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67話 下準備は大切

 二人に挨拶して部屋を出る。一度、戻って相談することになった。新しい情報も少しだけ増えたからな。また出場者の全員と会ったため、話を整理することも悪くない。

 幸助たちが使っていた212号室に入ると、円卓に隣り合う感じで座った。椅子を寄せ密談するような感じである。左端から順に梨恵さん、知紗兎さん、俺、幸助、冴子さんの席だ。


「不審だと思う方はいましたか?」

「ふと思ったのですが、一人とは限りませんよね」


 梨恵さんの指摘は考慮するべきだと思う。課題の文章で人数が推測できる箇所を脳裏に浮かべた。

 まだ確信はないけど、話を進めよう。


「俺は単独だと考えています」

「なぜです?」

「最大の理由は『奇術を担う紳士』と記載されていたこと。複数ならば紳士たちになると判断しました」


 自分で言ったものの、これだけでは根拠薄弱と感じる。


「私も一人に限定していいと思う。少なくとも実際に行動を起こす者は」

「もしかして天眼通を使ったとき、他の手掛かりに気付きました?」

「いいや、それは分からない。しかし隠そうとする単独の強い意志があった」


 ここまで知紗兎さんが断言するなら、かなり信憑性が高いと思う。サポート役の存在までは否定できないけど、実行者は一人と考えてもいいかな。


「そうなると二人組のチームは除外できませんか」

「どうでしょう、梨恵さん。相方の目を盗んで準備することも可能では」


 七篠さんは準備の多くを八木さんに任せているらしい。それから飛鳥さんも似たようなもの。荷物の手配はマネージャーさんの担当と聞いた。

 八木さんやマネージャーさんなら、一本の白刃を隠れて用意することも容易だと思う。衣服の下に忍ばせる手段くらいはありそうだ。もちろん他の二人も任せきりではなくて、自分で確認をするだろう。それでも行動パターンを把握しておけば、こっそり仕込むことはできるはず。


「別行動することもある。現に飛鳥友子は外出していたぞ」

「あ、そうでしたね。結局、絞り込みは難しい……」


 俺と知紗兎さんの反論に、梨恵さんは納得したようだ。


「なあ、二人組の誰かだと考えているか?」

「俺は違うと思います。知紗兎さんは?」

「私も同じだ」


 もしも一人だと仮定したら注目するべき者がいる。押野大地さんだ。元本家との繋がりも確認されて、動機もあるだろう。

 ただ決め手に欠けるのも事実。どこから探りを入れるべきか。俺は声に出さず、考えていた。


「それなら押野さんになりますよね。お嬢さんの件も気になるので、もう少し話を聞いてみましょう!」

「梨恵さん、ちょっと待ってください。聞くにしても、取っ掛かりが必要です」


 本番前に何度も訪問するのは悪い。また騒ぎが大きくなり、パーティーが中止になるのも困る。


「今までの情報を一から振り返るか。賢悟、手帳を見せてくれ」

「私も見たいです!」

「どうぞ、ご自由に」


 俺は知紗兎さんに手帳を渡した。横から梨恵さんも覗いている。本件を記載しているのは後半部分。しかし知紗兎さんは前半の部分でページをめくる手を止めた。


「なんだ、これ。秘宝遺物の可能性がある品、一覧?」

「消えることない松明、無限に水が湧き出る壺、あらゆるエネルギーを消失させる模型、自由に空を飛べるホウキなどなど。お伽話に登場しそうな物ですね」

「友人に聞いた伝説をメモしました」


 二人に説明すると、微妙に信じてなさそうな顔。それも無理はない。荒唐無稽と言われたら否定が難しい。

 いずれも友人が旅の途中で仕入れた情報である。


「日本を出て世界を巡っている奴だな。最近も会ったのか?」

「ちょっと前に部屋で飲みましたよ。相変わらず大冒険をしているようで」


 話半分に聞いても人類の歴史が変わりそうだったな。しかし法螺話とも言えない雰囲気がある。

 少なくとも俺は全てを疑う気になれないのだ。なにより友人の言葉を疑うのは、ちょっと気が引ける。


「やれやれ、あまり影響を受けすぎるなよ。……すでに遅いかもしれないが」

「失礼ですね。ためになる話だってありますから。酒の席で人類の夢を語るくらい構わないでしょう」

「私もホウキで空を飛ぶとか憧れましたよ!」


 おお、梨恵さんは分かってくれたか。秘宝遺物は子供心をくすぐられるからな――待て! そうだ、秘宝遺物だ!


