49話 二人のジグソーパズル時間
まず日程の確認をした方がいいだろう。事前にスケジュールを伝えてあるけど、連絡の行き違いがあったら困るからな。貴重品や重要書類が入ったカバンを開け、契約書を取り出した。他の荷物は車に積んだままだけど、このカバンは持ってきている。
「捜索の開始は明日から、期間は最長で一ヶ月。これで問題ありませんか?」
「構わない」
それから大林さんに細則を説明していく。この話を最も真剣に聞いているのは、おそらく梨恵さんだろう。もう少し仕事に慣れてきたら彼女の仕事になる予定だ。今から要領を学んでおきたいのだと思う。
大林さんは口を挟むことなく、無言で俺の話を聞いている。一通りの契約内容を伝え終えてから、依頼締結の署名をもらう。
「――確認しました」
「さっそくだが資料を見てほしい。忌憚のない意見を聞かせてくれ」
「皆さま、失礼いたします」
そのとき隣の部屋から小方冴子さんが姿を見せた。取手の付いた収納ボックスを持っている。そのまま大林さんの隣まで歩き、机の上に箱を置く。
箱を開けると中には大量の紙。あ、巻物が見えた。隣は休憩室と言っていたが、そちらにも資料があったのだろう。
「我が家に伝わる古文書だ。全て写しだけどな」
「拝見します。可能なら後で原本の方も見せていただけませんか?」
「構わないが内容は一緒だぞ」
「記された言葉だけでなく、雰囲気を感じることも大切なのです。と、所長が常々申しております」
これは本当のことだ。知紗兎さんの天眼通は、複写された情報だと精度が下がる
らしい。
「そういうことなら了解した。しかし金庫の中に保管してある。明日の朝までに、用意しておこう」
「お手数を掛けて申し訳ございません」
「いや、こちらも配慮が足りなかった。餅は餅屋。捜索で気になる点は、遠慮なく言ってほしい」
協力的で助かる。とにかく今は渡された資料を先に確認しておこう。思ったより量がありそうだ。印刷機でコピーした紙や、手書きで写した巻物。他にも屋敷内の見取り図や、周辺地域の情報。
「ところで有力な手掛かりはないのか?」
知紗兎さんの質問に、大林さんは首を横に振った。
「残念だが、まだ調査の段階なのさ」
「失礼かと存じますが、どの程度の信憑性でしょう?」
「親父の話だと、存在することは確かなようだぞ。民俗学者の知人に相談したら、はっきりと言われたらしい」
専門家の太鼓判が押されたのか。事前に調べたところ、大林家は有力弁護士団を抱えるコングロマリットである。埋蔵金詐欺だったら、すぐ分かるだろう。
「その学者は高名な方なのですか?」
「とある筋では高い評価を受けているとか。たしか高宮と言ったかな。お前たちの知り合いだと聞いたが?」
もしかして前に依頼で会った高宮先生だろうか。詳しく特徴を聞くと、どうやら間違いなさそうだ。
「先生からの紹介とは思いませんでした。なにも聞いていなかったもので」
「正確には世間話の際中に事務所の名前が出たらしい。手掛かりが少なくて発見は困難かもしれないが、天目探し屋ならあるいはと」
なるほど。正式に紹介されたわけじゃないのか。それで俺たちに連絡が無かったのだな。とにかく高宮先生が存在すると言ったのならば、かなり信じられる話だと思う。きっと天眼通であれば見つかると判断したのだろう。
資料を読んでいくと、大量の金塊を鉱山に隠したとある。そして一枚の絵。山の中腹くらいに洞窟が描かれていた。
「これが入り口ですね」
「きっとそうだろう。廃坑を隠し場所に選んだようだ」
使われなくなった鉱山なら、まず人が来ないからな。ちなみに金塊は商売で得たものらしい。一族総出で集めたものを、今後に備えて保管した。
ただ文献には財宝の場所を示す手掛かりがない。
「もしかして故意に情報を制限しているのでしょうか?」
「専門家の話では、子孫だけが見つかるようにしたと考えられるらしい。推測だが本家に口伝が残っているのではないかと」
