45話 絵に描いたような日本家屋
案内されたのは別の部屋。今日は空き部屋だったのを貸したみたいだ。まあ他の客がいる場所で話すことではないか。
部屋の中にいたのは身なりの良い、上品そうな老夫婦。二人で腰を下ろして茶を飲んでいる。しかし一緒に置かれた茶菓子には、手を付けた様子がない。俺たちに気付くと、すぐに立ち上がった。
「お呼び立てして申し訳ない。どうか、お力添えを」
謝罪の言葉を口にしたのは、お爺さんの方だ。とりあえず座ってもらい、互いに自己紹介をする。話し方は丁寧で嫌味がない。ただ少し疲れているな。人形を探し回っての疲労か、精神的なものか。あるいは、その両方かもしれないな。
話している間に女将さんが新しい茶を淹れる。また俺たちの分もあった。
「中村様、私は退席いたします」
「ありがとう、女将」
部屋に残されたのは俺たち三人と、中村夫妻の二人。不安そうな表情を見ると、できるだけ協力したいと思う。
「それでは人形の話を聞こうか」
知紗兎さんが単刀直入に切り出した。お爺さんは一口、茶を啜る。不安や緊張で喉が渇いているのだろうか。先程から頻繁に口をつけている。
「無くなったことに気が付いたのは、一週間ほど前のことです。神棚に祀ってあるはずの人形が見当たりませんでした。急いで探しても発見できず……」
「言い伝えでは、同じようなことがあるらしいな」
「ここ二十年で三回ありました」
つまり今回で四度目か。ちなみに二十年以上前は、両親が暮らしていたそうだ。
その両親が亡くなったあと、生家がある故郷に戻ったとか。少年時代にも生活していたそうだが、人形が動いたかは覚えていないらしい。子供を怖がらせないよう、黙っていたことも考えられる。
「三回とも無事に発見したのですよね。そのときの場所は?」
「玄関に縁側、それと屋根裏でした」
あまり共通点が感じられない。あえて挙げるとしたら外に接する場所かな。
「すぐ見つかりましたか?」
「いずれも無くなった当日中に発見しています。玄関と縁側は数十分ほどでした。屋根裏だけは少し時間が掛かり、半日ほど探し続けましたけど」
しかし今度は一週間ほど探しても見付からない。不安にもなるだろう。家の中は念入りに捜索したと言っている。
「私は人形が動くと聞いた。話を聞く限り動いた瞬間は見ていないのだな?」
「そうですね。昔から言い伝えられたことで、実際に動いたところを見たわけではありません」
とりあえず、ありえそうなことを推察していこう。
「誰かが人形の場所を変えたということは? もし家の言い伝えを知っていたら、嫌がらせで実行するかもしれません」
「それはないでしょう」
はっきりと断言したのは、今まで黙って話を聞いていたお婆さんだ。ずいぶん、きっぱりと言い切って驚いた。
「なぜですか?」
「あの魔除け人形は、村を守っていると信じられています。村に残っているのは、信心深い年寄りばかり。安易に手を触れる人はおりません。……また中村の家から村への資金援助もあるのです」
変なことをして、村を出ていかれるのは困るのか。断言できる根拠とは言えないけど、嫌がらせ説は置いておこう。
しかし村の守り神みたいな扱いになっているとは。できれば他の村人が知る前に発見したいらしい。そこで内密に女将へ相談。たまたま訪ねていた俺たちへ白羽の矢が立った。
「あの、今回の件ですが盗難の恐れは? 人形の噂を聞いた外部の者が来たとか」
梨恵さんが遠慮がちに声を発した。中村夫妻は二人同時に首を横に振った。息が合っているな。
「それも考えにくいかと。前日から強い雨が続いておりました。家の中を全く濡らさずに盗み出すのは難しいでしょう。また最後に人形を見たのは妻ですが、わずか数分で消えています」
「車を玄関前に横付けて、そこから中に入ったかもしれませんよ」
再び梨恵さんが口を開いた。人形が勝手に動くよりは、まだありえる話である。しかし、お爺さんは今の推測も否定した。中村夫妻の家は塀で囲まれており、車が入れる場所はない。また当日は門が閉められており、閂まで掛けられていた。
