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57話 枕、動くな

「今回の課題、見当は付いたか?」

「だいたいは」


 俺は知紗兎さんに解説していく。場所は東京に建つ洋館。階段を上った先にある寝室に入って、ゆっくりと休息を取る。眠ってもいいし、会話を楽しんでもいい。それで次の日から頑張ろう。そんな感じだ。

 レポートが難しそうだけど、それは後から考える。まずは行動を優先しよう。


「それなら、すぐやるぞ。あ、待て。その前に汗を流そう」

「俺もシャワーを借ります」

「構わないが、風呂の準備も頼むぞ」


 たまに知紗兎さんの隣部屋を使わせてもらっている。そこには着替えや日用品も置いてあった。

 荷物を置いてから、二階の浴室へ向かう。軽く掃除してから湯船を張っていく。蓋をしたら、シャワーを使わせてもらう。――浴室を出て一階のリビングに行くと知紗兎さんがジグソーパズルに興じていた。


「上がりました。湯が溜まるまで、もう少し待ってください」

「了解。ところでシャワーだけでよかったのか?」

「大丈夫ですよ。朝風呂にも入りましたからね」


 ウラルフクロウ館を出発する前に、使わせてもらった。やや急ぎではあったが、しっかり堪能している。


「じゃあ、私も湯浴みをするか。……帰るなよ」

「わかっています。これから情報屋の課題でしょう」

「よしよし。褒美として、このパズルに触る権利をやろう。完成させてもいいぞ」


 これ1000ピースくらいあるな。完成は無理だと思います。断る理由も無いので、少しずつ欠片を埋めていく。ざっと見た感じ滝の風景だ。安寧の滝に触発されて、未着手のパズルを持ち出したのだろう。

 やっていると楽しくなってきた。――没頭していたら、肩を叩かれる。驚き顔を上げたら知紗兎さんがいた。あきらかに風呂上がりで、まだ髪が濡れたまま。よく着ている桃色のパジャマ姿が可愛い。


「賢悟、よろしく」


 彼女からドライヤーと櫛を渡された。つまり髪を乾かせと。ここだと使いにくいため、ソファに移動。

 髪を傷つけないよう、慎重に温風を当てる。しっかり乾いたら櫛を使って、髪を梳いていく。


「終わりました」

「おお、ありがとう。それでは課題を始めるか」

「あ、覚えていたのですね」


 完全に上機嫌で寛いでいたから、忘れているかと疑ってしまった。とりあえず、この場を片付けて二階に上がろう。相談の結果、知紗兎さんの寝室まで行く。


「来たのはいいが、どうするのだ?」

「寝るか語り合うか、どちらでも。せっかくですし、なにか聞きたいことでもあります?」

「そうだなあ……」

「あれ? 知紗兎さん?」


 横になって目を閉じたら、そのまま寝てしまった。きっと久しぶりに自室へ戻り安心したのだ。俺も疲れた。今日は朝も早く、しかも長距離の運転だったのだ。

 しばらく横になったら、部屋を出るか。しかし課題のレポート、どうしよう。




 気が付いたら翌日の朝。途中で帰るつもりが、そのまま寝てしまったようだな。右腕に重さを感じて横を見る。知紗兎さんの頭が腕に乗っている。枕があるのに、なぜだろう。まあ、寝惚けただけか。

 とりあえず起きよう。朝食を作ろうと思ったけど、食材は少ない。依頼の期間は最長で一ヶ月の予定だった。ほぼ冷蔵庫の中は空にしてある。さて、どうするか。ベッドの上で、ぼんやりと思考を巡らせた。


「……枕、動くな」

「人を無情物にしないでください」


 知紗兎さんは半分、寝ている状態みたいだ。頭が回っていないらしい。とにかく起きてもらおう。だんだん右腕が痺れてくる。

 左手で彼女の体を揺さぶった。強過ぎず、弱過ぎずの力加減を心掛ける。何度か繰り返すと、やっと目覚めてくれた。


「起きていたのか、賢悟」

「おはようございます。今から朝食を作るので、それまでに身支度を」

「目玉焼きが食べたい」

「わかりました。買い物、行ってきます」


 ちょうどいいので、他の食材も買っておこうかな。近くに早朝でも営業している店があって助かる。

 午前中の予定はレポートを優先しよう。それから洗車も必要だな。かなり汚れが目立っていた。しっかり食べて備えるとする。依頼の報告書は梨恵さんに頼んだ。正確には草稿を頼み、俺が修正を担当。それから所長である知紗兎さんに確認してもらう。