「取っ掛かり、あるかもしれません。準備をしたら押野さんに会いましょう」

「なにか思い付いたな」

「よく分かりませんけど、会話の記録は任せてください!」


 梨恵さんの提案は本当に助かる。できるだけ交渉に集中したい。そして俺たちは手筈を整えていく。まずは天目グループの調査チームに連絡を取ってもらう。少し聞きたいことがあるのだ。

 俺は手早く文章を作成し、メールで送信。


「天眼通の出番はないか?」

「それでは一つ、お願いします。仕掛けがある刀剣の形をした物、ただしナイフや包丁よりも長い。ここの建物内で探してください」

「了解」


 あらかじめ演目は確認してある。押野さんが使用する予定の小道具に限定した。前回は真剣を中心に見てもらったけど、今回はマジックショー用の刀剣のみ。




 知紗兎さんの様子を静かに見守る。やがて彼女は首を横に振った。その表情から察するに、成果が出なかったのか。とても悔しそう。


「なにも見えなかった」

「あれ? でも今はマジック用の道具を探しましたよね。リハーサルはどうしたのでしょう」


 怪訝な顔をしているのは梨恵さんだ。


「また、七篠さんと八木さんも使うはずです。演目から推定すると、ぐにゃぐにゃ曲がる剣かと思います」

「もう一度、試してみよう」


 俺が梨恵さんの言葉に続けると、知紗兎さんは再び天眼通の使用を行う。邪魔にならないよう、じっと待った。――雰囲気で確認が終わったと分かる。


「どうでした?」

「この館内に模擬剣の類は存在しない。ここまで条件を絞ったなら言い切れる」

「承知しました。まずは八木さんに話を聞きましょう」


 登録したばかりの連絡先を表示、発信ボタンを押す。十数秒のコール後、通話に切り替わった。全員に聞こえるよう、スピーカーで話すつもりだ。


『はい、八木です!』

「お忙しいところ失礼します。先程お会いした天目探し屋事務所の安海です。何か困っていること、ありませんか?」


 電話の向こう側で慌てている様子を感じた。相手の姿は見えないが、なんとなく分かる。


『いや、その、なんのことでしょう?』

「たとえば探し物をしているとか」

『ご存知なのですか!?』


 この反応、大当たりだな。おや、かすかに七篠さんの声が聞こえる。二人で話をしているようだ。


『電話を替わった、七篠だ。今から事情を説明したい。当主は近くにいるか?』

「いますよ。スピーカーモードですので、そのまま話してください」

「大林だが、どうした?」

『マジックで使う小道具を忘れてきた。プロとしてあるまじきこと、謝罪の言葉もない。ついては演目の変更を許可していただきたい』


 小道具――きっと模擬剣のことだろう。しかし腑に落ちない。いくらでも調べる機会はあったはず。


「一つ教えてください。それは本当に忘れたのですか?」

『何が言いたい』

「故意に置いてきたのでは?」


 七篠さんはマジックに対し情熱を持っていた。八木さんは真面目な性格であり、下準備は入念に行うらしい。そんな二人にしては初歩的なミスであり、また今まで気付かなかったのは疑問だ。

 どんなに注意しても、人間なら忘れ物くらいするだろう。だからこそ二重三重のチェックが大切で、このコンビも徹底していたと聞いている。単純な忘れ物とは、どうしても思えなかった。


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