65話 消えた少女の謎を追え
「もう少し説明を頼む」
「あくまで思い付きですよ。金を借りることで、大林家と繋がりができました」
つまり自然な形で訪問が可能。何度も別荘に呼ばれたのなら、そこに秘密があるかもしれない。また大林グループの方こそ押野さんに用があって、借金は見せ掛けとも考えられる。頻繁に出入りする理由を作りたかったのだ。
そんな感じで皆に説明していく。
「普通に招待では駄目でしょうか? 仕事を頼みたいと言えば、おかしくないですよね」
「それだと押野さんの場合は、不都合があります」
資料には仕事歴も載っている。そのなかには同業者から紹介された依頼も多い。押野さんはフリーランスのマジシャンである。横の繋がりを活用することで、生き残ったのだろうな。本人は関係の構築を苦手としていたようだけど、そんなことも言っていられなかったと推察できる。
「紹介を受けたら返す、それが暗黙の了解と聞く。大林グループは人脈を重視しているからな。仕事で呼んだら、別の誰かも招くことになる」
「なんとなく分かった気がしました。返済の相談は建前で、本当の目的は別にあるということですね」
幸助の補足を聞いて、梨恵さんが頷いた。別荘の持ち主は外部との接触を嫌っている。とはいえ大林家に不利益を生む行為はしないらしい。自分の立場に悪影響が出るからだ。
「しかし今度は他の疑問が生まれるぞ」
知紗兎さんの指摘は当然だ。まだ何ひとつ解決していない。どうして押野さんは頻繁に別荘を訪れたのか。
金のことではなく、マジックショーを披露するためでもない。
「真の目的とは何か、これを考える必要がありますね」
「ところで家族は大丈夫でしょうか。母親と幼い娘だけで暮らしていますよね」
「たしかフリーライターで生計を立てていたはず。離婚後は地元の長野に帰ったと聞いたな。少し前にネットの記事で名前を見たから、今も仕事を継続中だ」
経歴に娘の誕生年が記載されている。五年前、つまり来春から小学生だな。また離婚は一年ほど前。働きながら四歳の娘を育てるのは大変なはず。
気になるのは地元が長野であること。押野さんが訪れる別荘と同じだな、これは偶然だろうか。
「母親の地元と別荘は近いのかな」
「かなり遠い場所でした」
「あ、そうなのですか」
俺の呟きに冴子さんが反応して、答えてくれた。だけど資料に母親の住所までは書かれていない。よく知っていると感心した。
「時期からすると離婚した直後でしょう。三人が揃って安寧の滝を見学に来ているはずよ。申込用紙を見ると、夫婦で住所が違ったから記憶に残っていたの」
「元本家が主催した慰安会のことか」
たしか関係者と家族を大林家の敷地内に招いたらしいので、そのときの話かな。離婚直後に家族で旅行も違和感あるが、事前に予約しており断りにくかったのか。あるいは三人で行く最後の思い出作りかもしれない。
家族の雰囲気はどうなのだろう。今まで険悪な様子だったのに、離婚が成立した途端に普通な態度となる夫婦の話を聞いたことがある。
「三人の様子を知っている人はいませんか?」
「それなら冴子の同期が案内役をしていたはず。そうだよな?」
「一緒に申込用紙の確認をした娘ね。あ~、うん。まあ、聞いてみるわ」
幸助の質問に、なぜか歯切れ悪く答える冴子さんだ。それを見ていた梨恵さんが首を傾げている。
「どうしました?」
「その、ね。前に私と幸助の関係が噂で広がったの。それから態度が余所余所しくなっちゃって」
「もしかして恋敵だったのですか?」
冴子さんは苦々しい感じで首を横に振る。
「それも少しはあったと思う。幸助は人気者だったから。だけど最も大きい理由は立場の変化かな」
「当主の恋人ともなれば、雇う側として見られるのですね」
何かを考え込んでいる様子の梨恵さんに代わり、俺が冴子さんに言葉を掛けた。おそらく狭いコミュニティ内では、大変な出来事だったのだろう。
「……すまない、苦労をかける」
