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64話 借金の理由が分からない

 いきなり話題を変えるのは不審に思われるだろう。上手く機を見るしかないか。集中して耳を傾ける。


「大林グループの担当者は継続の意思を示している。俺から言うことは何もない」

「すまないが幸助、話を戻させてもらうぞ」

「ああ、分かった」


 いきなり嘘を指摘しても無駄だ。仕事の話をしながら様子を見よう。


「押野さん。すぐ契約に入って、大丈夫でしょうか」

「もちろんです」


 書類を渡すと真剣に読み始めた。それから何度か質問を受けたので答えていく。いずれも想定している範囲内だったので、即座に返事が可能。かなり丁寧に確認を行っており、仕事のへの意欲は充分だろう。ちょっと雑談をしたいところだけど、邪魔をしても悪い。少し待つことにした。

 やがて押野さんは顔を上げて、契約書から目を離す。


「どうでした?」

「想像以上の好待遇で、ありがたく思います」


 急な依頼ということも加味して、相場よりも高めな価格になっている。また他の諸条件も気持ち厚遇した。

 とにかく喜んでもらえるならいいことだ。パーティーにマジシャンを雇うなど、一般庶民には珍しい経験だと思う。


「事務所に来られる日が楽しみですよ」

「全力で取り組ませていただきます」


 そのとき押野さんが身につけている腕時計から、電子的なアラーム音が鳴った。


「もしかして、これから予定が?」

「そろそろ着替えて、部屋の中でリハーサルをするつもりです。すみませんけど、話の続きは後ほどに……」


 本番に支障をきたしてもマズイ。だいたいの終わる時間を聞き、その時間にまた訪問しよう。210号室を出ると、幸助たちが使っている部屋へ戻った。




 俺たちは一度、腰を下ろす。まだ会っていない相手がいるけど、先に押野さんの件を共有しておきたい。


「どうした、賢悟。急に戻ろうと言い出して」

「まだ話を聞いていないマジシャンの人、いますよね」

「知紗兎さんによると、押野さんの発言に嘘があったそうです」


 幸助と梨恵さんの疑問に対し、俺は簡潔に答えた。皆の表情が変わる。


「それは本当か?」

「間違いない。私の天眼通が捉えたのだ」


 前に話を聞いたことがある。相手の微妙な表情の変化や、雰囲気の違いで判別が可能らしい。『らしい』というのは、使用者の知紗兎さん本人も原理が解明できていないから。

 それから欠点もある。状況によっては、ピンポイントで嘘の部分が分からない。隠し事が得意な人間ほど、その傾向が強い。変化の直前に話した内容を、一つずつ検証する必要がある。


「たしか『仕事を選ぶほどの余裕がなく』あたりのことですよね」

「ああ、そこから少し後までが該当の範囲だ」


 だいぶ内容が絞られるか。俺は記憶を頼りに、手帳へ書き出していく。箇条書きした三点を皆に見せた。


1、仕事を選ぶ余裕がない

2、酒とギャンブルで身を持ち崩した

3、迷惑を掛けて申し訳ないと思っている


 だいたい、こんな感じだったかな。細部が異なるかもしれないけど、五人で話し合えば大丈夫だろう。


「最後の発言は除外しましょう」

「なぜだ?」

「あの謝罪は本心からだったと思います。……思いたいです」

「君の願望じゃないか!」


 そう言われると反論できない。だけど無視して問題ないと考えている。


「それから仮に嘘だとして、状況に変化はありません」

「ああ、なるほど。奴の信用は低下するが、それだけだな」

「ということで他の二つに絞ります」


 あの感じだと金に困っているのは本当だろう。経歴の詳細によるとハイペースで仕事を請けているみたいだ。ほとんど休みがない。かなりの重労働になるはずで、ここまでの過密スケジュールには理由があるはず。

