61話 四人の奇術師
今、俺たちはパーティー会場の前にいる。正確に言うなら会場がある建物の前。東京都千代田区の洋館を貸し切ったと聞いた。その気品に溢れる建物は多くの者を魅了してやまない。
現在、平日の午後二時。歩道には背広を着た男、杖を突いた老婆、私服の若者、鬼の面を被って忍び装束を身につけた人などが通り過ぎていく。まあ、どこにでもある光景だ。
「忘れ物はありませんか。今なら車に戻れますよ」
隣の提携駐車場に停めてあるので、わりと近い。しかし会場内に入ったら、外へ出にくいはずだ。余裕がある今の内に、準備は万全にしておきたい。
「問題ないぞ」
「私も大丈夫です。ところで衣装、変じゃないですかね?」
移動中に服が乱れたか心配になったのかな。俺は梨恵さんの言葉を聞き、改めて二人の恰好を眺めた。一言で表すなら婀娜婀娜しい姿である。
知紗兎さんは刺繍に凝ったライトカーキのドレス姿。ショルダーバッグを持ち、ローヒールを履いている。立食パーティーもあり、歩きやすい靴を選んだらしい。
梨恵さんは丈の長い袖付きのラインドレス。ベージュの色合いが落ち着きを感じさせる。派手にならない装飾品も着用していた。
「お二人とも、よく似合っていますよ」
「嬉しいです!」
「そうだろう、私が選んだドレスだからな。ところで賢悟、ネクタイが曲がっているぞ」
知紗兎さんが俺に近付き、襟を正してくれる。文字通りの意味で。
「これでよし」
「ありがとうございます」
互いに服装の確認をして、洋館に入る。パーティーの受付時間は午後五時から。俺たちは幸助に呼ばれ、一足先に来た。中に入ると、すぐ係員が対応してくれる。用件を伝え、荷物をクロークルームに預けた。
まずエントランスが立派だ。濃褐色とライトベージュの鮮やかさが美しい。
「どうぞ、こちらに。大林様のプライベートルームへ案内いたします。お足元に、お気を付けください」
二階に上がるらしい。中庭横のエレベーターを使い、上に行く。上階に来たら、係員が目前の部屋を手で示した。この洋館で最上級の部屋、多くの企画を実施するらしい。
幸助がいるのは、その隣。係員が丁寧に声を掛けると、入室の許可が出た。俺は案内人に礼を言って、室内に入る。あとから知紗兎さんと梨恵さんも続いた。
「よく来てくれたわね」
出迎えてくれたのは小方冴子さん。メイド服ではなくドレス姿なので、出席者として参加するのだと思う。
室内は壁にガラス窓や鏡が設置され、広い空間を演出していた。中央には円形のテーブルが見える。
「あれ? 幸助の姿が見えませんね」
「すぐ戻るから、少しだけ待ってもらえる?」
どうやら席を外しているみたいだ。勧められるまま椅子に腰かけた。座った次の瞬間には、上等だと確信できる品だ。
互いの近況を話しながら待つこと数分。梨恵さんが扉に視線を向ける。歩く音が聞こえたのかな。
俺には分からないけど、彼女なら可能。天耳通という能力を使わずとも、普段の聴力も優れているらしい。
「悪い、遅くなった」
幸助が扉を開けて姿を見せる。埋蔵金発見の記者会見で見たスーツ姿だ。きっと上等な服なのだろう。ちょっと疲れている気がした。
「なんか大変そうだな。あと正式な当主就任おめでとう」
「面倒なだけさ、それより本題に入ろう。オレにも文章を見せてくれないか?」
「了解」
俺は持ってきた課題の紙を取り出す。対策をする前に、まずは現状の把握だな。再度、確認していく。
『驕り高ぶる者たちが一堂に会する賀宴。主賓に集る烏合の衆。煌びやかな会場で身体を貫く白刃、手にするは奇術を担う紳士。心に掛かりし暗雲は、探し人たちが晴らすのだろうか』
ざっと目を通すと、やはり気になる箇所がある。なんでも今日のパーティーではマジックショーを行うらしい。俺は出演者のことを聞いた。白刃を持つのは奇術を担う紳士だからな。おそらくマジシャンのことを指すだろう。
