62話 主とメイド、禁断の恋?
「四人の奇術師と会いたい。幸助、頼めるか」
「そうだな。まだ出番は先なので、了解を取り付けよう」
問題は面会の口実である。正直に本物の刀剣を探していると聞いても、駄目だ。また探し屋ということを隠さない方がいい。天目家の令嬢は一部で有名らしくて、事情通なら知っているとも考えられる。それにマジシャンは嘘を見破るのが得意なイメージもあった。
幸助の友人枠で紹介してもらうのも不自然な感じがする。パーティーには著名な人も出席すると聞いた。失敗は今後の活動に支障をきたす。幸助の面目も丸つぶれだろう。本番当日の大切なときに、私的な友人と会わされても困るはず。
「知紗兎さん、天目探し屋事務所で宴会をしませんか?」
「それはいいが、どうした急に」
よし、許可を貰った。
「余興として手品師を呼びたいです。ところで幸助、心当たりはないか?」
「なるほど、そういう理由で話を通せと。だが天目グループにも得意先の奇術師がいるのでは? オレに仲介を頼む必要性が薄い」
やはり気が付いたようだな。そこは俺自身も理解している。お得意先を無視して仕事を頼むのは、あとあと角が立つ。法令上に問題なくとも仁義にもとるのだ。
「個人的なホームパーティーだ、問題ないさ。それから天目探し屋は、知紗兎さん個人が開いた事務所。天目グループとは無関係」
という建前である。
「私からも疑問があります。それだと会話が一瞬で終わりませんか? 商談は後にしてほしいと言われたら、どうしましょう」
「安心しろ、梨恵」
知紗兎さんが力強く言い切った。何か秘策があるのかな。俺も考えてはいるが、ここは彼女の話を聞こう。
「きっと賢悟が上手くやる」
「人任せですか!?」
「そういうのは得意だろ」
確かに苦手ではないけど、断言されても困る。なにか適切な話題さえあったら、広げようもあるのだけど。
「とにかく、まずは情報が必要ですね。幸助、資料の続きを。故意に私的な箇所を外してあるよな」
「ここから先は契約を締結してからで頼む。個人情報が含まれているのだ」
秘密の保持や、捜索以外での使用禁止などを盛り込んだ契約か。急ぎながらも、抜かりなく内容の確認していく。――これで正式に仕事開始。
追加の資料を幸助から受け取った。全員で目を通していると、隣の知紗兎さんに袖を引かれる。そして顔を寄せてきた。
「一度、天眼通を使う。構わないか?」
「待ってください。冴子さんが能力を知っているか分かりませんよ」
「む、そうか」
幸助は俺たちの様子に気付いたようだ。声は聞こえていないと思うが、顎に手を当てて何かを考えている様子。
「お前たちに頼みがある。捜索手段について、冴子に話したい」
「急にどうしたの? 探し屋さんを困らせては駄目よ。きっと私に話せないこともあるでしょう」
いきなり名前を出されて、彼女は驚いていた。
「これから身内になるのだろ。君に隠し事はしたくない」
「まだ発表は先だけど、三人に言っちゃって大丈夫かな」
「あ、それって、もしかして!?」
二人の会話を聞き、誰よりも早く梨恵さんが勢い込んで尋ねた。なんとなく俺も想像が付く。
「近いうちに、冴子との婚約を発表するつもりだ」
「だけど反対する人たちもいてね。主に元本家の親族が」
「今日のパーティーが無事に終われば、文句を言う派閥も少し大人しくなるはず」
なんだか責任が増したような。とはいえ全力を尽くすことに変わりはない。
「主とメイドによる禁断の恋ですか!? 周囲の無理解に心を痛めながらも二人の愛は決して止まらない! なんて素敵でしょう!」
「そこまで大袈裟ではない」
梨恵さんの反応が凄い。そして幸助が困っている。
「とにかく、おめでとうございます!」
「ありがとう、梨恵ちゃん」
