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58話 安らぎのカフェ

 三日後、幸助から電話があった。埋蔵金発見の公表会見が近いうちにある予定。同時に正式な当主となることを発表するらしい。それらが終わったらパーティーをするから、天目探し屋も出席してほしいとのこと。


「――という話ですけど、どうしますか?」

「はい! 行きたいです!」


 率先して梨恵さんが希望を出した。参加者が多いと思うけど大丈夫かな。彼女の天耳通は制御が完璧ではない。人混みに苦労しないだろうか心配だ。まあ、本人が乗り気なので頑張ってほしい。


「私も構わない」


 ちょっと意外だ。知紗兎さんは堅苦しそうな所は避けるイメージだったからな。もしかしたら俺たちの慰労を兼ねているのかもしれない。


「それなら出席するとメールを出しておきます」

「頼んだ」

「楽しみですね!」


 すぐに返信がきた。正式な招待状は後から送るそうだ。


「ところで梨恵さん、パーティー用のドレスは大丈夫でしょうか?」

「あ、そういえば。ええと、お客だから正装は着ませんよね」

「インフォーマル――略礼装で構わないだろう」


 知紗兎さんは式典のマナーに詳しい。かなり前に天目家のパーティーへ呼ばれたとき教えてもらった。

 そのときに彼女の話を聞きながら、ダークスーツを新調した覚えがある。きっと梨恵さんの服装も上手く見繕ってくれるはず。


「正直、ドレスコードとか分かりません。所長、手伝ってください!」

「わかったよ。今度、梨恵の家に行く。衣装を見ながら検討するぞ」

「ありがとうございます!」


 これで当日の服装は大丈夫だろう。あとは基本的なマナーか。俺も自信が無く、勉強が必要だ。知紗兎さんから習ったこともあるけど、かなり前だからな。

 そもそもパーティーの形式が分からないから、これも要確認だな。幸助に聞いておこう。そう思ったとき、新たなメールが届く。パーティーの詳細である。これはグッドタイミング。




 俺が内容を読み上げて、二人に伝える。やがて一通りの説明が終わった。


「賢悟、そろそろ情報屋の課題を確認したい」

「承知しました。すぐ取ってきます」


 いつ連絡が来てもいいように、カバンの中に入れてある。さほど時間を掛けず、持ってきた。

 封筒は閉じたまま。開封しようとしたところで、梨恵さんに視線を向ける。


「私は別の部屋で待機ですよね」

「貴女も一緒にいてください。今回は特例らしく、三人で確認するように言われています」

「やった! 一度、見たいと思っていました!」


 梨恵さんは破顔一笑、喜びの声を上げた。前に話をしたら、自分も参加を望んでいたからな。情報屋に人を増やしていいか、それとなく聞いたことがある。答えはノー。あっさりと断られた。今回は本当に特別だと思う。

 俺は改めて封筒を眺める。そして慎重に開封していった。知紗兎さんが隣に来て読み上げる。


『驕り高ぶる者たちが一堂に会する賀宴。主賓に集る烏合の衆。煌びやかな会場で身体を貫く白刃、手にするは奇術を担う紳士。心に掛かりし暗雲は、探し人たちが晴らすのだろうか』


 彼女が言い終えた瞬間、俺は自分の表情が険しくなったことを自覚した。そして声に出した本人も顔色を変えている。


「あの、どういう意味でしょう?」


 梨恵さんは不思議そうな顔をしていた。情報屋からの課題に慣れていないため、よく理解できなかったのだろう。


「この文章の謎を解き、レポートにまとめる。これが情報屋への報酬となります」

「なるほど? クイズみたいなものでしょうか」

「大きく間違ってはいないかと」


 (あた)らずと(いえど)も遠からず。正解の答えだけではなく、過程を求めることがクイズと異なる点だと思う。


「今回、方向性が異なるようだな」

「同感です。今までは俺と知紗兎さんだけで完結していましたが、第三者の登場を示唆しています」

「それから不穏な言葉が複数ある。これも気になるぞ」


 たとえば身体を貫く白刃や、心に掛かる暗雲などか。しかし安心材料もあった。『探し人たちが晴らすのだろうか』というくだり。単純に考えて探し人は俺たちのことだろう。すなわち暗雲を晴らす手段があるとも考えられる。