「ところで外見が分かる物はないか?」
「あります、どうぞ」
お爺さんは懐から、折り畳まれた写真を取り出した。普段から御守りとして持ち歩いているらしい。カメラを買い替えたとき、記念に撮ったとか。
知紗兎さんが受け取り、丁寧に開く。おかっぱ頭の女児だ。和服の衣装に合っている。これは市松人形と呼ばれる物かな。
「大きさは?」
「だいたい40センチメートルほどです」
画像では大きさが分かりにくい。知紗兎さんが聞かなければ、俺が質問していただろう。その彼女は写真を真剣な眼差しで見つめている。
数秒後、知紗兎さんは頭を振った。天眼通を使ったが、成果はなかったようだ。おそらく情報不足か。ここで解決できれば助かったのだけど。依頼を請けるとして予定があることは伝えないと。
「明日、早朝から捜索を開始します。ただ今後の予定があり、明後日には村を離れないといけません。その間まででも構わないでしょうか?」
「無理を言って申し訳ございません。明日だけでも、よろしくお願いします」
お爺さんが頭を下げると同時に、お婆さんも合わせる。俺も返礼し、カバンから契約内容の書類を取り出した。営業用で持ち歩いているものだ。
最初の説明は重要である。手間を掛けても丁寧に概要を伝えていく。しっかりと納得してもらってから、サインをいただいた。
「――確認しました」
「何卒よろしくお願いいたします」
中村夫妻は何度も頭を下げながら、部屋を出ていった。ずいぶんと物腰が丁寧な人たちである。
説明が長引いてしまい、もう夜だ。時間に余裕は無いから、急いで依頼の準備を進めよう。
翌朝、日の出前に起きて身支度を整える。用意ができたら、さっそく出発だな。三人で外に出てワゴン車に乗り込む。
昨夜の内に女将さんから村の地図を貰っておいた。正確には観光案内図だけど、おおよその地形が把握できれば問題ない。結構、村は広い。農園を抜け、しばらく進むと目的の家が見えた。
「絵に描いたような日本家屋ですね」
「まったくだな」
駐車場は隣だけど、この屋敷とは繋がっていない。塀に沿って、回り込む必要がある。誰も住まなくなった隣家を買い取り、改装した結果らしい。昔からある塀に手を加えたくなかったそうだ。
屋根付きの立派な駐車場に停めたら、すぐに下車。そして中を見渡した。ここも捜索範囲に入っている。とりあえず見える範囲で人形はなし。
「すぐ中村さん宅に行きましょう」
時間が惜しいからな。塀に並行しつつ歩くと、しっかりとした門が見えてくる。そのまま入れるように頼んであるので、足を止めずに門を通り中へ入った。
ちょうど玄関の扉が開き、お爺さんが出てくる。
「お待ちしておりました。どうぞ、お上がりください」
「失礼します」
通されたのは居間みたいだ。やはり目を引くのは神棚。しめ縄に榊立て、さらに各種の神具も置かれている。お供え物もあるな。また中央に不自然な空きがある。本来なら魔除け人形が祀られていたのだろう。災厄や魔物を追い払うという伝承が存在する人形。真実なら御利益は充分だ。
お婆さんが座って書き物をしていたけど、俺たちに気付いて立ち上がる。会釈をしてから、手に持った紙の束を差し出してくる。
「これは仰せつかったものです」
「すみません、お手数かけました」
「昨日、頼んだヤツだな」
知紗兎さんが横から覗き込んできた。用意してもらったのは家の図面や、今まで探した場所のリスト。できるだけ詳細に記載するよう、お願いしてある。
ざっと確認すると、かなりしっかり書かれているぞ。これは本当に助かる。ふと気が付いたら、知紗兎さんが俺のシャツを引っ張っていた。
「あれを使うのでしょうか?」
「そのつもりだ」
時間が無いため、すぐに天眼通で周囲を調べるらしい。
「梨恵さん。お二人と一緒に屋敷の中を見てください。時間を置いたことにより、何か新しい発見があるかもしれません」
「わかりしました、先輩!」
そして俺と知紗兎さんは中村夫妻に断りを入れて、屋敷の中を回らせてもらう。集中して天眼通を使える場所に移動したい。




