47話 お守り人形バイアス
向かったのは高台にあるという神社。徒歩で移動だ。神社には階段を上る必要があるため、車では行けない。
二人で長い階段を歩き続けて、ようやく辿り着いた。ここは管理者不在であり、村で協力して維持しているらしい。そして足腰が弱くなった人向けに、別の場所に分社があるとか。今では主に分社が使われて、高台の神社を訪れる人は少ない。
「結構、きつい階段だったな」
「そうですね。下の分社が作られたのも分かる気がします」
若者が少ない村ということもある。それはともかく人形の捜索を開始しようか。赤い鳥居の近くに立ち、まずは全体を見回す。
中央に建つのは立派な拝殿。その後方が本殿か。社務所や手水舎、ちょっとした広場もあった。この神社は数百年以上の歴史があるらしいけど、その割に建築物が綺麗だと思う。おそらく近年、建て替えたのだろう。
「あったぞ! 例の人形だ!」
これから捜索開始というところで、知紗兎さんが声を上げた。どうやら天眼通を使ったようだ。時間の余裕もないし正しい判断だと思う。
「場所はどこですか?」
「向かって右側に見える、小さい社の中だ」
境内社のことかな、とにかく行ってみよう。人の気配がしない参道を進みつつ、途中で右に曲がる。参道から外れるけど、気にせず歩いていく。すぐに目的の社に着いた。人形は中にあるらしいけど、扉に鍵が付いている。
これでは開けられない。そもそも勝手に開いてはダメだな。許可を取らないと。
「ここで間違いありませんか?」
「断言できる。妙な力が見える人形など、そうそうあってたまるか」
「知紗兎さんは社を見張っていてください。俺は管理している人を探してきます」
神社は村の共同管理だったな。相談するとしたら村長だろうか。それよりも先に中村さん夫妻に連絡しておこう。今は梨恵さんと一緒に学校へ行っている。
学校で三人と合流。神社のことを伝えた。中村さんの先祖が資金を提供して建てたもので、鍵の一つを持っているらしい。
急いで鍵を用意してもらい、神社へ向かった。お婆さんは階段を登るのに時間が掛かると言って辞退する。三人で移動だな。知紗兎さんが首を長くして待っているだろう。
「戻ったか! 人形に動きはないぞ!」
「すぐ扉を開けましょう。お爺さん、お願いします」
「わ、わかりました」
観音開きの扉に掛かった南京錠を開けると、少し軋む音がした。ゆっくりと扉が開放される。そして写真で見た通りの人形が姿を現した。
「わあ、これですよ!」
最初に声を上げたのは梨恵さんである。お爺さんが無言で人形を見つめていた。震える手を伸ばし、人形を両手で持った。
「どうでしょう?」
「間違いありません」
念のため俺が確認を促すと、お爺さんは頷いた。よかった、問題ないようだな。
「ところで、なぜ神社にあると分かったのですか?」
「あくまで推測となりますが、人形は危険から遠い場所に移動すると考えました」
窓や縁側から押し入る強盗のときは玄関。流行病のときは、他人と接触しにくい縁側の方に。あるいは換気を示唆した可能性もある。そして屋根裏、大雨の影響で広範囲に浸水の被害があったらしい。水害を感知した人形は、高い場所に移動。
そして最近、ひどく天気が崩れたとか。しかし屋根裏部屋には無かった。そこで大きな災害時の避難場所となる、高台の神社を思い付いたのだ。――というようなことを皆に説明していく。
「一つよろしいですかな。この社にあると分かったのは、なぜでしょうか? 扉は閉まっており、中が見えません」
「開けなくても調べる方法はありますよ。すみませんが方法は秘密ということで」
天眼通を使ったことは広めない方がいいだろう。余計なトラブルを起こす恐れがあるからな。依頼人を巻き込むのも悪い。
幸いなことに今の説明を聞いて、お爺さんは納得してくれた。
「それは失礼しました」