 そして三日後の夜が訪れた。今から情報屋に会うため、指定された公園へ行く。少し遠いので、早めに出掛けた。また終わったら事務所へ戻るよう、知紗兎さんに言われている。

 電車で移動し、最寄り駅から徒歩に切り替える。やがて目的の公園へ到着した。ほとんど人の姿は見えない。数メートルほど進んだところで立ち止まった。


「お久しぶり、元気でやってる?」


 真後ろに情報屋がいた。あいかわらず気配を感じず、あいかわらずの服装だな。こだわりが凄いと思う。


「無病息災ですよ」

「ところで財宝探し、どうだった?」

「依頼の内容は明かせません」


 いずれ埋蔵金の発見は公表するらしい。そのときまでは秘密厳守となっている。情報屋も本気で聞いたわけではないだろう。とにかく課題のレポートを取り出し、彼女に渡した。

 そして代わりに資料とデータを受け取る。


「今回は普段より薄いわね」

「諸事情がありまして。ただ質には気を付けました」


 せめて知紗兎さんと会話があれば、もう少し盛れたのだけどな。二人とも即座に寝てしまった。

 それでも頭を捻り、レポートを作り上げたのだ。ちょっと、いや、かなり苦労をした。その甲斐あって、なんとか読めるものとなったはず。


「それじゃあ確認するので、資料でも読んで待っていて」


 そうさせてもらおう。頼んだ調査はPTE『polluting the environment』、つまり環境汚染の件だな。会社から出た産業廃棄物を不正な処理。それを隠蔽したけど、内部から告発があった。

 読み進めると単一の会社ではなく、複数の企業が関わっている。そして俺は気になる名称を見付けた。


「大林グループの関連会社だ……」

「それ、まだ世間には出回っていない情報よ。扱いには注意してね」


 どうやら元本家でも二つに分かれているようだ。発覚していないことは隠蔽する派と、全ての事実を公表するべきという派閥。あ、いや中立派あるいは様子見派もいるな。主に三派閥か。

 それとは別に今の当主家たちも存在する。ややこしい話になっていた。これらを統括しないとならない、当主代行の幸助は大変だな。


「ところで課題はどうでしょう?」

「大丈夫、オッケー。それで次は何を調べるのかな」

「CSI『社会的不正』、特に中部地方の周囲で。よろしくお願いします」


 事前に知紗兎さんと相談してある。迷いなく答えた。


「承ったわ、任せて。それと次の課題。封筒を開けるのは、大林家の当主代行から連絡がきた後にしてね」

「はあ、分かりました」


 これで連絡がなかったら困るよな。もっとも優秀な情報屋のことだから、きっと近いうちに電話かメールがあるはず。おそらく周囲の動きを掴んでいるのだろう。

 それから少し会話を続けたけど、夜も遅くなりそうなので切り上げた。とはいえ終電まで結構な時間がある。余裕を持って事務所に帰れそうだ。


「あ、最後に一つ。課題は三人で確認するといいわ。今回は例外よ」

「そうします。調査の件、ありがとうございました」

「こちらこそ、毎度ありがとね。所長と新人さんにもよろしく」


 いつもは二人だけなのに珍しい。なにはともあれ別れの挨拶を交わして、公園を出た。天目探し屋事務所に着いたら、知紗兎さんが出迎えてくれる。

 まずは資料を渡し、簡単な報告。課題の件を伝えると、彼女も首を捻った。急にルールが変わり、不審に感じたようだ。


「今回だけ特別みたいですよ」

「……そうか。まあ、指示には従っておこう」


 あの情報屋には知紗兎さんも一目置いている。協力を得られなくなるのは、大いなる損失だと思う。

 報告も終わったし、今日の仕事は終了だな。そして明日は休みである。帰ったら自由時間を満喫しよう。人は趣味に生きることも大切です。


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