53話 レトロとモダンの融合
翌日、夜明けと共に起床。想定よりも遥かに快適だった。眠気を払いつつ食堂に行ったら、そこで幸助に会う。
「ここ思ったより便利な生活ができるな」
「……敷地内に存在する小屋は、大林グループで開発した最新設備を備えている。現場での試験中なのだ。口外しないでくれよ」
最新式のソーラー発電機やバイオトイレなど、テストモデルの確認を行っているらしい。僻地で快適な暮らしを送るための設備開発を目指したとか。なんと実態は金に糸目を付けぬ、理想を追求した建物である。
もともとの設備も残っており、今は併用した環境を構築。いいとこどりを目指すのか。
「分かったよ。それにしても外観からは想像できないぞ」
「そういうコンセプトなのさ」
「なるほど」
きっと見掛けや雰囲気も大事にしているのだろう。レトロとモダンの融合だな。少し分かる気もする。
一日だけ泊まった感じだと、良い暮らしができそう。まあ、実際は苦労も多いと思うけど。
「ところで他の二人は? 同じ部屋だったよな」
「もう起きて、今は着替え中だよ。俺だけ先に出てきた」
大部屋で泊まると、こういうときに困る。
「一人ずつ個室を使ってもよかったのだが。もしかして遠慮したのか?」
「違うよ。捜索の件で打ち合わせしやすいだろ」
「それもそうか」
一応、この理由も嘘ではない。メインの話題は足助香苗さんについてだったが。幸助が彼女の能力について知っているのか、やはり気になる。仲が良さそうだし、把握しているかも。
ただ無理に聞き出すのも悪い。現状では様子見かな。
「おはようございます!」
元気よく食堂に入ってきたのは梨恵さんである。顔色も良いので、だいぶ疲れが取れたようだ。俺も軽く挨拶を返す。
少し遅れて知紗兎さんが姿を見せた。一見して眠そうだ。ちょっと心配なので、声を掛けよう。
「大丈夫ですか?」
「……問題ない。だけど睡眠時間が足りない」
今は夜明け直後。普段の起床時間より早いからな。だが暗くなってからの捜索は危険だ。それに効率も悪い。必然、早朝から動くことになる。今日の予定は休息を取りつつ、片道四時間ほど掛けて別の小屋に向かう。そのあと別ルートを確認しながら館に戻るつもりだ。
しかし財宝を探しながら進むため、時間は流動的である。場合によって、小屋に着いたら真っ直ぐ引き返すこともありえる。
「みんな、食事ができたわ! 幸ちゃん、運ぶのを手伝って」
「わかった、すぐ行くよ」
考えてみたら、香苗さんは日の出前から食事の用意をしてくれているのだよな。警戒するのに、ちょっと罪悪感がある。さりげなく知紗兎さんは天眼通を使って、出された料理をチェックしていたし。本人以外なら効果を発揮するようだ。
朝食のメニューは生野菜サラダに目玉焼き。敷地内に飼育小屋があるらしくて、そこで親戚が鶏の世話を担当。香苗さんの獲ったイノシシやシカの肉と交換する。この話を聞いたとき、レートが気になってしまった。
食事を終えたら、出発の準備を整えて外へと出る。香苗さんが汚れた服の洗濯を引き受けてくれたため、昨日より少しだけ荷物が軽い。とはいえ一日分の着替えが減ったくらいだけど。
俺は進行方向を地図で確認した。
「ここから先、だんだん標高が高くなるみたいです。気を付けてください」
予定のルートだと、しばらく山中を進む。途中で進路を変更し川に出る。そこを遡っていくと滝が見えるらしい。今日の第一チェックポイントだな。
「つまり本格的に登山の始まりか」
「地図を見た限りだと、そこまで急勾配はありません。なだらかな山道が続くようです。ただし滝の付近から一気に高くなりますね」
最後の打ち合わせをして、本日の捜索を開始。そして一時間ほど経過する。
「見えました、川です!」
「館から離れているな。井戸があるとはいえ、不便ではないのか?」
俺の言葉を聞き、知紗兎さんが疑問を呈した。皆の視線が自然と幸助に集まる。理由を知っているとしたら、館の関係者だろう。
