55話 大判小判がざっくざく
翌日、目が覚める。俺は寝袋の中で身じろぎした。小屋に四人分の個室は無く、一つの部屋で雑魚寝状態だ。依頼者の幸助だけは、管理人用の部屋を使っている。俺の隣に知紗兎さんがおり、少し離れて梨恵さんが寝ていた。
寝袋の中から、床に置いた腕時計を確認。日の出ちょっと前くらいだな。予定の起床時間より少し早い。もっとも、せいぜい数分ほど。とりあえず寝袋から出る。二人が起きる前に着替えを済ませた。そして目覚めの時間が訪れる。
「知紗兎さん、起きてください」
彼女の寝袋を揺さぶりながら、声を掛けた。何度か繰り返したら、やっと両目を開ける。
「……眠い」
「おはようございます、朝ですよ」
「もう、そんな時間か」
いかにも不承不承という感じで、知紗兎さんが起き出した。また俺たちの会話を聞いて目を覚ましたのか、梨恵さんも寝袋から出てくる。だけど目の焦点が合っていない。
なんというか半覚醒みたいな感じだ。ボーっとしているとも言う。
「梨恵さん、大丈夫でしょうか?」
「起きています、起きていますよ!」
どうやら無事に目覚めたようだ。あとは幸助だな。二人が身支度をしている間に様子を見てくるか。
すぐ隣の部屋だから、移動に時間は掛からない。入り口の扉を軽く叩いた。
「おーい、朝だぞ」
「入ってくれ」
なんだ、すでに起きていたのか。中に入ると出発の準備をしている。
「早いな」
「待ち望んだ財宝が手に入るかもしれないのだ。悠長に寝てられん」
「まあ、そうか」
「もう一度、今日の予定を確認するぞ」
今まで充分に打ち合わせをした。それでも念には念を入れてか。到着までの道と時間を話し合う。
しばらく会話を続けていると、扉を叩く音が聞こえた。
「そろそろ朝食にしようって、所長が言っていますよ」
「わかりました、梨恵さん。すぐに行くと、知紗兎さんに伝えてください」
話を切り上げて、隣の部屋に向かう。残念ながら、ここには新鮮な食材がない。各自、携行食で済ませる。わりと美味いのは嬉しい。
すぐに食事の時間は終わった。しばし休息。いきなり動くのは危険だからな。
そして出発の時間が訪れる。まだ日が昇ったばかり。日中に無理をしたくない。午前の移動が重要である。気温が高くなる前に、中継地点に辿り着きたい。
「次の休憩小屋まで半日ほどだな。そこから先はオレも行った記憶がない。頼りにしているぞ、探し屋」
「任せろ、当主代行。すぐそこに財宝は眠っている」
知紗兎さんが自慢気に言った。
「行きましょう、足下には気を付けてください。梨恵さん、無理をしないように」
「はい、頑張ります!」
その返答は不安になるのですけど。本当に身体を労わってほしいと思う。彼女に異変があれば、きっと知紗兎さんも悲しむだろう。
とにかく注意を払いつつ出発する。道中の視界が悪すぎる獣道や、岩場が目立つ斜面などに苦戦しながらも歩を進めた。そして太陽が頂点に達したころ、ようやく目的地に到着。ここで少しだけ休息を取り、すぐに再出発。――ここまで来ると、道の存在すら分かりにくい。それでも先に進んでいったら、スケッチブックの絵に似た風景が見つかる。近付いて調べよう。
「間違いない、この場所だ」
見た感じだと草に覆われた急斜面。ほとんど垂直である。知紗兎さんが指差した所を慎重に確認。バックパックに付けたヘルメットをかぶって、作業を開始した。表面の植物を取り除き、土を掘っていく。どうやら石が積まれており、その外側を埋めていたようだ。もし知紗兎さんの天眼通がなければ、きっと横穴があることに気付かなかっただろう。
なんとか上部にある石を一つ抜く。俺の身長よりも少し高い場所にあり、かなり苦労した。さらに二つ、三つと続ける。中が見えそうだけど、暗くて様子が分からない。
「賢悟、灯りだ」
「ありがとうございます」
知紗兎さんからライトを受け取り、中を照らす。かなり先まで穴が続いている。きっと通路として使われていたのだろう。穴の横幅は二人が並んで歩けるくらい。高さは成人男性の平均より少し上だな。遥か昔に掘られたのなら、かなり大変そうである。
「……本当に見つかるとは」
幸助が驚きのあまり固まっていた。今まで半信半疑だったのかな。まあ、無理もないか。そして硬直が解けると首を捻る。
