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46話 ジョギングする村の生き字引

 居間を出て玄関へ行く。少し距離を取ってから、お婆さんから貰った資料に目を通していく。知紗兎さんと相談しながら、ある程度の読み込みが終わった。時間は短かったけど、必要な情報は得られたはず。

 知紗兎さんは玄関の入り口を背にして、家の中に視線を向けた。


「それでは始める」


 俺は口を噤み、その場で待つ。この時間は手持無沙汰だ。なにか手伝えることがあればいいのだけど。――しばらくして知紗兎さんは目を閉じ、一つ息を吐いた。表情を見れば芳しい成果は上がらなかったと分かる。


「ダメみたいですね」

「なあ、賢悟。君の故郷にあった小さな公園を覚えているか?」

「もちろん」


 なぜか彼女の天眼通が使えなかった不思議な空間だ。はっきり記憶に刻まれた。この話題を出すということは、まさかとは思うけど。


「この家も似た感じだ。しかし公園ほどではない。ちょっと見えにくい程度かな」


 厄介なことになってきた。今日中に発見できるのか。……いや、弱きは厳禁か。まずは地道に探すことを考えよう。


「とにかく捜索を始めましょう。新しい情報があれば、進展するかもしれません」

「わかった。ふと思ったが、家の外にある可能性は?」

「現状では判断できないと思います」


 中村夫妻によると動いた人形は家の中で待つ、そういう言い伝えがあるらしい。これも絶対とは言えないだろうけど。どちらにせよ今は屋内の捜索に専念しよう。お婆さんから貰ったリストを頼りに一つずつ確認していく。

 見落としが無いように、必ず二人掛かりで対応した。ダブルチェック、大切。




 しばらく家捜しを継続。今のところ、発見に至らず。ヒントのような物もなし。いたずらに時間が流れた。


「――見当たらない!」

「まだ半分も終わっていませんよ」

「そうなのだが、天眼通に全く手応えがなくてだな」


 二人で会話をしていたら、梨恵さんが姿を見せる。聞き取りが終わったのかな。手帳を持って、近付いてくる。


「ちょっと、よろしいでしょうか? 気になる話がありまして」

「大丈夫ですよ」


 良い機会だ、情報を共有しておこう。調べた場所と結果も伝えないと。


「人形が動いた前後に、村の中で悪いことが起こっていると聞きました」

「詳細を教えてください」

「縁側のときは流行り病、玄関は強盗犯が村に逃げ込んだとき、屋根裏は記録的な大雨の発生時。これは偶然でしょうか?」


 問題が起きる際に人形が移動すると言いたいのだろう。偶然と言い切れないから怖い。梨恵さん本人も天耳通という特殊な能力を持つ。人形に超常的な効果が宿る可能性を考えているのだ。


「調査が必要ですね。お爺さんにも協力を頼みましょう」

「私一人でも構いませんよ?」

「余所者だけで村の災害や事件を調べると、煙たがられると思います」


 変な軋轢を生むことは避けたい。


「了解しました!」

「頼んだぞ、梨恵。私たちは引き続き、屋敷の中を調べておく」


 まずは村の生き字引に会うらしい。今年の春に白寿を迎えた方で、村のことなら何でも知っているとか。毎日のジョギングを欠かさない、元気なお婆さんと聞いて驚いた。時間に余裕があれば、俺も話を聞きに行ったのだけどな。




 それから屋敷の中を徹底して探す。玄関から始まって、各部屋を回る。もちろん通路も忘れない。屋根裏、軒下、それと庭。隣の駐車場も。またデッドスペースを利用した収納場所もあった。中村夫妻、空間の使い方が上手い。ちょっと感心してしまった。

 とにかく地道に確認していく。


「午前中は進展なしで終わりましたか……」

「仕方ない、かなりの広さがある。ところで、この家は綺麗だよな」

「同感です」


 知紗兎さんの言う通りだと思う。どこも清潔感に溢れ、大きな汚れがない。少し不思議に思うくらいだ。人形が穢れを払い、汚れも残りにくいとか。普通なら何を馬鹿な、そう考えるだろう。だけど世界には科学で説明できないことが、まだまだある。違うと断言することは、今の段階だと不可能。