 だから俺は二つ目の言葉に注目した。


「金に困っている事情ですが、ちょっと疑問があります。資料を見てください」

「複数人の証言がありますよ。なにか変なことがあるでしょうか?」


 梨恵さんは首を傾げながら質問した。


「具体性に欠ける気がしました」

「なるほど、賭け事と言っても種類は多々ある。そこに言及していないのか」

「あ、そうですね」


 俺と知紗兎さんの言葉を聞き、梨恵さんは合点がいったようだ。しかし、これは推測の段階。資料作成のときに省かれたことも考えられる。


「幸助、調査の担当者に確認できないかな?」

「電話で聞いてみる。ちょっと待ってくれ」

「私も手伝うわね。ウラルフクロウ館にも関係者がいたはず」


 冴子さんも協力してくれるらしい。今は二人に任せよう。




 しばしの時が流れる。ほぼ同時に二人は通話を切った。そして顔を見合わせる。さて、どうなったのだろう。


「どうやら全て本人の話を基にしているみたいだ。冴子、そちらは?」

「こっちも同じだったわ」

「おそらくギャンブルの経験がなく、種類までは気にしなかったのでしょう」


 かつて情報屋の課題で競馬場に行ったことがある。そこに決めるまで、下調べが必要だった。俺も知紗兎さんも賭け事はしないからだ。


「しかし、なぜ嘘を吐く必要がある? ギャンブルで借金も相当に世間体が悪い」


 幸助も疑問に感じたようだけど、その通りだと思う。押野さんはフリーランスの奇術師。評判が落ちれば、仕事にも差し支えるだろう。それにも関わらず自分から喧伝しているのだ。


「借金は事実なのか?」

「それは間違いない。大林グループ傘下の会社から借りている。ただ返済が滞っており、何度も本宅まで相談に来ていた」


 たしか大林家の本宅は長野県にあったはず。押野さんは主に東京近辺で活動するマジシャンだけど、ここ最近は積極的に都外への営業もしている。


「そのときの対応を教えてほしい」

「わりと歓待されていたな、元本家にしては珍しいことだぞ。借金の相談なんて、普段なら冷淡に追い返す奴らだからな」


 幸助の口振りは辛辣だ。


「他に変わったことは?」

「そういえば別荘にまで呼んだらしい。返済の代わりにマジックを見せてもらったとか。元医師の大叔父が言っていたな」


 本家側の関係者か。それから冴子さんに別荘の写真を見せてもらった。なんでも流行病で複数のメイドがダウン。ヘルプとして出張したときの写真と聞いた。

 立派な外観の館である。なんとなくウラルフクロウ館に似ていた。違いは屋根に鳥の模型が無いことくらい。知らない人が見たら、間違えると思う。


「借金した理由が気になる。その親戚に連絡が取れると助かるのだけど」

「すまん、急には無理だ。仕事を引退した後は静かに暮らしたいと言って、外部と接触を断っている。使用人も昔からの者だけで固めた」


 冴子さんが館で働いたときは、緊急時の例外とのこと。いきなり複数人が病気で動けなくなれば、しかるべき対応を取るのは当然か。


「……その理由ですけど、慰謝料に困っているというのは?」


 梨恵さんが言いにくそうに意見を述べた。彼女の両親も離婚直前まで話が進んでいる。今は復縁したけど、やはり平静ではいられないのだろう。


「しかし嘘を吐いてまで隠そうとするでしょうか」

「人によるだろう。ギャンブルで借りたとした方がマシと考える奴もいそうだ」

「浮気が原因で離婚とか。これなら人には言えないかもしれません」


 知紗兎さんと梨恵さんの言葉を聞き、あり得そうな気もしてきた。


「ちょっと待った。こちらで調査しているが、不貞行為は無かった。信憑性が高い情報だと考えていい」


 もうすこし詳しく話を聞いた。誠実な人柄も理由の一つだが、どちらかというと押野さんは人間関係を苦手としている。また既婚者であり、幼い娘の存在も多くの人が知っていた。狭い業界で、噂ひとつなく浮気は困難である。

 幸助の語る内容に俺も同感。第一印象だけど、自分が原因の離婚なら正直に言う人だと思う。


「考え方を変える。金を借りること、それ自体に意味があるのでは」


 金銭に困っているというのは、絶え間なく仕事を入れたことに対する憶測。他に理由があるとしたら話は変わってくる。

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