56話 メイドさんと仲良くなった
財宝を発見したあとは二手に分かれた。俺と幸助は坑道に留まり周囲を監視しておく。入り口が開いたままだと、誰かが中に入る恐れがあった。元本家の人たちが当主代行の動向を注視しているかもしれない。
知紗兎さんと梨恵さんは館に戻って、報告を担当する。埋蔵金を運び出す手筈は整っているので、責任者に会えば話が通るらしい。
「……なあ、賢悟。夜は野宿だよな」
「当たり前だろ」
持ち運べる一人用の小型テントを用意してある。坑道の入口を塞ぐように張り、睡眠を取るつもりだ。
環境が良いとは言えないけど、キャンプだと思い込むことにしよう。
「食料に余裕があることが救いか。早く戻ってくれれば助かるのだが」
「のんびり待つさ。焦っても事態は変わらないぞ、幸助」
館で食事を提供してもらったからな。当初の予定より長く滞在可能。とりあえず専門家の調査が行いやすいよう、準備を進めておく。
持ち出しを優先するか、調べながら箱を運んでいくのか現状では不明。どちらも対応できる態勢を整えたい。とはいえ今日は暗くなる前に寝床を作らないと。
「テントなんて久しぶりだ」
「手伝おうか?」
「すまん、助かる」
一人用テントでも慣れないと大変だろう。協力して作業をすれば、すぐ終わる。あっという間に二つのドームテントが並んだ。
「よし、完成」
「ずいぶん手慣れているな」
「一時期、秘境巡りに凝っていた。宿に泊まる金も節約したかったので、テントを活用している。良い練習になったよ」
なんだか懐かしい気がする。深い森の中で知紗兎さんに出会ったのだ。
「もう今日は寝るか、ちょっと疲れた」
「賛成。ゆっくり休んでくれ、依頼人殿」
調査隊の到着は早くても三日後だろう。それまで作業の時間は充分にある。朝が遅くても構わないのは嬉しい。このところ日の出と同時に行動開始だった。明日はのんびり起きることができる。ありがたいことだ。
そして三日後の昼。待ち望んだ知紗兎さんの姿が見えた。その隣に女性がいる。もしかして……小方冴子さん? 疑問符が付くのは見覚えのない恰好だから。動きやすい服装で、前に見たメイド服ではなかった。考えてみれば山や森に行くのなら当然か。
しっかりした足取りで近付いてくる。ちなみに知紗兎さんは少しだけ辛そうだ。到着時間を計算すると、かなりの強行軍だったはず。それを考慮したら、以前より体力が付いたと思う。
「ご主人様、お迎えに上がりました」
「ありがとう、冴子」
幸助が当たり前のように答えているけど、彼女が来た理由は不明だ。その後ろに調査隊と思しき集団が控えていた。メンバーは十数人ほどである。半数強が小型の台車を引いている。この悪路で大変だっただろうに。
二人は情報を交換しながら、持ち運びの指示を出し始めた。
「私は休む、テントを借りる」
「知紗兎さん、こちらです」
「あと水がほしい。腕を上げるのも面倒だから、飲ませてくれ」
「そこまで疲れてはないでしょう」
多少の余裕があるように見えた。俺が使っていたテントに案内したら、中に入り横になる。と思ったら、すぐ身体を起こした。置いといた水筒に手を伸ばす。
「貰うぞ」
知紗兎さんは返事を聞く前に、水筒へ口を付けた。一気に飲むわけではなくて、分量を考えながら水分補給しているようだな。以前とは大違いだと思う。昔は何も考えずに飲んでいた。
「構いませんけど、せめて応答を待ってください」
「まあ、いいじゃないか。予備の水筒は私のバックパックに入っているぞ。あとで渡す」
それは助かるな。
「ところで梨恵さんは?」
「ウラルフクロウ館で休息を取らせた。だいぶ疲れていたからな」
「知紗兎さんは大丈夫ですか?」
かなり大変な行程だったはず。坑道に到着後、とんぼ返り。また館へ着いたら、すぐさま移動再開。彼女の道案内がなければ、調査隊の到着が遅れただろう。
