表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/72

66話 苦労人マネージャー兼アシスタント

 知紗兎さんの表情が変わったのは、すぐのこと。両眼を大きく見開き、口の端が上がった。どこか自慢げに見える。


「見えた、推測が的中だ! 娘は今、別荘にいる。おそらく最上階の一室か」

「どんな様子でした? 辛そうな感じは?」

「安らかな表情。眠っているのか、まったく動きがなかった」


 一応、安心はできるのかな。とはいえ判断するには早い。


「私も姿が見たいです。所長、なんとかならないでしょうか?」

「描いてみよう。手帳――だと小さい。スケッチブックは――預けた荷物の中」


 ずっと荷物を持って移動するのは、ちょっと不自然だからな。しかし部屋の中に置きっぱなしも怖い。またスケッチブックを持ち歩くのも変な感じがしたのだ。

 俺は代わりに懐から一枚の紙を取り出す。どんな仕組みかは知らないけど、折り目が付きにくい商品らしい。


「これならどうでしょう。手帳以上、スケッチブック未満のサイズです」

「用意がいいな、賢悟! さすが私の助手!」

「お褒めに与り光栄ですよ」


 知紗兎さんは紙を受け取ると、目にも止まらぬ速さで人物画を描き上げた。俺は集中して少女の姿を確認する。ベッドに横たわる女の子。なにか変な感じがした。


「絵にすると、違和感があるな」

「俺も同じことを思いました」

「でも写真と違いありませんよ」


 分かった、それだ! 梨恵さんの言葉で、違和感の正体に気付く。確認のため、改めて冴子さんに少女の写真を見せてもらった。

 十数人が入った集合写真。右側に押野さん一家がいた。ショートカットの少女が両親と手を繋いでいる。笑顔だけど、どこか悲しそうにも見えた。無理して笑っているのかもしれない。――知紗兎さんの描いた絵と瓜二つである。


「やはり、そうか! あまりに同じすぎる。一年が経過したはずなのに、ほとんど成長していない!」

「まさか病気や栄養失調? しかし、それにしては健康に見えるな」


 四歳から五歳なら成長も著しいはず。それにも関わらず両者の姿に大きな違いは感じられなかった。


「顔色も悪くないと思います。俺たちは素人なので実際は分かりませんけど」

「そうだな。ただ寝ているだけとも考えられる」

「……なんというか眠り姫みたいです」


 ぽつりと梨恵さんが呟いた。


「とにかく確認する必要があるだろう。今回の件と関係しているかは不明だが」

「さっそく動きましょう。まずは次の奇術師、飛鳥さんに会いますよ」


 今の発言で、四人の視線が俺に集まる。梨恵さんが不思議そうな顔をしていた。なんとなく腑に落ちない表情だ。

 まあ、言いたいことは分かる。


「え~と、ここは押野さんに会う流れでは?」

「リハーサル中でしょう、邪魔をしたくありません」


 無事にマジックショーを終わらせてほしい。そのために本番前の再確認は重要。皆も異論はないようだ。

 飛鳥友子さんがいる部屋は210号室と聞き、全員で向かう。




 部屋を出て210号室に来た。かなり近くて、目と鼻の先である。扉の前に一人の女性が立っていた。スーツ姿で小柄、髪を後ろでまとめている団子ヘアだ。かなり度の強そうな厚い眼鏡を掛けていた。俺たちと同年代くらいかな。片手にバッグを持っている。もしかしたら出掛けるところかもしれない。

