまうかもしれないな。
ちなみに知紗兎さんは移動の前半で寝ていた。それで今は連絡役を務めてくれている。
「なにか進展があったら起こす。熟睡しても構わないぞ」
「すみません、お願いします」
――音が聞こえる、これは着信音? 聞き覚えがある。というか俺のスマホだ。その直後、身体を揺さぶられた。
「メールだ、確認する」
知紗兎さんが携帯電話を持っていた。そうだ俺のスマホはダッシュボードの上に置いたのだったな。彼女は画面を操作し中を見る。
「どんな内容ですか?」
「これから当主就任の儀が始まる。口伝の継承も同じときだ」
この儀式は一部の身内だけで行われる。俺たちが待機することになった理由も、親類から反対の声が上がったためだ。口伝の内容を教えてくれるだけでも、充分な譲歩と言えるだろう。なんとか幸助が説得したらしい。
「たしか短時間で終わると言っていましたよね。問題なく終わりそうだとも」
「そうだな。しかし念のため、すぐに動ける準備をしておこう」
数十分経過、まだ連絡はこない。後部座席で身じろぎする音が聞こえる。そっと様子を窺うと梨恵さんが目を覚ましたようだ。車が停まっていることに気付いて、シートベルトを外す。今の状況を簡単に説明。
しばらく変化はなかった。三人で雑談しつつ待っていると、車内に着信音が鳴り響く。幸助からの電話、スピーカーモードで通話開始。
『口伝は聞いた。ところで他に誰も聞いていないよな』
俺は素早く周囲を見回した。駐車場には車も少なく、確認できる範囲で人は存在しない。
「大丈夫、天目探し屋のメンバーだけだ」
『よし、メモを取らずに聞いてくれ』
「なんとか覚えてみる」
これは仕方ないだろう。書き記したら、口伝の意味がなくなる。もちろん録音も駄目だ。
こんな重要なことを電話で大丈夫かと心配になるけど、合流する時間も惜しいのだと思う。
『暗き洞穴の奥、奈落の底へと続く回廊。ヒトガタを持つ者が進入を許可される。光の眼に従いて眠りし鳥を呼び覚ませ。以上だ』
「私、覚えました!」
さすが梨恵さん。おそらく天耳通を使ったのだろう。能力を発動中、音の記憶が残りやすいらしい。俺も忘れないうちに内容を反芻しておく。
気になる言葉は洞穴、ヒトガタ、光の眼、眠りし鳥、このあたりか。この洞穴が場所を示すとして、本来なら候補はたくさんある。ただし今回は別だ。
「埋蔵金を見付けた坑道が、口伝の洞穴だと思います」
「賢悟に同意。ヒトガタを持っていないことから、先に進むことができなかったと考えられる」
知紗兎さんは洞窟の奥を気にしていた。そうなると『ヒトガタ』を探さなければならない。単純に考えると人形かと思う。
「もしかして魔除け人形?」
「そうか、この地域では昔から祀られているからな。あり得る話だ」
「みんなで探しまたよね! お爺さんたち、元気かな」
梨恵さんが言っているのは、以前に会った老夫婦のことだろう。あのとき消えた人形は神社の敷地内から発見された。
『待て、新しい情報が来たぞ! 先日、前当主と取り巻きが安寧の滝へと向かったらしい。それも今から捜索を始めるような姿で』
「もしかして人形を見付けたのか!?」
俺は焦りを抑えつつ尋ねた。幸助は近くの者に詳細を聞いている。緊張した声が電話越しでも伝わってきた。
『その通りだ! 何度も探していたものの、今までは成果なし。ただ前回に限り、思いの外あっけなく見つかったとか』
「もしかして、すでに秘宝遺物を見付けている?」
『それどころでは、なさそうだ。ほぼ同時に数人の取り巻きが、一時的に昏睡状態となった』
かなり大事だな。一時的だから快復はしたのか。だけど数人が同時となったら、不安が広がるのでは。




