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6話 年齢より若そうに見える鈴木さん

「詳しい話を聞かせてください。妖精の声とは具体的に?」

「はっきりとは分からないのです。ひどく酔ったときに言っていたもので。たしか危険を知らせてくれるとか、無くした物を教えてくれたなどと語っていました」


 ……探し屋が務まりそうな話だな。それはともかく日記帳には、妖精の声という言葉が使われていなかったはず。


「ということは最近になって、また声が聞こえ始めた。それを幻聴と呼んでいたようですね」

「妖精の声なんて言ったら、おかしな人と思われるからだろうな」


 知紗兎さんの言葉には、実感が伴っている。彼女も子供時代に似たような経験があるらしい。迫害されたわけではないが、奇異の視線で見られるとか。成長するにつれて、おおっぴらに話さなくなったと聞いた。


「鈴木さんは失踪の原因について、他に思い当たることはありませんか?」

「いえ、特には……」

「ならば変わった様子などは? 怯えていたとか、お金に困っていたなど。些細なことでも構いません」

「退職金は気にしていました。ただ、これは普通のことでしょう」


 それは、そうだ。大半の人間は気にするだろうな。そこで知紗兎さんから手帳を見せてくれと頼まれた。言われた通り渡すと、なにかの記載を探しているようだ。無事に見つけたらしく、顔を上げる。


「振り込みに半年以上かかっている。それで文句は言っていたか?」

「早めに対応できるか、聞きに行ったそうです。とはいえ急な退職ということで、断られたとか」


 彼女が気にしていたのは、振り込みの時期だった。


「その話を聞いたとき、どんな様子でした?」

「平然としていましたね」


 少なくとも、金に困ってはいないのかな。秘密の借金があり、それを理由にした失踪という線は考えにくそうだ。


「社内の男女関係は?」

「わずかな噂すら聞かないですよ。堅物を体現したような男でした」

「ご家族の方も同じように言っていましたね」


 ただ念のため、あとで裏付けを取るか。


「それらを含めて社員に話を聞いています。この手帳に全て記載していますので、お持ちになってください」


 鈴木さんは懐から一冊の手帳を取り出した。断りを入れ、中を見させてもらう。膨大な書き込みで、かなり細かく記録してあるぞ。最後に沢村聞太さんを見掛けた日時と場所、それから本人の印象も。親しい友人にしても、力の入れ方が凄い。


「ありがとうございます。でも、なぜここまで?」

「聞太は私の親友です。それと梨恵ちゃんから、真剣に頼まれましたので。彼女は私にとっても娘みたいなもの。力になってやりたいと思っています」

「家族ぐるみの付き合いがあったのでしょうか?」


 今回の面会も、わざわざ仕事中に時間を取ってくれたのだ。よほど仲が良かったらしい。


「ええ、そうですね。といっても私は独り身。向こうの家族に、混ぜてもらう感じだったと思います。そうだ、梨恵ちゃんが産まれるときなんて大変でした。なんと良枝さんの出産が大幅に早まり、取り乱した聞太を病院まで送ったのですよ」


 懐かしそうに鈴木さんは思い出を語った。どこか遠くを見ているようだ。


「私と聞太は同時期の入社で、よく互いの部屋へ飲みに行きました。もっとも私は転職組、あいつは大学を卒業したての新入社員。年齢も私の方が十歳ほど上でしたけど。そのころから落ち着いた奴で、あのとき初めて取り乱した姿を見ました」

「それだけ家族を心配していたのでしょう」

「待て。今の話、違和感がある」


 一緒に話を聞いていた知紗兎さんが、急に鋭い声を上げた。俺は話の内容を思い浮かべる。さすがに聞いたばかりだから、内容は把握していた。

 だけど変なことは思い付かない。


「気になったのは、鈴木さんの年齢くらいですよ。今の話を聞くと五十歳を超えていますが、ずいぶんと若々しくて驚きました」

「ああ、よく言われますよ。若者文化に興味があって、その影響でしょうか」


 それは関係あるのだろうか。精神が若いと、肉体にも作用する?