「どうした?」
「いや、この周辺に鉱山の記録は無かったはず。何のための坑道だろう」
「別の目的で作られた可能性もあると?」
「そうだ。戻ったら調べてみよう」
この話は置いておこう。今は目前の積石を対処することが先決。
「交代で石をどかしいくぞ!」
「なら最初は俺がやります」
知紗兎さんの言葉を聞き、率先して名乗りでた。
「オレもやるぞ。二人ずつ入れ替わりにしよう」
「それなら左側を頼む」
「よし、任せろ」
揉めることなく順番が決定。俺と幸助が最初に取り掛かる。梨恵さんは休ませてあげたいと思っていたから、依頼人が自ら立候補してくれて助かる。
手分けして作業すること四半刻。ある程度の対応が完了した。想像していたより早く終わる。思ったより石が取り除きやすかったのだ。おそらく再び訪れたときのことを考えたのだと思う。入り口さえ隠せれば、強固に封じる必要はないからな。あとで財宝を取りに来たとき、大変な作業になることを避けたのだろう。
ようやく中に入れるまで片付いた。まずは俺が先に行く。最優先の課題は安全の確認だ。あらかじめ天眼通を使ってもらうと、見える範囲だと問題はないらしい。それでも慎重に調べていく。たとえ天眼通でも空気の状況まで把握するのは困難なはず。――中に入り途中まで進み、様子を見てから引き返す。
「戻りました、おそらく大丈夫です! 坑道内に左右の分岐が多数ありますけど、どうしましょう?」
「まずは直進だな」
知紗兎さんの意見に賛成する。改めて準備をして三人で突入した。梨恵さんには残ってもらい、非常事態が発生したときの対応を頼む。
ヘッドライトで照らしながら、真っ直ぐに進んだ。そして突き当りまで来ると、右側に曲がる道がある。近くに部屋があった。室内に多くの木箱が積まれている。数十個か、それ以上だろう。とにもかくにも視界内の至るところに置かれていた。あまりにも保存状態の良い箱に驚く。
「中を調べてみます」
まず三人で周囲の天井を調べ、崩落の危険性は低いと判断。外にいる梨恵さんを呼んだ。きっと発見の瞬間に立ち会いたいはずだから。
俺は近くの箱を手に取って開ける。これは銭貨だ。少し進んで部屋の中央付近。そこの箱には小判が入っていた。さらに奥まで行ったら、同じように中身を確認。これは大判だ。
「どうでした? 埋蔵金、ありました?」
「大当たりですよ」
興味津々な梨恵さんに、俺は短く答えた。そして四人で手分けしながら、中身をチェックしていく。正確な調査は専門家に任せるとして、おおまかな状況の把握が狙いである。
箱の量が多くて、全ての確認は難しい。暗くなる前に小屋まで戻りたいからな。記録係を梨恵さんと幸助に頼む。二人一組にしたのは、照明担当が必要なためだ。ヘッドライトだけでは厳しい。
「軽く見ただけでも一財産だな。山のような金貨じゃないか」
「大判小判がざっくざく、これは凄い発見だと思います!」
「二人とも資料のことを忘れないでください」
知紗兎さんと梨恵さんの会話を聞き、俺が横から口を挟んだ。奥の箱に紙の束や巻物が収められていた。歴史的価値のある物かもしれない。
「そっちは歴史マニアに任せるさ」
三人で話をしていたら、財宝の記録を細かく書いていた幸助が顔を上げる。また手帳を閉じたため、梨恵さんが手に持ったライトを消した。
どうやら記録も終わったな。
「とにかく捜索は完了だ。ここまで早く見つかるとは思わなかった。感謝する」
「私たちは報酬分の仕事をしただけさ」
あ、そうだ。知紗兎さんの言葉で思い出したことがある。今回の成功報酬として発見した埋蔵金の五分が手に入る契約だった。5パーセントでも結構な額になる。これはボーナスが期待できるかも。
さりげなく聞いてみようと思い、彼女の様子を窺う。だけど少し様子が変だ。
「どうしました、知紗兎さん?」
「いや……本当に捜索は終わったのか。……見落としがあるような」
しきりに後ろ――坑道の深奥を気にしていた。
「今後、専門の調査も入ります。その結果を待ちましょう」
「そうするしかないか」
あとで幸助に進展を教えてもらえるか尋ねておこう。成功報酬の件もあるため、ちょうどいい。調査が終わらなければ、金額が決まらないからな。
そして俺たちは坑道から出た。一仕事終えたあとの太陽が眩しい。