「ところで素敵な人形ですね!」
固い雰囲気を変えようとしたのか、梨恵さんが元気に声を上げた。実際に見ると赤色の着物が良い感じだ。
人形に注目が集まるなかで、知紗兎さんが俺に顔を寄せてくる。神妙な表情で、なにか言いたそうだ。
「賢悟、ちょっといいか。……あの人形、妙な力がある」
「魔除けの効果でしたよね」
「それだけじゃない。あれは秘宝遺物と関連していそうだ」
「本当ですか!?」
かつて存在したという精神文明の遺産か。それらは物理法則を越えた力を持つと言われている。昔は半信半疑だったけど、今では実在を疑っていない。ある依頼の報酬で貰ったからな。
「だが本体ではないと思う。端末の一部みたいな印象を持った」
「入手経路や家伝を詳しく聞いてみます?」
「そうだな。折を見て確認してくれ」
知紗兎さんは秘宝遺物に強い興味があるらしい。手掛かりになりそうな仕事は、利益度外視で請けようとするほど。詳しい話を知りたいだろう。ただ必要な情報は捜索前に尋ねた。新しいことは分からないかもしれない。
ひそひそと二人で話していると、梨恵さんが近付いてきた。
「どうしました、内緒話をして」
「良いタイミングで来てくれて助かります。あとで相談があるのですが……」
「はあ、わかりました?」
顔に疑問符を浮かべつつも、了承してくれたようだ。
「まあ、とりあえず戻りましょう」
「そうだな」
「宿に帰ったら、急いで報告書の作成ですね! 私、頑張りますよ!」
梨恵さんが張り切っている。二人で協力して仕上げることになるだろう。そして知紗兎さんはチェックする役だ。天目探し屋事務所の責任者だしな。
それから四人で中村さん宅へ向かう。お婆さんも心配しているはずなので、少し早足になって移動。お爺さんが率先して前を歩いているのは、早く帰り安心させてあげたいのだろう。……結構、健脚だな。
門を通り、玄関の中に入った。
「おーい、婆さん! 人形があったぞ! 探し屋の方が見つけてくださった!」
家中に響き渡るくらいの声量だな。お婆さんが出てきて、人形に視線を向けた。明確に表情が変わり、安堵の様子を見せる。お守りの人形が戻ったことで、心が落ち着いたのだろう。
すぐ二人は神棚のある居間に入った。俺たちも着いていく。恭しく人形を祀り、手を合わせる中村夫妻の様子を見守った。
「皆さま、誠にありがとうございました。これで私も夫も心安らかに暮らせます」
「本当に感謝の言葉もございません」
お礼を言われたけど、全ての件が終わったわけではないため反応に困る。人形が動く理由や仕組みは不明のままだ。今までのケースだと、なんらかの災害が起きる恐れもあった。
「人形が戻っても、充分に注意してください」
「大雨が降った後なら、土砂崩れがあるかもしれないな」
俺と知紗兎さんで忠告の言葉を発した。あまり怖がらせたくはないが、危険性を無視するのは駄目だろう。
「人形と災害の関連性は不明ですが、警戒に越したことはありません」
「ありがとうございます。しかしながら校庭のときみたいに、何も起きないこともあるでしょう」
これは梨恵さんが確認を取っている。人形がグラウンドに移動したとき、騒ぎになったけど厄災はなかった。お爺さんの言葉を否定することは難しい。また人形が戻ったことで、気が大きくなったのかもしれない。
「土砂崩れについては、私も子供のころから言われ続けておりました。記録に残る限り一度も起きていませんし、きっと地盤が安定しているのですよ」
さらに、お婆さんも言葉を重ねた。今までが大丈夫でも、次が安心とは言い切れない。ただ、これ以上は差し出がましいことだな。何も起きなければいいけど。
とりあえず報告書の作成準備に入るか。まだ聞きたいこともある。少しばかり、この場に邪魔させてもらおう。できれば明日の朝一番で渡したい。