「もう、気にしないでよ。私は今、幸せだからね。とにかく彼女に連絡してみる。ちょっと時間をちょうだい」
申し訳なさそうな幸助の声。それに笑顔を見せながら、冴子さんは答えた。少し距離を取って、スマートフォンを操作。通話を始める。
最初は普通だったが、途中から難渋な表情を見せた。もしかして問題が起きたのかな。
それから通話を切り、こちらに近付いてきた。
「ごめん。なにか知っていそうな感じだけど、話してもらえなかった」
「仕方ありませんよ、きっと相手側にも都合があるのでしょう。ところでメールは送れますか?」
「大丈夫。内容を教えて」
周りの目が気になり、話せないこともあるだろう。文章ならば答えてくれるかもしれない。少し考えてから、冴子さんに文面を伝えた。
『慰安会の前後で、体調不良になった女の子はいませんでしたか?』
これで伝わるはずだ。さて、返信はくるだろうか。待っている間に手帳を開き、今までの情報を再確認したい。
「メール、来たわ!」
ずいぶん早いな。返事が来るとしても、もっと時間が掛かると思っていた。まだ手帳を開いたばかりである。
あとは返答拒否ではないことを祈りつつ、メール画面を見せてもらった。
『いました。ただ、その場にいた従業員は口止めされています。私が教えたことは言わないでください』
『承知しました。両親の職業を覚えていますか?』
彼女は慰安会の申込用紙を見た。そこに記載があれば助かる。だけど結構、前のこと。記憶に残っているか心配だ。
『父親はマジシャン、母親の方は分かりません。見たと思いますが、家族で住所が違うことに気を取られていたので』
『少女の所在は分かるでしょうか?』
『私は知りません。詮索はしないよう、強く言い含められましたので』
なんとなく、これ以上の情報は得られそうにない気がする。
『ありがとうございます。大変、参考になりました。このメールは削除してもらいますので、ご安心ください』
最後に礼を述べて対応を終わる。冴子さんに頼んで、遣り取りの記録は破棄してもらった。協力してくれた人に迷惑を掛けたくない。
これから今の内容を皆で話し合うつもりだ。気になる点もある。
全員が落ち着いたころを見計らい、俺は話を進めることにした。
「今の内容から疑問に思ったことはありますか?」
「どうして少女が体調不良だと分かったのでしょう?」
最初に問い掛けたのは梨恵さんだ。実のところ、確信はなかった。かなり推測の部分が多い。トラブルが起きたとして、正直に問題があったとは言わないだろう。ならば急用ができたか、体調が悪いことにしたか。どちらかになると考えたのだ。娘に限定したのは、もし不具合を隠す口実にするなら子供をダシに使うかなと。
俺は頭の中で整理しながら、皆に伝えていく。
「――そして押野さんが頻繁に別荘を訪れた理由ですけど、娘さんと会うためかもしれません。それも秘密裏に」
「話が飛躍しすぎでは? 一応、居場所を確認してみるが」
幸助の言うことも分かる。たしかに現在の段階だと説得力がない。母親の地元で一緒に暮らしている可能性もある。詮索禁止も客のプライバシーに触れるなという意味と考えることもできるか。
「待て。賢悟の推測が正しければ、調査に時間が掛かる。天眼通を使うぞ」
「お願いします」
パーティー開始も刻一刻と近付いている。出席者には著名人も多い。大物女優、次期首相候補と目される政治家、海外でも活躍中のスポーツ選手など。
万が一にも事件が起きれば大惨事。ここは知紗兎さんに任せよう。
「冴子、娘の写真はあるか?」
「出発前の集合写真を貰ったわ。そのときは役に立つと思わなかったけど」
自分の写っていないフォトグラフなんて、使いどころが限られる代物だ。きっとメイド仲間の付き合いで受け取ったのだな。
知紗兎さんはスマホの画像データを見てから、両眼を閉じる。数秒経過後、目を開いた。彼女の瞳には、何が映っているのだろうか。