「知紗兎さん、他には思い付かないです」

「……ならば私の勘違いだな」


 ちょっと変な様子だ。でも本人が勘違いと言っている。この話は終わりである。それから鈴木さんに、手帳の内容を補足してもらう。梨恵さんにも見せてほしいと頼まれたので、もちろん承諾した。

 しばらく話を聞いていたが、これから外せない仕事があるらしい。俺たちは礼を言って、会社を出た。


「話がある、賢悟」

「依頼に関わることなら、ここでは駄目ですよ」


 知紗兎さんの様子で雑談ではないと判断した。近くに防音のレンタルスペースがあったはず。そこまで移動しよう。




 ちょうど少人数用の部屋を借りることができた。備え付けのテーブルに、彼女と向かい合って座る。

 落ち着く場所だけど、このあとも予定がある。さっそく本題に入ろう。


「それで話とは?」

「あの男の年齢について。ずいぶん若そうに見えると、君は言っていたな」

「言いましたね」


 ただ五十代が四十代に見えるくらいは、別に珍しいことではない。世の中には、六十代で三十歳前後にしか見えない人もいる。


「私も同じだ」

「え? 知紗兎さんが人の年齢を見間違えたのですか」


 これは珍しい。天眼通の副次効果だろうか、ほぼ正確に年齢を判断できるとか。外見では分からないものを、普段から捉えているらしい。その彼女が十歳くらいの誤差を出すとは。


「もう一つ。家族ぐるみの付き合いがあったにしては、アルバム内に写真が少ない気がする」

「そういえば頻繁に訪れていた口ぶりでしたが、他の人と同じくらいだったと思います。何か理由があるのでしょうか」


 昨日の夜に見たばかりなので、なんとか記憶の糸を辿った。ただ今の段階では、重要なことか分からない。


「さて、どうする? 現状で優先的に調査する価値があるか」

「調べましょう。知紗兎さんの直感は頼りになります。貴女が気になったのなら、確認するべきです」


 ちょうど、これから梨恵さんに会う予定がある。鈴木さんに聞いた話を共有するためだ。その場で連絡して、また両親の自宅に入れてもらえるよう頼んだ。連日の訪問で申し訳ない。

 待ち合わせの時間まで余裕があるけど、遅れるのは失礼である。早めに近くまで向かう。――途中で電車の遅延が発生。どうやら早めに出て正解だった。




 ほぼ時間通りの到着だ。中に入れてもらうと、すぐにアルバムを出してくれた。対応してくれたのは良枝さんである。梨恵さんは俺たちと共に、鈴木さんの手帳を読んでいた。


「おじさん――鈴木さんは、こんなに詳しく調べてくれたのですね」

「しかし直接の手掛かりになる情報は、得られなかったと言っていました」


 手帳に書かれた内容は、電話で彼女にも伝えてあるらしい。しかし改めて文章で見ると、力を入れていることがハッキリ分かる。

 それはともかく写真のチェックを始めよう。長居するのも気が引けるな。手早く済ませたい。


「まずは入社してからのアルバムを調べる。賢悟、任せた。分析は得意だろう」

「了解しました。ええと、二十五年ほど前からですか」


 その間に知紗兎さんは、もっと昔の写真を確認する。主に子供時代だな。つまり妖精の声が聞こえたらしい時期である。

 俺は俺で作業を進めよう。方法は単純。関係者の数をノートパソコンに入力していく。やはり家族で撮ったものか、社内行事の写真が多い。テキパキいこう。


「――知紗兎さん、だいたい分かりました。入社後から十年前までは、鈴木さんの写真も多いです。それ以降は激減していますね。数年前からは皆無であり、全体で判断したら、そんなに多くないという印象でした」

「そういえば子供ころは、よく鈴木さんと一緒に撮りましたよ」


 梨恵さんが一人暮らしを始めて、家族写真が減った。結果として鈴木さんの姿も少なくなる。これは問題ないだろう。分からないのは会社関連の写真である。


「不思議な点は、社内行事に姿が見掛けられないことです」

「それなら写真を撮影している人が鈴木さんだと思います。数年前に高いカメラを買って、趣味にしていると聞きました」

「なら私の考え過ぎだったか……」


 どうかな。知紗兎さんの勘は、おろそかにできない。この件は必ず覚えておく。


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