66話 苦労人マネージャー兼アシスタント
知紗兎さんの表情が変わったのは、すぐのこと。両眼を大きく見開き、口の端が上がった。どこか自慢げに見える。
「見えた、推測が的中だ! 娘は今、別荘にいる。おそらく最上階の一室か」
「どんな様子でした? 辛そうな感じは?」
「安らかな表情。眠っているのか、まったく動きがなかった」
一応、安心はできるのかな。とはいえ判断するには早い。
「私も姿が見たいです。所長、なんとかならないでしょうか?」
「描いてみよう。手帳――だと小さい。スケッチブックは――預けた荷物の中」
ずっと荷物を持って移動するのは、ちょっと不自然だからな。しかし部屋の中に置きっぱなしも怖い。またスケッチブックを持ち歩くのも変な感じがしたのだ。
俺は代わりに懐から一枚の紙を取り出す。どんな仕組みかは知らないけど、折り目が付きにくい商品らしい。
「これならどうでしょう。手帳以上、スケッチブック未満のサイズです」
「用意がいいな、賢悟! さすが私の助手!」
「お褒めに与り光栄ですよ」
知紗兎さんは紙を受け取ると、目にも止まらぬ速さで人物画を描き上げた。俺は集中して少女の姿を確認する。ベッドに横たわる女の子。なにか変な感じがした。
「絵にすると、違和感があるな」
「俺も同じことを思いました」
「でも写真と違いありませんよ」
分かった、それだ! 梨恵さんの言葉で、違和感の正体に気付く。確認のため、改めて冴子さんに少女の写真を見せてもらった。
十数人が入った集合写真。右側に押野さん一家がいた。ショートカットの少女が両親と手を繋いでいる。笑顔だけど、どこか悲しそうにも見えた。無理して笑っているのかもしれない。――知紗兎さんの描いた絵と瓜二つである。
「やはり、そうか! あまりに同じすぎる。一年が経過したはずなのに、ほとんど成長していない!」
「まさか病気や栄養失調? しかし、それにしては健康に見えるな」
四歳から五歳なら成長も著しいはず。それにも関わらず両者の姿に大きな違いは感じられなかった。
「顔色も悪くないと思います。俺たちは素人なので実際は分かりませんけど」
「そうだな。ただ寝ているだけとも考えられる」
「……なんというか眠り姫みたいです」
ぽつりと梨恵さんが呟いた。
「とにかく確認する必要があるだろう。今回の件と関係しているかは不明だが」
「さっそく動きましょう。まずは次の奇術師、飛鳥さんに会いますよ」
今の発言で、四人の視線が俺に集まる。梨恵さんが不思議そうな顔をしていた。なんとなく腑に落ちない表情だ。
まあ、言いたいことは分かる。
「え~と、ここは押野さんに会う流れでは?」
「リハーサル中でしょう、邪魔をしたくありません」
無事にマジックショーを終わらせてほしい。そのために本番前の再確認は重要。皆も異論はないようだ。
飛鳥友子さんがいる部屋は210号室と聞き、全員で向かう。
部屋を出て210号室に来た。かなり近くて、目と鼻の先である。扉の前に一人の女性が立っていた。スーツ姿で小柄、髪を後ろでまとめている団子ヘアだ。かなり度の強そうな厚い眼鏡を掛けていた。俺たちと同年代くらいかな。片手にバッグを持っている。もしかしたら出掛けるところかもしれない。
こちらに気が付いたようで、丁寧に頭を下げてくる。
「大林様、お世話になっております」
「急な来訪、申し訳ない。友人がマジシャンに仕事を頼みたいと言うので、連れてきた。時間を頂けるだろうか」
幸助が用件を伝えると、彼女は部屋の中に招いてくれた。この女性は飛鳥さんのマネージャー兼アシスタントらしい。――全員が椅子に座り、依頼相談が始まる。
「飛鳥は少し席を外しておりまして、まず私が話を伺いましょう」
「天目探し屋事務所の安海賢悟と申します。これが依頼内容をまとめた書類です」
「拝見いたします」
マネージャーさんは資料を読みつつ、不明な点を尋ねてくる。俺は可能な限り、詳細を伝えた。すぐに飛鳥さんは戻ってくるみたいだ。そこまで話を引き延ばしておきたい。
