63話 嘘を吐いている
四人の奇術師たちと話をする。もしも良からぬことを考えているなら、なんとか説得したい。
事件でも起きればパーティーは中止だろう。著名人が集まるなかでの大失態だ。主催した当主の立場も厳しくなる。
「それで誰から会う?」
「ではコンビの二人を先に。それから押野さん、飛鳥さんで」
「分かった、案内する」
順番に深い意味は無い。資料を見ながら、なんとなく決めた。それから俺たちは幸助の後に続き、建物内を進む。同じ二階にいるらしく、すぐ目的の場所に着く。部屋番号208、作り手のセンスが感じられる扉だ。ちなみに俺たちのいた部屋は212号室である。
そして幸助は扉を軽く叩いた。
「大林だが、七篠殿か八木殿は在室か?」
「今、開けますよ!」
部屋の中から出てきたのは二十代後半くらいの男。中肉中背で、印象に残るのは長く伸ばした髪だ。服装はタキシードに黒い蝶ネクタイ。ステージ衣装だろうか。まだ開演まで時間はあるけど、ただちにショーを始められそうだな。
「失礼する」
「当主さん、いらっしゃい」
「八木殿、本番前に申し訳ない。少し相談がある、中に入っても?」
「どうぞ、どうぞ!」
俺たちも含め、八木さんは快く室内に招き入れてくれた、少なくとも表面上は。それから部屋の中には、もう一人。単純に考えて七篠さんだな。服装は八木さんと似ている。というよりも、ほぼ同じと言っていい。違うのは蝶ネクタイの色が青いくらいだった。
「急にどうした? 連絡をよこせば、こちらから出向いたのだが」
少々、言葉に棘がある。来るなら事前に話を通せ、そう言いたいのだと感じた。もっとも至極まっとうな意見だろう。
今回のアポなし訪問は故意によるもの。あらかじめ行くと伝えたら、相手に心の余裕を与えてしまう。不意打ちで会うことにより、相手の反応を確かめたかった。少し悪いとは思うけど。
「すまない、相談したいことがあった。その前に、こちら天目グループの御令嬢と関係者だ」
「初めまして。いきなり押し掛けて申し訳ございません」
そして手早く自己紹介を済ませた。しかし、まだ用件には入らない。二人に軽く雑談を振る。八木さんは愛想のいい人で、話も上手い。七篠さんは、ぶっきらぼうだけど、俺の話を無視することなく答えてくれる。
話をしていると、七篠さんが時計を確認した。
「それで何か用があったのだろ?」
「すみません、そうでした。天目探し屋事務所で個人的なパーティーを開きます。よろしければ奇術を披露していただけないでしょうか?」
実は本当に宴会を開くことにした。すでに日取りも決めている。下手な嘘は身を滅ぼす。また相手に勘づかれる恐れもあった。ならば真実にしてしまおうと思ったのだ。
七篠さんと八木さんは顔を見合わせる。さすがに即答はできないだろう。
「スケジュールを確認させてください。それと細かい条件は?」
「簡単に依頼内容を書いています」
俺が取り出したのは一枚の紙。言った通り、仕事の内容を記載したもの。しかし本格的な契約書ではない。長くなると持ち帰って検討してしまうからだ。この場で確認できるけど短すぎても困る、記述には気を遣った。
八木さんは書類を受け取り、目を通し始める。七篠さんも見ているけど、関心が低そうだ。
「へえ、悪くない仕事ですね。七篠さん、受けましょう」
「分かった。細かいことは、お前に任せる」
「ご快諾ありがとうございます」
言いながら少し困る。梨恵さんの懸念が当たって、商談が一瞬で終わってしまいそうだ。
とはいえ話題が尽きたわけではない。契約を詰めるには、いくつか確認するべきことを残してある。
「しかし正式な決定は待ってください。それから必要演目の中身は応相談ですね。希望はあるでしょうか?」
「剣を突き刺すショー、あれが見たいと考えています」