幸助は顎に手を当て、首を捻る。
「たしか水害対策だったはず。それと、あの辺は平地で建てやすかったと聞いた」
どちらも納得のいく答えである。歩行に影響を及ぼさない程度に会話を続けた。さらに進み続けること二時間弱。
ついに滝へ到着。その光景に思わず目を奪われる。
「ここが最初の目標地点だな。なかなかのものだ」
「本当に良い景観だと思います」
知紗兎さんが感心したような声を上げた。俺も完全に同意だ。十メートルほどの高さで、勢いよく水が流れ落ちている。跳ねた飛沫に光が反射する様子は、芸術と言っても過言ではない。また周囲の緑と調和して、見応えがあった。
「ここは通称、安寧の滝。ちょっと面白い伝説があるぞ」
幸助が気になることを言った。なんでも大林家の先祖が周囲一帯の管理を始めたころの話。
豊かな水源を求め、武力集団が現れる。しかし滝に近付くと誰もが気を静めて、争う意思を無くした。武器を捨てた集団は、大林一族に仕えることになる。そんなことが何度も起こり、やがて『安寧の滝』と呼ばれるようになりましたとさ。
「へえ~、凄いですね! マイナスイオンの効果でしょうか!」
おそらく違うと思います、梨恵さん。いくらなんでも闘争心が根こそぎ無くなるようなことは考えにくい。最初に思い付くのは、大林家が管理の正当性を主張するために作り上げた伝承だな。
「野盗や落武者などを返り討ちにして、支配下に置いたということは?」
「もともと大林家の先祖は、林業を営んでいたと聞く。戦う力なんてないはず」
「その話、ちょっと引っ掛かるな」
どうやら知紗兎さんが興味を持ったようだ。
「調べてみましょう! 滝の裏に洞窟があるかもしれません!」
「ない。そこは調査が終わっている」
勢い込んだ梨恵さんの言葉を、幸助が即座に否定した。たぶん似たようなことを考えて、実際に探したのだと思う。
とりあえずチェックだけして、次の目的地に向かうことになった。
「賢悟、滝の伝説について記録を残しておいてくれ」
「承知しました」
できるだけ詳しく手帳に書いておこう。また梨恵さんも同じように、メモをしている。あとで互いに確認したい。
幸助に話を聞きつつ記録を取った。書き終えたら出発だ。目指す場所は、各地にある小屋の一つ。
進むにつれて、道が分かりにくくなる。それでも辛うじて人間の踏みしめた跡を頼りに歩いていった。財宝の捜索に当たって、事前に小屋を整備していたらしい。そのときの形跡みたいだ。
「ここから先、まともな建物は少なくなる。悪いが大変な活動だぞ」
「覚悟はしていたさ。それに、もっと酷い環境での仕事だったこともある」
幸助の忠告に努めて明るく返した。環境の悪さを悲嘆しても仕方ない。前向きに捜索を頑張ろう。
皆も疲れているのか、口数が少なくなりつつも小屋に到着。一言で表すならば、あばらやだな。ただ最低限の補修は完了しているとのこと。
「とりあえず中に入りましょう!」
梨恵さんの提案に従い、皆で小屋内に進入。意外に綺麗な気がする。最後に人が訪れてから、しばらく経っているはずなのに。
「目立った汚れが見えませんね」
「確かに。不思議な感じがする」
「素材と塗料に秘密がある。現在、開発中の優れものだ」
俺と知紗兎さんの会話を聞いて、幸助が理由を説明していく。なんでも清潔感を与えるために、特殊な材料を使っているらしい。さらに強度も充分。また断熱性も高く、夏でも冬でも暮らしやすいみたいだ。
「管理人が不在ですけど、大丈夫でしょうか?」
「定期的に見回りが来ている。それで充分という判断さ」
梨恵さんの質問に対して、さらっと幸助が答えた。そもそも大林家の敷地内で、ここまで到達するのも大変である。開発技術を狙うにしても、重要な情報は置いていない。そういう輩は本宅に目を付けるだろうとのこと。
さて話の続きは腰を下ろしてからだな。俺たちには休息が必要だと思う。