「雇った奇術師は四人で、詳細は資料にまとめた。天目探し屋への正式な依頼だ。白刃を手にする者を探し出してほしい」
「まあ、私たちに任せるがいい」
「ところで警察に連絡はしたのでしょうか?」
梨恵さんが首を傾げながら質問した。
「大林家の顧問弁護士に相談したが、この文章は伝えないことにしたよ。脅迫ともイタズラとも判別不可能な内容だ。また仮に警察が動くのならば、情報屋と探し屋たちも捜査の対象だろう」
そうなると俺たちは自由に行動できないか。白刃――包丁や模擬剣を使う予定がないか聞こう。
「演目の内容で刀剣を使うものは?」
「全部で三種類ある。ナイフ投げ、剣を飲み込むマジック、身体に刃物を突き刺すショー」
「もちろん、本物は使わないよな?」
念のため、俺は確認した。
「当たり前だ、銃刀法や軽犯罪法に触れる。こちらでも安全をチェック済みさ」
「それでも、あとから摺りかえる恐れは否定できないか」
最低限の荷物検査はあるだろうけど、相手は奇術のプロ。その気になって刃物を隠そうと思えば、なんらかの手段があるかもしれない。
また外出に制限は掛けていないらしい。入手方法もあると考えた方がいいな。
「まず奇術師の名前やプロフィールを確認させてほしい。資料を見せてもらうぞ」
「よし賢悟、そちらに広げてくれ」
俺は言われるまま、知紗兎さんの前に資料を置いた。全て目を通しておきたい。何がヒントになるか分からないからな。
後ろから梨恵さんが覗き込んでいることに気付き、少し横に移動。チェックするなら三人の方がいい。
最初に名前を把握しておく。七篠絹雄、八木織彦、飛鳥友子、そして押野大地。
七篠さんと八木さんは同門で、二人一組でショーを行う。飛鳥さんは四人のうち、唯一の女性か。芸能事務所に所属している。押野さんはフリーランスの奇術師だ。このメンバーでは最年長、といっても三十代後半か。そして最年少は飛鳥さんで、二十代前半。つまり知紗兎さんと同じくらい。
資料を見たところ、全てが公式から発表しているものだ。プライベートなことは書かれていない。一通り目を通してから、梨恵さんが唐突に右手を上げた。
「はい! この飛鳥友子さんは外していいと思います!」
「なぜでしょう?」
「奇術を担う紳士と書かれていました。つまり女性ではありません!」
「すみません、保留で」
一理あるかもしれないけど、断言することは難しいかな。立派な振る舞い自体を指して『紳士』と表現することも、なくはない。
「当主、演目で白刃を使うのは誰だ?」
「全員。ナイフ投げが飛鳥、突き刺しショーが七篠と八木のコンビ、剣を飲むのは押野」
これは厄介だな。待てよ、ステージの出演者は本人以外にもいるはず。
「そういえばアシスタントは?」
「飛鳥友子にだけ、ステージの協力者がいる。本業はマネージャーで、奇術師とは言えないだろう」
詳細を聞いたら、飛鳥さんと同世代の女性。最近、担当に就いたばかり。手品やマジックとは無縁だったが、事務所の都合で異動となったらしい。
他の三人にはアシスタントがいない。正確には今回のショーではいない、だな。状況によっては手を借りることもあるとか。
「ところで私たちは何をすればいいのでしょう。ずっと考えているのですが、よく分からなくて」
梨恵さんが不思議に思うのも当然だ。あの文章だけでは不明な点が多すぎる。
「正直に言うと、俺も分かっていません。ただ情報屋が今までのルールを曲げても伝えてきた。必ず意味があります」
「ずいぶん信用しているな。オレにも紹介してほしいものだ」
「構わないけど、取引できるかは向こう次第だぞ」
俺も友人の紹介がなければ駄目だったかもしれない。……ちょっと話が逸れた。本題に戻ろう。