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54話 なぜ財宝を求めるのか

 小屋の中で休息を取り始めて、数分ほど経った。唐突に梨恵さんが手を上げる。さっきまで無言で身体を休めていたのに、どうしたのだろう。

 俺たちの視線が彼女に集中する。


「質問があります。大林家って、お金持ちですよね」

「まあ、そうだな」


 ちょっと戸惑いつつも幸助が肯定。


「埋蔵金が見つかったとして、グループの資産を考えると微々たるものでしょう。当主代行が自ら捜索に出ている理由が分かりません」


 資料によると埋蔵金の推定金額は数億円になるそうだ。かなりの額ではあるが、大企業の収益とは比較にならない。

 当主代行が不在で悪影響があったら、本末転倒と言えるだろう。


「……そういえば話していなかったな」


 どうやら言いにくそうである。なんとなく想像できる気がした。金銭が目的ではなさそうだ。そうなると考えられるのは――。


「もしかして埋蔵金が争いの火種になっているのか?」

「……その通りだよ」

「個人の財産として、数億円は大金だな。それを狙っても、おかしくはない」


 もともと本家は埋蔵金を探していた。しかし問題が積み重なって、計画は頓挫。今では当主の座を失っている。

 現状では監視の目もあり、目立った行動はない。だが時が経てば、再び動き出すことは明白。


「身内の恥をさらすのは気が引けるが、本家は捜索に会社の金を使っていた。このまま放置すれば、同じことが起きる」


 横領までしていたとは。元本家の関係者は結構な数らしい。全ての人を掌握することは困難。ならば火種を見付けて消してしまおう、そういう目的とのこと。

 ちなみに今回の捜索費用は、一族の有志によるポケットマネーを使用。元本家を快く思っていない者も多く、かなりの金額が集まったそうだ。


「つまり、お家騒動か。名家も大変そうだ」


 知紗兎さんが他人事のように言っているけど、間違いなく彼女も名家の出身だと思う。天目グループは大林一族と比較しても遜色ない歴史を持つ。


「また埋蔵金の存在が、元本家の結束を強めている。それを断ちたい」

「縋るものを失えば、組織が空中分解するか。そのあとで幸助がバラバラになった人たちをまとめる。これを狙っていると」

「ああ。そのためには、早い内に財宝を見付けたい。頼んだぞ、探し屋」


 もちろん仕事は全力を尽くす。俺たちは揃って頷いた。


「ただ焦りは禁物。知紗兎さん、行動計画に変更はありませんよね?」

「現状を維持しよう。あ、スケッチブックを見せてくれ」


 俺は床に置いたバックパックから、言われた通りの物を取り出す。知紗兎さんに手渡すと、最後に描いたページを見始めた。前回の再確認だろう。それから実際に歩いたイメージを追加して、改めて天眼通を使ったのだ。なんとなく彼女の様子で分かる。




 わずかな時が流れ、知紗兎さんが瞳を閉じた。そして数秒後、両眼を開く。少し眉をひそめ、わずかに唇が歪んでいた。ちょっと悔しそうな表情である。


「……惜しいな。あと一歩で何か掴める感じなのだが」

「もう一度、絵を確認させてください」

「ああ、ほら」


 俺は知紗兎さんの横からスケッチブックを覗き込む。改めて見ると、かなり切り立った場所のようだ。しばらく眺めてから、等高線の描かれた地図を取り出した。歩いた場所をイメージしつつ、スケッチブックの絵と見比べる。

 急斜面であることから、等高線の間隔が狭い場所に限られると思う。また頂上の付近は除外しても構わないはず。もしも頂上の周囲に坑道があれば、過去の捜索で見つかっていると考えたのだ。


「予備の地図を使いますよ」


 一言だけ断ってから、赤ペンで印を付けていく。ある程度の目星を付けた方が、天眼通の精度が上がるらしいからな。このとき大切なことがある。ちょっとばかり強引でも当たりを付けること。俺の不安は知紗兎さんに伝播してしまう。

 思ったよりも多くの場所がマークされていく。結局、かなり広範囲になったな。考えてみれば、かつての捜索で似たようなことを行った人もいるだろう。それでも発見できなかったのは、絞り込みに失敗したからか。


