表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/31

5話 妖精の声

 昼食を終えた俺たちは、沢村良枝さんの自宅に向かう。聞き込みを兼ね、電車を使って移動だ。彼女の自宅は杉並区にあると聞いた。最寄り駅から一本で行けず、乗り換えが必要である。

 駅を出て歩くこと十分ほど。目的のマンションに到着。入口で来訪を告げると、すぐに通してくれた。エレベーターで六階に上がり、ドアのインターホンを押す。娘の梨恵さんが、玄関の扉を開けた。


「母から話を聞きました。二人が離婚を考えており、失踪の理由かもしれないと」

「まだ確定ではありませんよ。一日でも早く見つけるために、家の中を調べさせてください」


 事前に許可を貰っているけど、改めて頼んだ。良枝さんも顔を見せて、二人から承諾を得られた。梨恵さんが片手で家の奥を示す。


「もちろんです、どうぞ中へ」

「失礼します」

「邪魔をする」


 俺と知紗兎さんは、二人で屋内を回る。まず入って右手側にトイレ。その隣には脱衣場と風呂。まっすぐ進むとリビングがある。そして和室と洋室が一部屋ずつ。ベランダもあり、外へ出ると市街が眺望できる。

 一通り回ってから、本格的に調べ始めた。プロフィールや経歴は教えてもらっている。手掛かりになりそうなのは、本人の癖や性格が分かる物である。まず寝室に置かれていた古いアルバムを見せてもらおう。最新の写真は梨恵さんから預かっているけど、昔の雰囲気を知りたい。


「見ろ、賢悟。どの写真も端の方にいるな」

「控えめな方なのかと」


 梨恵さんの話では、真面目で人のサポートが得意。だけど自己主張は弱く、少し流されやすいみたいだ。

 次に調べたのは日記である。これは娘に見せないよう、良枝さんが管理していたものだ。夫婦仲について多少の記載があるため、隠しておいたらしい。


「最新の日記は持ち出したらしく、ここにあるのは使い終わった日記帳です」

「拝見します」


 とりあえず、新しいものからだ。隣で立つ知紗兎さんにも見えるよう、ページをめくっていく。なんというか良い人な気がする。不満や愚痴が少ない。とりあえず会った人や、行った場所をまとめよう。

 俺は日記帳を知紗兎さんに渡して、持ち込んだノートパソコンを開いた。彼女と協力しながら、重要そうな情報を入力していく。ふと彼女が視線を止めた。


「この『幻聴が聞こえる』という記載、気になる」

「いつ頃からでしょう」

「ちょっと待て」


 知紗兎さんが数年分の日記帳を確認する。俺は幻聴について調べよう。とはいえ今できるのはネットで検索くらいか。


「――だいたい二年ほど前から始まっているな。それから頻繁に起きたようだ」

「そのときの様子が気になります。良枝さん、すみません!」

「夫の幻聴ですね。そういえば何か声が聞こえると呟いたことがありました」


 少し離れた場所にいたけど、こちらの話を聞いていたのだろう。質問の前にすぐ答えてくれた。そのときは深刻そうではなかったらしい。何度か似たようなことがあったけど、少し経つと言わなくなったとか。

 だけど日記では頻繁とある。二人だけで暮らすようになり、夫婦の会話が少なくなったと言っていた。良枝さんが聞かなかっただけなのか。あえて言わないようにしたと考えることもできるな。


「ありがとうございます。知紗兎さん、捜索を続けましょう」

「そうだな。なにか進展があればいいのだが」


 それから日記を含め、家の中を探した。しかし新しい手掛かりは見つからない。訪れた場所や交友関係などは、梨恵さんと良枝さんが知っているものだけ。元から活動的ではなく、知人も限られているようだ。

 もう深夜と言える時間帯である。今日の捜索は終わりか。


「賢悟、使うぞ。ノートパソコンを貸してくれ」

「あ、はい」


 ノートパソコンを知紗兎さんの前に置いた。


「このフォルダに今日の調査結果が入っています」

「ありがとう、助かる」


 これは天眼通を使うための準備。まずは情報を確認。そして知紗兎さんは部屋を見渡した。最後に視点をベッドの方へ向ける。本人と関係が深い物や場所を基点にすると、より良い結果となるらしい。