「天眼通を頻繁に使わなければ、なんとかなる」
「それでも疲れたでしょう。しばらく休んでください」
「わかった、少し寝るぞ」
仮眠の邪魔をしないよう、俺はテントから離れた。そして幸助と合流し、今後の予定を確認しておく。
どうやら俺たちは先に帰っていいらしい。それから小方冴子さんも一緒である。彼女はメイド長の指示で、荷物を届けにきたとか。
「――調査結果は追って連絡する」
「了解。気を付けて」
「そちらもな。帰り道で迷うなよ」
挨拶が終わり、三人で帰路に就いた。珍しい組み合わせだ。知紗兎さんは興味のない者には、本当に無関心だから少し心配である。――と思っていたけど、意外に相性が良い。坑道に来るまでの道中で、なにか通じるものを感じたのだろうか。
道中の小屋で一泊。二人とも疲れているはずなのに、会話が弾んだようだ。話を聞くと、坑道へ向かう途中で仲良くなったらしい。
「なかなか見所があるぞ、冴子は」
「知紗兎ちゃん、ありがとう!」
よく分からないけど険悪よりはいいだろう。戻る途中で冴子さんと何度か会話をしたけど、さっぱりした性格で嫌味がない。わりと気安い感じで親しみを感じた。
――それから移動を続け、ようやく目的地が見えてくる。
「お二方、まもなく我が主の館に到着です。……本人はいませんけど」
人間関係の不思議に驚きつつ、無事にウラルフクロウ館へ到着した。その途中で足助香苗さん姉弟の屋敷にも逗留。どちらの館でも暖かく迎えてもらった。両者、壮健でなにより。
必要な報告は冴子さんが行ってくれるらしい。俺たちは疲れを癒したら、東京へ戻っていいと言われた。とりあえず梨恵さんの様子を確認したい。居場所を聞き、知紗兎さんと二人で部屋を訪れる。
「すみません、賢悟です」
「邪魔するぞ」
「どうぞ、開いていますよ!」
元気そうでよかった。室内に入ったら、梨恵さんは机に向かっている。どうやら書き物をしていたようだ。あれは普段使いの手帳だな。
俺の視線に気付くと、手帳を見せてくる。読んでいいのかな。内容は今回の件をまとめたもの。分かりやすく整理されており、感心した。
「身体に不調はありませんか?」
「大丈夫です! それで、どうでしょう?」
質問は手帳の内容について。感想を伝えたら、梨恵さんは表情をほころばせる。知紗兎さんも率直に褒めていた。とにかく、この様子なら心配はなさそうだ。
「もう俺は行きます」
「お茶でも飲みませんか?」
「荷物の整備がありますから」
バックパックの汚れも酷い。その他の持ち物も、多かれ少なかれ手入れが必要。
「私は風呂に入りたい」
「同感です」
知紗兎さんの言葉に共感しかない。じっくりと湯船に浸かりたい気分だ。きっと疲労が取れるはず。
梨恵さんのいた部屋を出て浴場に向かうと、途中で冴子さんに会った。着替えたようでメイド服の装い。どうやら彼女は風呂の準備をしてくれたらしい。俺たちの行動を予測したのか。東京に戻るのは二日後の予定。それまで身体を休めたい。
そして時が流れ、天目探し屋事務所に到着。時刻は夜。先に梨恵さんを自宅前へ送ったので、俺と知紗兎さんだけがいる。
事務所に入った直後、情報屋からメールが届いた。タイミングが良すぎて怖い。どこかで見張っているのかと疑いたくなる。
「どうした、賢悟?」
「知紗兎さん、情報屋ですよ。三日後の夜に調査結果を渡せるとありますね」
「ならば、それまでに例の課題を済ませておこう」
その方が二度手間にならずに済むな。まずは内容の再確認。課題の書かれた紙を知紗兎さんに渡した。
『東の京に聳える洋館。天に登りし階梯を踏みしめた。臥房に向かいて安臥の時が到来する。止まり木で休むこと禁じてはならない。眠りも語りも等しく価値あり。安寧こそ活力の源に』
彼女が読み上げる声を聞きながら、頭を働かせる。迷わずに内容が理解できた。今からでも実行しよう。