51話 姉への手紙
いよいよ捜索が始まる。最初に目指すのは敷地内の小屋である。正確に言うと、その一つ。分家が管理する建物に向かうのだ。
俺と知紗兎さんが先を進む。今はまだ、二人ならば並んで歩けるくらいの道幅があった。山や森に入るため、全員が地味な色の動きやすい服装をしている。背中のバックパックで、必要な荷物を持ち運ぶ。
「各地に簡易小屋がありますね。そこを渡り歩いて調査範囲を広げましょう」
「場所は当主代行の用意した地図に載っているな。先導は任せたぞ、賢悟」
「お任せください」
そして知紗兎さんは所々で天眼通を使う。足下が疎かにならないよう気を付けてもらいたい。俺も隣で目を配っておくが、本人の意識は重要だ。
歩きつつ、幸助から小屋の様子を聞いた。井戸や川を利用して水源は確保できているらしい。それと一応、寝る場所くらいはある。お世辞にも快適とは言えないと言っていたけど。
「思ったよりは歩きやすいですね。もっと酷い道だと思っていました」
梨恵さんの感想に俺も同意する。舗装はされてなく、感覚としては獣道に近い。ただ、それなりに人の往来があったのだろうか。踏みしめられた道があった。
「最近、何度か使っているからだな。そのとき通行しやすいようにした。とはいえ奥までは手を加えていない。遭難に注意してほしい」
「地図は常に確認しておくよ。それにしても、わりと小屋が多くて驚いた」
幸助が遭難の警告をするのは、決して誇張ではない。それだけ広い敷地なのだ。今は俺が地図を見ている。進行方向には、充分に気を付けたい。
「遠くても半日ほど歩けば着くように、間隔を計算して作られたらしいぞ」
「なるほど、それも遭難対策か」
「まあ、そういうことだな」
道に迷ったとき、少し助かる確率が上がるだろう。幸助と二人で話していたら、急に知紗兎さんが歩行を停止。
「どうしました?」
「賢悟、地図を見せてくれ」
「あ、どうぞ」
ここで天眼通を使うつもりだろうか。俺も足を止め、知紗兎さんの視界に地図が入るようにした。彼女は真剣な表情で周囲を見回す。ときどき地図を確認し、また辺りに目を配る。それを何度か繰り返した。
やがて両目を閉じて、首を横に振る。
「時間を取らせた、先に進もう」
どうやら成果はなかったようだ。俺たちは再び近くの小屋を目指し、歩き出す。二時間弱ほど経って、最初の目的地に辿り着いた。見た目は掘っ立て小屋である。その隣に井戸も存在していた。
「ちょっと小休止しませんか?」
「賛成です!」
真っ先に梨恵さんが声を上げた。きっと疲れたのだろうな。それも無理はない。まだ彼女は外での捜索活動に慣れていないはず。とはいえ返事ができているうちは大丈夫だと思う。それと声に元気もあったし。
今日の予定は徒歩で行けるところまで進み、日没までにウラルフクロウ館へ戻ること。言うまでもないが、いきなり財宝を発見できるとは考えていない。それでも必要な行程である。周囲の地形を把握する第一歩だ。
「ところで腹が減った。天眼通を使い過ぎたかもな」
「軽食で栄養補給しときましょう」
次に目指す場所は、分家が管理する屋敷だ。小屋と違って、それなりの大きさがあるとか。ここから、さらに二時間ほど掛かるらしい。
めいめいが背負ったバックパックから食べ物を取り出した。見ると知紗兎さんがチョコレート、梨恵さんはゼリー飲料。幸助はリンゴのドライフルーツだな。俺は羊羹で見事にバラバラである。
十数分後、休憩を終えたら再出発。歩き続けていると、途中で川にぶつかった。目的の建物までは、ここから川沿いを進むと分かりやすい。
「懐かしいな。子供のころは、この川で魚を捕ったものだ」
感慨深げに幸助が呟いた。そこそこ大きい川で、子供の遊び場としては充分だと思う。休暇だったら釣りに行きたい気分になる。
周囲に目を配りつつ、思い出話を聞いていく。今から行く場所は一時期、住んでいた家らしい。良い所だが、欠点は通学に不便だったこと。結局、管理を代理人に任せることになる。それから幸助と両親は町に移り住んだとか。
