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7話 クリーンな情報屋(自称)

 そういえば知紗兎さんの方はどうだろう。子供時代の写真を調べていたな。


「そちらの進展はありましたか?」

「気になることは一つ。右耳を抑えている写真が数枚ある」


 本当だ。これだけなら偶然だと思うけど、妖精の声が聞こえたという話と関連があるかもしれない。

 改めて確認すると、左耳を抑えた写真は見当たらない。抑えているのは右耳だけだった。なにか意味がありそうな気もする。


「すみません、良枝さん! 聞太さんは右耳について、話していましたか?」

「……いえ、まったく」


 心当たり無し。ここの写真だけでは、これ以上の手掛かりは見つからないかな。

梨恵さんとの打ち合わせもある。切り上げるとしよう。

 俺たちは二日後、沢村聞太さんの実家に行くつもりだ。そして梨恵さんも一緒に行きたいと言うので、当日の行動を話し合う。


「――それでは明後日、天目探し屋事務所で合流ですね」

「それで構わない」

「ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」


 正直、来てもらえるのは助かる。親族がいないと、不審に思われることも多い。だいたいの行動予定を立てたら、もう夜も遅かった。


「梨恵さん、できれば明日は休養を取ってください。状況によっては、二日後から休めなくなるかもしれません」

「わかりました。足手まといにならないよう、なるべく疲れを取るつもりです」


 最後に良枝さんへ挨拶してからマンションを出た。


「賢悟、これから君は情報屋に会うのだろ?」

「そのつもりです」

「ならば私は事務所に戻る。明日の午前中に内容を聞くから、話をまとめておいてほしい」


 ということは自宅で晩御飯だな。ほとんど食材は無いから、途中で買わないと。


「知紗兎さん、夜の食事は?」

「外で済ませる」


 それなりに料理はできるはずだけど、めんどうだからだな。すでに時間も遅い。気持ちは分かる。俺は節約のため、自炊だけど。

 とにかく情報屋と会いに行く。ちょっと場所が離れているから急ごう。




 三十分後、俺は小さな公園にいる。ここが待ち合わせの場所。正確には公園内の木陰だ。月明かりと電灯を頼りにして、足早に進んでいく。やっと到着した。まだ相手は来ていない。


「待っていたわ。さて報酬を出してください」


 いきなり背後から声を掛けられた。相変わらず心臓に悪いな。視線だけを後ろに向けて、声の主を確認。

 身長は俺と同じくらいだ。キャスケット帽を被り、コートを着ている。マスクとサングラスで顔を隠していた。見た目では性別や年齢が分からないけど、その声は若い女性みたいである。


「今、用意します」

「楽しみね」


 俺はバッグから大きめの封筒を取り出した。そして中に入れてある十数枚の紙を情報屋へ渡す。

 彼女は変わった報酬を要求することで有名である。指定のテーマに沿った行動をして、その内容をレポートで提出。俺は手帳を見ながら、テーマを読み上げる。


『大いなる食、貪りし者。時の限りを尽くして、体を混沌に満たした。コウフクを知るが、ひとたび誤れば地獄の苦しみを味わうだろう。心に刻むは感謝の念』


 この文章が示す場所を特定、お題を実行する。また前回から特別ルールもある。必ず知紗兎さんと二人で行動すること。現代版七つの大罪事件を調査してほしいと頼んだら、追加の条件を出されたのだ。


「報告書を読む前に、概要だけ聞きましょう」

「最初の一文で食事関連と判断しました。時間の制限を示唆しているようなので、食べ放題の店かなと。大食い挑戦と迷ったのですが、コウフクを考えるほど余裕は無さそうだと思いました」


 記載がカタカナであることから、たぶん『幸福』と『口福』を掛けてあるのだと思う。


「これは問題じゃないから、どちらでも大丈夫。大切なのはレポートの内容よ」

「逆に言うと、どっちを選んでも失格となりかねないのですね」


 今のところ、俺は失格になっていない。ただし気を抜くのはマズイ。彼女の持つ情報網は侮れないからな。失うのは大きな損失だ。

 彼女は紙の束に目を通している。レポートの評価中だろう。いつもなら、すぐに終わる。邪魔をしないで待っていよう。


「――うん、問題なしだわ。あとで充分に楽しませてもらいましょう」

「毎回のように思うのですが、この報酬の意味は?」

「それは秘密」


 まあ、そうだと思った。人間の心に興味があるらしいので、心理学の研究にでも使うのだろうか。仲間内で楽しむ以外で使うときは、別個に確認を取るそうだ。


「悪用してなければ、別に構わないのですが……」

「しないわよ。そもそも悪用の方法を思い付かないし。とにかく、これどうぞ」


 渡されたのは一個のフラッシュメモリ。中に事件の情報が入っているのだろう。内容の確認は行わない。この取引には、いくつかのルールがある。やり取りは俺が一人で来ること、会う時間は夜だけなどだ。受け取った情報の確認は、必ず室内で行うこともルールの一つ。