「これが候補だな」

「……あくまで推測ですよ。しかも広すぎて特定が困難でしょう」

「問題ない。さっそく試してみよう」


 初日から数えると、二桁を超えるほど天眼通を使っている。そろそろ辛くないか心配だな。できれば、ここで大きな進展があると助かる。まだまだ捜索が始まって間もない、贅沢な望みだろうか。

 次の瞬間、知紗兎さんの目が大きく開かれた。彼女の右手が自身の額に触れる。いつもと違う反応である。


「あの、どうしました?」


 知紗兎さんが無言で地図の一部を指す。俺が示した候補の一つ。おそらく重要な発見をしたが、隣に幸助がいるので口を(つぐ)んだのだろう。


「そこに財宝がありそうなのか?」

「一応、捜索の目星がついた。手段は気にしないでもらえると助かる」


 幸助が興味深そうに俺たちを見たので、当たり障りのない範囲で答えておく。


「……天目一族の話は聞いたことがある。オレは何も見なかった。捜索が成功するならば、口出しはしない。無論、軽々しく話すことも止めよう」

「悪い。助かるよ、幸助」


 こちらの事情を酌んでくれたのだろうか。天眼通の悪用を考える者もいるので、気を付けるに越したことはない。

 とにかく今後は遠慮なく能力を活用できそうだ。知紗兎さんも少しやりにくそうだったから安堵していると思う。


「あの、所長。そろそろ結果を教えてください」


 梨恵さんの言葉で本題に戻る。改めて知紗兎さんは、地図の一部を指し示した。当たり前だけど、さきほどと同じ場所である。


「ここに入口がある。はっきりと見えた、それも内部まで」

「どんな様子でしょう? 私、財宝なんて見たことありません。気になります!」

「小判……いや、大判の入った箱がある。大量だ」

「埋蔵金の代表格ですね。俺が調べたところ、複数の発見例を確認しました」


 大判は金の含有量が多いらしい。それだけ価値がある。隠し財宝としては、よくある話だ。発見された例は珍しいけど。


「さっそく行きましょう!」


 梨恵さんが明るい声を出した。方針が固まったことにより、皆の表情が柔らかくなった気がする。

 ただ目的地が分かったのはいいけど、かなり遠そうだ。幸助が視線を宙に向け、なにやら考え込んでいる。たぶん進むべき道を想像中なのだろう。


「……たしか二通りの行き方があるな。難所があって険しい道だが、ほぼ一直線に進むルート。もう一方は時間が掛かるものの、なだらかに進むことが可能だ」


 俺と知紗兎さんは顔を見合わせる。


「安全な方で行きましょう」

「まっすぐ進むぞ!」


 ほぼ同時に発言。ただし内容は真逆である。どちらかというと彼女は直情径行な性格。そのため直進を選ぶとは思っていた。

 とはいえ不慣れな山道。険しい道を進むのは賛同いたしかねる。


「依頼人もいることだし、堅実にいきましょうよ」

「地元民だろ、大丈夫さ」

「梨恵さんにも無理をさせたくありません」

「むう……」

「それと知紗兎さん、貴女のことも心配です」


 ほとんど畳み掛けるように話を続けた。


「わかった、わかったよ! 遠回りをする、それでいい!」

「ありがとうございます」


 どうやら納得してくれたらしい。これで一安心だ。他の二人からも異論はなく、方針が決定。このまま目的地へ向かうことにした。

 途中で夜になるため、別の小屋に泊まる予定だ。幸い食料には余裕がある。




 幸助から分かる範囲で道を聞いた。おおまかな方向だけ間違えなければ、あとは進みながら確認して対応する。

 休息を挟みつつ歩くこと数時間ほど。周辺が茜色に染まるころ、遠くに建物が見えた。きっと目的の小屋だな。というか違ったら泣く。さすがに足腰が辛いのだ。


「……私たちは緩やかな方を選びましたよね……酷い道だったのですが……」


 やや息を切らしながら梨恵さんが呟いた。かなり登りが続いているので、呼吸も乱れるだろう。


「険しい道は、もっと酷いぞ。ロッククライミングとまでは言わないが、急斜面もあったはず」

「……なるほど」


 幸助の返答を聞き、微妙な表情で梨恵さんが頷いている。あくまで相対的に歩きやすい道ということだな。

 とりあえず建物が見えると気持ちは楽だ。少しずつ近付いているのが分かるからである。


「やっと着いたな」


 知紗兎さんの声でゴールまで来た実感が湧いた。まあ、正確には中間地点だが。それでも今日の終着点には違いない。


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