外出といえば気になることがある。さっきマネージャーさんは通路にいたよな。
「ところで出掛ける用でもありましたか? もし邪魔をしたなら申し訳ないです」
「ありませんよ」
彼女は苦笑いしながら否定した。そして近くに置いたバッグを持ち上げる。
「それは?」
「あの子、私のバッグを間違えて持って行きまして。まだ通路にいないかと思って部屋を出たのです」
俺たちが来たのは、そのときか。ちなみに財布は二人とも肌身離さず持つ習慣があるので大丈夫。問題は携帯電話みたいだ。飛鳥さんの電話はバッグの中だった。マネージャーさんは内ポケットに入れておいたので、今も持っている。
雑談をしながらも資料に向ける視線は真剣だ。仕事には手を抜かないということだろう。
「――確認いたしました。本人と相談してから、追って連絡させていただきます」
「頃合いが悪いときに来てしまい、すみません」
できれば待たせてもらいたいところだ。それとなく話を振ろうと考えていたら、部屋の扉が開かれた。
姿を見せたのは長躯で細身の女性である。整った顔に、セミディヘアが映える。シンプルなレディーススーツも、彼女が着ていると華やかさを感じた。
俺たちを見ると、怪訝な表情をする。部屋に知らない他人が複数いたら、不審に思うのも無理はない。
「貴方たち、誰?」
「仕事の依頼に来ていただいた方たちよ」
「あ、そうなんだ。私は飛鳥、よろしく」
急な訪問に気を悪くした様子もなく、軽い挨拶を受けた。俺も返礼し、事務所のメンバーを紹介する。
「――以上です。お見知りおきいただければ幸いです」
「固いよ、きみ~。安海賢悟くんだっけ、ケンちゃんでいいよね」
「どうぞ好きに呼んでください」
懐かしい通称だ。
「そっちの二人は? 男の方は見覚えがあるような」
「飛鳥、スポンサーの大林様でしょ! それくらい覚えていなさい!」
マネージャーさんが慌てて窘めたけど、飛鳥さんは動じない。そして幸助の顔を見て、不思議そうに首を捻る。
「そうだっけ? もっと年を取っていたような」
「おそらく前当主のことだろう。訳あって代替わりしている。混乱を招いたことは謝罪しよう」
幸助の言葉を聞いて、深く頭を下げた――マネージャーさんが。当の本人は気にした様子もなく笑顔を見せている。
「大変失礼いたしました。貴女も謝罪なさい」
「ごめんね!」
「構わない。それより話の続きを」
視線が俺に向いたので、改めて飛鳥さんに仕事の説明をしよう。うんうんと頷きながら聞いているけど少し不安だ。
だいたいの話を終えたところで、言葉を切る。情報量が多かったかもしれない。ちょっと間を置こう。
「今までの説明で不明な点はございませんか?」
「大丈夫、たぶん。ダメならマネージャーがNG出すでしょ」
「もう少し営業にも興味を持ってほしいのだけど」
自由奔放な美人マジシャンに翻弄される、苦労人マネージャーか。大変そうだ。しかもアシスタント兼任と聞くし、身体を壊さないよう影ながら応援したい。
「あたしはマジックショーが披露できればいいわ。モデルの方は辞めたいな」
「上が反対していてね。まだ難しそうよ」
事前に読んだ資料によると、飛鳥さんはグラビアモデルの仕事もしているとか。この感じだと本人は乗り気ではないようだ。
マジシャンだけでは売れないと、所属する芸能事務所が判断したらしい。しかし地道に活動を続け、マジックの技量も認められつつある。それでも上層部は難色を示したまま。
「まあ少しは減ったし、今はいいか」
「今回の仕事が成功すれば、社長たちも認めるはず。一緒にがんばりましょう」
今の会話を聞くと、飛鳥さんたちには無事にマジックショーを終わらせる理由がある。とはいえ他の人も似たような状況か。現状では判断が難しいな。
それから説明を再開して、ホームパーティーへの出演依頼は受けてくれることに決まった。