「ありがとうございます。それで次の調査を頼みたいのですが」

「伺いましょう」


 調査依頼は一回につき、一つだけ。特定の言葉に関わる情報を調べてもらえる。


「今回のキーワードは人体実験。これで、お願いします」

「任せなさい。念を押すけど、捜査は法に触れない範囲でだから。私はクリーンな情報屋なので」

「承知しました」


 何度も聞いているからな。それでも確認するのは、無理な要求を言う者がいるのだろう。その手の輩は取引禁止にするらしい。

 そして彼女から小型の封筒を受け取った。この中にレポートのテーマが書かれた紙が入っている。知紗兎さんと二人で見るよう、はっきりと言われた。


「またね、助手さん。数日中に連絡を入れるわ」

「よろしくお願いします」


 さすがに数日では調査も限られる。途中経過を知らせてくれるのだろう。彼女の姿を見送ってから、事務所のパソコンにメールを送る。業務終了の連絡だ。詳細は明日の朝に口頭で報告する。すぐに『了解』とだけ返信がきた。さて、帰ろう。




 翌朝、天目探し屋事務所の門前。この門は電気錠式だ。そして営業時間を除き、常に施錠されている。俺は暗証番号を入力し、敷地内に入った。広い敷地に立派な洋館が見える。元は古い建物だったけど、数年前にリフォームしたらしい。

 玄関の扉をディンプルキーで開ける。部屋の中に入ると、アンティーク柱時計が目に入った。時刻は朝6時30分。とりあえず風呂の準備である。7時前になったら、知紗兎さんを起こしに行く。預かった鍵で寝室に入り、ベッドに近付いた。


「起きてください、知紗兎さん」

「……今日は休みだろ。もう少し寝かせてくれ……」


 確かに定休日だな。しかし新しい依頼人が来ないだけで、作業はある。探し屋の仕事は不定期だ。依頼人が来なければ、当然ながら報酬ゼロ。調査は休日をずらしても優先的に行う、決めたのは知紗兎さんだった。

 また今は他の案件もある。昨夜に受け取った情報や、新しいレポートのテーマを確認しないと。


「とにかく起きましょう。お風呂、入れますよ」


 何度も繰り返し呼び掛け、やっと起きてくれた。


「――まだ、眠い。賢悟、ラーメンが食べたい。手打ちのやつ、作ってほしい」

「わかりました。味噌ベースで構いませんか?」


 知紗兎さんはボンヤリしながらも頷いた。普段よりも頭が回っていないと思う。おそらく原因は机の上に広がっているジグソーパズルだな。趣味と天眼通の訓練を兼ねているらしい。外国の風景をモチーフにしており、かなりの大型である。今は糊付けして乾かしているのか。


「ああ、頼む」


 彼女が入浴している間に、ラーメンを作る準備だ。まずは麺を打つところから。かんすいが無いので、重曹を使う。水に塩と重曹を混ぜ、打ち水を用意した。

 そして強力粉と薄力粉を8対2で合わせる。打ち水を掛けながら混ぜていく。軽くまとめたら5分ほど置こう。――ここからが力仕事だ。生地を伸ばしたら、半分に折り畳む。また伸ばして、折り畳む。それを繰り返すのだ。ひたすら作業を続け、ようやく形になってきたな。しばらく寝かせよう。スープと具材の準備もするか。調べたらチャーシューとメンマが無かった。ありあわせで何とかしたい。


「やっているじゃないか」

「完成までには、まだ時間が掛かりますよ」


 知紗兎さんが風呂から出たようだ。しかし麵をこねたばかり。もうちょっとだけ時間がほしい。

 食事の予定時間を伝えると、彼女は頷いた。


「なら先に例のテーマを確認しておこう」

「あ、そうですね」


 俺は封筒を持ってきて、中の紙を取り出した。そして知紗兎さんに渡す。


『欲強き群衆が集う楕円の場。終焉の地を目指し役者は進む。決して振り向くこと能わず。嘆きと怨嗟が渦巻く魔境で、されど賢者は掴み取る。知識に繋がる勝者の印を』


 ゆっくりと彼女が読み上げた。この文が示す場所に行って、課題を達成しないとならない。


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