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50話 依頼人と意気投合

「……本格的ですね。ちょっと私は苦手かもしれません」


 テーブルに並べられ銀色のカトラリーを見ると、梨恵さんが困惑したような声を出した。声量は小さく、隣に立つ俺がギリギリ聞こえるくらいである。

 夕食は大林さんも同席していた。共に食べるのは俺たちだけ。四人での会食か。初日ということでコースのディナーを用意したらしい。ただ、あまりマナーは気にしなくていいと言われた。


「堅苦しい食事は大変だろう。気にせず食べてくれ」

「お気遣い、ありがとうございます。梨恵さん、お言葉に甘えましょう」

「……そうですね」

「遠慮なくいただくとする」


 知紗兎さんは余裕そうだな。彼女は良家の子女で、テーブルマナーに問題ない。俺は何度か知紗兎さんから教わったことがある。格式の高い有名店でもなければ、大丈夫だと思う。

 思ったより夕食は和やかに進んだ。大林さんは仕事が残っているらしく、酒量は控えめだった。一方、知紗兎さんはガンガン飲んでいたけど。




 晩餐が終わって、しばしの時間が経過した。俺は今、食堂にいる。茶葉を分けてもらおうと思ったのだ。

 そこへ大林さんが姿を見せる。


「どうした? 夜食なら使用人に言えば、すぐ用意できるぞ」

「暖かいものでも飲もうかと思ったのです。よければ一緒にどうでしょう。お茶を用意しますよ」

「それもいいが、せっかくだし酒に付き合え」


 どうやら今日の仕事を片付けて、一杯やるために来たらしいな。ご相伴に与るとしよう。


「いいですね、飲みましょう」


 そして、ちょっとした飲み会が始まった。結構な量の夕食だったため、つまみは軽く。だが味は良く、酒も美味い。二人で雑談に興じていたところ、共通の趣味が判明。大林さんもボードゲームが好きらしい。長野にあるオススメの店も聞いた。ぜひ行きたいけど、そんな余裕はあるだろうか。依頼中に長時間は抜け出せない。また仕事が終わったら、そのまま帰るはず。

 実際に二人用の物で対戦も行った。依頼人に花を持たせるなどは微塵も考えず、ほぼ完勝。真のボードゲーマーならば常に全力勝負である。まあ、相手が手抜きを嫌うタイプだと判断したからだけど。


「お前、やたらと強いな!」

「頭脳明晰な友人に鍛えられたので」


 恐ろしく思考能力に優れた奴で、頭脳戦だと勝ち目がない。本気で対戦すると、完全な運勝負でしか白星を得られないのだ。とはいえ普段は勝ち負けに拘らず、わりとノンビリやっている。

 知と運が大切な歴史あるボードゲームで決着が付いたら、あとはダラダラと飲みつつ会話を楽しむ。


「――ちょっと、酒が過ぎたか」

「うわ、こんな時間だ! 幸助、もう俺は寝るぞ」


 ボードゲームのオンライン環境について語っていたら、とっくに日付が変わっていることに気付く。この館にはインターネットが繋がっていないため、酷く悲嘆に暮れていた。先代当主の意向で、通信環境を制限したとか。


「オレも部屋に戻るさ。明日から捜索、頼んだからな」

「了解!」


 ともかく、そろそろ寝なければ明日に差し支えるだろう。二人で手早く片付けを済ませ、寝室へ向かった。やや千鳥足になりつつ無事にベッドへ入る。その瞬間、睡魔に襲われた。