 こちらに気が付いたようで、丁寧に頭を下げてくる。


「大林様、お世話になっております」

「急な来訪、申し訳ない。友人がマジシャンに仕事を頼みたいと言うので、連れてきた。時間を頂けるだろうか」


 幸助が用件を伝えると、彼女は部屋の中に招いてくれた。この女性は飛鳥さんのマネージャー兼アシスタントらしい。――全員が椅子に座り、依頼相談が始まる。


「飛鳥は少し席を外しておりまして、まず私が話を伺いましょう」

「天目探し屋事務所の安海賢悟と申します。これが依頼内容をまとめた書類です」

「拝見いたします」


 マネージャーさんは資料を読みつつ、不明な点を尋ねてくる。俺は可能な限り、詳細を伝えた。すぐに飛鳥さんは戻ってくるみたいだ。そこまで話を引き延ばしておきたい。

 外出といえば気になることがある。さっきマネージャーさんは通路にいたよな。


「ところで出掛ける用でもありましたか? もし邪魔をしたなら申し訳ないです」

「ありませんよ」


 彼女は苦笑いしながら否定した。そして近くに置いたバッグを持ち上げる。


「それは?」

「あの子、私のバッグを間違えて持って行きまして。まだ通路にいないかと思って部屋を出たのです」


 俺たちが来たのは、そのときか。ちなみに財布は二人とも肌身離さず持つ習慣があるので大丈夫。問題は携帯電話みたいだ。飛鳥さんの電話はバッグの中だった。マネージャーさんは内ポケットに入れておいたので、今も持っている。

 雑談をしながらも資料に向ける視線は真剣だ。仕事には手を抜かないということだろう。


「――確認いたしました。本人と相談してから、追って連絡させていただきます」

「頃合いが悪いときに来てしまい、すみません」


 できれば待たせてもらいたいところだ。それとなく話を振ろうと考えていたら、部屋の扉が開かれた。




 姿を見せたのは長躯で細身の女性である。整った顔に、セミディヘアが映える。シンプルなレディーススーツも、彼女が着ていると華やかさを感じた。

 俺たちを見ると、怪訝な表情をする。部屋に知らない他人が複数いたら、不審に思うのも無理はない。


「貴方たち、誰?」

「仕事の依頼に来ていただいた方たちよ」

「あ、そうなんだ。私は飛鳥、よろしく」


 急な訪問に気を悪くした様子もなく、軽い挨拶を受けた。俺も返礼し、事務所のメンバーを紹介する。


「――以上です。お見知りおきいただければ幸いです」

「固いよ、きみ~。安海賢悟くんだっけ、ケンちゃんでいいよね」

「どうぞ好きに呼んでください」


 懐かしい通称だ。


「そっちの二人は? 男の方は見覚えがあるような」

「飛鳥、スポンサーの大林様でしょ! それくらい覚えていなさい!」


 マネージャーさんが慌てて窘めたけど、飛鳥さんは動じない。そして幸助の顔を見て、不思議そうに首を捻る。


「そうだっけ? もっと年を取っていたような」

「おそらく前当主のことだろう。訳あって代替わりしている。混乱を招いたことは謝罪しよう」


 幸助の言葉を聞いて、深く頭を下げた――マネージャーさんが。当の本人は気にした様子もなく笑顔を見せている。


「大変失礼いたしました。貴女も謝罪なさい」

「ごめんね!」

「構わない。それより話の続きを」


 視線が俺に向いたので、改めて飛鳥さんに仕事の説明をしよう。うんうんと頷きながら聞いているけど少し不安だ。

 だいたいの話を終えたところで、言葉を切る。情報量が多かったかもしれない。ちょっと間を置こう。


「今までの説明で不明な点はございませんか?」

「大丈夫、たぶん。ダメならマネージャーがNG出すでしょ」

「もう少し営業にも興味を持ってほしいのだけど」


 自由奔放な美人マジシャンに翻弄される、苦労人マネージャーか。大変そうだ。しかもアシスタント兼任と聞くし、身体を壊さないよう影ながら応援したい。


「あたしはマジックショーが披露できればいいわ。モデルの方は辞めたいな」

「上が反対していてね。まだ難しそうよ」


 事前に読んだ資料によると、飛鳥さんはグラビアモデルの仕事もしているとか。この感じだと本人は乗り気ではないようだ。

 マジシャンだけでは売れないと、所属する芸能事務所が判断したらしい。しかし地道に活動を続け、マジックの技量も認められつつある。それでも上層部は難色を示したまま。


「まあ少しは減ったし、今はいいか」

「今回の仕事が成功すれば、社長たちも認めるはず。一緒にがんばりましょう」


 今の会話を聞くと、飛鳥さんたちには無事にマジックショーを終わらせる理由がある。とはいえ他の人も似たような状況か。現状では判断が難しいな。

 それから説明を再開して、ホームパーティーへの出演依頼は受けてくれることに決まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