「ちょっと待った。最低でも片道四時間は掛かるだろ。そもそも通学は不可能ではないのか?」
話を聞いて疑問に感じたので、本人に問い掛けた。さっきから俺と幸助ばかりが話している。知紗兎さんは天眼通に集中したいからか、普段よりも口数が少ない。梨恵さんは疲労かな。だんだん道も悪くなってきて、歩き慣れないと辛いはず。
「普段は本家に預けられて、分家宅には週末だけ帰っていたんだよ」
「あ、なるほど」
しかし、それでは家族の団欒も難しい。ご両親が町に出たのも分かる気がする。そんな話を聞きながら道を行き、ようやく家が見えた。ウラルフクロウ館を小型にしたような建物だな。
分家の者が交代で管理するため、いつも誰かしらが住んでいるみたいだ。そして今は遠縁の親戚が生活しているとか。
「おじさん、いたら返事してくれ!」
幸助が外から呼びかけるものの、応答なし。この時間だと森の確認や山菜取りに出ているかもしれないとのこと。
不在かなと思ったとき、入口の扉が開かれた。出てきたのは五十代前後の男だ。がっしりした体格で、ずいぶんと日に焼けている。
「やあ、いらっしゃい。すまないね、地下で蔵の整理をしていたもので」
「構わない。悪いね、押し掛けて」
「気にすることはないよ。さあ、当主様。どうぞ中へ」
「オレは代行だって言っただろう」
わりと仲が良さそうだ。軽口を挟みつつ、互いに近況を報告している。しばらくして俺たちに気付いたので、軽く頭を下げておく。館の中で昼休憩を取りながら、紹介してもらった。
五十代前半の男で、元は大林グループの営業マンらしい。出世も早くてエリート街道を進んでいたけど、思うところがありセミリタイア。今は館の管理をしながら暮らしている。少し離れたところに農園があり、そこの世話係でもあった。そして別の建物を管理している姉がおり、ときどき食料の交換を行っているとか。
「――そろそろ休憩も終わりですね」
「念のため、荷物を確認しておくか」
手作りの野菜料理をいただいたあとは、少し身体を休めていた。時計を確認し、皆に出発が近いことを知らせる。俺の言葉を聞いて、知紗兎さんがバックパックのチェックを始めた。彼女の準備が終わるころ、他の人たちも出発の準備が整う。
「ところで坊ちゃんは、これからどちらに?」
「その言い方は止めてくれ。午後の進路は探し屋に任せてある」
詳細な地図を持っているのは俺だけ。ちょうど取り出しているので、広げながら簡単に説明。
男は一つの小屋を指差した。
「この近くまで行くなら、姉に手紙を渡してもらえませんか?」
前に訪ねたら留守だったらしい。姉の好きな野菜を送ろうと思ったが、足が速い食べ物だから玄関前で長時間の放置は怖い。それで予定が空いたら取りに来るよう伝えたいとのこと。
もともと目指していた場所だ。手紙の配達くらいなら大丈夫だとは思う。四人で相談して、引き受けることになった。
「オレが手紙を預かる。探し屋は捜索に専念してほしい」
「そうさせてもらうよ」
「方針も決まった。そろそろ行くぞ」
知紗兎さんの言葉を合図に、それぞれ外に出る。進めば進むほど険しくなる道を集中して歩いていった。途中で木が倒れた場所に出る。なんとか全員で片付けて、行軍を再開。
足場の悪い道を悪戦苦闘しながら前進していくと、ようやく建物が見えてきた。物干し竿に洗濯物が掛かって、さわやかな風にたなびく。薄手のシャツや作業服に混じり、黒い忍び装束もあった。他にタオルや靴下など。不審な点は何もない。
「在宅中なら助かるのですけど」
「残念だが、誰もいないようだな」
俺の呟きに知紗兎さんが反応。天眼通で確認したのか。どうするかと考えたとき玄関の扉が開かれる。五十代前半くらいの女性。細身で痩せ型。
ちょっと俺は首を捻った。そして知紗兎さんは目を丸くしている。