都合よく八木さんが話を向けてくれた。これ幸いと流れに乗る。
「ちょっと待て。俺たちは客の目を引くために、あれをやっている。メインとして考えると弱いぞ」
「そこのところ詳しく教授していただけませんか?」
「まったく、仕方ない」
七篠さんから指摘を受け、話を振った。言葉では『仕方ない』と漏らしていたけど、わりと楽しそうに語っている。
その間に八木さんが日程を確認。スマホを操作してカレンダーを表示させているようだ。画面を見ていた八木さんが顔を曇らせた。これは都合が悪いのだろうか。今は言葉を待とう。
「……申し訳ありません。どうしても予定が空けられず、対応が難しいです」
「それは残念」
俺は本心から言った。マジックショーの素晴らしさを嬉々として語る七篠さんの姿を見て、かなり興味が湧いたのだ。
微妙な空気になり、話が止まってしまう。
「よろしければ知人のマジシャンを紹介しましょうか? 夜のショーに出るため、ここに来ているはずです」
「ご迷惑でなければ、お願いします」
ということで八木さんに連絡を頼む。同業者からの紹介ならば、不自然に感じることもないだろう。
当初の予定とは異なるけど、これはこれで助かった。あとは警戒されないことを祈るのみ。
「オッケーです。すぐ会えますよ」
「また話を聞きに来るといい」
俺たちは二人に礼を言って、部屋を辞した。次に向かう部屋は210号室である。来た道を戻った先だ。
通路を進んでいると、知紗兎さんが隣に並ぶ。
「話を終わらせて大丈夫か? まだ何も分かっていないだろ」
「問題ありません。あとで改めて礼を言いに訪ねます」
勧誘が失敗しても成功しても、報告を兼ねて七篠さんたちを再訪する。お世話になった相手へ礼をすることは自然だからな。きっと招き入れてくれるだろう。少し打算が過ぎる気もするけど、トラブルを防ぐためだ。目を瞑ってもらおう。
そして次の目的地。210号室の押野さんに会う。あらかじめ連絡をしていたため話は早かった。扉の外から声を掛けると、待つことなく中に入れてくれる。
三十代後半の男。ジーンズにジャケット、これは普段着かな。部屋の隅に大きなキャリーバッグがある。あとからステージ衣装に着替えるのだろう。丸刈りに近い短髪で、長身痩せ型の体格。
「いきなりの訪問、ご容赦ください」
「構いません、それより仕事の依頼があるとか」
「その通りです。こちらが詳細になります」
押野さんは書類に目を通していく。
「承知しました。この内容で進めてください」
「こちらとしては助かりましたけど、条件を吟味しなくて大丈夫でしょうか」
判断が早い。まだ不明な点もあるはずなのに、即座に決めたな。俺は押野さんに関する情報を思い出す。なんでも金に困っているらしい。一年ほど前に離婚して、妻や娘と離れて暮らすことに。それがショックだったのか、酒やギャンブルなどに手を出し始めた。今まで真面目な人間だった反動だろうと推測されていた。
やがて借金が膨れ上がり、そこで本人も生活を改める。かつてのように、誠実に働くことを決心したのだ。しかし借金は残ったまま。
「問題ありませんよ。実は仕事を選ぶほどの余裕がなく……」
「大林家で事情を把握している。一時期、仕事のキャンセルが相次いだな。そこで身辺を調べたと記録にある」
「お恥ずかしいことですが、酒や賭け事で身を滅ぼしそうになってしまって。その節は大変ご迷惑を掛け、申し訳ございません」
押野さんは深く頭を下げる。そのとき知紗兎さんに左腕の袖口を引っ張られた。掌に彼女の人差し指が触れて、バツの字を描く。
これは事前に決めておいたサイン。その意味は「嘘を吐いている」だ。どうやら話が進みそうである。だが例の課題と関係あるかは現時点だと不明。まずは虚偽の内容を確かめたい。