そういえば大林幸助さんは分家の出身と聞いたな。本家が不祥事により事実上の消滅。それで当主代行をしていると。父親は会社の指揮を執るので精一杯であり、家の方までは対応できないみたいだ。
できれば本家の人から話を伺いたいけど、聞いた限りだと仲が悪そうである。
「念のために聞きますけど、本家の誰かとコンタクトを取りました?」
「先代当主の関係者に当たったが、知らぬ存ぜぬの一点張り。ただ知っていても、隠すだろうな」
一族内での立場を失ったことで、分家の人たちを逆恨みしたとも考えられる。
「すでに発見されたということは?」
「それはないさ。失脚する少し前にも捜索隊の準備をしていた。だが実際に活動を始まる前に、本家としての立場を失っている」
麻薬の製造に関わったと聞いた。それで大金が必要になり、隠し財宝に頼ろうとしたわけだな。もし口頭で手掛かりが伝わっているなら、決して夢物語ではない。
とはいえ発見は困難なのだろうな。何度か捜索を試みたことがあるそうだけど、いずれも失敗に終わったとか。
「今までに向こうが探した場所は分かりますか?」
「残念ながら、オレたちには情報を渡していない。どこかに記録はあるだろうが、まあ見せないだろう。あいつらは財宝を独占したがっている」
どこの世界にも自らの利益だけを考える輩は存在するということだな。それから俺たちは資料を見つつ、今後の対応を検討していった。
「ご主人様、そろそろ日が暮れます。お客様方には休んでいただきましょう。まだ荷物も運んでおりません」
「ああ、そうだな。冴子、すまないが探し屋たちを客室まで案内してやってくれ。オレは当主代行の仕事を進めておく」
小方冴子さんは優雅に一礼。まずは車へ荷物を取りにいく。他の使用人にも声を掛けて運ばせると言われたけど、やんわりと断った。たいした量じゃないし、人が足りていないと聞いていたからだ。
ここには最長で一ヶ月ほど逗留する予定。それぞれ一週間分の着替えを用意しており、あとは洗濯を頼む手筈となっている。各自、大きいバッグやスーツケースを持って移動。しばらく通路を進むと小方さんが立ち止まった。
「それでは、こちらをご自由にお使いください」
用意してもらったのは三部屋。一人ずつ泊まれるようだ。気を利かせてくれたのだろう。長い滞在だと個室はありがたい。使う部屋は横並びとなっている。そして左から俺、知紗兎さん、梨恵さんで借りることにした。
とりあえず荷物を運んだら、食事の時間まで休憩である。室内は清潔に保たれており、適度な調度品は嫌味に感じない。どちらかというと和室派の俺だけど、この部屋は良いと思う。小型の冷蔵庫やエアーコンディショナー、他に風呂やトイレも備わっている。ベッドやソファも快適そうだ。
「遊びに来たぞ!」
「知紗兎さん、休まなくて大丈夫ですか?」
昨日は天眼通を使い続けていた。連続の使用は身体に負担が掛かるため、今日は休息を第一に考えている。実際、資料確認時も能力を控えていたはず。
明日から使う頻度は上がるだろう。ちょっと心配である。
「私の経験上、黙って身体を休めるよりも何かしていた方が回復できる。天眼通に関してはな」
そういうものらしい。
「とりあえず座ってください」
「よしよし、さっそくジグソーパズルをしよう」
「やっぱり持ってきたのですね」
知紗兎さんによると、天眼通を衰えさせないための訓練とのことだ。少し前から俺も付き合い一緒にすることがある。一人と二人では勝手が違い、ほどよい刺激になると言っていた。たぶん今は純粋に楽しむためだろうけど。
しばらくパズルに熱中していると、食事の準備ができましたと声が掛けられる。通路に出ると見覚えのない女性がいた。小方さんと同じようなメイド服を着ていることから、館の使用人だろう。彼女に案内されながら食堂に向かった。