昼休憩を挟み、捜索を続行。しかしながら、まったく見付かる気配がない。


「ただいま戻りました!」


 玄関の方から梨恵さんの声が響いた。俺と知紗兎さんは出迎えにいく。暑い中、大変なことを頼んでしまった。(ねぎら)いの言葉を掛けたい。それと重要な話が聞けたか気になる。


「お疲れ様です。少し休んでください」

「先に資料を渡しますよ! あと聞いたことのメモです!」


 ありがたく受け取る。とりあえず立ち話をやめて、居間を借りよう。部屋の中で梨恵さんのまとめた情報を確認していく。

 人形が動いたときの三件。それぞれに詳細が記載されていた。


「縁側のときは流行病、強い感染力が特徴。飛沫感染で広がるみたいですね」

「次は玄関だな。強盗犯が村に逃げ込んだとして、皆が恐怖していた」


 知紗兎さんの声を聞きながら、該当箇所を目で追う。窓や裏口から入り、家主を脅して金品を強奪。少し遠くの町で犯行を繰り返していたが、警戒が強まり逃走。流れ着いたのが、この村である。


「三件目は屋根裏。大雨により、広範囲で浸水が起きたころ……」

「この辺りは盆地で、水害が起きやすいみたいです。ただ対策も充分にして、ここ最近では大きな被害はありません」


 俺の呟きに反応し、梨恵さんが補足をしてくれた。ハザードマップも添付されていたので、さらっと目を通す。避難場所は村の中央にある高台の神社か。それから学校の運動場。過疎化により廃校となったけど、避難用の場所と使われている。

 午前中に知紗兎さんが言っていたことを思い出す。外も探すべきかという話だ。候補に入れた方がいいかもしれない。


「そういえば家の捜索はどうでしょう?」

「一通りの場所は調べたが、発見できず。梨恵の入手した情報に期待している」

「……私、責任重大ですね」


 梨恵さんの質問に知紗兎さんが答えたのだが、プレッシャーを掛けるのは止めてあげてほしい。


「他に変わったことは聞きました?」

「かなり昔のことになりますけど、数十年前に人形が屋敷の外で発見されたみたいです。場所は学校のグラウンド、ちょっとした騒ぎになったとか」


 これは重要な情報だと思う。過去にも屋敷外へ移動したことがあったとは。前に聞いた言い伝えとは異なっている。まあ、伝承には間違いも含まれるか。


「ところで、お爺さんと一緒に行きましたよね。姿が見えませんけど」

「学校へ人形を探しに。私も報告が終わったら、手伝いに行くつもりです。また、お婆さんも連れてきてほしいと頼まれました」


 学校の探索なら三人でも少ないくらいだな。いっそのこと人海戦術も考えるか。村民に不安を与えないよう、廃校で宝探しゲームと銘打ったらどうだろう。無論、探すのは人形だ。意外に人が集まるかもしれない。……駄目だな。人形のことは、村の人が知っている。そして外部からの客は多くない。


「ずいぶん家の中を探したが、見付からない。まさか人形が逃げ回っているのではないよな」


 逃げる、逃走、避難。知紗兎さんの言葉を聞いて、ふと閃いた。


「所長と賢悟さんも学校の捜索に来ませんか? もう家の中は調べる場所、少ないですよね」

「俺は別行動します。ちょっと調べたい場所ができましたので」


 梨恵さんの提案に、首を横に振った。正直、確証はない。しかし一つの可能性を考えたのだ。


「ならば私は賢悟と同行しよう。……なにか思い付いたな?」

「もしかしたら、くらいの話ですけどね」


 知紗兎さんが来てくれるなら、本当に助かる。天眼通を頼る場面があるかもしれない。というか今もかなり頼っている。

 俺たちは準備をして、中村さん夫妻の屋敷を出た。


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