「あ、裏にも何か書かれていますね」


 もう一度、課題の紙を確認して気が付いた。見えやすいように裏返す。そこには『追伸、お友達にも相談するといいよ』との記述。


「つまり我々だけでは対応できないと想定しているのか」

「まずは幸助に相談してみましょう」


 主催者の協力があれば、対応も捗る。さっそく連絡をしたら、向こうも話があるらしい。ただ少し込み入ったことになるとのこと。

 明日の夜に改めて時間を取ってもらうことになった。


「ならば明晩、集合だな。それまでは休みにするか。新規の依頼も無かったよな」

「ありませんよ、幸か不幸か」

「そうだ! よければ両親が開く予定のカフェに来ませんか? 明日、模擬営業をするらしいです」


 ということは開業準備も順調なのか。メニューや内装に興味がある。話を聞くと来週、開店するらしい。それで予行演習をしたいと。


「喜んで、お邪魔させていただきます」

「私も行こう」

「決まりですね! さっそく両親に連絡しましょう!」


 そこで梨恵さんが手を叩いた。携帯電話を取り出し通話を始める。知紗兎さんは穏やかな目付きで、その様子を見守っていた。


「明日、開店祝いを持っていきます」


 俺は知紗兎さんに近付き、小声で話し掛けた。梨恵さんの邪魔にならないため、そして当日まで秘密にするためでもある。


「ちょっと早くないか? まだ一週間もあるぞ」

「当日は忙しいでしょう。それと店に置く物なので、あらかじめ渡しておこうと」

「了解したよ」


 いきなり贈られても配置に困るかもしれないからな。すでに物は準備してある。そろそろ開店とは聞いていたのだ。気を遣わせても悪いため、それほど高いものは選ばなかった。二人が別々に選んだけど、贈るときは天目探し屋からで一緒に渡すことを考えている。

 そんな話をしていたら、梨恵さんが電話を切った。明日の昼くらいに来てほしいみたいだ。




 そして翌日、俺と知紗兎さんは指定の建物に到着した。いくつか候補があったと聞いたけど、練馬区内の店に決定したらしい。

 梨恵さんは朝から準備の手伝いをしており、もう中にいるはずだ。俺たちは入る前に外観を眺める。


「雰囲気が良さそうなカフェですね」

「そうだな」


 古い建物を借りて、改装を施したとか。白色を基調とした壁は清潔感に満ちて、周囲に置かれた緑の観葉植物と合っている。看板や外に置くメニューは無い。もう完成はしたけど、設置は開店前日と聞いた。

 そのまま入っていいと言われている。ゆっくりと扉を開けた。


「こんにちは」


 一声かけてから中に入り、内装に目を向ける。一階建てで、広さは十坪ほどか。カウンターとテーブル席を合わせ、十五人は座れそうだな。アンティークな照明や流れているクラシック音楽の効果で、安らぎの空間を感じさせる。


「安海さん、天目さん! 娘がお世話になっております。どうぞ、お好きな席へ」

「テーブル席、お願いします」


 出迎えてくれたのは沢村良枝さん。梨恵さんの母親である。穏やかな笑顔を見せながら、席へと案内してくれた。

 予行が一段落したら、お茶を飲みながら五人で談話をする。それでテーブル席を選んだ。


「梨恵の姿が見えないな」

「夫と一緒に厨房の確認中です。今、呼んできますね」


 どうやら作業が立て込んでいるようだ。来る時間帯が悪かったかな。急ぎの用があるわけではないので、店の手伝いを優先してもらった。

 良枝さんは恐縮そうに頭を下げたあと、俺たちにメニュー表を渡す。営業開始は来週だけど、おおむね注文は大丈夫みたいだ。


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