俺たちも二人に祝福の言葉を告げた。知紗兎さんも心から言っているようだな。彼女と冴子さんは結構、仲が良かったからだと思う。
さて、話の続きだ。幸助は天眼通のことを教えたいらしい。あまり時間も無い。そのため俺は賛成に一票。知紗兎さんも同じく。もともと絶対に秘匿するとまでは考えていないのだ。彼女の口から能力を説明していく。
「――というわけだ。私の天眼通は便利だぞ」
「他に言い方はありませんか」
便利の一言で表していいのかな。
「いいだろ、別に。とにかく今から使おうというわけだな」
「わかったわ。私は邪魔しないよう、隅っこにいるから気にしないでね」
「そこまでしなくても構わん」
集中を妨げないために、大きな音を立てなければいい。二人に伝えてから、俺も静かに様子を見守る。
知紗兎さんは貰った資料を真剣に読んでいた。きっと天眼通を使うための準備。情報の有無で精度が変わるのだ。
「賢悟、手帳を貸してくれ」
「どうぞ」
間、髪を入れず彼女に渡した。スケッチブックの代わりに使うみたいだ。荷物を最小限にしたかったので、かさばるものは預けてある。
ペンと手帳を持った知紗兎さんは、じっと虚空を見つめていた。十数秒は経っただろうか。彼女は手帳に書き込みを始めた。
「見てくれ」
言われるまま視線を向ける。手帳の左ページに、柄のある長い棒のような道具が描かれていた。つまり剣である。しかし、これだけでは真剣かマジック用の物かは不明。
「持ち主が誰か分かればいいのですけど」
「ちょっと待て。もう一度、試してみよう」
また十数秒が経過。知紗兎さんは手帳の右ページに何かを描き始めた。大人しく完成を待つ。
どこか見覚えのある滝が描かれた。
「もしかして安寧の滝ですか。まさか、こんな離れた場所に?」
「違う、本人は見えなかったのだ。代わりに、この光景が脳裏に映った」
「奇術師の中で、ここを訪れた人がいるのかもしれません」
俺は最初に貰った資料を読み返そうとした。なにかヒントが無いだろうか。あ、待てよ。幸助なら把握しているかも。俺が視線を向けると、軽く頷かれた。
「全員、行ったことがあるはず。一年ほど前、付き合いのある関係者と家族たちを大林家へ招待したことがある」
「私も覚えているわ。遠出になるため、準備が大変だったから」
ホストは当時の本家とか。関係者とはいえ、敷地内まで招き入れることは珍しいみたいだ。それで幸助の記憶にも残っていたと。
「そのとき何か問題が起きました?」
「使用人の間では、そんな話は聞いていないかな」
「ただトラブルがあったとして、元本家の奴らは隠そうとするだろう」
信用が無さすぎる。それだけ不満を持たれていたのか。念のため、幸助は当時の様子を調べるように連絡を始める。
ただ一年前のことで、状況が掴めるかは分からないらしい。なにか分かり次第、伝達してくれるそうだ。
「知紗兎さん、他に手掛かりになりそうなことは? 些細なことでも構いません」
「そうだな……ああ、そうだ。本人が見えないと言ったが、ちょっと普段と感覚が違っていたと思う。上手く説明できないが、天眼通が打ち消されたような」
ちょっと気になる発言だ、覚えておきたい。この話を聞いて、俺の故郷にあった小さな公園を思い出す。あそことは状況が異なるけど、イレギュラーという点では一緒だろう。
それから五人で話し合うも、大きな進展はなかった。
「直接、話を聞きましょう」
「そうするか。交渉頭は任せたぞ、賢悟」
表向きの理由はホームパーティーへの出演依頼。そのあと話を聞き出せるかは、状況によるな。あとから貰った資料には、趣味や好物などの記載もある。これらを上手く使って、なんとか情報を引き出したい。
……ところで交渉頭なんて初めて聞いた。いや、なんとなく意味は通じるけど。勝手な役職を作っていないか。