 だけど、このままだ不審な人物に見えてしまう。フォローしておく。


「すみません。所長が考え込みました。すぐに終わりますので、そっとしてあげてください」


 この説明で二人とも納得してくれた。まあ、考え込んでいるのは本当だ。それに加えて能力を使っているけど。

 数十秒ほど経過。知紗兎さんは軽く目を閉じたあと、すぐに開いた。


「ふむ、やはり手掛かりが足りない」

「なら引き続き調査しましょう」


 そのとき、電話の着信音が鳴り響く。俺ではない。どうやら梨恵さんに掛かってきたようだ。相手の声は聞こえないけど、何事か話しているな。それから通話中のまま、俺たちに顔を向けた。


「鈴木さんから連絡をいただきました。明日、午後から時間が取れるそうですよ。お二人の都合を教えてください」

「問題ない、頼む」


 知紗兎さんは簡潔に答えた。梨恵さんが相手方に伝える。鈴木さんというのは、父親の同僚である。いきなり会社に押し掛けるのも悪いので、事前に連絡を頼んでおいた。

 もう遅いので天目探し屋事務所に戻る。二人に挨拶してから、外に出た。日中は暖かかったけど、夜は少し寒い。電車の駅まで世間話に興じる。こんなところで、依頼のことは話せないからな。


「腹が減った」

「帰ったら、なにか作りますよ」

「じゃあ駅前のスーパーに寄ろう」


 二人で買い物してから、事務所に戻った。さっそく料理を始めようか。仕事中の食費は、知紗兎さんが払っている。休日よりも食生活が豊かで本当にありがたい。

 そして彼女から晩酌の肴も頼まれた。明日に残らないくらいなら、大丈夫だな。誘われたので俺も付き合う。




 翌日の午後。俺たちは約束した会社の前に着いた。ビルの七階がオフィスだと、そう聞いている。

 午前中に行った聞き込みは、成果が出ていない。捜索の糸口になる話を聞けたらいいのだけど。


「そろそろ約束の時間です」

「行こう」


 中規模の会社で、手堅い経営をしているらしい。七階まで上がると無人の受付があり、用件は電話で伝えるようだ。入口のインターホンを使い、面会の予約があることを告げる。少し待ってから、鈴木さん本人が来た。ちょっと白髪が目立った、四十代くらいの男である。着ているスーツは清潔で、人に不快感を与えない。ただ表情は固い。

 どうやら社内の会議室を使えるらしく、俺たちを案内してくれた。細かい所まで掃除が行き届いた通路を進み、部屋の中に入る。


「話は聞いています。良枝さんの夫――沢村聞太(さわむらぶんた)の行方を捜していると」

「私たちは探し屋だからな」

「貴女は天目財閥の御令嬢、知紗兎さんですね」


 知っていたのか。古い家系や老舗の会社では有名だから、それほど不思議だとは思わない。


「その通りだ。誰から聞いた?」

「聞太が言っていました。かなり遠い親戚と聞いています」

「でしたら、そちらから調べることも可能でしょうか?」


 期待を込めて質問した。天目家の縁戚を調べれば、なにか分かるかもしれない。しかし無情にも首は横に振られる。


「残念ながら何代も前に婿入りして、今では繋がりも皆無みたいです」

「まあ、仕方ない」

「沢村家の縁を辿るしかありませんか」

「どうでしょう。実家は都内にあると聞きましたが、血族は少ないとか」


 梨恵さんから貰った資料にあったな。両親も早くに亡くなっているはずだ。今は別の方向から攻めるしかないか。会社での行動や心当たりのある場所を聞くけど、こちらも空振り。


「幻聴について知っていることは?」

「聞太さんは二年ほど前から、おかしな声が聞こえていたようです」


 知紗兎さんの聞き方だと分かりにくいと思い、ちょっと補足した。鈴木さんは、わずかに考えたあとポンと手を打つ。


「最近のことは分かりません。ただ子供のころに妖精の声が聞こえた、そう言っていました。だいぶ酔っていて、冗談だと思ったのですが。いつもは軽口も言わない奴が珍しくて、はっきり覚えています」


 妖精の声、気になる言葉だ。もうちょっと踏み込んでみよう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