 翌日、なんとか予定通りの時間に目を覚ます。すぐに着替えて食堂へ向かった。そこには梨恵さんだけがいる。

 少し遅れて知紗兎さんが来た。俺の顔を見ると、怪訝そうな表情をする。


「どうした? 二日酔いみたいな顔色だな。そんなに昨日は飲まなかったはず」

「……寝る前に一杯、やりまして」


 お互いに酒の強さを把握している。疑問に思うのは当然か。


「あ、ずるいぞ! なぜ私を誘わなかった!」

「いえ、成り行きで飲んだだけですから」


 そんな話をしていたら、一緒に飲んだ相手が食堂に入ってきた。たぶん俺以上に二日酔いだと思う。

 重い足取りで、こちらに近付いてきた。


「賢悟、お前は大丈夫か? 悪いな、昨日は付き合わせて」

「美味い酒だったし結果オーライだ。俺より幸助こそ無事だろうな」


 互いに気さくな感じで話した。昨日の夜に意気投合してから、こんな風に接している。

 俺の言葉を聞くと、幸助は額に手を当てた。


「まあ、かろうじて。ちょっと頭痛がするくらいさ。」


 本当に『ちょっと』かは怪しい、人のことは言えないけど。しかし仕事に支障が出るほどではなさそうだ。

 とりあえず朝食をいただこうか。今日は大林家の敷地内を歩き回ることになる。食べないと後が辛いのは明白だからな。




 しばらくして俺たちは四人で書斎へ向かう。途中まではメイドの小方冴子さんも一緒だったけど、別の仕事があると場を離れた。


「それで原本は用意できたのか?」

「問題ない。金庫を開けるのに、親父へ連絡をするのが面倒だったくらいだ」


 おそらく固定電話を使ったのだと思う。この館までは一通りのインフラが整っているらしい。

 山奥の方にも建物があるけど、そちらは自給自足を前提とした場所だとか。


「当主代行、さっそく見せてもらおう」


 知紗兎さんの要請に従い、幸助は巻物を広げた。かなり手付きが慎重だ。大林の家にとって、それだけ重要な物なのだろう。


「扱いには注意してほしい」

「家の歴史から始まり、資産を残す旨の記述。そして山中にある洞窟の絵。本当に内容は一緒だな。しかし私にとっては雲泥の差だ」


 あらかじめ聞いた通りである。これからが大切で、原本の存在は天眼通の精度を上げるのだ。俺は用意しておいたスケッチブックを知紗兎さんに渡す。


「探し屋の見解では、これで何か分かるのか?」

「ちょっと集中したい。すまないが少しだけ無言で頼む」

「幸助、後ろに下がってくれ」


 言いながら俺も壁際に移動。梨恵さんも同じようにしていた。幸助は少し遅れて下がる。


「わかった、お前たちに任せよう」

「始めるぞ」


 知紗兎さんの右手が素早く動いた。写真と見紛うほど、精緻な絵を描いていく。これは天眼通で見た景色を表したもの。

 やがて絵が完成する。だが山の斜面にしか見えない。どこも草木に覆われており手掛かりと言える特徴もなかった。


「かなり上手い絵だけど、ただの山だよな。これに何の意味が?」


 幸助には天眼通のことを説明していない。怪訝な顔をしているのも当然だろう。昨日の感じだと、話しても問題ないとは思う。折を見て知紗兎さんと相談したい。

 ちょっと悪いと感じるけど、ここは建前を話しておこう。騙しているようだが、天眼通の件は安易に喋ることじゃないからな。


「おそらく入口が時間経過で変化したときの想像図かと。それと今まで発見されていないのなら、分かりにくいようにカモフラージュしているかもしれないな」

「一見しただけでは洞窟と判断できないというわけか」


 後半は推測だけど、あながち間違ってはいないと思う。財宝を隠したのだから、見付からない工夫くらいするはず。


「そういえば他に捜索要員は?」

「もちろん手配してある。お前たちには主に場所の特定を頼みたい」


 実働部隊は別にいるのか。だが数は多くないと付け加えられた。どうやら過去の捜索で無茶なことをやったらしく、周辺住民から苦情が来ているみたいだ。河川の近くで大規模な掘り返しをして、水環境に変化が起きたとか。

 前当主は完全にクレームを無視していたけど、幸助が代行を務めるようになってから調査と説明を始めたと聞く。そして前当主が矢面に立ち、厳しい非難を受けている。そんなこともあって、大人数で捜索を行うのが憚られるみたいだ。俺たちも捜索の際は環境に配慮するよう求められた。


「よし、それなら私たちに任せろ。うちのメンバーは優秀だからな」


 知紗兎さんが断言した。根拠の大部分は天眼通だろうけど、所員を信頼していることも事実だと思う。俺も期待に応えたい。

 それから捜索の段取りを打ち合わせ。ある程度、方針が固まったら行動開始だ。


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