69話 暗雲、晴らすべし
「ところで幸助、まだ元本家は財宝を探しているだろう?」
「確かに動いていたな」
やはりそうか。すでに埋蔵金の発見の情報は向こうにも伝わったはず。それでも探し続ける理由があるのだ。
一つ、心当たりがあった。
「大林家の先祖が残した古文書。あれが示しているのは金塊ではなかった」
「もしや秘宝遺物か!」
知紗兎さんが声を上げた。そして俺も同様の考えだ。彼女の天眼通でも見えないトレジャー、そんな物は限られる。
坑道で発見した宝は副産物だったのだと思う。本命を隠すための囮でもあった。金銭目当てならば、あれだけで満足するはず。元本家に伝わるという情報、それが分かれば助かるのだけど。
「娘さんは安寧の滝に行って、体調を崩されたのですよね」
「……その通りだ。急に意識を失い、大林家の者が運営する個人病院に運ばれた」
「大叔父のところか。おそらく引退する直前の話だな」
話を聞くと場所は別荘の隣。だけど今は廃院らしい。
「あの人は親身になって娘の面倒を見てくれました」
「昔から優しい叔父さんだったよ。きっと今も変わっていないのだろう」
幸助は言葉を発しながら、どこか安心した様子を見せている。少なくとも少女を監禁するような人ではなさそうだ。
ただ元本家の直系であり、上からの命令にどうするかは不明とのこと。
「押野さんは誰から指示を受けたのでしょう?」
これは重要だ。元を辿れば前当主だろうけど、本人が接触するとは考えにくい。間に入り、指令を出した人間がいるはず。
「本家が出資していた研究機関の人間です。にわかには信じられぬと思いますが、本気で不老不死を調査していました」
「まさか現七罪!?」
俺は驚きの声を上げた。こんな所で、その名前を聞くとは思わなかった。手段を選ばない組織は厄介だからな。気を引き締めたい。
「ご存知でしたか。前当主が完全に失脚すれば、娘にも悪い影響が出る。そうなる前に手を打つと」
「それで今回の計画が立てられた……研究者の様子はどうでした?」
「電話口ですけど、かなり焦った感じだと思います」
充分な計画を練る余裕も無かったのか。おそらく長野であった内部告発の影響と考えられる。
「ところで押野さん、俺たちに力を貸してくれませんか? それに娘さんのこともサポートさせてください」
「オレが当主になったあと、大林グループ全体で協力するつもりだ。無論のこと、計画に関しては不問にしよう」
押野さんは下を向いて、沈黙。やはり急には無理だろうか。ここで拒否されると困ったことになるから、良い返事をもらいたい。
そんなことを考えていたら、ゆっくりと押野さんが顔を上げた。そこには決意の表情が見える。
「……分かりました」
「それでは打ち合わせを始めましょう!」
まずはパーティーを成功に導く、そのための会議である。幸助が企画担当の人を呼び出して、押野さんを交えて演目の相談を始めた。
ここで俺ができることは少ない。大人しく事の成り行きを見守ろう。
そしてパーティー開始の時間だ。煌びやかな会場に指定の席が準備されている。当初は立食形式の予定だったけど、途中で変更されたらしい。急なことで担当者は大変な目にあったそうだ。
自分の席から改めて全体を見回すと、本当に有名人が多いな。ここで流血騒ぎが起きたら大打撃になっただろう。俺が座る場所はステージ近くの端。ここからだと全体が見えやすい。
「当主さんの挨拶が始まりましたよ」
「もうすぐ乾杯の時間だな」
梨恵さんの言葉を聞いて、知紗兎さんが気にしたのは酒のことか。それと食事。テーブルには料理が並んでいる。多少のスペースがあって、これから暖かいものを運ぶのだろう。
とりあえず幸助の話を聞こう。主な要点は三つだ。財宝発見と正式な当主就任。そして冴子さんとの婚約発表。内容盛り沢山だな。普段より丁寧な口調を心掛けている。
「――本日はささやかながら宴席の場を設けさせていただきました。また大林家と懇意にしているマジシャン達を招いたステージイベントもございます。ごゆっくりお楽しみください」
そこで乾杯の音頭を取って、挨拶は終了。……この酒、美味いな。上質なワインらしい。
「さあ、飲むぞ!」
「知紗兎さん、酒の量には注意してください。俺たちは仕事で来ていますので」
「わかっているさ」
と言いつつ、もう二杯目に入る。まあ潰れなければいいか。こうなると立食形式ではなくて助かったかも。事務所の代表が深酒する姿を見られにくい。
「マジックショー、始まりますよ!」
「最初は七篠さんと八木さんのチームですね」
梨恵さんの視線を追い、ステージを見た。二人の口上から各種演目のスタート。最初から最後まで、息の合った動作でショーを進めていった。
少し間を置いて飛鳥さんが登壇。アシスタントは後から出るのだろう。こちらも問題なくマジックを披露していく。
「いよいよ押野大地の出番だな。賢悟、私が合図したら即座に動いてほしい」
「承知しました」
知紗兎さんの天眼通で様子を見守ってもらう。異常を察したら、俺がステージに上り客から見えないようにするのだ。そのための準備もしてある。ただ、できれば使わずに済ませたい。
そして始まる三番目のマジックショー。その様子を真剣に窺う。有名な演目からマイナーなものまで、いずれも順調に進行。最後まで無事に終わった。しばらくは食事を楽しむ時間が過ぎる。――やがて締めの挨拶を聞いた。
「これで一安心でしょうか?」
「まだ油断できないと思います、梨恵さん」
参加者が会場を出るまで、様子を見た方がいい。隣の提携ホテルに宿泊する者がいるため、俺たちも明日の朝まで滞在するつもりだ。部屋は幸助が抑えてくれた。
少しずつ流れていく人の群れ。表情を察するに不満は無さそうだ。最後の一人が出ていくまで、静かに見送った。
「今から当主さんに会うのですよね」
俺は梨恵さんの言葉に頷いた。参加者が去ったら、合流するよう頼まれている。ということで幸助を探す。片付けをしていたスタッフに聞いたら、すぐに居場所が判明。これから予定もあるだろうし、急いで会いに行く。
幸助は入り口の近くで礼の言葉を掛けていた。一段落したのを見計らい近付く。
「お疲れ様、良いスピーチだったぞ」
「そちらも疲れただろ。協力、感謝するよ。それと挨拶の件は触れないでくれ」
ちょっと苦笑いしている。本人としては、納得いくものではなかったのかも。
「娘さんは無事なんだよな」
「叔父さんに事情を話して、力を借りたから大丈夫だ」
長年、医師を務めた大叔父のことらしい。あちこちに伝手があり、元本家も敵に回したくない人だとか。娘さんを預かったのも、純粋に少女の身を案じてのこと。そう押野さんが教えてくれた。
この状況を利用した元本家と研究員には、強い憤りを感じるそうだ。
「相手は秘宝遺物を探すと思うか?」
「間違いない。打つ手があるとしたら、それくらいだ」
元本家も明確な場所が分からず、捜索に進展なし。さらに現状、向こうも迂闊な行動は不可能。その間に俺たちが見つけ出す。幸助が正式な当主になったことで、手掛かりを示した口伝も引き継ぐ手筈となっている。
本来なら外部の者に話すことは禁止だが、特例として俺たちも内容を共有する。もちろん反対の声もあったらしいけど、埋蔵金の発見を前面に押し出して説得したとか。口伝の継承は明日、大林家の本宅で行われる予定。そこからが本当の勝負。気合を入れよう。今回の一件が解決したとき、皆の暗雲が晴れることを願っている。




